この記事で分かること
- 溶液法とは:高温で溶融させたシリコン溶媒に炭素を溶かし、SiC種結晶上で析出・成長させる方法です。従来の昇華法に比べ、欠陥が少なく高品質なSiC単結晶を低コストで育成できる可能性があります。
- 溶液法が可能になった理由:結晶成長の精密制御技術が確立したためです。特に、熱歪みを抑える温度勾配の最適化や、溶媒(フラックス)の選定・組成制御技術が進展し、高品質・低欠陥のSiC結晶育成が実現しました。
- 初期欠陥を埋めることができ理由:溶液法は熱平衡に近い比較的低温の液体中で成長するため、結晶がエネルギー的に安定した構造になろうとします。これにより、初期の欠陥(マイクロパイプなど)よりも平坦な面にSiCが析出し、欠陥を埋め尽くすように自己閉塞します。
オキサイドの溶液法によるSiC半導体基板の試作
オキサイドは、従来の昇華法に代わる「溶液法」という新製法を用いて、SiC(炭化ケイ素)半導体基板の試作に成功しました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC082O70Y5A101C2000000/
オキサイドは、この試作成功により、単なる材料メーカーから半導体製造の上流に参入する会社へと進化しつつあり、事業化も視野に入れていると報じられています。
新製法とはどのような方法か
オキサイドが採用した新製法とは、溶液法(液相成長法)と呼ばれるSiC(炭化ケイ素)単結晶の育成方法です。
これは、従来SiC基板の主流であった昇華法(気相成長法)とは大きく異なる原理を用います。
溶液法(液相成長法)の仕組み
溶液法によるSiC単結晶の成長は、主に以下のステップで行われます。
- 溶媒の準備と加熱:
- 炭素(C)製るつぼ内に、シリコン(Si)を主成分とする溶媒原料(Si-Ti系やSi-Cr系合金など)を投入し、高周波誘導加熱などによって高温で融解させます。
- SiC溶質の生成:
- 高温のシリコン溶媒中に、るつぼ材である炭素(C)が溶け込みます。この溶け込んだ炭素が、溶媒中のシリコンと結合し、SiCの溶質が作られます。
- 注: シリコンへの炭素の溶解度は低いため、Ti(チタン)やCr(クロム)などの元素を溶媒に添加して溶解度を向上させることが一般的です。
- 結晶成長:
- SiCの種結晶を、溶質が過飽和状態になった溶液(液体)に接触させ、低温に保ちます。
- 温度の低い種結晶の表面で、過飽和となったSiC溶質が析出し、SiCの単結晶が徐々に成長していきます。
溶液法の主なメリット
溶液法は、従来の昇華法に比べて以下の点で優位性があるとされています。
- 高品質・低欠陥:
- 熱平衡に近い条件下で、温度勾配が小さく歪みの少ない環境で結晶を成長させるため、欠陥(転位)の少ない高品質な単結晶を育成できることが最大のメリットです。
- n型・p型の両方に対応:
- 昇華法が主にn型(電子がキャリア)のSiC単結晶を生成するのに対し、溶液法ではn型とp型(正孔がキャリア)の両方を製造できる可能性があります。特に、大口径化が難しかったp型SiCウェハの製造に道を開きます。
- コストダウンの可能性:
- 長期的には、結晶の成長速度向上や、欠陥が少ないことによる後工程(デバイス製造)での歩留まり向上を通じて、製造コストの低減につながることが期待されています。
この新製法は、次世代パワー半導体であるSiCの高性能化と普及に不可欠な技術として注目されています。

オキサイドの新製法は溶液法(液相成長法)です。これは、高温で溶融させたシリコン溶媒に炭素を溶かし、SiC種結晶上で析出・成長させる方法です。従来の昇華法に比べ、欠陥が少なく高品質なSiC単結晶を低コストで育成できる可能性があります。
昇華法とは何か
昇華法とは、オキサイドが新製法(溶液法)を導入するまで、SiC(炭化ケイ素)半導体基板の製造において最も広く使われてきた結晶育成技術です。
昇華法(PVT法)の仕組み
昇華法は、別名PVT (Physical Vapor Transport) 法とも呼ばれ、SiCを高温で昇華させ、気体(蒸気)の状態で移動させて再結晶化させる方法です。
- 原料(SiC粉末)の準備:
- 高純度のSiC粉末をるつぼ(グラファイト製など)の底に充填します。
- 昇華(気化):
- るつぼ全体を2,000°C以上の非常に高温に加熱し、原料のSiC粉末を固体から直接気体(蒸気)へ変化させます(昇華)。
- 輸送と再結晶化:
- るつぼの天井部または上部に、結晶成長の核となるSiCの種結晶(シード)を配置します。
- 原料部と種結晶部に意図的に温度差を設けることで、昇華したSiC蒸気(SiとCの分子)が低温側の種結晶表面へと移動し、再結晶化(凝縮)して単結晶が成長していきます。
特徴(メリット)
- 結晶成長速度: 溶液法と比較して、結晶の成長速度が速いため、量産性に優れています。これが、これまでSiC基板製造の主流であった最大の理由です。
- 大口径化: 大口径(6インチ、8インチなど)のSiCウェハ製造に実績があり、安定した製造技術が確立されています。
課題(デメリット)
- 欠陥: 成長過程で急激な温度変化(大きな温度勾配)や高い残留応力が発生しやすいため、結晶内部に転位などの欠陥が生じやすいことが課題です。この欠陥が、SiCパワーデバイスの性能や信頼性に影響を与えます。
- p型 SiC の製造: p型(正孔をキャリアとする)SiCの育成がn型に比べて難しく、特に大口径での高品質化に技術的な課題がありました。
オキサイドが採用した溶液法は、この昇華法の課題である「欠陥の低減」を目指した次世代技術と位置づけられています。

昇華法は、SiC(炭化ケイ素)基板の従来の製造法です。高熱でSiC粉末を固体から直接気体(昇華)にし、この蒸気を低温の種結晶表面で再結晶化させます。量産性はあるものの、結晶欠陥が生じやすいという課題があります。
溶液法が可能になった理由は何か
オキサイドをはじめとする日本の研究機関や企業がSiC(炭化ケイ素)の溶液法による大口径・高品質な結晶成長を可能にした背景には、主に以下の技術的なブレイクスルーと戦略的な取り組みがあります。
1. 結晶成長条件の精密制御技術の確立
溶液法は、昇華法に比べて熱平衡に近い条件で結晶を成長させるため、温度や溶媒の組成を非常に精密に制御する必要があります。
- 温度勾配の最適化:
- 結晶成長を駆動する過飽和度を保ちつつ、結晶内部に熱歪みや応力が生じないよう、るつぼ内の微細な温度分布を制御する技術が進化しました。種結晶近傍のみを低温に保ち、効率よく結晶を析出させる高度な炉内設計が実現しました。
- 溶媒(フラックス)の研究と選定:
- 炭素のシリコン溶媒への溶解度を向上させ、結晶成長を安定化させるために、Ti(チタン)やCr(クロム)などの添加元素(溶媒候補)の熱力学的物性や不純物混入リスクを詳細に分析し、最適な溶媒系(例: Si-Ti系、Si-Cr系)を選定する研究が進みました。
2. 欠陥低減メカニズムの利用
溶液成長の特性として、結晶成長中にマイクロパイプ(中空状の欠陥)などの初期欠陥が自己閉塞(セルフヒーリング)する現象が確認され、これを積極的に利用する技術が確立しました。これにより、従来の昇華法では避けられなかった欠陥の大幅な低減が可能になりました。
3. 計算科学・機械学習の援用
- シミュレーション技術: 溶媒内の熱の流れや物質移動(SiC溶質の拡散)をシミュレーションによって解析することで、トライアンドエラーの回数を減らし、最適な成長条件(温度、圧力、組成など)を効率的に設計できるようになりました。
- 機械学習の活用: 近年では、AIの機械学習を活用して膨大な実験データから最適な結晶成長条件のパラメータを導き出し、高品質・大口径化のリードタイムを短縮する試みも進んでいます。
4. p型SiCウェハへの対応
従来の昇華法では大口径化が困難だったp型SiCウェハについても、溶液法が原理的に高品質な結晶育成に適していることが分かり、超高耐圧パワーデバイス実用化の道筋が見えたことも、この技術が急速に注目され、開発が進んだ大きな要因です。
オキサイドは、この溶液法をコア技術とする企業(UJ-Crystalなど)との連携や、自社の単結晶育成技術(CZ法など)との親和性を活かし、実用化の成功に至っています。

溶液法が可能になったのは、結晶成長の精密制御技術が確立したためです。特に、熱歪みを抑える温度勾配の最適化や、溶媒(フラックス)の選定・組成制御技術が進展し、高品質・低欠陥のSiC結晶育成が実現しました。
なぜ、初期欠陥が自己閉塞するのか
SiC単結晶を溶液法(液相成長法)で育成する際に、結晶の初期欠陥(特にマイクロパイプなど)が自己閉塞(セルフヒーリング)する主な理由は、熱力学的安定性と結晶成長のメカニズムの違いにあります。
これは、従来の昇華法が抱える欠陥の問題を解決する、溶液法の大きな強みです。
1. 熱平衡に近い成長条件
- 昇華法(気相): 非常に高温(2,000℃以上)で、原料の昇華と再結晶化という非平衡なプロセスで高速に成長させます。このため、結晶が急いで成長する過程で、エネルギー的に不安定な状態(欠陥)がそのまま取り込まれやすくなります。
- 溶液法(液相): 融液(溶媒)から比較的低温でゆっくりとSiCを析出させる、熱平衡状態に近いプロセスです。
- 結晶は、エネルギー的に最も安定した構造(完全な結晶構造)になろうとする性質があります。溶液法では、この安定な構造を形成するのに十分な時間とエネルギー的ゆとりがあるため、初期の欠陥を修復しながら成長が進みます。
2. 溶質(SiC)の供給方法の違い
- 昇華法: 蒸気(気相)からSiCを供給するため、欠陥(マイクロパイプなど)の開口部にもSiC蒸気が侵入し、欠陥がそのまま成長方向に伸びてしまいがちです。
- 溶液法:
- 成長は液体(融液)の中で進行します。
- マイクロパイプなどの欠陥(穴)が存在すると、その穴の中よりも、平らな完全な結晶面のほうがSiC溶質(炭素とケイ素)の供給を受けやすく、またエネルギー的に安定してSiC結晶が析出しやすくなります。
- 結果として、欠陥の側面から結晶が成長し、欠陥を埋め尽くすように閉塞(ヒーリング)しながら、その上に欠陥のない層が成長していく現象が起こります。
3. 低い温度勾配と低い熱歪み
溶液法は、炉内の温度勾配を昇華法よりも小さく抑えることができます。
- 温度勾配が小さい = 熱応力(熱による歪み)が小さい
- この低応力環境が、成長する結晶に新たな欠陥が発生するのを抑制し、初期欠陥の修復(自己閉塞)を助けます。
これらの要因が複合的に作用し、溶液法は従来の昇華法では困難だった「初期欠陥の自己閉塞」を可能にし、低欠陥・高品質なSiC単結晶の育成を実現しています。

溶液法は熱平衡に近い比較的低温の液体中で成長するため、結晶がエネルギー的に安定した構造になろうとします。これにより、初期の欠陥(マイクロパイプなど)よりも平坦な面にSiCが析出し、欠陥を埋め尽くすように自己閉塞します。

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