この記事で分かること
- 使用される物質:単一物質ではなく、誘電異方性を持つ複数の有機化合物をブレンドした混合物です。主にネマティック液晶が用いられ、ベンゼン環などの剛直なコアと柔軟な側鎖、極性基を持つ分子が使われます。
- 電圧を加えることで分子の向きが変化する理由:液晶分子は細長く、電荷の偏りから分子の長軸と短軸で電気の通りやすさ(誘電率)が異なります。電圧をかけると、液晶分子はこの電界に誘電率が高い方向を向けようとすることで、向きが変化します。
LCDの液晶成分
JDIは千葉県茂原市にある茂原工場の液晶パネル生産を2026年3月までに終了し、工場と生産設備の売却を検討していることが明らかにしています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC117HF0R10C25A7000000/
茂原工場は、かつて主力工場の一つであり、特にApple Watch向けの有機ELパネルの生産も行っていたとされていますが、有機ELパネルの生産も中止し、その設備も売却する方針です。
液晶ディスプレイ(LCD)は、バックライトの光を、電圧で分子の向きを変える「液晶」のシャッター機能とカラーフィルターで制御し、色と明るさを表現する表示装置です。薄型・軽量で広く普及しています。
前回の記事では、JDI苦戦の理由や液晶ディスプレイの基礎についての解説でしたが、今回は液晶がどのように機能しているのかに関する記事となります。
液晶ディスプレイとは何か
液晶ディスプレイ(LCD)は、バックライトの光を、電圧で分子の向きを変える「液晶」のシャッター機能とカラーフィルターで制御し、色と明るさを表現する表示装置です。薄型・軽量で広く普及しています。
どのような物質が使用されるのか
液晶ディスプレイに使用される「液晶」とは、特定の単一の物質ではなく、複数の有機化合物をブレンドして作られた混合物です。これらの化合物は、液体と固体(結晶)の中間的な状態である「液晶相」を示す性質を持っています。
主な液晶物質のタイプとしては、以下のようなものが挙げられます。
- ネマティック液晶(Nematic Liquid Crystal):現在の液晶ディスプレイで最も広く用いられているタイプです。分子が特定の方向にゆるやかに配向しているものの、位置的な秩序は持たず、液体のように流動性があります。このネマティック液晶の分子が、電圧によって向きを変えることで、光の透過量を制御します。
- コレステリック液晶(Cholesteric Liquid Crystal):らせん状に分子が配列する構造を持ち、特定の色(波長)の光を反射する性質があります。電子ペーパーなどに応用されることがあります。
- スメクチック液晶(Smectic Liquid Crystal):分子が層状に配列し、層内では分子が規則的に並んでいます。ネマティック液晶よりも秩序性が高いです。
液晶分子の一般的な化学構造の特徴
液晶を構成する個々の分子は、一般的に以下のような特徴を持つ有機化合物です。
- 剛直なコア部分(メソゲン基):通常、ベンゼン環やシクロヘキサン環などの芳香環や飽和環が複数連結した、比較的硬い構造を持っています。この部分が分子の異方性(方向によって性質が異なること)を生み出し、電界に反応して向きを変える性質に関与します。例として、ビフェニル系やフェニルシクロヘキサン(PCH)系、エステル系などが挙げられます。
- 柔軟な側鎖(アルキル鎖など):剛直なコア部分に、炭素原子が連なったアルキル鎖などの柔軟な部分が結合しています。この柔軟な側鎖があることで、分子全体が結晶のように完全に固まってしまわず、液体のような流動性(特定の温度範囲で液晶相を保つ能力)を持ちます。
- 極性基:シアノ基(-CN)やフッ素原子(-F)などの極性基を持つことが多いです。これらの極性基が、分子に電気的な偏り(誘電異方性)を与え、外部からの電圧(電界)に対して反応して向きを変えることを可能にします。
液晶ディスプレイに使用される液晶材料は、単一の物質ではなく、必要な特性(駆動電圧、応答速度、動作温度範囲、視野角、コントラストなど)を得るために、10~20種類もの化合物を混合して作られます。これは、単一の物質では全ての要求性能を満たすことが難しいためです。

液晶ディスプレイの「液晶」は、単一物質ではなく、誘電異方性を持つ複数の有機化合物をブレンドした混合物です。主にネマティック液晶が用いられ、ベンゼン環などの剛直なコアと柔軟な側鎖、極性基を持つ分子が使われます。
なぜ液晶は電圧を加えることで分子の向きが変化するのか
液晶分子が電圧を加えることで向きを変えるのは、その分子が誘電異方性という性質を持っているからです。
- 液晶分子の形状と電荷の偏り: 液晶分子は、一般的に細長い棒状や板状をしており、その分子構造の中に電荷の偏り(双極子モーメント)を持っています。この電荷の偏りは、分子の長軸方向と短軸方向で異なります。
- 誘電異方性: この電荷の偏りの違いにより、液晶分子は分子の長軸方向と短軸方向で電気の通りやすさ(誘電率)が異なります。この性質を「誘電異方性」と呼びます。
- 電界との相互作用: 外部から電圧を加えると、その電圧によって電界が発生します。液晶分子は、この電界に最も誘電率が高い方向(電荷の偏りが大きい方向)を向けようとします。ちょうど、磁石が磁場の中で向きを変えるのに似ています。
- 分子の再配列: 液晶分子は、電界の方向に沿って回転し、配列を変えます。例えば、TN(Twisted Nematic)型液晶の場合、電圧をかけない状態ではねじれた配列をしていますが、電圧をかけると電界の方向に垂直に立ち上がってねじれが解消されます。
この「電圧(電界)をかけることで液晶分子の向きが変化する」という性質が、液晶ディスプレイが光の透過量を制御し、画像を表示する基本的な原理となっています。

液晶分子は細長く、電荷の偏りから分子の長軸と短軸で電気の通りやすさ(誘電率)が異なります(誘電異方性)。電圧をかけると、液晶分子はこの電界に誘電率が高い方向を向けようとすることで、向きが変化します。
分子の向きの変化で光の透過量を制御出来る理由は何か
液晶ディスプレイにおいて、液晶分子の向きの変化が光の透過量を制御できるのは、「偏光」という光の性質と、「偏光フィルター」の働きを組み合わせているからです。
具体的には、以下のメカニズムで制御されます。
偏光フィルター(偏光板)の配置
液晶ディスプレイには、通常、上下2枚の偏光フィルターが配置されています。これらの偏光フィルターは、特定の方向に振動する光(偏光)だけを通し、それと垂直な方向の光は通しません。多くの場合、上下の偏光フィルターは、互いに90度ずれた(クロスした)向きに配置されています。
液晶層での光の偏光方向の変化
電圧を印加しない状態(例:ノーマリーホワイトモードの場合)
液晶分子は、電圧がない状態では、その種類によって様々な配向を取ります(例:TN型液晶ではねじれた配列)。このねじれた液晶分子の配列を光が通過する際、光の振動方向(偏光方向)も液晶分子のねじれに沿って回転します。
電圧を印加する状態
液晶分子に電圧が加わると、液晶分子は電界の方向に沿って向きを変えます。これにより、液晶分子の「ねじれ」が解消されたり、光の偏光方向を回転させる能力が失われたりします。
光の透過制御
光が透過する場合: 例えば、上の偏光フィルターを通過した光が、液晶層で90度回転し、下の偏光フィルターの透過軸に合うように変化すると、光はそのまま透過し、画面が明るく見えます。
光が遮断される場合: 逆に、液晶分子の向きが変化して光の偏光方向が回転しなくなり、下の偏光フィルターの透過軸と垂直になってしまうと、光は遮断され、画面は暗く見えます。
このように、電圧によって液晶分子の向きを変え、液晶層を通過する光の偏光方向を変化させることで、最終的に下の偏光フィルターを通過する光の量を精密に制御し、画面の明るさ(濃淡)を作り出しているのです。各画素(ピクセル)ごとにこの制御を行うことで、様々な色や画像を表現できます。

電圧による液晶分子の向きの変化で、光の偏光方向が回転する度合いが変わります。これにより、上下に配置された偏光フィルターを透過する光量が調整され、明るさ(透過量)が制御されます。
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