この記事で分かること
- 受賞が予想されている分野:予想分野は多岐にわたりますが、有力視されるのは主に以下の3分野です。多孔性材料(MOF)、AI創薬・構造予測(AlphaFold)、エネルギー分野の高効率なペロブスカイト太陽電池の開発や、リチウムイオン電池を超える次世代電池材料、単原子触媒などが挙げられます。。
- MOFとは何か:金属イオンと有機分子が規則的に結合してできる、ナノサイズの穴を持つジャングルジム状の結晶性材料です。非常に高い表面積を持ち、ガスの貯蔵や分離、触媒などに使われます。
- ノーベル賞候補となる理由:な超高表面積の多孔性材料という革新的概念を確立し、CO2回収や水素貯蔵など、環境・エネルギー問題の解決に不可欠な貢献が期待されるためです。
ノーベル化学賞の予想
今年のノーベル化学賞の公式な受賞者は、2025年10月8日水曜日(日本時間)に発表される予定です。
現時点(2025年9月)で、いくつかの専門家や団体によってどの候補者や研究分野が受賞するのの予想がなされています。
どのような分野、人物が受賞を予想されているのか
1. 多孔性金属-有機構造体(MOF)
- 貢献: 設計可能な多孔性材料の合成法と機能開拓。ガス貯蔵、分離、触媒など幅広い応用分野があります。
- 有力候補者:
- Omar M. Yaghi(オマー・ヤギー)
- 北川 進(きたがわ すすむ)
- Michael O’Keeffe(マイケル・オキーフ)
- 藤田 誠(ふじた まこと)
2. ペロブスカイト太陽電池
- 貢献: 有機無機ハイブリッド結晶を用いた高効率で低コストな太陽電池の開発。再生可能エネルギー分野に大きな影響を与えています。
- 有力候補者:
- 宮坂 力(みやさか つとむ)
- Michael Grätzel(マイケル・グレッツェル)
- Nam-Gyu Park(パク・ナムギュ)
3. タンパク質構造予測(AlphaFold)
- 貢献: 機械学習モデルを用いたタンパク質の立体構造予測を実用レベルに引き上げ、創薬や構造生物学に革命をもたらしました。
- 有力候補者:
- Demis Hassabis(デミス・ハサビス)
- John Jumper(ジョン・ジャンパー)
4. その他注目される分野と候補者
生化学・医薬化学系
- GLP-1生物学とインクレチン療法: 糖尿病・肥満治療の分野での貢献。
- 標的タンパク質分解技術(PROTAC/分子糊) の開発:Craig Crews(クレイグ・クルーズ)ら。
- 光遺伝学(オプトジェネティクス) の樹立:Karl Deisseroth(カール・ダイセロス)ら。
- 核内受容体を介したホルモン作用の分子基盤の解明: Ronald M. Evans(ロナルド・エバンス)ら。
無機化学・材料化学系
- 単原子触媒の開発とその応用:Tao Zhang(張涛)
- ナノ結晶の合成と応用:Christopher B. Murray(クリストファー・ミュレイ)ら。
- メソポーラス無機材料の合成:Charles T. Kresge(チャールズ・クリスギ)ら、稲垣 伸二(いながき しんじ)ら。
多孔性金属-有機構造体とは何か
多孔性金属-有機構造体は、MOF(Metal-Organic Frameworks)やPCP(Porous Coordination Polymers:多孔性配位高分子)とも呼ばれる、人工的に合成された多孔質の結晶性材料です。
これは、原子レベルでデザインされたナノサイズのジャングルジムのような構造をしています。
構造と特徴
- 構成要素:
- 金属イオンまたは金属クラスター(ノード、節の役割)
- 有機配位子(リンカー、棒の役割)
- これらの要素が配位結合によって規則正しく結びつき、無限に続く三次元(または二次元)の網目状の構造を形成しています。
- 多孔質性:
- 構造内に均一で規則的な細孔(ナノメートルサイズの穴)を多数持っており、その空洞の体積が非常に大きいのが特徴です。
- 高い表面積:
- 活性炭やゼオライトといった従来の多孔質材料と比較して、はるかに大きな比表面積(1gあたり数千$\text{m}^2$に達するものもある)を持ちます。
- デザインの自由度:
- 使用する金属イオンと有機配位子の種類や長さを変えることで、細孔のサイズや形状、内部の化学的性質を自由に設計できる(チューナブルな)点が最大の強みです。
応用分野
そのユニークな構造と高い表面積から、様々な分野での応用が期待されています。
- ガス貯蔵・分離: 水素、メタン、二酸化炭素(CO2)などのガスを高密度で安全に吸着・貯蔵したり、特定のガスだけを効率よく分離したりする技術。
- 触媒: 細孔内の金属や有機配位子を反応の活性点として利用する触媒。
- センサー: 特定の分子を識別して吸着することで、それを検出するセンサー。
- 薬物送達(ドラッグデリバリー): 細孔内に薬物分子を封入し、体内で必要な場所に届けてから放出させるキャリア材料。

多孔性金属-有機構造体(MOF/PCP)は、金属イオンと有機分子が規則的に結合してできる、ナノサイズの穴を持つジャングルジム状の結晶性材料です。非常に高い表面積を持ち、ガスの貯蔵や分離、触媒などに使われます。
なぜ、ノーベル賞と予想されるのか
多孔性金属-有機構造体(MOF)の研究がノーベル賞の有力候補とされる主な理由は、その革新性と応用範囲の広さにあります。特にノーベル化学賞の対象として重要視されるポイントは以下の通りです。
- 革新的な材料設計の概念(レティキュラー化学)
- 従来の材料科学では不可能だった、原子レベルで空孔(穴)のサイズや形状、内部の機能を自在に設計・制御できる新しい合成概念(レティキュラー化学)を確立しました。
- これにより、特定の機能(ガス分離、触媒など)に特化したテーラーメイドの材料を生み出すことが可能になりました。
- 既存材料を凌駕する性能(超高表面積)
- 活性炭やゼオライトといった従来の多孔質材料と比較して、桁違いに大きな比表面積(1グラムでテニスコート数面分に匹敵)を実現しました。
- この超高表面積が、高いガス貯蔵能力や吸着能力の根源となっています。
- 社会的な課題解決への貢献
- クリーンエネルギー分野: 燃料電池に使う水素ガスや、天然ガスの主成分であるメタンガスを安全かつ高密度に貯蔵・運搬する技術として極めて重要です。
- 環境分野: 地球温暖化対策として、排ガスや大気中から二酸化炭素(CO2)を効率よく分離・回収する材料として期待されています。
- 触媒・医療分野: 高効率な触媒や、体内で薬を運ぶドラッグデリバリーシステムへの応用も進んでいます。
これらの功績は、人類に最大の貢献をしたというノーベル賞の設立趣旨に合致する、化学分野におけるパラダイムシフト(概念の転換)をもたらしたものと評価されています。
なお、2025年のクラリベイト引用栄誉賞では、MOFの研究者である藤田誠氏やOmar M. Yaghi氏が過去に候補者として挙げられています。
また、今年のクラリベイト引用栄誉賞の化学部門では「エネルギーの貯蔵および変換」や「単原子触媒」の研究者が受賞しており、MOFの関連技術への関心が高まっていることが伺えます。

MOFは、原子レベルで機能設計可能な超高表面積の多孔性材料という革新的概念を確立しました。CO2回収や水素貯蔵など、環境・エネルギー問題の解決に不可欠な貢献が期待されるためです。
なぜ大きな比表面積を持つのか
多孔性金属-有機構造体(MOF)が極めて大きな比表面積を持つ理由は、その独特な内部構造にあります。
これは、物質の表面積を「物質の内部にあるすべての穴(細孔)の壁の表面積の合計」として計算するためです。
1. 規則正しい「ジャングルジム」構造
MOFは、金属イオン(節)と有機配位子(棒)が規則正しく結合して、原子レベルで均一な空洞(細孔)を無数に持つ三次元の網目構造(ジャングルジム構造)を形成しています。
- この規則正しい骨格により、体積の大部分が空気やガスを取り込める空洞として利用されます。
2. 空洞の壁が表面積となる
物質が多孔質であるため、外側の表面だけでなく、内部のすべての空洞の壁が「表面」として機能します。
- MOFはナノメートル(10億分の1メートル)サイズの非常に微細な穴を大量に持っているため、この内部の表面積を合計すると、驚くほど巨大な値になります。
- 例えば、MOFの種類によっては、わずか1グラムでサッカー場一面分(数千$\text{m}^2$)に匹敵する表面積を持つことが報告されています。
3. 低密度で効率的な空間利用
MOFの骨格は金属と有機分子という比較的軽い元素で構成され、内部の空洞が大きいため、密度が低く、非常に「スカスカ」な状態です。これにより、単位質量あたりにより多くの吸着サイト(ガスなどを吸い付ける場所)を提供でき、結果として高い比表面積が実現します。

MOFは、金属と有機分子が作る規則的なナノサイズの空洞(細孔)を無数に持ちます。この空洞の壁全てが表面積となるため、活性炭などを遥かに上回る巨大な比表面積となります。
ガスの貯蔵に利用できる理由は
多孔性金属-有機構造体(MOF)がガスの貯蔵に優れているのは、主に以下の3つの要素が組み合わさっているからです。
1. 超高効率な「ガス吸着」能力
MOFは、前述の通り極めて大きな比表面積を持ちます。この巨大な内部表面積が、ガス分子を吸い付ける吸着サイトを大量に提供します。
- メカニズム: ガス分子は、MOF内部の細孔の壁にファンデルワールス力などの比較的弱い力で物理的に吸着(物理吸着)されます。
- 効果: この吸着により、ガスを高圧で圧縮する代わりに、MOFの細孔内にガス分子を高密度に「閉じ込めて」貯蔵できます。
2. 均一な細孔による選択性と密度
MOFは、原子レベルで設計された均一なサイズと形状の細孔を持ちます。
- 高密度貯蔵: 規則的な細孔内にガス分子が隙間なく効率的に詰め込まれるため、単位体積あたりで、ガスボンベなどの既存の方法よりも大量のガスを貯蔵できる可能性があります。
- 分離・純粋性: 細孔のサイズを特定のガス分子のサイズに合わせることで、混合ガスの中から目的のガスだけを選択的に吸着・分離しながら貯蔵できます。
3. 安全で容易な制御
MOFによるガス貯蔵は、高圧を必要とする液化や圧縮貯蔵に比べて安全性が高いという利点があります。
- 低圧貯蔵: MOFは低圧下でもガスを吸着できるため、従来のボンベのようにガスを高圧で扱う必要がなく、輸送や保管時の危険性を低減できます。
- 容易な吸脱着: 物理吸着の性質により、MOFに吸着されたガスは、温度や圧力のわずかな変化(加熱したり圧力を下げたりするだけ)で簡単に放出(脱着)できます。これは、エネルギー効率の高い利用に直結します。

MOFは、巨大な内部表面積を持つナノサイズの細孔内に、ガス分子を高密度かつ安全に物理吸着できるからです。低圧で貯蔵・放出できるため、運搬や利用効率が高いです。
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