この記事で分かること
- なぜ二極化するのか:最先端分野はAI向け300mmウエハーの需要が爆発していますが、車載・家電等のレガシー分野は在庫消化が長引き、中国企業の増産による供給過剰も重なって回復が遅れているため、成長に明暗が分かれています。
- エピタキシャルウエハーとは:シリコン基板の表面に、ガスを反応させて高品質な単結晶薄膜を成長させたウエハーです。土台より結晶欠陥が極めて少なく、電気特性を精密に制御できるため、生成AI向け先端チップやパワー半導体に不可欠な高付加価値製品です。
シリコンウエハー市場の二極化
シリコンウエハー世界市場は二極化(Two-track trajectory)の局面にあります。
https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2602/16/news031.html
先端分野は引き続き、AI主導での成長が続き、停滞から脱しつつあるレガシー(成熟)分野は、マクロ経済や最終市場の動向に左右されやすい状況が続くものとされています。
なぜ二極化するのか
シリコンウエハー市場が「先端」と「レガシー」で二極化している背景には、単なる景気循環だけでなく、技術の進化速度と主要顧客の投資スタンスが根本から異なっているという事情があります。
1. AI革命による「300mmウエハー」への需要集中
現在、世界中の投資が生成AIに集中しています。AIを動かすGPUやアクセラレータ、そしてそれらを支えるHBM(高帯域幅メモリ)を製造するには、最先端の300mm(12インチ)ウエハーが不可欠です。
- 先端分野(3nm/2nm): TSMCやSamsungなどのファウンドリは、AI特需に応えるためにフル稼働状態です。ここでは「高くても高品質なウエハー」が求められるため、市場は活況を呈しています。
- レガシー分野(200mm以下): 対照的に、家電や一般的な産業機器向けのチップは、性能よりも「コスト」が優先されます。AIのような爆発的な技術革新が起こりにくいため、需要が積み上がりにくい構造になっています。
2. 在庫サイクルの「タイムラグ」
パンデミック時の供給不足を経て、業界全体が抱えた「過剰在庫」の解消スピードに大きな差が出ています。
- 先端製品: AIモデルの巨大化に伴い、チップの消費サイクルが非常に速く、在庫が積み上がる暇もなく次世代製品へと入れ替わっています。
- レガシー製品: 車載用や産業用チップは、一度設計されると数年から十数年同じものが使われます。そのため、2023〜2024年に積み上がった在庫の消化に時間がかかっており、2026年現在も「まだ本調子ではない」という状況が続いています。
3. 地政学的リスクと「中国の自給自足」
この二極化をさらに加速させているのが、米中貿易摩擦に伴う構造変化です。
- 中国の戦略: 先端製造装置の輸入制限を受けている中国は、戦略を「レガシーノード(28nm以上)」の自給自足にシフトしました。
- 供給過剰の懸念: 中国メーカーがレガシー分野のウエハー増産を急いだ結果、世界的に200mm以下の市場では供給過剰気味になり、価格競争が激化しています。一方で、先端ウエハーは日本(SUMCO、信越化学)や台湾企業が技術的な参入障壁に守られており、高い収益性を維持しています。
二極化の構図
| 区分 | 主な要因 | 市場の体感温度 |
| 先端(High-end) | 生成AI、HPC、スマホの買い替え | 熱狂的(供給が追いつかない) |
| レガシー(Legacy) | 車載、産業機器、家電、中国の増産 | 冷ややか(在庫調整と価格競争) |
この二極化は、単なる一時的な現象ではなく、「AIという新しい計算資源へのシフト」という大きな産業構造の変化そのものを映し出していると言えます。

最先端分野はAI向け300mmウエハーの需要が爆発していますが、車載・家電等のレガシー分野は在庫消化が長引き、中国企業の増産による供給過剰も重なって回復が遅れているため、成長に明暗が分かれています。
エピタキシャルウエハーとは何か
エピタキシャルウエハー(Epitaxial Wafer)とは、通常のシリコンウエハー(鏡面ウエハー)の表面に、さらに高品質な単結晶シリコンの薄膜を成長させた特殊なウエハーのことです。
土台となるウエハーの上に「より純度が高く、結晶欠陥のない綺麗な層」を付け足した高級なウエハーです。
なぜ「エピタキシャル層」を重ねるのか
通常のウエハーは結晶を作る際にわずかな不純物や欠陥が混じることがありますが、その上にガスを吹き付けて結晶を成長させる「エピタキシャル成長」を行うことで、以下のメリットが得られます。
- 結晶の欠陥が極めて少ない: デバイスの信頼性が上がり、微細な回路も正確に作れます。
- 電気特性を自由にコントロール可能: 土台のウエハーとは異なる電気抵抗(抵抗率)を持たせることができるため、省エネ性能を高められます。
- ラッチアップ現象の防止: 回路の誤作動(ショートのような現象)を防ぐ耐性に優れています。
主な用途:先端分野とパワー半導体
このウエハーは、先端・高付加価値側で主役を担っています。
- 最先端ロジックIC: スマートフォンのCPUや生成AI用GPUなど、超微細化が必要なチップの基板として欠かせません。
- パワー半導体(省エネ用): EV(電気自動車)やサーバー電源などで、高い電圧に耐えつつ効率よく電気を流すために、エピタキシャル層が重要な役割を果たします。
ウエハーの構造イメージ
通常のウエハーが「ただの画用紙」だとしたら、エピタキシャルウエハーは「表面に最高級のコーティングを施した画用紙」のようなものです。
現在、AI市場の爆発的な拡大により、このエピタキシャルウエハーの需要が特に急増しています。

シリコン基板の表面に、ガスを反応させて高品質な単結晶薄膜を成長させたウエハーです。土台より結晶欠陥が極めて少なく、電気特性を精密に制御できるため、生成AI向け先端チップやパワー半導体に不可欠な高付加価値製品です。
ポリッシュドウエハーとは何か
ポリッシュドウエハー(Polished Wafer)とは、シリコンの単結晶インゴットを薄くスライスし、表面を鏡のようにピカピカに磨き上げた最も基本的かつ標準的なシリコンウエハーのことです。
「鏡面ウエハー」とも呼ばれ、半導体製造の土台として世界で最も広く使われています。
主な特徴と製造工程
ポリッシュドウエハーは、以下のプロセスを経て作られます。
- スライス: シリコンの塊(インゴット)を薄く切る。
- ラッピング: 表面の凹凸を削り、厚みを揃える。
- エッチング: 薬品で加工時のダメージ層を取り除く。
- ポリッシング(研磨): 研磨剤(スラリー)を使って、原子レベルで平坦になるまで鏡面仕上げにする。
エピタキシャルウエハーとの違い
エピタキシャルウエハーは、このポリッシュドウエハーを「土台」として、その上に膜を張ったものです。
| 種類 | 特徴 | 主な用途 |
| ポリッシュド | 磨き上げただけの標準品 | DRAM、NAND(メモリ)、汎用IC |
| エピタキシャル | 研磨後に特殊な膜を成長 | 生成AI用チップ、パワー半導体 |
市場での立ち位置
現在の「二極化」の文脈では、ポリッシュドウエハーは主にメモリ(DRAMやフラッシュメモリ)に使用されます。
メモリ市場は生成AI向けのHBM(高帯域幅メモリ)を除けば、スマホやPCの需要に左右されやすいため、先端ロジック向けの「エピタキシャルウエハー」に比べると、現在は需給のバランス調整が慎重に行われている領域と言えます。

シリコンの単結晶インゴットを薄くスライスし、表面を鏡面状に磨き上げた最も標準的なウエハーです。「鏡面ウエハー」とも呼ばれ、主にDRAMやNAND型フラッシュメモリなどのメモリ半導体の基板として広く使用されています。
なぜ半導体メモリではエピタキシャルウエハーが使用されないのか
半導体メモリ(DRAMやNAND型フラッシュメモリ)でエピタキシャルウエハーが主流ではない理由は、主に「コストと性能のバランス」にあります。
メモリにはそこまでの高級品は必要なく、安く大量に作ることの方が重要であるためです。
1. コストの制約
メモリはロジックIC(CPU/GPU)に比べて利益率が低く、価格競争が非常に激しい製品です。
- ポリッシュドウエハー: 磨くだけなので安価。
- エピタキシャルウエハー: 磨いた後に特殊なガスで膜を張る工程(追加コスト)がかかり、価格が跳ね上がります。メモリでこれを使うと、最終製品(スマホやPC)の価格を維持できなくなってしまいます。
2. 回路構造の違い
- ロジックIC(エピが必要): 非常に高速で複雑な計算をするため、わずかな結晶の乱れ(欠陥)が誤作動に直結します。そのため、欠陥のないエピ層が必要です。
- メモリ(ポリッシュドで十分): 回路構造が比較的単純で、データの「保存」が主目的です。現在の技術では、安価なポリッシュドウエハーでも「アニール(熱処理)」などの工夫を施せば、メモリに必要な品質を十分に確保できるようになっています。
3. HBMなどの例外
ただし、最近ではHBM(高帯域幅メモリ)のようなAI向けの超高性能メモリにおいては、積層時の安定性や信頼性を高めるために、部分的に高品質なウエハーが選ばれるケースも出てきています。

理由はコストと回路の特性です。メモリは利益率が低く大量生産が求められるため、安価なポリッシュドウエハーが適しています。また、ロジックICほど極限の結晶品質を求めないため、標準品でも十分性能を発揮できるからです。

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