この記事で分かること
- 製造する基板の種類:主に電気自動車(EV)や産業機器向けのパワー半導体用「高熱伝導窒化ケイ素(Si3N4)基板」を製造します。
- 窒化ケイ素基板が熱伝導に優れる理由:強固なSi-N共有結合と規則正しい結晶構造により、熱エネルギーを伝えるフォノンが効率的に伝播するため、高い熱伝導性を示します。これにより、放熱性に優れた基板となります。
- パワー半導体市場の動向:パワー半導体市場は、EVの普及や再生可能エネルギーへのシフトという大きなトレンドに支えられ、今後も高成長が続く見込みです。
日本ファインセラミックスの半導体基板の新工場
日本ファインセラミックス(JFC)は、宮城県富谷市に建設していた半導体基板の新工場(富谷事業所西工場)を、2025年10月に操業開始する予定です。
https://www.jgc.com/jp/news/2025/20250718_11j.html
この新工場は、パワー半導体向け高熱伝導窒化ケイ素基板などの生産を目的としており、総投資額は約100億円とされています。電気自動車(EV)や高速鉄道、産業機器といった分野で需要が拡大しているパワー半導体市場のニーズに応えるための増産体制が強化されます。
どんな半導体基板を製造するのか
JFCが宮城の新工場で製造するのは、主にパワー半導体向けの「高熱伝導窒化ケイ素(Si3N4)基板」です。
この基板は、その名の通り、以下の優れた特性を持っています。
- 高い熱伝導率: パワー半導体が動作中に発生する大量の熱を効率的に外部へ逃がすことができます。これにより、半導体の過熱による性能低下や故障を防ぎ、寿命を延ばすことが可能になります。
- 優れた絶縁性: 電気を通さない性質が高く、パワー半導体の回路を確実に絶縁し、誤作動や短絡を防ぎます。
- 高い機械的強度と靭性: 高温環境や、半導体の発熱による温度変化(熱サイクル)によって生じる応力に強く、クラック(ひび割れ)が発生しにくい特性を持っています。これにより、デバイスの信頼性向上に貢献します。
なぜ、窒化ケイ素(Si3N4)基板が重要なのか?
近年、電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HEV)、高速鉄道、産業機器など、大電力を扱う分野でパワー半導体の需要が急速に拡大しています。これらのアプリケーションでは、小型化・高出力化が進むにつれて、半導体が発する熱も増加します。
高熱伝導窒化ケイ素基板は、このような厳しい環境下でパワー半導体が安定して動作するために不可欠な部品であり、特に以下のようなメリットをもたらします。
- デバイスの高出力化・小型化: 効率的な放熱により、より多くの電力を扱うことができるようになり、デバイスの小型化にも寄与します。
- 製品の長寿命化と信頼性向上: 熱による劣化を抑制し、製品全体の信頼性と寿命を向上させます。
- 低炭素・脱炭素社会への貢献: EVや産業機器の省電力化に貢献し、エネルギー効率の向上を通じてCO2排出量の削減に寄与します。
JFCは、この分野におけるリーディングカンパニーの一つとして、高熱伝導窒化ケイ素基板の生産能力を強化し、需要に応えていく方針です。

JFC宮城新工場では、主に電気自動車(EV)や産業機器向けのパワー半導体用「高熱伝導窒化ケイ素(Si3N4)基板」を製造します。この基板は、高い放熱性と絶縁性、機械的強度を持ち、パワー半導体の高出力化・長寿命化に貢献します。
窒化ケイ素基板が熱伝導に優れる理由は
窒化ケイ素(Si3N4)基板が熱伝導に優れる主な理由は、その結晶構造と化学結合の性質にあります。
Si-N結合の強固さ
窒化ケイ素は、シリコン(Si)原子と窒素(N)原子が非常に強固な共有結合で結びついています。この強固な結合は、熱エネルギーを伝える媒体である「フォノン」(結晶格子振動の量子)が効率的に伝播しやすい環境を作り出します。結合が強固で安定しているほど、フォノンの散乱が少なく、熱がスムーズに伝わります。
規則正しい結晶構造
窒化ケイ素セラミックスは、主にα型とβ型という2種類の結晶構造を持ちます。特に熱伝導に優れるよう設計された材料では、これらの結晶が緻密に充填され、結晶粒界(結晶同士の境目)の抵抗が低減されるように製造プロセスが最適化されます。結晶が規則正しく並んでいると、フォノンは効率よく伝わり、熱伝導率が高まります。
粒界相の制御
窒化ケイ素セラミックスを製造する際には、焼結助剤と呼ばれる添加物が用いられ、これにより結晶粒同士が結合して緻密な構造が形成されます。この焼結助剤が形成する「粒界相」の性質が、全体の熱伝導率に大きく影響します。高熱伝導の窒化ケイ素では、この粒界相の熱伝導率も高く保たれるか、あるいはフォノンの散乱を極力抑えるような組成・構造に制御されています。
高い音速
熱を伝えるフォノンの速度は、その物質中の音速と関係があります。窒化ケイ素は非常に硬く、その結晶中での音速が速いため、フォノンも高速で伝播し、結果として高い熱伝導性を示します。
これらの要因が組み合わさることで、窒化ケイ素基板は優れた熱伝導性を発揮し、特にパワー半導体のように大量の熱を発生するデバイスの放熱材料として非常に適しているのです。

窒化ケイ素は、強固なSi-N共有結合と規則正しい結晶構造により、熱エネルギーを伝えるフォノンが効率的に伝播するため、高い熱伝導性を示します。これにより、放熱性に優れた基板となります。
パワー半導体市場の状況はどうか
パワー半導体市場は、現在、急速な成長期にあり、今後もその拡大が予測されています。主な動向は以下の通りです。
1. 市場規模と成長
- 持続的な成長: パワー半導体の世界市場は、2023年に約3.1兆円規模に達し、2035年には2023年比で2.4倍の約7.7兆円規模に拡大すると予測されています(富士経済)。2025年時点では約5.6兆円と推定されており、2030年には約7.2兆円に達するとの予測もあります。
- CAGR(年平均成長率): 予測期間(2025年~2030年)のCAGRは4.93%とされていますが、一部の調査では2022年から2028年にかけて8.1%のペースで成長するとも予測されています。
2. 成長を牽引する主な要因
- 電気自動車(EV)/電動車: 最大の牽引役であり、EVやハイブリッド車(HV)の普及に伴い、モーター制御や充電システムに不可欠なパワー半導体の需要が爆発的に増加しています。特にSiC(炭化ケイ素)パワー半導体の採用が加速しています。
- 再生可能エネルギー: 太陽光発電や風力発電システムにおける電力変換効率の向上にパワー半導体が不可欠であり、脱炭素社会への移行が市場を押し上げています。
- 産業機器: 産業用モーターのインバータ制御など、省エネ化や高効率化のニーズから需要が拡大しています。
- データセンター/通信機器: 高効率な電源管理や高速スイッチングが必要とされ、GaN(窒化ガリウム)パワー半導体の採用が進んでいます。
- その他: 家電製品、鉄道、スマートグリッドなど、幅広い分野でエネルギー効率化のニーズが高まっています。
3. 次世代パワー半導体へのシフト
- Si(シリコン)系からSiC/GaNへ: 従来のSiベースのパワー半導体は引き続き需要がありますが、より高温・高電圧・大電流での動作が可能で、損失が少ないSiCやGaNといったワイドバンドギャップ(WBG)半導体へのシフトが加速しています。
- SiC(炭化ケイ素): 特にEV向けに採用が進んでおり、2035年には2024年比7.4倍の2.9兆円規模に達すると予測されています。各メーカーがSiCの増産投資を加速しています。
- GaN(窒化ガリウム): 高周波・高速スイッチング特性に優れ、データセンターの電源や民生用高速充電器などで採用が拡大しており、2035年には2024年比7.7倍の2,787億円に拡大すると予測されています。
- 酸化ガリウム(Ga2O3): まだ市場は小さいですが、今後量産が始まり、2035年には149億円規模に達すると見られています。
- ダイヤモンド: 将来的には更なる高効率化が期待されています。
4. 業界の競争と投資動向
- 各社の増産投資: 需要拡大を見込み、インフィニオン、オンセミ、STマイクロエレクトロニクス、三菱電機、ロームなど、主要なパワー半導体メーカーがSiCを中心に大規模な設備投資を加速しています。中には、数千億円規模の投資計画を発表している企業もあります。
- サプライチェーンの強化: 半導体材料や製造装置を含め、サプライチェーン全体の強靭化に向けた取り組みが進められています。窒化ケイ素基板を製造するJFCのような部材メーカーも、この市場拡大の恩恵を受けています。
- 一時的な調整局面: 足元では、一部のSiCパワー半導体で需要の鈍化や在庫調整が見られる動きもありますが、中長期的な成長トレンドは変わらないと見られています。

パワー半導体市場は、EVの普及や再生可能エネルギーへのシフトという大きなトレンドに支えられ、今後も高成長が続く見込みです。特にSiCやGaNといった次世代材料を用いたパワー半導体が市場拡大を牽引し、各社による生産能力増強に向けた投資が活発に行われています。
コメント