NIMSの化学反応予測システム どのような取り組みなのか?どのように予測するのか?

この記事で分かること

  • 取り組み内容:新材料開発を効率化する「マテリアルズ・インフォマティクス」を推進しています。元素反応性マップの作成や公開、データを秘匿したまま連携できる分散機械学習システムにより、新物質の発見や材料の長期耐久性予測などを実現しています。
  • 予測方法:既存の膨大な化学反応データから元素間の反応パターンを学習します。これにより、未知の元素組み合わせについて、反応が起こる可能性や生成物を予測していまうす。

NIMSの化学反応予測システム

 物質・材料研究機構(NIMS)などの研究チームは、人工知能(AI)技術の一種である機械学習を用いて、様々な元素同士が起こす化学反応を予測するシステムを開発しています。

 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG02C1F0S5A700C2000000/

 これは「マテリアルズ・インフォマティクス(MI)」と呼ばれる分野の一環であり、新材料開発の効率化と加速を目指しています。

どんな予測を行うのか

 NIMSの取り組みの主なポイントは以下の通りです。

元素反応性マップの作成と公開

  • 3元素の反応可能性をまとめた「元素反応性マップ」を80枚作成し、公開しています。
  • このマップから、有望な元素の組み合わせ約3,000種類を提案しており、新物質の発見に役立つと期待されています。
  • 反応しにくい元素の組み合わせも読み取れるため、不活性な特性が求められる容器や電極などの材料探索にも応用可能です。

データ駆動型アプローチ

  • AIは大量の材料データを取り込んで学習を繰り返すほど精度が高まるため、NIMSは質の高いデータを数多く揃えることに注力しています。
  • これにより、従来の試行錯誤に頼る材料開発から、データ科学を活用した効率的な開発へと移行しています。

分散機械学習システム

  • データを秘匿したまま、複数の機関で分散して機械学習を行うシステムを開発し、オープンソース化しています。
  • このシステムを活用することで、企業や研究機関が互いのデータを公開せずに連携し、より高精度な予測モデルを構築できるようになりました。実際に、耐熱鉄鋼材料の長期耐久性予測モデルの構築に成功し、NIMSデータのみを用いたモデルよりも予測精度が大幅に向上したと報告されています。

未知の反応パターンや希少な反応の予測

  • 深層学習モデル(Graph Neural NetworksやTransformersなど)を用いることで、データベースに明示的に記録されていない反応やテンプレートに依存しない反応予測も可能になっています。これにより、新しい反応経路の探索や広範な化学分野への適用が期待されます。

材料開発の加速

  • AIを活用することで、望む性能を持つ材料の構造やつくり方を予測し、新材料開発のリードタイムを短縮することを目指しています。
  • 具体的には、水電解装置用電極材料やポリマーの物性予測など、様々な分野でAIによる材料設計・探索が進められています。

 NIMSのこれらの取り組みは、新材料の発見だけでなく、既存材料の改良や特定の用途に適した材料の設計にも貢献し、今後の産業界に大きな影響を与えることが期待されています。

NIMSは機械学習を活用し、新材料開発を効率化する「マテリアルズ・インフォマティクス」を推進しています。元素反応性マップの作成や公開、データを秘匿したまま連携できる分散機械学習システムにより、新物質の発見や材料の長期耐久性予測などを実現しています。

どのように予測するのか

 NIMSなどの研究チームが機械学習を用いて化学反応を予測するシステムは、主に以下のステップと技術で構成されています。

1. データの準備と特徴量抽出

  • 大量の化学反応データの収集: まず、既存の科学論文、特許データベース、化学データベース(例:Materials Project、ICSDなど)から、既知の化学反応とその生成物に関する膨大なデータを収集します。NIMSの場合、3万を超える無機化合物結晶構造データが利用されているようです。
  • 構造の数値化(特徴量抽出): 化学構造や反応物・生成物の情報を機械学習モデルが理解できる数値データに変換します。これにはいくつかの方法があります。
    • 分子記述子: 分子の様々な物理化学的性質(分子量、溶解度、電子密度分布、官能基の種類など)を数値化したものです。
    • SMILES記法: 分子構造を文字列で表現する方法で、これを言語のように扱い、自然言語処理の技術を応用することもあります。
    • グラフ表現: 分子を、原子を「ノード(点)」、化学結合を「エッジ(線)」とするグラフ構造として表現します。これは特に、分子の接続性や局所的な環境を捉えるのに適しています。

2. 機械学習モデルの構築と学習

  • モデルの選択: 収集・数値化したデータに基づいて、適切な機械学習モデルを選択します。
    • ニューラルネットワーク (Neural Networks): 特に深層学習(ディープラーニング)が注目されています。多層のニューラルネットワークを用いることで、複雑なパターンを学習し、高精度な予測が可能になります。
      • グラフニューラルネットワーク (Graph Neural Networks: GNN): 分子をグラフとして表現した場合に特に有効なモデルです。原子間の結合や電子の分布といった化学の本質的な情報を直接学習できるため、化学反応予測において高い性能を発揮しています。GNNは、入力された分子グラフから、各原子や結合の特徴量を抽出し、それらの相互作用を考慮しながら、反応性や生成物の確率を予測します。
      • Transformer: 自然言語処理分野で成功を収めているモデルで、SMILES記法など、シーケンスデータとして化学反応を扱う場合に利用されることがあります。
    • サポートベクターマシン (Support Vector Machines: SVM)決定木 (Decision Trees) など、他の機械学習アルゴリズムも使われることがありますが、近年では複雑な化学反応の予測には深層学習が主流です。
  • 学習 (Training): 大量の既知の化学反応データをモデルに「学習」させます。これは、入力された反応物から、正しい生成物を予測できるようにモデルの内部パラメータを調整するプロセスです。モデルは、入力データと正解の出力との間のパターンを識別し、将来の予測に役立つルールを学習します。
    • 目的関数(損失関数): モデルの予測と実際の反応結果とのずれを評価するための関数(例:交差エントロピー誤差など)を設定し、この値を最小化するようにモデルを最適化します。
    • 最適化アルゴリズム: 勾配降下法などの最適化アルゴリズムを用いて、モデルのパラメータを更新していきます。

3. 予測と評価

  • 未知の反応の予測: 学習済みのモデルに、まだ反応結果がわかっていない新しい元素の組み合わせや化合物を入力します。モデルは学習したパターンに基づいて、その組み合わせが反応するかどうか、反応するとしたらどのような生成物が得られるか、その反応のしやすさ(反応性スコア)などを予測します。
  • 「元素反応性マップ」の場合:
    • NIMSの「元素反応性マップ」では、80種類の元素から2~3種類の組み合わせ(合計85,320通り)について、既知の無機化合物データと機械学習を用いて「反応性スコア」を算出しています。
    • このスコアは、その元素の組み合わせで化合物が存在する可能性が高いか低いかを示し、マップ上で色と記号で視覚的に表現されます。これにより、研究者は有望な新物質候補を直感的に特定できます。
  • 精度の評価: 予測された結果と実際の実験結果を比較し、モデルの予測精度を評価します。必要に応じて、モデルの改善や再学習を行います。

4. 特徴と利点

  • データ駆動型: 従来の化学的な経験や知識だけでなく、大量のデータから自動的にパターンを学習するため、人間では見つけにくい新たな法則性や関係性を発見できる可能性があります。
  • 効率化と加速: 試行錯誤による実験を減らし、有望な候補に絞って実験を行うことで、新材料開発のプロセスを大幅に効率化し、研究開発の期間を短縮します。
  • 未知の領域の探索: 既知の化合物や反応のデータベースから学習することで、まだ発見されていない新しい物質や反応経路を予測し、未知の領域の探索を可能にします。
  • 解釈性: 特にGNNなどのモデルは、分子の構造や結合の変化がどのように予測結果に影響するかをある程度解釈できる場合もあり、化学的な洞察を得る手助けにもなります。

 このように、NIMSの研究は、機械学習が持つデータ処理能力とパターン認識能力を最大限に活用し、複雑な化学反応の予測という難題に取り組んでいます。

NIMSは機械学習を用い、既存の膨大な化学反応データから元素間の反応パターンを学習します。これにより、未知の元素組み合わせについて、反応が起こる可能性や生成物を予測し、「元素反応性マップ」として可視化することで、新材料開発を加速させます。

どんな反応の予想をしているのか

 NIMSの機械学習を用いた化学反応予測システムは、主に以下のような反応の予測を行っています。

新規無機化合物の生成反応

  これが最も主要な目的です。80種類の元素から2~3種類の組み合わせ(合計85,320通り)について、それらの元素が互いに反応して安定な無機化合物(結晶構造を持つ物質)を形成する可能性を予測しています。

  • 具体的には、「元素反応性マップ」として、各元素の組み合わせが過去に報告された化合物として存在するかどうか、また、まだ報告されていないが新たに合成できる可能性(反応性スコア)が高いかどうかを示しています。
  • これにより、まだ見つかっていない新物質の候補を効率的に絞り込むことができます。実際に、このマップを用いて、磁気スキルミオンや熱電材料として注目されるB20構造合金であるCo(Al,Ge)など、数十種類の新物質の発見にも成功しています。

不活性な反応(反応しにくい組み合わせ)の予測

 新しい物質の合成だけでなく、反応しにくい元素の組み合わせも予測しています。

  • これは、不活性な特性が求められる容器、電極、触媒担体などの材料探索において非常に有用です。例えば、特定の環境下で安定に存在し続ける材料を探す際に役立ちます。
  • 長期耐久性などの物性予測: 化学反応の予測とは少し異なりますが、関連する取り組みとして、NIMSは分散機械学習システムを用いて、材料の長期耐久性(例:耐熱鉄鋼材料のクリープ寿命)なども予測しています。これは、特定の環境下での材料の安定性や劣化の度合いを予測するもので、材料開発において重要な情報となります。

 このように、NIMSの予測システムは、新物質の発見と創出、特定の機能を持つ材料の開発、そして材料の信頼性評価といった多岐にわたる材料科学の課題に応用されています。

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