この記事で分かること
- 三フッ化窒素とは:強力な酸化剤や金属の浸食作用をもつ物質で、プラズマエッチングや洗浄用のガスとして利用されています。
- 三フッ化窒素の利点:プラズマによるラジカルの発生のしやすさ、取扱胃のしやすさや高い選択性をもつことから半導体製造プロセスで使用されています。
- 撤退の理由:海外品との価格競争の激化もあり、コスト削減にも限界があり、撤退を決めたものと思われます。
三井化学の三フッ化窒素事業撤退
三井化学は、三フッ化窒素(NF3)事業から撤退することを発表しました。
https://jp.mitsuichemicals.com/jp/release/2025/2025_0526_1/index.htm
三井化学は、これまでも合理化やコスト削減に取り組んできましたが、海外品との価格競争の激化等があり事業継続は難しいと判断したようです。
三フッ化窒素とは何か
三フッ化窒素(NF3)は、無色、有毒、無臭で不燃性の気体ですが、助燃性を持つ無機化合物です。
物理的性質
- 無色、無臭の気体(ただし、微量ではカビのような臭気を感じる人もいるようです)。
- 不燃性ですが、他の物質の燃焼を助けます(助燃性)。
- 空気より重く、低くなった場所に滞留すると酸素欠乏を引き起こす可能性があります。
- 沸点:約−129∘C、融点:約−208.5∘C。
化学的性質
- 常温常圧では安定していますが、加熱すると分解し、フッ化物を含む有毒なヒュームを発生します。
- 強力な酸化剤であり、可燃性物質や還元性物質と反応します。特に、アンモニア、一酸化炭素、水素、硫化水素、メタンなどと激しく反応し、爆発の危険をもたらすことがあります。
- 金属を侵す性質もあります。
用途
- 主に半導体や液晶ディスプレイ、太陽電池の製造プロセスで使用されます。
- プラズマエッチングガス: シリコンウェハーなどを精密に加工する際に、不要な部分を削り取る「エッチング」の工程で使われます。
- プラズマCVD(化学気相成長)処理室の洗浄ガス: 半導体やディスプレイの薄膜を形成するCVD装置の内部に付着した残留物を、高純度で除去するクリーニングガスとして使用されます。分解してできるフッ素ラジカルが、ポリシリコン、窒化ケイ素、二酸化ケイ素などと反応して分解します。
環境への影響
強力な温室効果ガスの一つです。地球温暖化係数(GWP)は二酸化炭素(CO2)の約17,200倍と非常に高いですが、使用量が比較的少ないため、
これまでのところ地球の大気への全体的な影響は、六フッ化硫黄(SF6)やパーフルオロカーボン(PFCs)などに比べると小さいとされてきました。しかし、使用量の増加に伴い、その影響も注視されています。
三井化学がNF3事業から撤退するのは、海外品との価格競争の激化やコスト上昇により、収益確保が困難になったためとされています。半導体産業の発展とともに需要が増加してきた物質ですが、その製造には高い技術とコストが伴うことが伺えます。

三フッ化窒素は強力な酸化剤や金属の浸食作用をもつ物質で、プラズマエッチングや洗浄用のガスとして利用されています。
三フッ化窒素は半導体製造でどのように利用されているのか
三フッ化窒素(NF3)は、半導体製造プロセスにおいて主に以下の2つの重要な用途で使われます。
CVD(化学気相成長)装置のクリーニングガス(洗浄ガス)
これがNF3の最も主要な用途です。半導体や液晶ディスプレイ、太陽電池の製造では、薄膜を形成するためにCVD装置が使用されます。
このプロセス中、ウェハー上に目的の薄膜(例えばシリコン酸化膜や窒化膜)が形成される一方で、装置のチャンバー内部にも不要な薄膜や残留物が付着してしまいます。この付着物を放置すると、品質不良や歩留まり低下の原因となるため、定期的にクリーニング(洗浄)する必要があります。
NF3は、プラズマ中で分解されて強力なフッ素ラジカル(F原子)を生成し、これがチャンバー内の付着物(ポリシリコン、窒化ケイ素、二酸化ケイ素など)と反応して揮発性のガスとなり、効率的に除去します。NF3は、その高い洗浄能力と取り扱いやすさから、広く利用されてきました。
プラズマエッチングガス半導体の微細加工
エッチングの工程でも使用されます。エッチングは、フォトレジストで保護されていない部分の膜を化学反応や物理的な力で除去するプロセスです。
NF3は、シリコンウェハーなどのプラズマエッチングに用いられ、特にシリコン系の膜(シリコン、ポリシリコン、窒化ケイ素、二酸化ケイ素など)の加工に適しています。ただし、エッチングガスとしてはCF4(四フッ化炭素)やSF6(六フッ化硫黄)、HBr(臭化水素)など、他のフッ素系ガスも多く使われており、NF3は主に特定の用途で使い分けられています。
なぜNF3が使われるのか?
- 高い反応性: プラズマ中でフッ素ラジカルを効率的に生成し、ターゲット物質と強く反応して揮発性の副生成物を形成するため、除去効率が高いです。
- 高純度: 半導体製造プロセスは極めて高い純度を要求されるため、高純度のNF3が供給されます。
- 安定性: 常温常圧では比較的安定しており、取り扱いが比較的容易です。
しかし、前述の通りNF3は強力な温室効果ガスであり、環境負荷低減の観点から代替ガスの開発・導入も進められています。三井化学の撤退も、こうした市場環境の変化や価格競争激化が背景にあります。

三フッ化窒素はプラズマのガスとして、CVD装置のクリーニングやエッチングに利用されています。
三フッ化窒素を使用するメリットはなにか
三フッ化窒素(NF3)がフッ素ラジカルを発生させるために半導体製造プロセスで多用される主な理由は、以下の化学的・物理的特性に基づいています。
プラズマ中での効率的な分解
NF3分子は、プラズマ(高周波電力などを印加して生成される電離したガス)中で比較的容易に窒素(N)とフッ素(F)の結合が切断され、フッ素ラジカル(F・)を効率的に生成します。フッ素ラジカルは非常に反応性の高い化学種であり、半導体表面に付着した不要な膜(例えばシリコン酸化物や窒化物)と反応して揮発性の化合物(例: SiF4)を形成し、これらをガスとして除去することができます。
室温での安定性と取り扱いやすさ
NF3は常温常圧では比較的安定したガスであり、フッ素ガス(F2)のように非常に反応性が高く、取り扱いが難しいという問題がありません。これにより、貯蔵、輸送、供給が比較的安全かつ容易に行えます。プラズマ中で初めて分解して活性種を生成するため、必要な場所で必要な時に反応を起こさせることができます。
高い選択性
生成されるフッ素ラジカルは、半導体材料の中でも特にシリコン系の膜(シリコン、ポリシリコン、窒化ケイ素、二酸化ケイ素など)に対して高い反応性を示し、これらを効率的にエッチング・洗浄することができます。一方で、他の材料(例えばレジストや一部の金属)への影響を最小限に抑えることが可能です。
副生成物の揮発性
フッ素ラジカルがターゲットとなる膜と反応して生成する化合物(例: SiF4)は、ほとんどが揮発性のガスであるため、プロセスチャンバーから容易に排気・除去できます。これにより、固体の残留物が残りにくく、清浄な表面を得ることができます。
他のフッ素系ガスとの比較
かつては、四フッ化炭素(CF4)や六フッ化硫黄(SF6)などのPFC(パーフルオロカーボン)もクリーニングガスとして使用されていましたが、NF3はこれらのガスに比べて、特に洗浄効率が高いとされています。
また、近年ではNF3も強力な温室効果ガスであることが問題視されており、代替ガスの開発も進められています。しかし、その高い性能と安定性から、依然として半導体製造において重要な役割を担っています。

三フッ化窒素はプラズマによるラジカルの発生のしやすさ、取扱胃のしやすさや高い選択性をもつことから半導体製造プロセスで使用されています。
どのような代替ガスがあるのか
三フッ化窒素(NF3)は半導体製造において非常に効率的なクリーニング・エッチングガスですが、強力な温室効果ガスであるため、その代替ガスの開発や導入が世界的に進められています。
主な代替の方向性としては、以下の種類が挙げられます。
- 地球温暖化係数(GWP)の低いフッ素系ガスNF3の代替として、同様のフッ素ラジカルを生成しつつ、GWPが低い、または大気寿命が短いフッ素系ガスの研究開発が進められています。
- フッ化カルボニル (COF2): NEDOプロジェクトで開発された日本発のクリーニングガスで、GWPがCO2と同程度の1と極めて低いのが特徴です。クリーニング用途だけでなく、エッチング用途の代替ガスとしても期待されています。
- ハイドロフルオロオレフィン(HFOs): HFO−1234yfなどが代表的で、冷媒分野で低GWPの代替として注目されています。特定の半導体プロセスでの応用も検討されている可能性があります。これらは不飽和結合を持つため、大気中での分解が早く、GWPが非常に低いです。
- 特定のパーフルオロカーボン(PFCs)の代替: 以前から使われていたSF6やC2F6などのPFCsはNF3と同様にGWPが高いですが、より低GWPのPFCs(例: C3F6など)や、PFCsの中でもより分解率の高いものへの置き換えが研究されています。
- フッ素ガス (F2)純粋なフッ素ガスは、非常に反応性が高いため取り扱いが難しいとされてきましたが、NF3よりも環境負荷が小さい代替品として、特にフラットパネルディスプレイや太陽電池の量産工程用として導入が進められているケースもあります。
- プロセス条件の最適化・ガス使用量の削減代替ガスそのものに加えて、以下の取り組みも代替策の一環として重要です。
- ドライエッチング/CVDクリーニングプロセス条件の最適化: ガスの流量や反応時間、プラズマ条件などを最適化することで、ガス使用量を削減し、温室効果ガスの排出量を抑制します。
- 除害装置の高性能化: 使用済みのガスを大気放出する前に、除害装置(スクラバー)で可能な限り分解・無害化することで、温室効果ガスの排出量を大幅に削減します。除害装置の設置率向上と性能向上が重要です。
- NF3以外の既存のエッチングガスエッチング用途では、NF3以外にも多くのフッ素系ガスや塩素系ガスが使用されており、用途や加工対象によって使い分けられています。
- CF4(四フッ化炭素)
- C2F6(六フッ化エタン)
- CHF3(フルオロホルム)
- SF6(六フッ化硫黄)
- Cl2(塩素)
- HBr(臭化水素)
- BCl3(三塩化ホウ素) これらのガスも、それぞれの特性やGWPを考慮しながら、特定の用途で代替として使用されたり、複合ガスとして用いられたりします。
半導体製造は非常に精密で複雑なプロセスであり、代替ガスへの切り替えは、単にガスを変えるだけでなく、製造装置の改造、プロセス条件の再検証、安全性の評価など、多大なコストと時間が必要となります。そのため、GWPの低いガスへの移行は進められているものの、完全に置き換わるまでには時間を要すると考えられます。

三フッ化窒素は優れた性能を持つのの、温室効果ガスであることもあり、代替が検討されています。
しかし、代替ガスへの切り替えは、単にガスを変えるだけでなく、製造装置の改造、プロセス条件の再検証、安全性の評価など、多大なコストと時間が必要で時間がかかろと思われます。
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