この記事で分かること
- アンモニア分解による水素製造の利点:水素素は運搬が困難ですが、アンモニアに変換すれば既存設備で効率よく輸送・貯蔵できます。三菱重工は、工場排熱などを活用した低温分解による商用化を目指しています。
- 低温での製造が実現した理由:三菱重工と日本触媒が共同開発した「高活性触媒」が鍵です。この触媒は低温でもアンモニアの結合を効率よく切るため、従来必要だった燃焼炉が不要になりました。結果、工場などの廃熱(蒸気)で分解が可能となりました。
- 高活性触媒のメカニズム:触媒がアンモニアの強い結合を電気的に弱め、低いエネルギーでも水素を切り離せるようにします。さらに、反応を邪魔する窒素を表面から素早く排出する特殊な設計により、低温下でも効率的な連続分解を実現しました。
三菱重工業のアンモニア分解による水素製造
三菱重工業は、アンモニア分解による水素製造技術の開発を進めており、2030年度の商用初号機納入を目指しています。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/11344/
この技術は、アンモニアを水素キャリア(輸送・貯蔵に適した形態)として利用する水素サプライチェーンの構築において重要な役割を果たすことが期待されています。
アンモニア分解による水素製造技術とは何か
アンモニア分解とは、アンモニア(NH3)に熱を加えて化学反応を起こし、水素(H2)と窒素(N2)に分ける技術のことです。
水素を「そのまま」運ぶのは非常に大変なため、運びやすいアンモニアの姿で輸送し、使う直前で水素に戻すという役割を担います。
なぜこの技術が必要なのか?(アンモニアのメリット)
水素は次世代のクリーンエネルギーとして期待されていますが、輸送に大きな課題があります。
- 液化水素の場合: マイナス253度という超低温に冷やす必要があり、専用の特殊な船やタンクが必要です。
- アンモニアの場合: マイナス33度で液化するため、既存のプロパンガス用のような設備やタンカーを転用でき、コストを抑えて大量に運べます。
アンモニアは水素を運ぶための「便利な運び手(水素キャリア)」なのです。
三菱重工が目指す「2030年の商用化」のすごさ
これまでのアンモニア分解技術は、600度から800度という非常に高い温度が必要でした。三菱重工の新技術はここが違います。
| 特徴 | これまでの方式 | 三菱重工の新方式 |
| 必要な温度 | 600度以上の高温 | 450度から500度の低温 |
| 加熱の方法 | 燃料を燃やす大きな炉が必要 | 工場などの蒸気や排ガスを利用 |
| 装置のサイズ | 大規模で複雑 | コンパクトで場所を取らない |
| 主な用途 | 大規模プラント | 水素ステーションや小さな工場 |
この技術がもたらす未来
この装置が2030年に実用化されれば、わざわざ遠くから水素を運んでこなくても、「アンモニアを街中で貯めておき、必要な時にその場で水素に変えて使う」ということが可能になります。

アンモニアを加熱・分解して水素を取り出す技術です。水素は運搬が困難ですが、アンモニアに変換すれば既存設備で効率よく輸送・貯蔵できます。三菱重工は、工場排熱などを活用した低温分解による商用化を目指しています。
なぜ低温で分解できるようになったのか
三菱重工がこれまでの常識を覆し、450度から500度という低温でアンモニアを分解できるようになった理由は、大きく分けて2つの技術的突破(イノベーション)にあります。
1. 「高性能な触媒」の共同開発
アンモニアの分子(窒素1つと水素3つ)は非常に強く結びついており、バラバラにするには通常、膨大な熱エネルギーが必要です。
三菱重工は日本触媒と共同で、低い温度でも効率よく反応を促進する「高活性触媒」を開発しました。
- 従来の課題: 低温では、分解された窒素が触媒の表面に張り付いてしまい、反応を邪魔して効率が落ちていました。
- 突破口: 貴金属(ルテニウムなど)を用いたり、触媒の構造を工夫したりすることで、低温でも窒素がスムーズに離れ、次々とアンモニアを分解し続けられるようになりました。
2. 「蒸気加熱方式」の採用
これまでは、アンモニアを分解するための熱を作るために「バーナーで燃料を燃やす(燃焼炉)」のが一般的でした。しかし、三菱重工はこれを「蒸気や排ガス」で温める方式に切り替えました。
- 仕組み: 工場や発電所で余っている熱(廃熱)や、ボイラーで作った蒸気の熱を反応器に伝えます。
- メリット: 燃焼炉が不要になるため、装置全体を非常にコンパクト(コンテナサイズなど)にでき、熱効率も劇的に向上しました。
温度を下げられたことで、わざわざ燃料を燃やして高温を作る必要がなくなり、「工場の横にある余った熱(蒸気など)」をそのまま再利用できるようになりました。
これにより、
- エネルギーコストの大幅な削減
- 装置の小型化(需要地のすぐそばに置ける)
- CO2排出のさらなる抑制
が可能になり、2030年の商用化という現実的な目標が見えてきたのです。
この「排熱を利用できる」という点が、三菱重工の技術が世界的に注目されている最大の強みです。

三菱重工と日本触媒が共同開発した「高活性触媒」が鍵です。この触媒は低温でもアンモニアの結合を効率よく切るため、従来必要だった燃焼炉が不要になりました。結果、工場などの廃熱(蒸気)で分解が可能となりました。
高活性触媒のメカニズムは
高活性触媒が低温(450度〜500度)でアンモニアを分解できるのは、主に「分子の結合を切りやすくする力」と「窒素の排出スピード」を極限まで高めているからです。
1. アンモニア分子をガッチリつかむ
アンモニアは「窒素1つ」と「水素3つ」が非常に強く結びついています。
高活性触媒の表面には、アンモニア分子を吸い寄せて固定する特殊な「反応場(アクティブサイト)」が無数にあります。触媒が分子をしっかりつかむことで、結合を緩め、バラバラにしやすい状態を作ります。
2. 水素(H)を次々と切り離す
触媒の成分(ルテニウムや独自の特殊金属)が「化学的なハサミ」の役割を果たします。
本来なら800度ほどの熱がないと切れないアンモニアの結合を、触媒が電気的な作用で弱めることで、450度程度の熱でもポロポロと水素を切り離せるようになります。
3. 窒素(N)を素早く追い出す(ここが最大のポイント)
実は、低温分解で一番の邪魔者は「残った窒素」です。低温だと、分解された窒素が触媒の表面に「ベタッ」と張り付いてしまい、次のアンモニア分子が来る場所をふさいでしまいます。
- 新技術の工夫: 日本触媒の技術により、窒素が表面に居座らず、すぐに窒素ガス(N2)として離れていくように改良されました。
- 結果: 触媒の表面が常に「空席」状態になるため、低い温度でも止まることなく連続して分解反応が進みます。

触媒がアンモニアの強い結合を電気的に弱め、低いエネルギーでも水素を切り離せるようにします。さらに、反応を邪魔する窒素を表面から素早く排出する特殊な設計により、低温下でも効率的な連続分解を実現しました。
なぜ窒素が離れやすいのか
窒素が触媒から離れやすい理由は、専門的には「窒素との結びつき(吸着エネルギー)の最適化」にあります。
1. 「適度な力」でつかむ
触媒が窒素を強くつかみすぎると、分解された窒素が表面に居座り、次のアンモニアが入る隙間をふさいでしまいます(これを「被毒」と呼びます)。
三菱重工と日本触媒が開発した高活性触媒は、窒素を「分解する瞬間はしっかりつかむが、分解が終わるとすぐ離す」という、絶妙なバランスの結びつきを実現しています。
2. 電子を送り込む(電子助触媒の効果)
触媒に特定の添加物(カリウムやバリウムなどのアルカリ金属)を加えることで、触媒の「電子の状態」を変化させています。
これにより、窒素分子同士がくっついてガス(N2)になろうとする力を強め、触媒表面から「ピョーン」と飛び出しやすくしています。
3. 特殊な表面構造(B5サイトなど)
触媒の表面をナノレベルで観察すると、特定の原子の並び方(階段のような段差など)がある場所で、窒素がくっつきやすく、かつ離れやすいことが分かっています。
この「窒素の脱出口」となる特殊な構造を、触媒表面に高密度に作り出すことで、渋滞することなく窒素を排出できています。
触媒表面の電子状態を調整し、窒素との結合を「強すぎず弱すぎず」の最適化された状態にすることで窒素が触媒表面から離れやすくし、被毒を防いでいます。

触媒の表面に特定の添加物を加えることで、電子の状態を最適化しているからです。これにより窒素との結合が「強すぎず弱すぎず」の絶妙なバランスとなり、窒素同士が結びついてガスとして離れる力を強め、低温でも触媒表面に居座るのを防いでいます。

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