ノーベル化学賞の予想:タンパク質構造予測 タンパク質構造予測とは何か?去年の受賞との違いは何か?

この記事で分かること

  • タンパク質構造予測とは:アミノ酸配列(一次構造)の情報のみから、そのタンパク質が機能するために取る三次元の立体構造をコンピューターで推定する技術で、創薬や生命科学の基礎です。
  • 去年の受賞の違い:去年の受賞は単独タンパク質の静的な構造予測が対象でしたが、タンパク質と他分子の複合体や動的相互作用の予測に対する受賞が予想されています。
  • 複合体の予測が画期的な理由:生命現象は分子複合体で起きており、単体構造の予測を超えて、タンパク質と他分子との相互作用を正確に解明できるため、創薬や生命科学に革命をもたらします。

ノーベル化学賞の予想:タンパク質構造予測

 今年のノーベル化学賞の公式な受賞者は、2025年10月8日水曜日(日本時間)に発表される予定です。

 現時点(2025年9月)で、いくつかの専門家や団体によってどの候補者や研究分野が受賞するのの予想がなされています。

 前回は予想に挙がっているMOFに関する記事でしたが、今回はタンパク質構造予測の記事となります。

受賞が予想されている分野

 今年のノーベル化学賞の受賞予想分野は多岐にわたりますが、有力視されるのは主に以下の3分野です。

  • 多孔性材料(MOF):原子レベルで設計可能な超高表面積材料の創製と、ガス貯蔵・分離といった環境エネルギー応用への貢献。
  • AI創薬・構造予測(AlphaFold):AIによるタンパク質立体構造予測の飛躍的進歩。
  • エネルギー分野:高効率なペロブスカイト太陽電池の開発や、リチウムイオン電池を超える次世代電池材料単原子触媒など。

タンパク質の立体構造予測とは何か

 タンパク質の立体構造予測とは、タンパク質のアミノ酸配列(一次構造)の情報のみから、そのタンパク質が細胞内で実際に取る三次元の立体構造をコンピューターで推定することです。


1. 構造予測の重要性

 タンパク質は、その立体構造によって機能が決定されます。例として、酵素が特定の分子と結合して化学反応を触媒できるのは、その立体構造が結合する分子の形にぴったり合っているからです。立体構造を知ることは、以下の研究に不可欠です。

  • 創薬: 病気の原因となるタンパク質の構造を知ることで、その働きを阻害する薬(薬剤候補)を効率的に設計できます。
  • 疾患メカニズムの解明: 異常な立体構造が病気を引き起こすメカニズムの理解につながります。
  • 生命現象の理解: 生物学的なプロセスの分子レベルでの詳細な解明が可能になります。

2. 予測の難しさとブレイクスルー

 アミノ酸配列から立体構造が決定される(Anfinsenのドグマ)ことは知られていましたが、その計算は極めて複雑で、長年の科学の難問でした。

 近年、Google DeepMind社が開発したAlphaFold(アルファフォールド)などのAI技術の登場により、その精度が飛躍的に向上し、実験で構造を決定するのと同等の精度で予測が可能になりました。これは、構造生物学や生化学の研究を根本から変える「ブレイクスルー」として評価されています。

3. 主な予測手法

立体構造予測には、大きく分けて以下の手法があります。

  • ホモロジーモデリング(相同性モデリング): ターゲットとするタンパク質と似た配列を持つ既知の立体構造を基にしてモデルを構築する手法。
  • フォールディング/デノボモデリング: 既知の構造を参照せず、物理法則やエネルギー原理に基づいて、ゼロから構造を構築しようとする手法。
  • AI/ディープラーニング: 大量の既知の配列と構造のデータから学習し、アミノ酸間の距離や角度を予測することで立体構造を導き出す手法(AlphaFoldなど)。これが現在の主流です。

タンパク質の立体構造予測は、アミノ酸配列(一次構造)の情報のみから、そのタンパク質が機能するために取る三次元の立体構造コンピューターで推定する技術で、創薬や生命科学の基礎です。

タンパク質構造予測は去年も受賞しているが違いは何か

 2024年のノーベル化学賞は、タンパク質の立体構造予測と設計に関する研究に授与されました。

 今年の予想分野としてMOFなどと並んで「タンパク質の立体構造予測」が挙げられる場合、それは主に次の進化・発展した技術や概念を指しており、去年の受賞内容とは以下の点で異なります。

項目22024年ノーベル化学賞(受賞済み)2025年ノーベル賞予想で話題の技術
主要技術AlphaFold 2(構造予測)とRosetta(設計)AlphaFold 3以降や関連AI技術
功績の範囲アミノ酸配列から単一のタンパク質の立体構造高精度で予測したこと。タンパク質他の分子(DNA/RNA、薬剤など)の複合体相互作用の予測。
科学的な革新長年の難問であった単独タンパク質の折りたたみ問題にAIで解決の道筋をつけたこと。生命現象の核となる分子間ネットワークを予測可能にし、創薬応用の範囲を拡大したこと。
受賞者David Baker、Demis Hassabis、John Jumper(受賞済みのため、同一テーマでは予想されない)

違いのポイント(AlphaFoldの進化)

 去年の受賞は、「アミノ酸配列から、そのタンパク質がどう折りたたまれるか」を正確に予測する技術(特にAlphaFold 2)の画期的な功績が評価されました。

一方、現在研究が進み、ノーベル賞級の次の功績として期待されているのは、以下の点です。

  • 複合体の予測(AlphaFold 3など): タンパク質は単独で機能することは少なく、DNA、RNA、脂質、あるいは他のタンパク質と結合して「複合体」を形成します。AlphaFold 3は、この複雑な分子間相互作用複合体の構造までも予測可能にすることを目指しており、これが次のブレイクスルーと見なされています。
  • 動的な構造予測: タンパク質は常に動いており、その動的な変化(コンフォメーション変化)が機能に重要ですが、その予測はまだ発展途上であり、次の受賞対象となる可能性があります。

 したがって、今年以降に「タンパク質構造予測」が再度話題になる場合、それはAIによる創薬・生化学分野への影響がさらに深く広がるより複雑な生命システムの解明に関する進展を指していると考えられます。

去年の受賞は単独タンパク質の静的な構造予測(AlphaFold 2)が対象でした。次に期待されるのは、タンパク質と他分子の複合体や動的相互作用の予測であり、生命現象のより複雑な核心に迫る点です。

複合体の予測が画期的な理由は何か

 複合体の予測が画期的な理由は、それが単なるタンパク質の構造予測を超え、生命現象の核となる分子間の相互作用と機能の解明に直結するからです。

1. 生命機能の真の理解

 ほとんどのタンパク質は、細胞内で単独ではなく、他のタンパク質、DNARNA、または薬などの低分子化合物と複合体(集合体)を形成して初めて機能します。

  • 単独構造の限界: 単体のタンパク質の構造を知るだけでは、「誰と」「どこで」「どう結合して」機能を発揮するのかという、生命の真の仕組みは解明できません。
  • 複合体の重要性: 複合体の構造を予測することで、酵素の協調作用、遺伝情報の転写・複製、免疫応答など、複雑な生命現象の分子メカニズムを正確に理解できるようになります。

2. 創薬ターゲットの大幅な拡大

 複合体の予測は、特に創薬において極めて重要です。

  • 相互作用の特定: 薬(低分子)が病気の原因となるタンパク質のどこに結合するかだけでなく、薬が複合体形成を妨げるメカニズムや、タンパク質同士の結合を促進するメカニズム(例:去年の受賞技術の基礎となる「分子糊」)を詳細に予測できます。
  • 効率的な設計: 実験的に複合体の構造を決定するのは非常に困難で時間とコストがかかりますが、AI予測が可能になることで、薬のターゲット(標的)となる分子間相互作用を迅速に特定し、効率的な薬剤設計が可能になります。

3. 次世代技術への応用

 AlphaFold 3などの新しいAI技術は、タンパク質とDNA/RNAとの複合体を予測できます。これにより、遺伝子治療細胞工学など、核酸を扱う次世代バイオテクノロジーの開発に必要な基礎情報を提供します。

 つまり、単体の建築物(タンパク質)の設計図を作るのがAlphaFold 2だとすれば、都市全体のインフラ(複合体)の機能と相互作用の設計図を作るのが、複合体予測の画期的な点と言えます。

生命現象は分子複合体で起きており、単体構造の予測を超えて、タンパク質と他分子(DNAや薬剤)との相互作用を正確に解明できるため、創薬や生命科学に革命をもたらします。

動的な構造予測が重要な理由は何か

 動的な構造予測が重要な理由は、タンパク質の真の機能は静止した一つの形ではなく、常に動き変化する動的な構造(コンフォメーション)に依存しているからです。


動的構造予測の重要性

1. 機能発現のメカニズム解明

従来の静的な立体構造解析では、タンパク質の「一瞬の姿」しか捉えられません。しかし、多くのタンパク質は、機能を発揮する際に形を変える必要があります。

  • 酵素の触媒反応: 酵素が分子を取り込み、反応させ、生成物を放出する一連の動作には、構造の開閉やねじれといった動的変化が関わっています。
  • シグナル伝達: 細胞外からの情報を受け取った受容体タンパク質は、形を大きく変えることで細胞内に情報を伝えます。

静的な構造だけでは、これらの「動作」や「スイッチング」のメカニズムを完全に理解することはできません。

2. 創薬の精度向上

 動的構造を予測できれば、より効果的な薬剤開発につながります。

  • 結合ポケットの変化: 薬が結合する場所(ポケット)は、タンパク質の動きによって開いたり閉じたりします。この「動き」を考慮に入れなければ、薬が体内でうまく機能しない可能性があります。
  • アロステリック制御: 薬が、機能部位とは異なる遠い場所に結合することで、タンパク質の動的変化を誘発し、その機能を制御する現象(アロステリック制御)の理解と設計に不可欠です。

3. 未解明な疾患へのアプローチ

 タンパク質の異常な「動き」や「ミスフォールディング(誤った折りたたみ)」が原因となる病気(アルツハイマー病、パーキンソン病など)が多くあります。動的な構造予測は、これらの病態メカニズムを分子レベルで解明し、動的な状態を標的とする新しい治療法の開発を可能にします。

 静的な予測が「設計図」だとすれば、動的な予測は「動作マニュアル」であり、生命機能の全体像を捉えるために不可欠なのです。

タンパク質の真の機能は、常に変化する動的な構造(動作)によって発揮されます。この「動き」を予測することで、酵素反応やシグナル伝達、病気のメカニズムを解明し、より効果的な薬剤開発が可能になります。

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