ペット医療ニーズの増加 なぜ、拡大しているのか?新規医療の人間への適用との違いは何か?

この記事で分かること

  • ペット医療拡大の理由:飼い主の意識の変化(家族として接する)やペットの高齢化、医療の発展などもあり、ペット医療のニーズは拡大しており、今後も拡大が続くと予測されます。 
  • 新規治療法の適用における人間との違い:人間医療よりも柔軟なアプローチが可能なため、ペット医療の分野で再生医療の技術開発と臨床応用が先行することも少なくありません。

ペット医療ニーズの増加

ペット医療のニーズ拡大がニュースになっています。

https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00750308

 ペット市場全体も増加していますが、ペットを家族の一員と考え、人間と同じような治療を受けさせたいと考える飼い主が増加していることもあり、医療分野は特に市場が拡大しています。

なぜペット医療ニーズが増加しているのか

 近年、ペット医療のニーズは急速に拡大しています。世界市場規模は2023年に約3,200億ドルに達し、2030年までに5,000億ドル規模への拡大が見込まれており、日本国内のペット医療市場も成長を続けると予想されています。

 その背景には、以下のような要因があります。

1. ペットの「家族化」と飼い主の意識変化

  • 家族の一員としての位置づけ: 多くの飼い主にとって、ペットは単なる動物ではなく、かけがえのない家族の一員となっています。そのため、人間と同様に健康を気遣い、病気や怪我に対しては積極的に治療を受けさせたいという意識が高まっています。
  • QOL(生活の質)の重視: ペットが病気になった際も、ただ命を繋ぐだけでなく、痛みや苦しみを和らげ、できるだけ長く快適な生活を送らせたいと願う飼い主が増えています。

2. ペットの高齢化

  • 平均寿命の延伸: 食生活の改善や医療技術の進歩により、犬や猫の平均寿命は年々伸びています。これに伴い、人間と同様に高齢期に発生しやすい心臓病、腎臓病、がんなどの慢性疾患を抱えるペットが増加しています。
  • 医療費の増加: 高齢のペットほど病気にかかるリスクが高く、治療費も高額になる傾向があります。アニコム損害保険のデータによると、犬の年間診療費は1歳で約5万円なのに対し、15歳では約24万円と4.7倍に増加しています。猫も同様に、1歳で約4万円、15歳で約18万円と4.5倍に増加しています。

3. 医療技術の高度化・専門化

  • 高度医療の普及: 人間医療で培われた技術がペット医療にも応用されるようになり、CTやMRIによる精密検査、外科手術、がん治療(抗がん剤治療、放射線治療)、再生医療などが普及しています。
  • 専門分野の細分化: 整形外科、循環器科、腫瘍科など、専門分野に特化した動物病院や獣医師が増え、より高度な治療が受けられる環境が整ってきています。
  • AIやIoTの活用: 診断の精度向上や効率化のためにAIを活用した聴診器や画像診断システム、ペットの健康状態をリアルタイムで把握できるウェアラブルデバイスなども登場し、獣医療のデジタル化も進んでいます。

4. ペット保険の普及

  • 高額医療費への備え: 人間のような公的医療保険がないペットの場合、治療費は全額飼い主負担となります。高額になりがちな医療費への備えとして、ペット保険への加入が増加しています。
  • 認知度の向上: ペット保険の認知度が向上し、加入率も年々上昇しています。アニコム損害保険の保有契約件数は119万件を超え(2024年3月末時点)、15年連続で国内シェアNo.1を獲得するなど、市場の拡大を牽引しています。

5. 多様化するペットの種類

  • エキゾチックアニマルの飼育増加: 犬や猫だけでなく、ウサギ、インコ、ハムスター、カメなどのエキゾチックアニマルを飼育する人も増えています。これに伴い、これらの特殊な動物に対応できる動物病院や専門医療のニーズも高まっています。

 世界市場規模は2023年に約3,200億ドルに達し、2030年までに5,000億ドル規模への拡大が見込まれており、日本国内のペット医療市場も成長を続けると予想されています。

飼い主の意識の変化(家族として接する)やペットの高齢化、医療の発展などもあり、ペット医療のニーズは拡大しており、今後も拡大が続くと予測されます。 

どのような新しい医療分野があるのか

 ペット医療のニーズ拡大に伴い、以下のように、人間医療と同様に様々な新しい医療分野や技術が導入・発展しています。

1. 再生医療

  • 概要: 傷ついた組織や臓器を修復・再生させることを目的とした治療法です。ペット自身の細胞(幹細胞など)を体外で培養・増殖させ、患部に投与することで自己治癒能力を促進します。
  • 主な治療法:
    • 間葉系幹細胞療法: 脂肪や骨髄から採取した幹細胞を投与することで、抗炎症作用や細胞増殖促進作用を期待します。犬では椎間板ヘルニア、慢性腎臓病、関節疾患、炎症性腸疾患などに、猫では脊髄損傷や慢性腎臓病などに適用されます。
    • PRP療法(多血小板血漿療法): 患者自身の血液から高濃度の血小板を含む血漿を抽出し、患部に注入することで、組織の修復を促します。関節炎、骨折の癒合促進、難治性皮膚炎などに用いられます。
  • 利点: 手術に代わる低侵襲な選択肢となり得る、副作用が少ない、高齢動物にも対応しやすいなどが挙げられます。

2. 腫瘍免疫療法(がん免疫療法)

  • 概要: ペット自身の免疫力を高めることで、がん細胞を攻撃し、がんの進行を抑えたり、再発・転移を予防したりする治療法です。
  • 主な治療法:
    • 免疫細胞療法(CAT療法、DC療法など): 血液中の免疫細胞(リンパ球や樹状細胞など)を体外で活性化・増殖させて体内に戻します。これにより、がん細胞を特異的に認識・攻撃する免疫反応を強化します。自家腫瘍ワクチン療法もこれに含まれます。
  • 利点: 抗がん剤や放射線治療に比べて副作用が少ない、QOL(生活の質)の維持に貢献する可能性が高いとされています。

3. 遺伝子治療・遺伝子検査

  • 遺伝子検査:
    • 概要: ペットのDNAを解析し、特定の遺伝性疾患のリスクや遺伝的特徴を明らかにする技術です。
    • 活用: 特定の犬種や猫種に多い遺伝性疾患(例:トイ・プードルの変性性脊髄症、ミニチュア・ダックスフンドの骨異形成症)のリスクを事前に把握し、早期の予防や治療に役立てます。また、がんの遺伝子検査により、特定の分子標的薬の有効性を予測し、治療の最適化を図ることもあります。
  • 遺伝子治療:
    • 概要: 疾患の原因となる遺伝子の異常を修正したり、新たな遺伝子を導入したりすることで病気を治療する研究段階の技術です。まだ臨床応用は限定的ですが、今後の発展が期待されています。

4. 遠隔診療(オンライン診療)

  • 概要: スマートフォンやPCのビデオ通話などを利用して、自宅などから獣医師の診察や相談を受けられるサービスです。
  • 利点:
    • 通院負担の軽減: 移動時間や待ち時間がなく、交通費も不要なため、飼い主やペットの負担が軽減されます。特に、病院嫌いのペットや高齢・病気のペットにとっては大きなメリットです。
    • 緊急性の低い相談: ちょっとした体調の変化やしつけの相談など、緊急性の低いケースで気軽に利用できます。
    • 専門家へのアクセス: 遠方の専門医に相談できる機会が増えます。
  • 制約: 原則として初診は対面診療が必要であり、薬の処方にも制限があります。

5. 高度画像診断

  • 概要: CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの高度な画像診断装置を導入する動物病院が増えています。
  • 利点: 従来のレントゲンでは見つけにくい体内の微細な病変(腫瘍、神経疾患など)を高い精度で特定できるようになり、より正確な診断と治療計画の立案が可能になります。

6. 低侵襲手術

  • 概要: 内視鏡や腹腔鏡などを用いた、体に負担の少ない手術方法です。
  • 利点: 傷口が小さく、術後の回復が早い、痛みが少ないなどのメリットがあります。

これらの新しい医療分野は、ペットのQOL向上と長寿命化に大きく貢献しており、今後もさらなる研究開発と普及が進むと期待されています。

ペットでも、人間と同じように、再生医療、腫瘍免疫療法、遺伝子治療などの最先端医療が適用されています。

人間との再生医療導入の違いは

 一般的に再生医療は、以下のように人間での検討よりも動物(特にペット)において、より早く、あるいは異なる形で臨床応用が進む傾向があると言えます。

1. 倫理的規制の緩やかさ

  • 人間の医療: 人間に対する再生医療は、その効果や安全性はもちろん、遺伝子改変のリスク、倫理的・社会的な影響など、非常に厳格な審査と規制(日本では「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」など)に服します。特にヒトES細胞やiPS細胞を用いた研究や治療は、生命倫理に関わるため、慎重な議論と承認プロセスが必要です。
  • 動物の医療: 動物に対する医療も倫理的な配慮は必要ですが、人間のそれと比べると、倫理的な規制は緩やかです。動物の命に対する考え方は多様であり、治療の恩恵と動物の負担のバランス、あるいは研究目的での利用など、人間とは異なる判断基準が適用されることがあります。これにより、新しい治療法の臨床試験や応用が比較的スムーズに進むことがあります。

2. 治療の緊急性と QOL の重視

  • ペットの医療: ペットは私たち人間のように「治験に参加するか」という意思決定ができません。飼い主がペットの苦痛を和らげ、QOL(生活の質)を向上させたいという強い願いから、既存の治療法で効果が見られない場合や、進行性の疾患に対して、まだ確立されていない新しい治療法であっても、飼い主が積極的に選択するケースがあります。再生医療は、高齢化するペットの慢性疾患(変形性関節症、慢性腎臓病、脊髄疾患など)に対して、既存治療で限界のある症状の改善が期待できるため、そのニーズは高まっています。

3. コストと保険制度の違い

  • 人間の医療: 高額な再生医療であっても、健康保険などの公的医療保険制度が適用される場合があります(先進医療など)。しかし、その適用には厳しい条件があり、多くの場合はまだ研究段階や自費診療となります。
  • ペットの医療: ペット医療は基本的に自由診療であり、治療費は全額飼い主負担となります。再生医療も高額な治療になりますが、近年普及しているペット保険に加入していれば、一部が補償される場合があります。飼い主が費用を負担するという選択をすることで、人間医療のような複雑な保険適用プロセスを経ずに、治療を受けることが可能になります。

4. 短いライフサイクルと研究のしやすさ

  • 動物は人間よりもライフサイクルが短いため、病気の進行や治療効果を比較的短期間で観察・評価できるという研究上の利点があります。これにより、データの蓄積が早く、研究成果を次のステップへ移行しやすいという側面があります。

5. 研究体制と法整備の進展

  • 近年、動物医療における再生医療の研究が進み、大学や専門機関での研究成果が臨床現場に導入されるケースが増えています。また、動物用医薬品としての承認プロセスも存在し、一定の安全性と有効性が確認されれば、より普及が進む可能性があります。

 ただし、動物医療における再生医療も、無制限に試せるわけではありません。動物愛護の観点から、動物に不必要な苦痛を与えない、適切な管理下で治療を行うといった倫理的配慮は当然求められます。また、細胞の品質管理や治療効果の評価など、科学的な厳密さも必要です。

人間医療よりも柔軟なアプローチが可能なため、ペット医療の分野で再生医療の技術開発と臨床応用が先行し、そこで得られた知見が将来的に人間医療に応用される可能性もあります。

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