TDKの新規パワーインダクターの量産 インダクターとは何か?需要が高まっている理由は何か?

この記事で分かること

  • インダクターとは:線をコイル状に巻いた電子部品で、電流の変化を妨げ、磁場としてエネルギーを蓄える働きをします。電源の安定化、ノイズ除去、信号の選別などに幅広く利用されます。
  • 車載向けのインダクターの需要の高まりの理由:自動運転や電動化(CASE)の進展により、車載電子制御ユニット(ECU)やセンサーの搭載数が増大し、これらへの安定した電力供給やノイズ対策が必須となっているためです。

TDKの新規パワーインダクターの量産

 TDKは、車載電源回路用インダクターの量産を積極的に進めています。特に、近年注目されている電気自動車やADAS(先進運転支援システム)の普及に伴い、車載電子制御ユニット(ECU)の需要が増加しており、これらに搭載される電源回路用インダクターには、小型化、高効率化、そして高温環境下での高い信頼性が求められています。

 https://www.tdk.com/ja/news_center/press/20250701_01.html

 2025年7月より、TFM201612BLEAシリーズの薄膜パワーインダクターの量産を開始しています。これは、従来品と比較して定格電流を16%向上させ、直流抵抗を31%低減することで、業界最高水準の電気特性を実現しています。

インダクターとは何か

 インダクター(Inductor)は、電子回路における受動部品の一つで、主に電流の変化を抑制し、磁場としてエネルギーを蓄える働きをします。一般的には、導線をコイル状に巻いた形状をしており、コイルと呼ばれることも多いです。

インダクターの原理

インダクターの基本的な原理は、電磁誘導にあります。

  1. 電流の磁気作用: 導線に電流が流れると、その周囲に磁場が発生します。
  2. 磁場の蓄積: 導線をコイル状に巻くことで、この磁場が集中し、強力な磁場を形成します。この磁場にエネルギーが蓄えられます。
  3. 電磁誘導: コイルに流れる電流が変化すると、それに伴って発生する磁場も変化します。この磁場の変化が、コイル自身に逆方向の起電力(誘導起電力)を発生させます。この現象を「自己誘導」と呼びます。

この自己誘導の働きにより、インダクターは以下のような特性を持ちます。

  • 電流の変化を妨げる: 電流が増加しようとすると、それを打ち消す方向に起電力を発生させ、増加を抑制します。逆に、電流が減少しようとすると、それを助ける方向に起電力を発生させ、減少を抑制します。このため、インダクターは「電流の流れを平滑化する」役割を担います。
  • 直流は通し、交流は通しにくい: 直流電流(変化しない電流)に対しては、誘導起電力が発生しないため、抵抗値が非常に小さい(理想的にはゼロ)導線のように振る舞います。しかし、交流電流(常に変化する電流)に対しては、その周波数が高くなるほど誘導起電力が大きくなり、電流が流れにくくなります。この性質は、交流に対する「インピーダンス」として表されます。

インダクターの主な役割と用途

 インダクターは、その特性を活かして様々な電子回路で重要な役割を果たしています。

  1. エネルギーの蓄積・放出:
    • スイッチング電源(DC-DCコンバータなど): 入力された電力を効率的に別の電圧に変換する際に、インダクターが一時的にエネルギーを磁場として蓄え、必要な時に放出することで、昇圧や降圧を行います。
    • LEDドライバーなど: LEDに安定した電流を供給するために、エネルギーを蓄積・放出する役割を担います。
  2. 電流の平滑化・ノイズ除去(フィルタリング):
    • 電源回路: 交流成分(リップル)を含む電源から直流成分を抽出したり、ノイズを除去して安定した直流電流を供給するために、インダクターが使われます(チョークコイルと呼ばれることもあります)。
    • 信号回路: 特定の周波数帯のノイズを除去するために、フィルタ回路の一部として使用されます。高い周波数の信号を通しにくい性質を利用します。
  3. 共振回路:
    • 通信機器(ラジオなど): コンデンサーと組み合わせて特定の周波数で共振する回路を構成し、目的の信号を選択的に取り出す(チューニングする)ために利用されます。
  4. インピーダンス整合:
    • 高周波回路: 信号源と負荷の間でインピーダンスを合わせることで、信号の損失を最小限に抑え、効率的な電力伝送を実現します。

「コイル」との違い

 厳密な定義はありませんが、一般的には「インダクター」は、その特性(特にインダクタンス)を積極的に利用して回路設計を行う場合の部品を指すことが多いです。一方、「コイル」は、導線を巻いた形状そのものを指す場合や、変圧器のように電磁誘導を利用した電力機器の部品を指す場合など、より広い意味で使われます。しかし、実際にはほとんど同じ意味で使われることが多く、混同されることもあります。

 インダクターは「電流の変化を嫌う」性質を持ち、これを応用することで、電源の安定化、ノイズの除去、信号の選別など、様々な電子回路の基盤となる重要な働きを担っています。

インダクターは、導線をコイル状に巻いた電子部品で、電流の変化を妨げ、磁場としてエネルギーを蓄える働きをします。直流は通しやすく、交流は周波数が高いほど通しにくい性質があり、電源の安定化、ノイズ除去、信号の選別などに幅広く利用されます。

車載電源回路でインダクターはどんな役割があるのか

 車載電源回路において、インダクターは非常に重要な役割を担っています。自動車の電装化やADAS(先進運転支援システム)の進化により、多くの電子制御ユニット(ECU)が搭載され、これらには安定した電力供給が不可欠だからです。

  1. 電圧の安定化とノイズ除去(平滑化):
    • 車載電源は、バッテリーからの供給やオルタネーターの発電などにより、電圧変動やノイズが発生しやすい環境にあります。
    • インダクターは、電流の急激な変化を抑制する特性(自己誘導作用)により、これらの電圧変動やノイズを吸収し、安定した直流電圧を供給する役割を果たします。特にDC-DCコンバータ(昇圧・降圧回路)では、インダクターがエネルギーを一時的に蓄え、平滑な電流に変換することで、効率的かつ安定した電力供給を実現します。
  2. 電力変換の効率化:
    • DC-DCコンバータにおいて、インダクターはスイッチング動作と組み合わせてエネルギーを効率的に伝達します。これにより、電力損失を抑え、システムの高効率化に貢献します。電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)では、バッテリーの電力を効率よく利用するために、この役割が特に重要になります。
  3. 小型化と高信頼性:
    • 自動車の限られたスペースに多くのECUを搭載するため、電子部品の小型化が求められます。TDKが開発しているような小型のインダクターは、基板の省スペース化に貢献します。
    • また、自動車は高温や振動、衝撃といった過酷な環境下で使用されるため、インダクターには高い信頼性(耐熱性、耐振動性など)が求められます。TDKの製品が150℃以上の高温に対応しているのはこのためです。
  4. 特定の周波数成分のフィルタリング(ノイズ対策):
    • 車載システムでは、様々な電子機器が動作するため、電磁ノイズ(EMI)が発生しやすくなります。インダクターは、特定の高周波ノイズ成分を通しにくい性質を利用して、ノイズフィルターとして機能し、他の電子機器への干渉を防ぎます。特にPoC(Power over Coax)のように、データと電源を一本のケーブルで伝送するシステムでは、信号と電源を分離するためのフィルターとしてインダクターが不可欠です。

 インダクターは車載電源回路において、安定した電力供給、効率的な電力変換、ノイズ対策、そして小型化・高信頼性の実現に欠かせない重要な部品となっています。

車載電源回路においてインダクターは、電圧変動やノイズを吸収し、安定した電流を供給する役割を担います。特にDC-DCコンバータで電力変換効率を高め、小型化と高い信頼性で過酷な車載環境に対応し、システム全体の安定稼働に不可欠です。

なぜ車載電源回路用インダクターの需要が高くなっているのか

 車載電源回路用インダクターの需要が高まっている背景には、主に以下の要因が挙げられます。

CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)の進展

  • 電動化(xEV化:EV、HEV、PHEVなど): 電気自動車やハイブリッド車では、モーター駆動のための大電力制御やバッテリー管理に高効率なDC-DCコンバータが不可欠です。インダクターはこれらの電力変換効率を左右する重要な部品であり、大電流対応かつ高効率なものが求められます。
  • 自動運転・ADAS(先進運転支援システム)の普及: 自動運転レベルの向上に伴い、車載カメラ、レーダー、LiDARなどのセンサーや、それらを処理する高性能ECU(電子制御ユニット)の搭載数が増加しています。これらの電子機器は安定した電力供給が必須であり、各ECUの電源回路にインダクターが使われます。
  • コネクテッド化: 車載通信システム(V2Xなど)の進化により、高周波信号を扱う回路が増加しています。インダクターは、これらの高周波回路におけるノイズ除去や信号分離にも使用されます。

自動車1台あたりの電子部品搭載点数の増加

  • 上記のCASEの進展に伴い、自動車1台に搭載されるECUの数や、それに伴う電子部品の搭載点数が飛躍的に増えています。例えば、かつては数百個程度だったMLCC(積層セラミックコンデンサ)の搭載数が、現在では3,000~6,000個にまで増加しているように、インダクターも同様に搭載点数が増加しています。

高性能化と高信頼性への要求

  • 車載環境は高温、低温、振動、衝撃など、非常に過酷です。そのため、インダクターにはこれらの環境下でも安定して動作する高い信頼性が求められます。
  • また、限られたスペースに多くの部品を搭載するため、小型化・薄型化のニーズも高まっています。さらに、高効率化により発熱を抑えることも、部品寿命やシステム全体の安定稼働に寄与します。

 これらの複合的な要因により、車載電源回路用インダクターは、高性能化・小型化・高信頼性といった進化を遂げながら、その需要を大きく伸ばしています。

自動運転や電動化(CASE)の進展により、車載電子制御ユニット(ECU)やセンサーの搭載数が増大し、これらへの安定した電力供給やノイズ対策が必須となり、過酷な車載環境に対応する小型・高信頼性インダクターの需要が飛躍的に高まっています。

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