この記事で分かること
- 水性樹脂材料とは:水に溶けない樹脂(プラスチック)を、微細な粒子として水中に分散させた材料です。水が蒸発すると粒子が結合して強固な膜を作ります。シンナー等の溶剤を使わないため、環境に優しく安全な接着剤や塗料として広く使われています。
- エマルジョンとは:本来混ざり合わない「水」と「油(樹脂)」の一方が、微細な粒子となって他方の中に分散している状態です。界面活性剤の働きで安定しており、水分が蒸発すると粒子同士が結合して強固なプラスチックの膜を形成します。
- なぜ売却するのか:選択と集中の一環です。成長性の高い半導体材料や産業ガス等のコア事業に経営資源を集中させるため、汎用性の高い水性樹脂事業を、相乗効果が見込める専門メーカーのコニシへ譲渡します
三菱ケミカルグループ、水性樹脂事業の売却
三菱ケミカルグループが、水性樹脂(合成樹脂エマルジョン)事業をコニシ株式会社に売却することを発表しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC177HA0X10C26A2000000/
三菱ケミカルグループは現在、ポートフォリオの最適化を進めており、「選択と集中」を加速させています。
一方、買い手となるコニシにとっては、水性樹脂材料のラインナップを拡充することで、主力である接着剤や土木建設資材事業とのシナジー(相乗効果)を狙う戦略的な買収となります。
水性樹脂材料とは何か
「水性樹脂材料」とは水に溶けている(または分散している)プラスチックのことです。
通常、プラスチック(樹脂)は水に溶けにくいため、薄く塗ったり加工したりするには強力な「有機溶剤(シンナーなど)」に溶かす必要がありました。
しかし、環境や健康への配慮から、水の力で扱えるように開発されたのがこの材料です。主に「合成樹脂エマルジョン」という形で流通しています。
1. どんな仕組みなのか
水の中に、ごく小さな樹脂の粒が浮いている状態です。牛乳をイメージすると分かりやすいかもしれません。牛乳は水の中に脂肪分が細かい粒になって混ざっていますが、水性樹脂も同様です。
- 乾くプロセス: 塗った後に水が蒸発すると、残された樹脂の粒同士がくっつき、強固な膜(プラスチックの層)を作ります。
2. なぜ「水性」が注目されるのか
従来の溶剤(シンナー)タイプに比べて、圧倒的なメリットがあります。
- 環境に優しい: 大気汚染の原因となるVOC(揮発性有機化合物)をほとんど出しません。
- 安全・安心: 引火の危険が低く、作業者の健康被害や独特のイヤな臭いも抑えられます。
- 片付けが楽: 固まる前であれば、道具を水で洗うことができます。
3. 活用例
実は、私たちの生活のいたるところに使われています。
| 用途 | 具体的な例 |
| 接着剤 | 木工用ボンド(白い接着剤)、紙パックの接着 |
| 塗料 | 住宅の内装用ペンキ、道路の白線 |
| コーティング | 紙コップの防水加工、食品パッケージの表面 |
| 繊維・不織布 | 布地の裏打ち(補強)や加工 |
今回の売却のポイント
三菱ケミカルが売却する「ジャパンコーティングレジン」などは、この「水性樹脂」の専門メーカーです。 接着剤大手のコニシ(ボンドの会社)がここを買収するということは、「自社製品(ボンド)の原料から一貫して作る体制を整え、環境対応製品をもっと強化したい」という狙いが見えてきます。

水に溶けない樹脂(プラスチック)を、微細な粒子として水中に分散させた材料です。水が蒸発すると粒子が結合して強固な膜を作ります。シンナー等の溶剤を使わないため、環境に優しく安全な接着剤や塗料として広く使われています。
エマルジョンとは何か
「エマルジョン(乳濁液)」とは、本来混ざり合わない「水」と「油(または樹脂)」が、一方が微細な粒子となって他方の中に分散している状態のことです。
1. 身近なイメージ
一番分かりやすい例は「マヨネーズ」や「牛乳」です。
- マヨネーズ: 本来混ざらない「酢(水)」と「油」が、卵黄の助けを借りて均一に混ざっています。
- 水性樹脂: これの「油」の部分が「プラスチック(樹脂)」に置き換わったものだと考えてください。
2. なぜ分離しないのか?(界面活性剤の役割)
そのままでは分離してしまいますが、「界面活性剤(乳化剤)」という分子が橋渡しをしています。
この分子は「水になじむ手」と「油になじむ手」を両方持っており、樹脂の粒を包み込んで水の中に安定して浮かせています。
3. エマルジョンの最大の特徴
- 「水」の性質で扱える: 中身はプラスチックでも、見た目や扱いは「水」に近いため、サラサラしていて塗りやすく、水で薄めることも可能です。
- 乾くと「プラスチック」に変わる: 水分が蒸発すると、バラバラだった樹脂の粒同士がギュッと押し付けられて結合し、透明で丈夫なプラスチックの膜(被膜)に変化します。
接着剤(木工用ボンドなど)、塗料(壁紙の塗装など)、紙のコーティングこれらを「溶剤(シンナー)」を使わずに「水」で作るための基幹技術がエマルジョンとなります。

本来混ざり合わない「水」と「油(樹脂)」の一方が、微細な粒子となって他方の中に分散している状態です。界面活性剤の働きで安定しており、水分が蒸発すると粒子同士が結合して強固なプラスチックの膜を形成します。
どのような界面活性剤が使用されるのか
水性樹脂(エマルジョン)に使われる界面活性剤は、単に混ぜるだけでなく、「重合(樹脂の粒を作る工程)」と「貯蔵(固まらないように保つ工程)」の両面で重要な役割を果たします。主に以下の3つのタイプが使い分けられます。
1. アニオン(陰イオン)界面活性剤
最も一般的で、強力な分散力を持っています。
- 特徴: 水の中でマイナスの電気を帯びます。樹脂の粒子の表面をマイナスに帯電させ、粒子同士が反発し合うことで凝集(ダマになること)を防ぎます。
- 代表例: 脂肪酸石けん、アルキル硫酸エステル塩など。
2. ノニオン(非イオン)界面活性剤
電気を持たないタイプです。
- 特徴: 粒子のまわりに厚い水の層(水和層)を作り、物理的なバリアで衝突を防ぎます。
- メリット: 化学的に安定しており、他の添加剤を混ぜても分離しにくいため、アニオン型と併用されることが多いです。
- 代表例: ポリオキシエチレンアルキルエーテルなど。
3. 反応性界面活性剤(反応性乳化剤)
近年のトレンドであり、三菱ケミカルなどの化学メーカーが注力している高機能なタイプです。
- 特徴: 分子の中に「樹脂と結合する手(二重結合)」を持っています。
- メリット: 通常の界面活性剤は乾燥後も膜の中に残ってしまい、雨などに当たると再び溶け出す(耐水性が落ちる)弱点があります。反応性タイプは樹脂の一部として組み込まれるため、非常に高い耐水性や密着性を実現できます。
用途に合わせてこれらをブレンドし、「いかにダマにならず、かつ乾いた後に水に強い膜を作るか」が各メーカーの技術の見せ所です。

主成分の樹脂を水に分散させるため、負の電荷で反発させるアニオン界面活性剤や、粒子の周囲に保護層を作るノニオン界面活性剤が主に使われます。近年は耐水性を高めるため、樹脂と結合する反応性界面活性剤も多用されます。
なぜ売却するのか
三菱ケミカルグループがこの事業を売却する最大の理由は、グループ全体で進めている「事業ポートフォリオの抜本的な見直し(選択と集中)」にあります。
自分たちが世界で勝ち抜ける強い事業だけに絞り、それ以外は他社に任せという戦略です。
1. 「最強の2分野」への集中
現在、三菱ケミカルは以下の2つの成長分野に経営資源(人・モノ・金)を集中させています。
- スペシャリティマテリアルズ: 半導体材料や電気自動車(EV)向けなど、高機能な素材。
- 産業ガス: 世界的に安定した収益が見込める分野。
水性樹脂(エマルジョン)は汎用的な用途も多く、上記のような「最優先分野」からは外れると判断されました。
2. 構造改革の加速(2030年目標)
同社は「2030年までに非コア事業(中核ではない事業)を整理する」という大きな目標を掲げています。
- 不採算・低成長事業の整理: 利益率が低い、あるいは将来の大きな伸びが期待しにくい事業を切り離し、身軽になることで財務体質を強化しようとしています。
3. 「最適な持ち主」への譲渡
今回売却される事業(JCRなど)は、製品力自体は高いものの、三菱ケミカルのような巨大な化学メーカーの中にあるよりも、接着剤を主力とする「コニシ」のような専門メーカーの下で運営される方が、原料調達や販売面でより大きな成長が期待できる(=事業の価値が最大化される)と考えられました。
三菱ケミカルにとって、今回の売却は「事業がダメになったから」ではなく、会社をより高収益で成長性の高い組織に作り変えるための前向きな断捨離といえます。

三菱ケミカルグループが掲げる「選択と集中」の一環です。成長性の高い半導体材料や産業ガス等のコア事業に経営資源を集中させるため、汎用性の高い水性樹脂事業を、相乗効果が見込める専門メーカーのコニシへ譲渡します。
なぜコニシは買収するのか
コニシがこの事業を買収する主な理由は、自社の看板製品であるボンド(接着剤)の競争力をさらに高め、新しい市場へ進出するためです。
1. 弱点だった「アクリルエマルジョン」の強化
コニシは接着剤の大手ですが、水性樹脂の中でも特に汎用性が高く高機能な「アクリルエマルジョン」の分野では、自社単独では対応しきれない市場がありました。
三菱ケミカルが持つ高度な技術と販売網を手に入れることで、一気にこの市場での存在感を高める狙いがあります。
2. 原料からの「一貫生産」による効率化
これまで外部から仕入れていた「樹脂(エマルジョン)」を自グループで作れるようになります。
- コスト削減: 中間マージンを減らせます。
- スピード開発: 接着剤の用途に合わせた「理想の樹脂」を自社で設計・カスタマイズできるため、新製品の開発速度が上がります。
3. 「中期経営計画」の成長戦略
コニシは現在、2027年までの中期経営計画において、成長分野への投資を掲げています。今回の買収は、単なる規模拡大ではなく、環境に優しい「水性材料」のラインナップを増やすことで、SDGs(脱炭素・脱溶剤)の流れに乗るという戦略的な投資でもあります。
三菱ケミカルにとっては「手放したい汎用品」でも、コニシにとっては「喉から手が出るほど欲しい専門材料」だったという、非常に相性の良いディールと言えます。

主力の接着剤事業の競争力を高めるためです。自社で手薄だったアクリルエマルジョン分野の技術と販路を獲得し、原料からの一貫生産体制を構築することで、環境対応製品の開発加速と収益性の向上を狙います。

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