JSR、3Dプリンター子会社を売却 どんな3Dプリンターを製造しているのか?売却の理由は何か?

この記事で分かること

  • ディーメックの製品:日本における3Dプリンター事業のパイオニア的な存在として知られており、光造形3Dプリンター装置の販売と保守、3Dプリンター用材料(光硬化性樹脂)の開発・販売などの事業を行っています。
  • 光造形3Dプリンター装置とは:紫外線(UV光)で硬化する液体樹脂(レジン)に光を当て、一層ずつ積層して立体物を造形する技術です。高精度で滑らかな表面が得られるのが特徴です。
  • 売却の理由:半導体材料やライフサイエンスなどの中核事業への経営資源を集中させるため、3Dプリンティング事業を非中核事業として位置づけた事業構造改革の一環です。

JSR、3Dプリンター子会社を売却

 JSRは3Dプリンターを手掛ける完全子会社デーメックを米国の3Dプリンティング大手企業であるStratasys Ltd.(ストラタシス)の日本法人である株式会社ストラタシス・ジャパンへの買収を締結したことが報道されています。

 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC0283H0S5A001C2000000/

 ディーメックはストラタシス・ジャパンの傘下に入り、JSRグループから離脱することになります。

ディーメックはどんな企業か

 ディーメックは主に光造形方式の3Dプリンティング事業を展開している企業です。

 元々はJSRグループの一員であり、日本における3Dプリンター事業のパイオニア的な存在として知られています。

主な事業内容

  • 光造形3Dプリンター装置の販売と保守
    • 自社開発の「ACCULAS®シリーズ」などの光造形3Dプリンターを提供しています。
  • 3Dプリンター用材料(光硬化性樹脂)の開発・販売
    • JSRと共同開発した高透明、高耐熱、高靭性などの特性を持つ光硬化性樹脂を提供しています。
  • 立体モデル製作の受託(モデリングサービス)
    • 自動車、OA、家電、医療などの分野向けに、3Dプリンティングによる試作品やマスターモデルの製作サービスを提供しています。

 ディーメックは、長年にわたり培ってきた日本の光造形技術とノウハウ、そしてJSRの材料技術を強みとしてきました。この買収により、グローバルな3Dプリンティング市場でのさらなる事業展開が期待されています。

光造形方式の3Dプリンターとは何か

 光造形方式の3Dプリンターとは、光硬化性樹脂(レジン)と呼ばれる特殊な液体材料に、紫外線(UV光)を照射して一層ずつ硬化・積層することで立体物を造形する技術です。

 この技術は、3Dプリンティング方式の中で最も歴史が古く、高い精度と滑らかな表面仕上げが得られることが大きな特徴です。


仕組み(造形プロセス)

 光造形方式の仕組みは、「液槽光重合 (Vat Photopolymerization)」という原理に基づいています。

  1. 材料の準備: 3Dプリンター内のタンクに、光硬化性樹脂(レジン)を満たします。
  2. プラットフォームの降下: 造形物を載せるビルドプラットフォームが、一層分の厚さ(数十~百マイクロメートル程度)だけ樹脂液の中に沈められます。
  3. 光の照射と硬化: 紫外線レーザーやプロジェクターなどの光源からUV光を照射し、プラットフォーム上のごく薄い一層分の樹脂液を選択的に硬化(重合)させて固体にします。
  4. 積層: 硬化した層からプラットフォームがわずかに持ち上がり、次の層の樹脂液が供給されます。この工程を繰り返し、データ通りに一層ずつ積み重ねて立体物を完成させます。
  5. 後処理: 造形が完了した後、造形物を取り出し、未硬化のレジンをアルコールなどで洗浄し、さらにUV光を当てて完全に硬化させる二次硬化を行います。

主な光造形方式の種類

主に光源の違いにより、以下の方式に分類されます。

方式名特徴
SLA (Stereolithography)UVレーザーを細く絞り、ガルバノミラーで反射させながら線を描くように照射する方式。最も高精度で滑らかな造形が可能ですが、造形に時間がかかる傾向があります。
DLP (Digital Light Processing)プロジェクターを用い、一層分の断面全体を面で一度に露光して硬化させる方式。造形スピードが速いのが特徴です。
LCD (Liquid Crystal Display)光源と液晶ディスプレイ(LCDパネル)を組み合わせ、LCDパネルをマスクとして面で露光する方式。DLPと同様に高速で、比較的安価な機種に採用されています。

メリット・デメリット

メリットデメリット
高精細・高精度造形後に洗浄二次硬化などの後処理が必要
滑らかな表面仕上げサポート材(造形中に構造を支える支柱)が必須で、除去跡が残る
透明な造形が可能使用するレジンが太陽光や熱に弱いため、長時間の屋外利用には不向き
造形スピードが速い (DLP/LCD方式)レジン材料の取り扱い・管理に注意が必要

適している用途

  • 試作品の製作(外観、形状、嵌合の確認)
  • フィギュア・模型(表面の滑らかさが重視されるもの)
  • 医療・歯科分野(高精度のガイドやモデル)
  • ジュエリー(精密なワックスパターン)
  • 透明部品(車のライトカバーなど)

光造形方式の3Dプリンターは、紫外線(UV光)で硬化する液体樹脂(レジン)に光を当て、一層ずつ積層して立体物を造形する技術です。高精度で滑らかな表面が得られるのが特徴です。

光硬化性樹脂とは何か

 光硬化性樹脂とは、紫外線(UV光)や特定の可視光線を照射することで、液体の状態から固体へと短時間で化学的に変化し、硬化する性質を持つ特殊な合成樹脂のことです。

 この硬化現象は「光重合」と呼ばれる化学反応を利用しています。

仕組み(光重合のメカニズム)

 光硬化性樹脂は、主に以下の3つの成分で構成されています。

  1. オリゴマー・モノマー(主剤):樹脂の本体となる成分で、光重合によって分子同士が結合し、固体(ポリマー)になります。
  2. 光開始剤(光重合開始剤):光硬化性樹脂の最も重要な成分です。
  3. 各種添加剤:着色剤、安定剤、粘度調整剤など、製品の特性を調整するための成分です。

光が照射されると、以下のプロセスで硬化が起こります。

  1. 光の吸収:光開始剤が特定の波長の光(紫外線など)を吸収します。
  2. 活性種の生成:光エネルギーにより、光開始剤が分解・開裂し、化学反応の引き金となるラジカルカチオンといった活性種を瞬時に生成します。
  3. 重合反応:生成された活性種がオリゴマーやモノマーと反応し、数珠つなぎのように次々と結合(重合)を始めます。
  4. 瞬時の硬化:重合が連鎖的に進行することで、数秒〜数十秒という極めて短い時間で、液体が三次元的な網目構造を持つ固体へと変化します。

特徴とメリット

光硬化性樹脂の最大の利点は、その速硬化性環境性能にあります。

特徴メリット
速硬化性数秒で硬化が完了するため、生産工程の大幅な時間短縮効率化に貢献します。
無溶剤・低VOC多くの製品が有機溶剤を使用しないため、硬化時に有害な揮発性有機化合物(VOC)をほとんど排出せず、環境負荷が低いです。
低温硬化熱を加える必要がなく、熱に弱い材料(紙、プラスチックフィルム、電子部品など)に対しても使用可能です。
選択的硬化光を当てる部分だけを硬化させることができるため、高精度な加工(3Dプリンティングなど)に適しています。

主な用途

光硬化性樹脂の優れた特性から、様々な産業分野で不可欠な材料として広く利用されています。

  • 3Dプリンティング(光造形):高精細な立体モデルを製作するための液状材料(レジン)
  • コーティング・塗料:携帯電話やディスプレイ用フィルムのハードコート(表面保護)、木材や床材などの高速印刷・コーティング
  • 接着剤・シーリング材:電子部品、光部品(レンズなど)、医療機器の精密な接着・固定、歯科治療におけるコンポジットレジン(虫歯を詰める白い材料)。
  • インク:高速印刷が可能なUV硬化型インク
  • 電子材料:プリント基板のソルダーレジスト(保護膜)や封止材

光硬化性樹脂は、紫外線(UV光)などの特定の光を当てることで、数秒で液体から固体に変化する合成樹脂です。3Dプリンター材料や接着剤、塗料などに利用され、高速硬化と環境負荷の低さが特長です。

JSRが売却した理由は

 JSRが3Dプリンター関連事業(子会社であるディーメックの売却やCarbon社との提携解消など)を進めた主な背景や理由は、明確には公表されていませんが、一般的に以下の点が理由として考えられます。

1. 事業構造の選択と集中(コア事業への注力)

 JSRは、近年、事業の「選択と集中」を進めており、特に成長ドライバーと位置付けている以下の分野に経営資源を集中させる戦略をとっています。

  • デジタルソリューション事業(半導体材料など)
  • ライフサイエンス事業

 3Dプリンティング事業は、高成長が期待される分野ではありますが、JSRのコアビジネスである高機能材料や半導体材料に比べると、事業規模や収益性、あるいは将来的な成長戦略との整合性の観点から、非中核事業と判断された可能性が高いです。

2. 国内市場の状況(Carbon社との提携解消の背景)

  • 過去の報道では、JSRが米Carbon社との業務提携を解消した理由として、「日本国内のアディティブ・マニュファクチャリング関連ビジネスの低迷」が背景にある可能性が指摘されています。
  • Carbon社の代理店事業や、ディーメックが展開する国産の光造形事業が、競合の激化や市場環境の変化の中で、JSRグループとして目指す収益水準や成長率の達成が困難になった可能性があります。

3. グローバルなパートナーシップへの移行(ディーメック売却)

  • 子会社であるディーメックは、3Dプリンティング大手のStratasys(ストラタシス)の日本法人に売却されました。
  • これは、JSRグループが保有するディーメックの技術や知見を、より強力なグローバルネットワークと販売力を持つ専門企業に託すことで、事業のさらなる成長と継続性を図るという判断があったと考えられます。

 主力事業への経営資源の集中を図るという事業構造改革の一環として、3Dプリンター関連事業の売却・撤退が進められたと見られます。

JSRが売却した理由は、半導体材料やライフサイエンスなどの中核事業への経営資源を集中させるため、3Dプリンティング事業を非中核事業として位置づけた事業構造改革の一環です。

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