クラレなどの細胞大量培養技術基盤の共同開発 細胞大量培養技術基盤とは何か?4社参画の理由は何か?

この記事で分かること

  • 細胞大量培養技術基盤とは:再生医療の実用化に向け、安全で高品質な細胞を、低コストかつ安定的に大量生産するための、システム基盤のことです。
  • 再生医療スケールアップの課題:生きた細胞の品質安定化、製造コストの高さ、培養環境の均一性確保、大規模化に伴う製造プロセスの最適化などが挙げられます。
  • 4社参画の理由:細胞足場材(クラレ)、培養装置(ZACROS)、プロセス制御(千代田化工)、製品化技術(サイフューズ)という異なる専門技術の融合が不可欠なためです。

クラレなどの細胞大量培養技術基盤の共同開発

 クラレなどが共同開発を発表した「細胞大量培養技術基盤」は、再生医療の産業化を加速させることを目的としたものです。 

https://www.kuraray.com/content/dam/kuraray/jp/ja/news/2025/1001_3/251001_Collaborative_Creation_by_four_companies.pdf

 具体的には、クラレを含む4社がそれぞれの技術を持ち寄り、ヒト細胞の効率的かつ安定的な大量培養プロセスを確立し、そのためのプラットフォームを構築します。

共同開発の概要と参画企業

 この共同開発には、以下の4社が参画しています。

  1. 株式会社クラレ:化学合成足場材であるPVA製マイクロキャリア「スキャポバ」を提供し、細胞が接着・増殖するための場を提供します。
  2. 株式会社サイフューズ:再生医療等製品(末梢神経、骨軟骨再生など)の開発を進めており、共同開発で得られた細胞を3Dプリンティング技術で積層化することを目指します。
  3. 株式会社ZACROS(ザクロス):細胞を大量培養するための培養リアクター(バイオリアクター)技術を提供します。
  4. 千代田化工建設株式会社数値流体力学(CFD)やAI解析などの分析評価技術を用いて、ラボスケールでの培養状態を商業規模へ適用するためのシミュレーションソフトを開発し、「デジタルツイン化」を実現します。

開発の目的と技術的なアプローチ

 再生医療の実現には、治療に必要な数の細胞を安全かつ機能性を保って低コストで大量に製造する技術が不可欠です。従来の平面培養から、効率的な3D立体培養への移行が求められています。

 この共同開発では、特にスケールアップ(小規模から商業規模への拡大)の課題解決に焦点を当てています。

  • クラレのマイクロキャリアZACROSのバイオリアクターを用いて、ヒト細胞(間葉系間質細胞など)の大量培養を実証します。
  • 千代田化工建設の技術で、ラボスケールでの培養状態をデジタル化・シミュレーションし、商業規模での最適な培養条件を予測可能なソフトを開発します。
  •  これにより、「小規模から大容量へとリニアに進まない」という従来の課題を克服し、効率的で最適な大量培養プロセス構築法を確立し、プラットフォーム化を目指します。

細胞大量培養技術基盤とは何か

 細胞大量培養技術基盤とは、再生医療の実現に必要な安全で高品質な細胞を効率的に、かつ低コストで大量に生産するための一連の技術やシステムのことです。特に、従来の平面的な培養方法に代わり、3次元的な培養や自動化技術を用いて、細胞の安定供給を目指します。


再生医療における細胞培養の課題

 再生医療や細胞医薬を実用化・普及させるには、以下の課題を解決する必要があります。

  • コストの削減: 手作業に頼る部分が多く、人件費や管理費が膨大にかかります。
  • 品質と安全性の確保: 大量に培養する際も、細胞の機能性や安全性を一定に保つことが求められます。
  • スケールアップ: ラボレベルの小規模な培養技術を、商業生産が可能な大規模な培養へと効率よく移行させる必要があります。
  • 安定供給: 必要な時に必要な量の細胞を安定して供給する体制を構築しなければなりません。

技術基盤の主な要素

 細胞大量培養技術基盤は、これらの課題を解決するために複数の要素技術を組み合わせて構築されます。

  • 3次元培養技術: 細胞が成長するための足場となるマイクロキャリアを使い、培養液中で浮遊させながら細胞を増殖させることで、限られたスペースで大量の細胞を培養できます。
  • バイオリアクター(培養装置): 3次元培養を効率的に行うための装置で、培養環境(温度、pH、酸素濃度など)を自動で制御し、細胞の増殖を最適化します。
  • デジタルツイン化とシミュレーション: 培養プロセスをデジタル上で再現・分析する技術。これにより、小規模な実験データから大規模な培養の結果を予測し、効率的なスケールアップを実現します。
  • 品質管理と分析技術: 培養した細胞の品質や安全性を自動で評価・管理する技術。これにより、製品の均一性を確保し、人為的なミスを減らすことができます。

 これらの要素技術を統合することで、再生医療の産業化を支える強固な基盤が形成されます。

再生医療の実用化に向け、安全で高品質な細胞を、低コストかつ安定的に大量生産するための、3次元培養装置、マイクロキャリア(足場材)、および生産プロセスを効率化するデジタル技術などを統合したシステム基盤です。

PVA製マイクロキャリアとは何か

 PVA製マイクロキャリアとは、ポリビニルアルコール(PVA)を主成分とした、細胞培養用の微小なビーズ状の足場材料(担体)のことです。

再生医療やバイオ医薬品の分野で、大量の細胞を効率的に培養・生産するために使用されます。


PVA製マイクロキャリアの仕組みと特徴

1. 大量培養への貢献

 従来の細胞培養は、シャーレやフラスコのような平面的な容器で行われていました(平面培養)。しかし、大量生産には広大なスペースが必要になります。

 マイクロキャリアは、培養液中のバイオリアクター(攪拌型タンク)に大量に投入することで、その表面積全体を細胞の足場として利用できます。これにより、限られた容積で非常に高い表面積(細胞が接着する場所)を確保でき、再生医療に必要な数の細胞を効率的に増やせます(3次元培養)。

2. 素材(PVAハイドロゲル)の特徴
  1. 高い安全性と堅牢性: PVAは弾力性の高いハイドロゲル(水を多く含んだゲル)であるため、バイオリアクター内で培養液を攪拌しても破損しにくいという特長があります。このため、破片による異物混入のリスクが低く、医療レベルの安全性が求められる再生医療用途に適しています。
  2. 高い生体親和性: PVAは一般的に生体適合性に優れており、細胞の生育に適しています。
  3. 観察の容易さ: PVA製マイクロキャリアは透明性が高く、培養中の細胞の状態を位相差顕微鏡などで容易に観察できます。
3. 用途

 主に、接着依存性細胞(足場がないと増殖できない細胞)の大量培養に利用されます。

  • 再生医療: ヒトの間葉系間質細胞(MSC)などの幹細胞の大量増殖。
  • バイオ医薬品: ワクチン製造などに使われるVero細胞などの培養。

 クラレなどが共同開発を進めている技術基盤では、このPVA製マイクロキャリア「スキャポバ」が、細胞培養のための主要な足場材として活用されています。

PVA製マイクロキャリアとは、ポリビニルアルコール(PVA)を原料とした微小なビーズ状の細胞用足場材です。高い安全性と弾力性により、再生医療などで大量の細胞を効率よく培養するために使われます。

再生医療スケールアップの課題は何か

 再生医療におけるスケールアップ(研究レベルから商業生産レベルへの製造規模拡大)の課題は、主に技術面品質管理面コスト面にわたる複合的なものです。

1. 技術的・生産プロセス上の課題

課題具体的な内容
生きた細胞の複雑性細胞は微生物や化学物質のように均一でなく、生きた状態で変動するため、製造工程の小さな変更が細胞の品質や機能に大きく影響します。
培養の3次元化と均一性大容量のバイオリアクター内で細胞を3次元的に大量培養する際、培地の流れや攪拌のムラなどにより、容器内の細胞の生育環境が不均一になりやすい。
スケールアップ時のプロセスの非線形性ラボスケール(フラスコなど)で確立した培養条件をそのまま大容量リアクターに適用しても、細胞の増殖や品質が維持されないことが多く、条件の最適化が困難。
自動化・機械化の未熟さ製造工程に全量培地交換や酵素処理による細胞継代といった手作業が多いため、自動化・機械化(クローズドシステム化)が難しく、スケールアップの障壁となる。

2. 品質管理・規制面の課題

課題具体的な内容
品質評価の難しさ最終製品である細胞の重要品質特性(CQA)の明確化が難しく、生きた細胞ならではの品質管理手法や、ロットごとの品質の均一性を担保するための評価法が不足している。
製造工程の変更製造方法を変更すると、変更前後で品質の同等性を示す必要があり、製造プロセスの柔軟な改善やスケールアップが煩雑になる。
サプライチェーンの複雑性自家細胞(患者自身の細胞)を用いる場合、製造工程が個別化し、原材料(培地など)の品質管理から最終製品の輸送まで、サプライチェーン全体での品質確保と時間的制約が厳しい。

3. コスト・人材の課題

課題具体的な内容
製造コストの高さ手作業や高価な原材料(培地、試薬など)、特殊な設備が必要なため、製造コストが高くなり、医療保険制度への導入や普及の妨げになる。
専門人材の不足細胞培養やプロセス設計、品質管理、規制対応など、バイオとエンジニアリングの知識を融合した高度な専門人材が慢性的に不足している。

 クラレなどが進める共同開発は、特に「デジタルツイン化」を通じて、技術的な非線形性の課題を克服し、効率的で品質を予測できる大量培養プロセスを構築することで、これらの課題の解決を目指しています。

再生医療スケールアップの課題は、生きた細胞の品質安定化製造コストの高さ培養環境の均一性確保、大規模化に伴う製造プロセスの最適化(非線形性の克服)が挙げられます。

4社が参画する理由は何か

 4社(クラレ、サイフューズ、ZACROS、千代田化工建設)が共同で細胞大量培養技術基盤を開発する主な理由は、再生医療の産業化に必要な複数の専門技術やノウハウを、一社だけでは賄えないためです。

 それぞれの企業が持つ核となる要素技術を持ち寄り、融合させることで、大規模製造の複雑な課題を一気に解決しようとしています。


各社の役割と技術的連携

再生医療製品の製造プロセスは、「細胞の足場・培養環境」「製造プロセスの制御・最適化」「細胞の利用(製品化)」という複数の工程に分かれます。4社はそれぞれの強みを生かし、この一連の流れを最適化します。

企業名主な役割と提供技術共同開発への貢献
クラレPVA製マイクロキャリア(細胞の足場材)の提供安全で高効率な細胞の接着・増殖の場を提供します。
ZACROSバイオリアクター(培養装置)の提供マイクロキャリアを使った細胞の大量培養環境を構築します。
千代田化工建設デジタルツイン技術(CFD・AI解析)培養プロセスをデジタル化し、ラボスケールから商業スケールへの最適なスケールアップ条件を予測・制御します。
サイフューズ3Dプリンティング技術再生医療製品開発培養された細胞を実際に移植可能な組織として製品化し、この技術基盤の実証ターゲットとなります。

共同開発のメリット

  • 課題の包括的解決(統合的アプローチ):大量培養の課題は、細胞素材、培養装置、プロセス制御技術など多岐にわたります。各分野のトップ企業が連携することで、一連の製造プロセス全体を最適化でき、個別に技術開発するよりも早期かつ確実に課題を解決できます。
  • スケールアップの加速と効率化:特に千代田化工建設のデジタルツイン技術は、クラレやZACROSの物理的な培養プロセスと結びつき、試行錯誤を減らし、最適な大量生産条件を予測することで、スケールアップの難しさ(非線形性)を克服し、開発期間とコストを大幅に削減します。
  • 早期の実用化と市場展開:サイフューズが開発中の再生医療製品を初期の対象とすることで、開発した技術基盤が実際の製品製造に直結し、その有効性を迅速に実証できます。これにより、将来的に他の製薬企業やCDMOへのサービス展開をスムーズに進められます。

再生医療の産業化には、細胞足場材(クラレ)培養装置(ZACROS)プロセス制御(千代田化工)製品化技術(サイフューズ)という異なる専門技術の融合が不可欠だからです。

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