この記事で分かること
- 質量分析法とは:物質を原子・分子レベルでイオン化し、その質量と数を測定して成分を特定する手法です。「分子の重さを測る超精密な天秤」のようなもので、微量な試料から物質の同定や定量、構造解析が可能です。
- なぜ物質の同定が可能か:各物質は固有の質量を持ち、さらにイオン化の際に指紋のような特有の壊れ方(パターン)を示します。この「正確な重さ」と「壊れ方のパターン」をデータベースと照合することで、物質の正体を特定できます。
- なぜ定量が可能か:検出器で得られる信号の強さ(イオンの数)が、物質の量に比例する性質を利用します。濃度既知の標準試料で「信号と量の関係(検量線)」をあらかじめ作り、それと比較することで微量な成分も正確に定量できます。
質量分析法
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は、質量分析法に関する記事となります。
質量分析法とは何か
質量分析法(MS)とは、分子や原子をバラバラの「イオン」にし、その重さ(質量)と数を測定することで、物質が「何であるか」「どれくらい含まれているか」を特定する分析手法です。
非常に感度が高く、ごく微量の試料からでも、その物質の「指紋」を特定するように正確な情報を得ることができます。
質量分析の基本的な仕組み
質量分析は、大きく分けて以下の3つのステップで行われます。
- イオン化: 試料に電気をかけたり、レーザーを当てたりして、中性の分子を電気を帯びた「イオン」の状態にします。
- 質量分離: イオンを電場や磁場の中に飛ばします。重いものはゆっくり動き、軽いものは速く動くといった性質を利用して、重さごとに分けます。
- 検出: 分かれたイオンが検出器に当たり、その数(強度)を記録します。
得られるデータ:マススペクトル
測定結果は「マススペクトル」と呼ばれるグラフで表示されます。
- 横軸 (m/z): 質量(m)を電荷(z)で割った値。
- 縦軸: イオンの強度(検出された量)。
このグラフのピークの位置を見ることで、元の分子の重さや、分子が壊れてできた断片(フラグメント)からその構造を推測することができます。
主な活用シーン
質量分析は、私たちの生活のあらゆるところで使われています。
- ドーピング検査・薬物検査: 血液や尿の中に禁止薬物が微量でも含まれていないかを確認します。
- 食品の安全: 農薬の残留検査や、産地の偽装がないかの特定に役立ちます。
- 新薬の開発: 新しく作った化合物が狙い通りの構造をしているか確認します。
- 宇宙探査: 火星などの惑星の土壌にどのような成分があるかを調べるために、探査機に搭載されています。
質量分析法は「分子の重さを測る超高性能な天秤です。現代の科学において、物質の正体を知るための最も強力なツールのひとつと言えます。

質量分析法とは、物質を原子・分子レベルでイオン化し、その質量と数を測定して成分を特定する手法です。「分子の重さを測る超精密な天秤」のようなもので、微量な試料から物質の同定や定量、構造解析が可能です。
なぜ磁場や電場中での動きに差が出るのか
磁場や電場で「重さ」によって動きが変わるのは、「加速のしやすさ」と「曲がりにくさ」に違いが出るからです。
1. 電場での加速(ニュートンの運動方程式)
電場の中にイオンを置くと、電気的な力(クーロン力)を受けます。この時の動きは、有名な運動方程式で説明できます。
F = ma
- 受ける力 (F): 電荷が同じなら、どのイオンも同じ力で押されます。
- 質量 (m): 物質の重さです。
- 加速度 (a): 速度の変化(勢い)です。
同じ力で押しても、重いもの(m が大きい)は加速しにくく(a が小さい)、軽いもの(m が小さい)は一気に加速(aが大きい)します。これが「軽いものは速く、重いものはゆっくり」動く第一の理由です。
2. 磁場でのカーブ(ローレンツ力)
動いているイオンが磁場に入ると、進む方向に対して垂直な力(ローレンツ力)を受けて、円を描くように曲がります。
ここでポイントになるのが「慣性」です。
- 重いイオン: 直進しようとする勢い(慣性)が強いため、磁場に押されてもなかなか曲がらず、大きな円を描きます。
- 軽いイオン: 慣性が小さいため、磁場の力に負けて**急カーブ(小さな円)**を描きます。
- 電場では: 軽い方が「スタートダッシュ」が速い。
- 磁場では: 軽い方が「小回りが利く(急カーブする)」。
この「加速の差」や「カーブの半径の差」を測ることで、目に見えないほど小さな分子の重さを正確に割り出しているのです。

電場や磁場では、イオンに電気的な力が加わります。軽いイオンは慣性が小さいため、力が加わるとすぐ加速し、急カーブを描きます。一方、重いイオンは慣性が大きく加速しにくいため、動きが鈍く、大回りになります。
なぜ物質の同定ができるのか
物質の同定(正体を突き止めること)ができる理由は、質量分析が物質の「正確な重さ」だけでなく、分子の「家系図」のような情報まで引き出せるからです。
詳しく分けると、以下の3つの要素が組み合わさっています。
1. 精密質量による「組成」の特定
分子は原子(水素、炭素、酸素など)の組み合わせでできていますが、各原子の重さはごくわずかに整数からズレています。
- 例えば、同じ「重さ28」に見える分子でも、窒素(N2)は 28.0061、一酸化炭素(CO)は 27.9949 です。
- この小数レベルの差(精密質量)を測定することで、その物質がどのような元素で構成されているか(組成式)を一つに絞り込めます。
2. フラグメンテーション(分子の壊れ方)
イオン化の際、分子にはエネルギーが加わり、一部の結合が切れてバラバラの破片(フラグメントイオン)になります。
- 構造の反映: 分子は「結合の弱いところ」から壊れます。そのため、同じ組成でも構造(カタチ)が違えば、壊れ方も変わります。
- 指紋(フィンガープリント): この壊れた破片の並び順(マススペクトル)は物質固有のパターンになります。
3. データベースとの照合(ライブラリ検索)
世界中で測定された数十万種類以上の物質の「壊れ方パターン」がデータベース化されています。
- 測定して得られたスペクトルをこのデータベースと瞬時に照合し、一致率(マッチングスコア)を算出することで、「99%の確率でこの物質である」と断定できます。
4. MS/MS(タンデム質量分析)による裏打ち
さらに確実に同定するために、特定の破片を一つ選び、それをさらにもう一度壊して詳しく調べる手法もあります。
- 「親」→「子」→「孫」と壊していくことで、複雑な混合物の中からでも、ターゲットとなる物質を完璧に特定できます。
「精密な重さで成分を絞り込み」、「壊れ方という指紋を照合する」。この2段構えによって、未知の物質でも正体を暴くことができるのです。

各物質は固有の質量を持ち、さらにイオン化の際に指紋のような特有の壊れ方(パターン)を示します。この「正確な重さ」と「壊れ方のパターン」をデータベースと照合することで、物質の正体を特定できます。
なぜ定量できるのか
質量分析法で「量(濃度)」を測定できるのは、検出されるイオンの数(信号の強さ)が、試料に含まれる分子の数に比例するからです。
1. イオン数と電流の比例関係
装置内でイオン化された分子は、検出器にぶつかって電気信号(電流)に変わります。
- 分子が多い → 発生するイオンが多い → 検出器に届く数が増える → 大きなピーク(信号)
- 分子が少ない → イオンが少ない → 小さなピークこのピークの高さや面積を測ることで、物質がどれくらい存在するかを算出できます。
2. 検量線(ものさし)の作成
信号の強さだけでは「何マイクログラムか」は分かりません。そこで、あらかじめ濃度がわかっている標準試料をいくつか測定します。
- 濃度と信号強度の関係をグラフにした「検量線」を作成し、未知の試料から得られた信号をこのグラフに当てはめることで、正確な量を割り出します。
3. 内標準法(誤差の補正)
分析の途中で試料が少しこぼれたり、装置の調子がわずかに変わったりすると誤差が出ます。これを防ぐのが「内標準法」です。
- 目印を加える: 分析したい物質とよく似た性質を持つ物質(内標準物質)を、正確に一定量混ぜます。
- 比率で計算: 「目印の信号」と「測りたい物質の信号」の比率を見ることで、装置の変動に左右されない極めて精密な定量が可能になります。

検出器で得られる信号の強さ(イオンの数)が、物質の量に比例する性質を利用します。濃度既知の標準試料で「信号と量の関係(検量線)」をあらかじめ作り、それと比較することで微量な成分も正確に定量できます。

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