この記事で分かること
- 前工程と後工程の露光機と違い:前工程の露光機は、シリコンウェハーにナノメートル級の微細回路を形成し、極めて高い解像度と精度が求められます。一方、後工程の露光機は、主にパッケージ基板にマイクロメートル級の配線を形成し、大型基板や反りに対応しつつ生産性やコスト効率が重視されます。
- DSP-100の特徴:フォトマスク不要のマスクレス露光で、最大600mm角の大型基板に対応です。L/S 1.0μmの高解像度と毎時50パネルの高生産性を両立し、基板の反りにも対応することで、先端パッケージングのニーズに応えます。
- 反りへの対応方法:基板の反りや変形をリアルタイムで高精度に計測し、その情報に基づき露光パターンをデジタルで補正します。
ニコンのデジタル露光装置DSP-100の受注開始
ニコンは2025年7月より、デジタル露光装置「DSP-100」の受注を開始しました。これはニコンにとって初の半導体後工程向け露光装置です。
https://www.jp.nikon.com/company/news/2025/0716_01.html
後工程向け露光装置とは何か
「後工程向け露光装置」とは、半導体製造プロセスの後半部分である「後工程」で使用される露光装置のことです。
半導体の製造は、大きく以下の2つの工程に分けられます。
- 前工程(Front-End-of-Line: FEOL): シリコンウェハー上に、ナノメートル単位の極めて微細なトランジスタや配線などの電子回路パターンを多層にわたって形成する工程です。この工程で使われる露光装置は、回路の微細化を追求するため、極めて高い解像度と重ね合わせ精度が求められます。ASMLのEUV露光装置などが代表的です。
- 後工程(Back-End-of-Line: BEOL): 前工程で回路が形成されたシリコンウェハーを個々の半導体チップ(ダイ)に切り分け、外部と接続するためのパッケージングを行う工程です。近年では、複数のチップを積層したり、異なる機能を持つチップレットを1つのパッケージに統合したりする「先端パッケージング(アドバンストパッケージング)」が主流となっており、この工程においても露光装置が重要な役割を担います。
後工程向け露光装置の主な役割と特徴
後工程向け露光装置は、主に以下のような用途で使われます。
- パッケージ基板(インターポーザー、BGA基板など)への配線形成: チップ間の信号伝達や外部との接続のための配線パターンを、パッケージ基板上に形成します。
- ウェーハレベルパッケージング(WLP)における再配線層(RDL)の形成: 個々のチップにする前に、ウェハー上で配線を形成することで、より小型で高性能なパッケージを実現します。
- 3D積層やチップレット実装における接続部の形成: 複数のチップを積み重ねたり、隣接して配置したりする際の、チップ間の接続を確立するためのパターンを形成します。
このように、後工程向け露光装置は、半導体チップを最終製品に組み込むための「橋渡し」となる重要な役割を担っており、特に先端パッケージングの進化と共にその重要性が増しています。

後工程向け露光装置は、半導体チップのパッケージング工程で使われ、主にパッケージ基板への配線形成やチップの接続を行います。前工程より解像度要求は緩やかですが、大型・反り基板対応や生産性、マスクレス露光によるコスト効率が重視されます。
後工程と前工程の露光機の違いは何か
半導体製造における露光装置は、大きく分けて「前工程」と「後工程」で使用されるものがあり、それぞれ目的や求められる性能が大きく異なります。
前工程の露光装置
役割
シリコンウェハー上に、ナノメートル単位の微細な回路パターンを何層にも形成していくのが前工程です。露光装置は、この回路パターンをフォトマスク(原版)からウェハーに転写する役割を担います。
主な特徴
- 極めて高い解像度と重ね合わせ精度:
- 回路の線幅が数ナノメートル(nm)レベルと非常に細かいため、それを再現するための高い解像度が必要です。
- 多層にわたる回路パターンを正確に重ね合わせるための、ナノメートルオーダーの重ね合わせ精度が不可欠です。
- EUV(極端紫外線)やArF液浸などの短波長の光を使用し、微細化を追求します。
- 高価な装置:
- 最先端のEUV露光装置は1台数百億円に達するなど、非常に高価です。
- 高度な光学系、精密なステージ制御、超クリーンな環境維持など、最先端技術が結集されています。
- フォトマスクを使用:
- 非常に精密なフォトマスク(レチクル)を介してパターンを転写します。このフォトマスク自体も非常に高価で、1枚数億円することもあります。
- ウェハーの平坦性への要求:
- 微細なパターンを転写するためには、露光するウェハーの表面が極めて平坦であることが求められます。
主要メーカー
- ASML(圧倒的シェア)、ニコン、キヤノン
後工程の露光装置
役割
前工程で回路が形成されたウェハーを個々のチップに切り分け、保護・接続(パッケージング)する後工程で用いられます。特に、複数のチップを積層したり、チップレットを配置したりする「先端パッケージング(アドバンストパッケージング)」において、パッケージ基板やインターポーザーへの配線形成に露光装置が使われます。
主な特徴
- 解像度は前工程ほどではないが、十分な精度:
- 前工程に比べると、露光する配線の線幅はマイクロメートル(μm)オーダーであり、解像度に対する要求は前工程ほど厳しくありません(ただし、先端パッケージングの進化により、高解像度化の傾向にあります)。
- ニコンのDSP-100のように、L/S 1.0μm程度の解像度が求められます。
- 大型基板への対応:
- 前工程のシリコンウェハーよりも大型のパッケージ基板(例えば600mm角)に対応できる能力が求められます。
- 基板の反りや変形への対応:
- パッケージング基板はシリコンウェハーほど平坦ではないことが多く、反りや変形が大きい場合があります。そのため、それらを補正しながら露光できる機能が重要になります。
- マスクレス露光の採用:
- ニコンのDSP-100のように、フォトマスクを使わずに直接回路パターンを描画する「マスクレス露光」方式が採用されることがあります。
- これにより、フォトマスクの作成コストやリードタイムを削減し、多様な製品に柔軟に対応できます。
- 設計変更も容易になります。
- 生産性とコストパフォーマンス:
- 生産性が高く、コストを抑えられることが重要視されます。
主要メーカー
ニコン(DSP-100)、キヤノン、EV Groupなど
まとめ
項目 | 前工程の露光装置 | 後工程の露光装置 |
主な目的 | シリコンウェハー上に極微細な回路パターンを形成 | パッケージ基板やインターポーザーに配線を形成、チップを接続 |
解像度 | ナノメートル(nm)レベル(数nm〜数十nm) | マイクロメートル(μm)レベル(数μm〜サブμm) |
重ね合わせ精度 | 極めて高い(nmオーダー) | 高い(サブμmオーダー) |
使用する光 | EUV、ArF液浸、KrFなど(短波長) | i線、KrF、デジタル露光など |
フォトマスク | 必要(高価、精密) | マスクレス(フォトマスク不要)の選択肢も増えている |
対応基板 | シリコンウェハー | 大型パッケージ基板、ガラスインターポーザーなど |
基板の平坦性 | 極めて高い平坦性が要求 | 反りや変形に対応する機能が重要 |
装置価格 | 非常に高価(数百億円) | 比較的安価(数億円〜数十億円程度) |
主なメーカー | ASML、ニコン、キヤノン | ニコン、キヤノン、EV Groupなど |
このように、前工程と後工程の露光装置は、半導体製造プロセスにおけるそれぞれの役割に応じて、求められる技術や特性が大きく異なります。

前工程の露光機は、シリコンウェハーにナノメートル級の微細回路を形成し、極めて高い解像度と精度が求められます。一方、後工程の露光機は、主にパッケージ基板にマイクロメートル級の配線を形成し、大型基板や反りに対応しつつ生産性やコスト効率が重視されます。
DSP-10の特徴は何か
ニコンのデジタル露光装置「DSP-100」の主な特徴は以下の通りです。
- マスクレス露光(フォトマスク不要): 従来の露光装置が使用する高価なフォトマスク(回路パターンが描かれた原版)を必要とせず、SLM(空間光変調器)にデジタルデータで回路パターンを表示し、直接基板に転写します。これにより、フォトマスク作成のコストやリードタイムを大幅に削減し、設計変更にも柔軟に対応できます。
- 600mm角の大型基板に対応: 半導体パッケージングで需要が高まる、最大600mm×600mmの大型角型基板に露光可能です。従来の円形ウェハーでは対応できない大型化に対応し、Panel Level Packaging (PLP) の生産効率を飛躍的に向上させます。
- 高解像度と高生産性の両立:
- 高解像度: L/S(ライン/スペース)1.0μmの高解像度を実現し、先端パッケージングにおける微細配線形成のニーズに応えます。
- 高生産性: 1時間あたり50パネル(510x515mm基板の場合)という高いスループットを実現し、量産に対応します。
- マルチレンズテクノロジー: ニコンがFPD(フラットパネルディスプレイ)露光装置で培った、複数の投影レンズを精密に制御してつなぎ目なく露光する技術を応用し、高生産性を実現しています。
- 高い重ね合わせ精度: ≦±0.3μmという高い重ね合わせ精度を実現し、多層配線や複雑な構造を持つ先進パッケージングにおいて、正確なパターン形成を可能にします。
- 基板の反りや変形への対応: アドバンストパッケージングで重要となる基板の反りや変形に対しても高精度に補正する機能を備えています。
これらの特徴により、DSP-100はAI半導体などの高性能半導体で需要が拡大する先端パッケージング市場において、ゲームチェンジャーとなりうる革新的な装置として注目されています。2025年7月より受注を開始し、2026年度中の市場投入が予定されています。

DSP-100は、フォトマスク不要のマスクレス露光で、最大600mm角の大型基板に対応です。L/S 1.0μmの高解像度と毎時50パネルの高生産性を両立し、基板の反りにも対応することで、先端パッケージングのニーズに応えます。
反りへの対応方法
一般的に露光装置が基板の反りや変形に対応するために用いられる技術や、ニコンが持つであろう関連技術から推測すると、以下の要素が考えられます。
- リアルタイムの基板形状測定(アライメント・計測技術):
- 露光前に、基板全体の表面形状を詳細に高速で計測する機能が搭載されていると考えられます。レーザーなどを利用した非接触の3次元計測技術を用いることで、基板の反りや段差の程度、位置情報をミリ秒単位で取得します。
- ニコンは長年、半導体露光装置やFPD(フラットパネルディスプレイ)露光装置で培ってきた高精度なアライメント(位置合わせ)技術と計測技術を持っており、これを応用している可能性が高いです。
- 露光パターンの補正(補正露光):
- 測定された基板の反りや変形データに基づいて、露光するパターン自体をソフトウェアでリアルタイムに補正(歪ませる、拡大・縮小する、傾けるなど)します。これにより、反りのある基板上でも、正確な位置にパターンを転写することが可能になります。
- デジタル露光装置であるDSP-100は、SLM(空間光変調器)に表示するパターンをデジタルデータで制御できるため、このようなパターン補正が容易に行えるという強みがあります。従来のフォトマスクを使う露光装置では、マスクを修正しない限りパターン補正は困難でした。
- 複数焦点深度(Multi-Focus)または動的焦点調整:
- 基板の表面が平坦でない場合、一度に全体を最適な焦点で露光することはできません。そのため、DSP-100は、露光中に焦点を動的に調整したり、複数の焦点深度を組み合わせて露光したりする技術を採用している可能性があります。これにより、反りのある表面でも各点で最適な露光状態を維持できます。
- ニコンのFPD露光装置には、このような大規模な基板に対応するための高精度なフォーカス制御技術が組み込まれています。
- 基板の固定・制御技術:
- 完全に反りを無くすことは難しいですが、露光中に基板がさらに変形するのを防ぐため、高精度なチャックシステム(基板を吸着固定する機構)が採用されていると考えられます。ただし、これは基板の反りを完全に平坦化するものではなく、あくまで露光中の安定性を保つためのものです。
これらの技術を組み合わせることで、ニコンのDSP-100は、先端パッケージングで用いられる大型で反りのある基板に対しても、高い精度で回路パターンを形成することが可能になると考えられます。特に「デジタル露光(マスクレス露光)」である点が、パターン補正の自由度を高める上で大きな強みとなります。

DSP-100は、基板の反りや変形をリアルタイムで高精度に計測し、その情報に基づき露光パターンをデジタルで補正します。これにより、反りがあっても最適な焦点位置で正確なパターン形成を実現します。
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