この記事で分かること
- ムーア・スレッドとは:2020年設立の中国のファブレス半導体企業で、「中国版NVIDIA」とも呼ばれます。AIコンピューティングやグラフィックス処理に特化したGPU(グラフィックス処理ユニット)の設計・開発を手がけています。
- 株価高騰の理由:国産GPUを担う国家戦略銘柄への期待が最大の理由です。創業者(NVIDIA出身)への信頼と、AI市場の爆発的な成長への思惑も加わり、市場の資金が集中しました。
- 抱えている問題:NVIDIAに劣る技術性能と最先端製造プロセスの利用制限です。さらに、AI開発の標準となっているCUDAに匹敵するソフトウェア・エコシステムの構築が難しく、地政学的リスクも伴います。
ムーア・スレッドの新規上場
中国の半導体新興企業である摩爾線程智能科技(ムーア・スレッド)は、2025年12月5日に上海証券取引所の科創板(STAR市場)に新規上場しました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM03BUZ0T01C25A2000000/
この上場は、中国の「国産GPU(グラフィックス処理ユニット)第一株」として大きな注目を集め、「中国のエヌビディア」とも称されています。
ムーア・スレッドはどんな企業か
摩爾線程智能科技(ムーア・スレッド)は、「中国のエヌビディア」とも称される、AI(人工知能)およびグラフィックス処理用半導体(GPU)の開発を手がける中国のスタートアップ企業です。
2020年の設立と比較的若い企業ですが、中国の半導体自主化を推進する国策のもと、異例のスピードで成長し上場を果たしました。
1. 主要事業:GPUの開発
- 汎用GPU(GPGPU)の開発に注力しており、AIコンピューティング、データセンター、クラウドコンピューティング、ゲーミング、およびデジタルコンテンツ制作など、幅広い分野で利用できるソリューションを提供しています。
- 設立からわずか10か月で「フル機能」のGPUソリューションを開発したと発表するなど、高い技術力を持っています。
2. 創業チームの背景
- 創業者兼董事長(会長)は張建中(David Zhang)氏。
- 彼は、世界のGPU市場のリーダーであるエヌビディア(NVIDIA)に14年以上勤務し、グローバルバイスプレジデントや中国エリアのゼネラルマネージャーなどを務めた経歴があります。
- この経歴から、ムーア・スレッドは「NVIDIAの遺伝子を最も色濃く受け継ぐ」企業と見なされており、技術ロードマップや発展戦略にもNVIDIAとの共通点が多いとされています。
3. 主要な製品と目標
- AI半導体を束ねたAIクラスター「KUAE」など、AIインフラ関連の製品をいち早く市場に投入しています。
- 目標は、国際競争力を備えたGPU分野のリーディング企業となり、中国のさまざまな業界のデジタル化とスマート化を支える強力なAI計算能力を提供することです。
4. 市場の立ち位置
- 高性能GPUの分野において、技術力やエコシステムの整備ではまだNVIDIAなどの海外トップメーカーに及びませんが、米中間の半導体規制が強化される中、NVIDIAの代替として中国国内での期待が非常に高まっています。
- 競合する中国のAIチップ企業には、壁仞科技(Biren Technology)などがあり、中国国内のAI半導体開発競争は激化しています。
ムーア・スレッドは、中国の「国産AI・GPUメーカー」として、今後の技術開発と市場シェアの拡大が注目されています。

ムーア・スレッドは、2020年設立の中国のファブレス半導体企業で、「中国版NVIDIA」とも呼ばれます。AIコンピューティングやグラフィックス処理に特化したGPU(グラフィックス処理ユニット)の設計・開発を手がけています。創業者にはNVIDIA出身者がおり、中国の半導体自主化を担う重要企業として、2025年12月に上海の科創板(STAR市場)に上場しました。
AIクラスターとは何か
AIクラスター(AI Computing Cluster)とは、AI(人工知能)関連の複雑で大規模な計算タスクを実行するために、多数の高性能な計算リソース(主にGPU)を高速ネットワークで接続し、統合された単一システムとして機能させる巨大なコンピューティングシステムのことです。
AI開発における、いわば「巨大な計算発電所」の役割を果たします。
AIクラスターの主な構成要素と役割
AIクラスターは、単なるサーバーの集合体ではなく、高性能な処理能力とデータ転送能力を両立させるために、専用に最適化されたインフラストラクチャです。
| 構成要素 | 役割 |
| 高性能GPU/AIチップ | AIクラスターの中核。大量のデータを並列処理する能力を持ち、AIモデルの学習(トレーニング)や推論の計算を担います。ムーア・スレッドの「KUAE」など、各社の専用AIチップが使われます。 |
| ノード(サーバー) | GPUを搭載した個々のコンピュータ。通常、1台のノードに複数のGPU(8枚など)が搭載され、高速バス(NVIDIAのNVLinkなど)でGPU同士が接続されます。 |
| 高速ネットワーク | InfiniBandや専用の超高速Ethernetファブリックなどが使われます。これは、数千〜数万のGPU間で膨大な学習データを遅延なくやり取りするために不可欠です。 |
| ストレージ | 大量の学習データを高速に読み書きするための高速ストレージ(SSD/NVMe)が使用されます。 |
| 冷却システム | 高性能GPUは大量の熱を発生させるため、液体冷却システム(CDUなど)を含む効率的な冷却管理システムが不可欠です。 |
AIクラスターが必要な理由
AIクラスターの主な目的は、単一のコンピュータでは処理しきれない計算負荷を分散して実行し、処理速度と効率を大幅に向上させることです。
- 大規模AIモデルのトレーニング:ChatGPTや大規模言語モデル(LLM)のような最先端のAIモデルは、テラバイト級の膨大なデータセットと、数兆単位のパラメータを持ちます。これらのモデルを一からトレーニングするには、単体のGPUでは年単位の時間がかかってしまいます。
- 並列処理の最適化:AIの計算は並列処理に適しているため、多数のGPUを同時に動かすことで、学習時間を数週間〜数日単位に短縮できます。
- リソース管理:複数のチームやユーザーがクラスターを共有するため、ジョブのスケジューリングやリソース予約などの管理機能も重要となります。
ムーア・スレッドが提供するAIクラスター「KUAE」は、同社製のAI半導体を多数束ね、中国国内のAI開発に必要な計算能力を提供することを目的としています。

AIクラスターは、多数の高性能GPU/AIチップを超高速ネットワークで連結し、大規模なAIモデルの学習や推論を並列処理するために構築された、巨大な統合型計算システムです。AI開発の効率を飛躍的に高めます。
株価高騰の理由は何か
ムーア・スレッドの株価が公開価格の5倍以上に急騰した主な理由は、以下の複数の要因が複合的に作用した結果です。
1. 国家戦略としての「半導体自主化」期待
- 「中国のエヌビディア」への期待:米国による対中半導体規制が強化される中、中国はテクノロジーの自立自強を国家戦略として強力に推進しています。ムーア・スレッドは、AIチップ分野で海外製品(特にNVIDIA)の代替となり得る「国産GPUの旗艦企業」として、国内投資家から圧倒的な期待と政策的恩恵を受けると見られています。
- 市場の空白:米国の輸出規制により、高性能AIチップの入手が困難になる中で、ムーア・スレッドのような国内メーカーが市場シェアの空白を埋めることへの強い思惑があります。
2. AI市場の爆発的な成長
- AI革命の恩恵:ChatGPTなどの生成AIブームにより、AIモデルのトレーニングに必要なAIチップ(GPU/アクセラレーター)の需要が世界的に爆発的に高まっています。ムーア・スレッドは、このAI関連銘柄として、巨額の成長ポテンシャルを持つと見なされました。
3. 創業者と技術的背景への信頼
- NVIDIA出身の創業者:創業者である張建中氏がNVIDIAで長年にわたり要職を務めた経歴は、ムーア・スレッドの技術力と将来の製品開発能力に対する信頼性を担保しました。投資家は、彼の経験がグローバルスタンダードのGPU開発に活かされると見ています。
4. 上場市場と需給要因
- 科創板(STAR市場)の特性:ハイテク企業が集まる科創板は、比較的高いボラティリティ(変動率)と、政策的に優遇されたセクターへの集中投資が起こりやすい傾向があります。
- IPOの需要集中:半導体やAIといった「国策に合致した優良IPO」には、市場の資金が集中しやすく、初日に公開価格を大きく上回る高値がつく現象(セカンドマーケットでの流動性不足による)は珍しくありませんでした。
これらの要因が組み合わさり、ムーア・スレッドのIPOは「AIと国策の恩恵を最大限に受ける銘柄」として、初日に公開価格を大幅に上回る異例の高騰を引き起こしました。

ムーア・スレッドの株価高騰は、「中国のエヌビディア」として国産GPUを担う国家戦略銘柄への期待が最大の理由です。創業者(NVIDIA出身)への信頼と、AI市場の爆発的な成長への思惑も加わり、市場の資金が集中しました。
中国版エヌビディアとなるための問題点は
ムーア・スレッドが真に「中国のエヌビディア」となるためには、技術力、製造、エコシステムなど、多岐にわたる深刻な課題を克服する必要があります。
1. 技術性能と製造プロセスの格差
| 課題の性質 | 詳細 | NVIDIAとの格差 |
| 性能の大きな遅れ | 現行のムーア・スレッドのGPUは、AI用途、ゲーミング用途ともに、NVIDIAの数世代前の製品(例: GTX 660 TiやGTX 1050 Tiレベル)と比較される性能に留まっています。 | 約5〜10年の性能差があると指摘されています。 |
| 先端製造へのアクセス制限 | 米国の輸出規制により、最先端のチップ製造技術を持つTSMCなどの海外ファウンドリ(受託製造企業)を利用できなくなっています。 | 最先端(5nm、3nmなど)のプロセス技術を利用できず、性能と電力効率で不利になります。 |
2. ソフトウェア・エコシステムの欠如
NVIDIAの真の強みは、高性能なハードウェア(GPU)だけでなく、それを最大限に活用するためのソフトウェア・エコシステム「CUDA」にあります。
- CUDAの独占的地位:AI開発者は事実上CUDAに依存しており、これに匹敵する、あるいは代替となる互換性、安定性、および開発者コミュニティを持つプラットフォームを構築することが極めて困難です。
- ドライバーと互換性の問題:初期の製品では、ゲームや専門ソフトウェアの互換性やドライバーの最適化が不十分であり、ユーザー体験の質がNVIDIAに大きく劣っています。
3. 地政学的リスクとサプライチェーン
- 米国の制裁リスク:すでにムーア・スレッド自身が米国のエンティティ・リストに追加されており、海外との取引や、HBM(広帯域メモリ)などの基幹部品の調達に継続的な支障が出ています。
- 国内競争の激化:ムーア・スレッドだけでなく、ファーウェイ(Ascendチップ)や壁仞科技(Biren Technology)など、中国国内の強力な企業もAIチップ開発に参入しており、限られた国内市場での競争が激化しています。
政策的な支援と潤沢な資金調達は大きな追い風ですが、世界的な競争力を獲得するためには、「ハードウェアの性能差の解消」と「ソフトウェア・エコシステムの確立」という、極めて時間と資源を要する二つの難題を、制裁下でクリアしていく必要があります。

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