この記事で分かること
- NMRとは:強力な磁場の中にある原子核に電磁波を当て、その応答を解析する技術です。分子内の原子の繋がりや配置を特定できるため、化学や医薬分野で化合物の構造決定に不可欠な「分子の顕微鏡」として使われています。
- なぜ原子核が磁力を持つのか:原子核全体が持つ「スピン」という自転のような性質により磁力が発生します。構成要素である陽子(電荷あり)や中性子が回転することで、核全体が微小な棒磁石として振る舞い、外部磁場や電磁波に反応するようになります。
- どのように微小な信号をキャッチするのか:原子核が元の向きに戻る際に生じる微弱な磁場の変化を、周囲に配置したコイルで「電磁誘導」により電流として捉えます。この減衰する信号を増幅し、数学的な解析を経てグラフ化することで検出します。
NMR(核磁気共鳴)
機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。
高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。
今回は、NMRに関する記事となります。
NMRとは何か
核磁気共鳴(NMR: Nuclear Magnetic Resonance)は、「原子核に電磁波を当てて、分子の構造や性質を調べる技術」です。
医療現場で使われる「MRI」も、このNMRの原理を応用したものです
1. NMRの仕組み
原子核の中には、小さな「磁石」のような性質(スピン)を持つものがあります。
- 磁場に入れる: 普段はバラバラの向きを向いている原子核に強力な磁場をかけると、磁石の向きが一定方向に揃います。
- 電磁波を当てる: そこに特定の周波数の電磁波(ラジオ波)を当てると、原子核がエネルギーを吸収して「共鳴」し、向きが変わります。
- 信号を読み取る: 電磁波を止めると原子核は元の状態に戻ろうとします。このときに出す微弱な信号をキャッチして解析します。
2. なぜ「構造」がわかるのか
同じ水素原子(H)でも、周りにある電子の状態(化学結合の状態)によって、微妙に「居心地」が異なります。
- 化学シフト: 隣に酸素があるか、炭素があるかによって、共鳴する周波数がわずかにズレます。
- スピン結合: 隣り合う原子核同士が干渉し合うため、信号が枝分かれします。
これらを分析することで「どの原子がどこに、どうやって繋がっているか」という分子の設計図を組み立てることができるのです。
3. NMRの応用例
- 化学・製薬: 新しく合成した薬の構造が正しいか確認する。
- 材料開発: プラスチックや電池材料の特性を調べる。
- 生物学: タンパク質が体の中でどう動いているか、立体構造を解析する。
- 食品分析: 産地偽装の判定や、熟成具合の数値化。
NMRは、目に見えないミクロな分子の世界を、磁石とラジオ波を使って「視覚化」する、化学者にとっての最強の虫眼鏡のような存在です。

NMR(核磁気共鳴)とは、強力な磁場の中にある原子核に電磁波を当て、その応答を解析する技術です。分子内の原子の繋がりや配置を特定できるため、化学や医薬分野で化合物の構造決定に不可欠な「分子の顕微鏡」として使われています。
原子核のどの部分が磁力を持っているのか
原子核の「特定の部分」が磁石になっているのではなく、原子核そのものが「スピン」という回転のような性質を持っているために磁力が発生します。
1. 構成要素(陽子と中性子)の性質
原子核は「陽子」と「中性子」でできていますが、これらはどちらも自転のような性質(スピン)を持っています。
- 陽子: プラスの電気を持って回転しているため、ミクロな電流が流れているのと同じ状態になり、磁場が発生します。
- 中性子: 電気的には中性ですが、内部のクォークという粒子の影響で、実は小さな磁石としての性質を持っています。
2. 「原子核全体」としての磁石
原子核の中では、これらの陽子や中性子がペアを作って磁力を打ち消し合うことが多いです。しかし、合計の数が奇数だったりすると、打ち消しきれなかった磁力が残り、原子核全体がひとつの小さな棒磁石のように振る舞います。
NMRでよく使われる原子
- 水素 (1H): 陽子1個だけでできているため、強い磁性を持ち、NMRで最も観察しやすいです。
- 炭素 (13C): 通常の炭素 (12C) は磁力を持ちませんが、中性子が1個多いアイソトープ (13C) は磁石の性質を持つため、NMRで測定可能です。
3. なぜ磁石になるのか
物理学には「電荷を持った物体が回転すると磁場が生じる」という法則があります。原子核は非常に小さいため、古典的な回転とは少し異なりますが、この「スピン」という性質があるおかげで、私たちはNMRを使って分子の形を知ることができるのです。

原子核全体が持つ「スピン」という自転のような性質により磁力が発生します。構成要素である陽子(電荷あり)や中性子が回転することで、核全体が微小な棒磁石として振る舞い、外部磁場や電磁波に反応するようになります。
なぜラジオ波の照射で向きが変わるのか
原子核がラジオ波で向きを変えるのは、「エネルギーの吸収」と「共鳴」という現象が起きるからです。
1. 磁場の中での「低い状態」と「高い状態」
強力な磁場の中に原子核(小さな磁石)を置くと、磁石の向きに応じてエネルギーの状態が2つに分かれます。
- 安定な状態: 磁場の向きに逆らわない(エネルギーが低い)
- 不安定な状態: 磁場の向きに逆らう(エネルギーが高い)
通常、多くの原子核は楽な「安定な状態」にいます。
2. ラジオ波による「ジャンプ」
ここにラジオ波を当てます。ラジオ波はエネルギーを持っており、そのエネルギーが「安定な状態」と「不安定な状態」の差分(エネルギーギャップ)とピッタリ一致したときだけ、原子核がそのエネルギーを吸収します。
これを「共鳴」と呼びます。エネルギーを吸収した原子核は、低い状態から高い状態へと「パタン」とひっくり返る(向きを変える)のです。
3. コマの首振り運動(歳差運動)
原子核はただ止まっているのではなく、磁場の中で「首振り運動(歳差運動)」をしています。当てたラジオ波の周波数がこの首振りのスピードと一致したときに、効率よくエネルギーが伝わり、向きが変化します。
原子核の向きの状態差にピッタリ合う周波数のラジオ波を当てると、原子核がそのエネルギーを吸収(共鳴)して、高いエネルギーの向きへと反転するのです。

磁場中の原子核は向きによってエネルギーの高さが異なります。そこへ特定の周波数のラジオ波を当てると、そのエネルギーを吸収(共鳴)して、安定な向きから不安定な向きへと「パタン」と反転する現象が起きるためです。
どのように微弱な信号をキャッチするのか
原子核が向きを変えた後、元の安定な状態に戻ろうとする際に発する「電磁誘導」による信号をキャッチします。仕組みは以下の通りです。
- 電磁誘導の利用: 磁石の性質を持つ原子核が、検出コイル(アンテナのようなもの)の近くで動くと、コイルに微弱な電流が流れます。これは発電機と同じ原理です。
- FID信号: ラジオ波を止めた直後、原子核が首振り運動をしながら元に戻る過程で、時間とともに減衰する信号(FID:自由誘導減衰)が放出されます。
- 増幅と解析: この極めて微弱な電流を高性能なアンプで増幅し、コンピュータで「フーリエ変換」という処理を行うことで、私たちが目にする「NMRスペクトル(山型のグラフ)」に変換します。
原子核の動きによって検出コイルに微弱な電流が流れる「電磁誘導」が起きます。この信号を増幅し、解析することで分子の情報を得ています。

ラジオ波を止めた後、原子核が元の向きに戻る際に生じる微弱な磁場の変化を、周囲に配置したコイルで「電磁誘導」により電流として捉えます。この減衰する信号を増幅し、数学的な解析を経てグラフ化することで検出します。
NMRの強みは何か
NMRの最大の強みは、「分子の立体構造を、原子レベルで、かつ壊さずに解析できる点」にあります。
- 構造決定の決定打: 原子同士の結合順序だけでなく、距離や角度までわかるため、複雑な化合物の設計図を正確に再現できます。
- 非破壊・非侵襲: サンプルを壊さず、溶液状態のまま測定できるため、生体タンパク質の自然な動きや反応プロセスをリアルタイムで追跡可能です。
- 混合物の分析: 分離精製しきれない混合物でも、個々の成分を信号として見分けることができ、不純物の特定や代謝物解析に威力を発揮します。
最大の強みは、試料を壊さず溶液状態のまま、原子同士の結合や距離を精密に解析できる点です。
これにより、未知の化合物の構造決定や、体内のタンパク質の複雑な動きをリアルタイムで追跡することが可能になります。

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