この記事で分かること
- うつ病とウイルスの関係:うつ病には、ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)が関連する可能性が指摘されています。特に、HHV-6が持つSITH-1遺伝子が脳のストレス応答を亢進させ、うつ病の発症に関与するとされます。
- HHV-6とうつの関係:HHV-6が持つSITH-1遺伝子が、脳のストレス応答を亢進させ、うつ病発症を促すと考えられています。また、この遺伝子の特定の配列数が少ないと「うつ病になりやすい体質」になることも示唆されており、遺伝的側面も持ちます。
うつ病とウイルスの関係
うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)は、心理的・環境的要因が大きく関わるとされていますが、近年ではウイルス感染や遺伝的要因もその発症や重症化に影響を与える可能性が示唆されています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG02C1V0S5A400C2000000/
うつ病と関連するウイルスとは
うつ病と関連する可能性が指摘されているウイルスはいくつかありますが、特に近年注目されているのはヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)です。
ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)
- 突発性発疹の原因ウイルス: HHV-6は、乳幼児期に突発性発疹を引き起こすことで知られるウイルスです。ほとんどの人が乳幼児期に感染し、その後も体内に潜伏感染(ウイルスが症状を出さずに体内に留まっている状態)しています。
- 「SITH-1」遺伝子の関与: 東京慈恵会医科大学の研究グループ(近藤一博教授ら)によって、HHV-6Bが持つ「SITH-1」という遺伝子がうつ病の発症に深く関与している可能性が報告されています。SITH-1遺伝子が活性化すると、脳内の嗅球に影響を与え、ストレス応答を亢進させ、うつ病の発症リスクを高めることが示唆されています。
- 遺伝との関連: SITH-1遺伝子に存在する特定の繰り返し配列の数が少ないと「うつ病になりやすい体質」になることが示されています。これは、親から子へのHHV-6Bの母子感染が、うつ病の遺伝的要因にも関連している可能性を示唆するものです。
- 再活性化と疲労・ストレス: HHV-6は、疲労やストレスなどによって免疫力が低下すると再活性化することがあります。この再活性化が、うつ病の症状を引き起こしたり悪化させたりする可能性が考えられています。
- 神経炎症との関連: HHV-6が神経細胞やグリア細胞に感染することで、脳内で炎症反応(神経炎症)を引き起こし、これがうつ病の発症や悪化に関与している可能性も指摘されています。
その他のウイルス
HHV-6が最も注目されていますが、他にもうつ病との関連が研究されているウイルスがあります。
- サイトメガロウイルス: 一部の研究では、サイトメガロウイルスへの曝露とうつ病との関連が示唆されています。
- 単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2): 単純ヘルペスウイルス2型(性器ヘルペスの原因ウイルス)も、うつ病との関連が指摘されていることがあります。
- C型肝炎ウイルス: C型肝炎の治療薬であるインターフェロンの副作用としてうつ病が発症することが知られていますが、C型肝炎ウイルスそのものが直接うつ病を引き起こすというよりは、治療過程での影響が大きいと考えられます。
- インフルエンザ、水痘帯状疱疹ウイルス: これらのウイルスへの曝露とうつ病との関連を評価する研究も行われています。
注意点
- 因果関係の解明: これらのウイルスとうつ病との関連は、まだ研究段階であり、明確な因果関係が確立されているわけではありません。ウイルス感染がうつ病の唯一の原因であるとは考えられておらず、心理社会的ストレス、遺伝的要因、脳機能の変化など、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
- 新たな治療法の可能性: ウイルスがうつ病の発症に関与しているという研究は、従来のうつ病の概念に新たな視点をもたらし、将来的にはウイルスをターゲットとした新たな診断法や治療法の開発につながる可能性を秘めています。
現時点では、うつ病とウイルスとの関連で最も研究が進み、注目されているのはHHV-6であると言えるでしょう。

うつ病には、ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)が関連する可能性が指摘されています。特に、HHV-6が持つSITH-1遺伝子が脳のストレス応答を亢進させ、うつ病の発症に関与するとされます。このウイルスは遺伝的な「うつ病になりやすさ」にも関連する可能性が示唆されています。
HHV6がうつ病と関連する理由は何か
ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)がうつ病と関連する可能性が指摘されている主なメカニズムは、以下の点が挙げられます。
1. SITH-1遺伝子の作用
HHV-6Bには「SITH-1」という遺伝子が存在し、これがうつ病の発症に深く関与していると考えられています。
- 細胞死(アポトーシス)の誘導: SITH-1は、細胞内にカルシウムを流入させ、細胞死(アポトーシス)を誘導する作用があります。
- 嗅球への影響: マウスを用いた実験では、SITH-1を脳の**嗅球(きゅうきゅう)**で強く発現させると、嗅球の細胞が死滅することが確認されました。嗅球は、感情や記憶、ストレス反応に深く関わる脳の領域とされています。
- ストレス応答の亢進: SITH-1を脳で発現させたマウスは、脳のストレス応答が亢進し、うつ病によく似た行動(うつ様行動)を示すようになりました。これは、SITH-1が脳内のストレス系を過剰に活性化させることで、うつ病の発症に寄与する可能性を示唆しています。
2. 神経炎症の誘発
HHV-6は、神経細胞やグリア細胞(神経細胞を支える細胞)に感染し、神経炎症を引き起こす可能性があります。
- 炎症性サイトカインの放出: ウイルスが脳内で再活性化すると、免疫細胞が活性化され、炎症性サイトカイン(炎症を引き起こす物質)が放出されます。これらのサイトカインは、脳内の神経伝達物質のバランスを崩したり、神経細胞の機能を障害したりすることで、うつ病の症状を引き起こすと考えられています。
- 脳機能への影響: 脳内の慢性的な炎症は、セロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質の合成や代謝に影響を与え、気分の落ち込み、意欲低下、不安などのうつ症状を悪化させる可能性があります。
3. ストレスと再活性化の連鎖
HHV-6は、多くの人が乳幼児期に感染し、体内に潜伏感染しています。通常は免疫によって抑えられていますが、ストレスや疲労、免疫力の低下などが引き金となり、ウイルスが再活性化することがあります。
- ストレス応答の悪循環: ストレスによってHHV-6が再活性化し、SITH-1遺伝子が発現することで脳内のストレス応答がさらに亢進するという悪循環が生じる可能性があります。これにより、うつ病の症状が発症・悪化すると考えられます。
- 慢性疲労症候群との関連: HHV-6の再活性化は、慢性疲労症候群(CFS)とも関連が示唆されており、CFS患者の多くにうつ症状が見られることから、HHV-6が関与するCFSが間接的にうつ病を引き起こす可能性も考えられます。
4. 遺伝的要因との関連
SITH-1遺伝子には「R1A繰り返し配列」という特定の配列が存在し、その数が少ないと「うつ病になりやすい体質」になることが示唆されています。
- 母子感染による伝搬: HHV-6Bは主に新生児期に母親から感染し、生涯にわたって体内に潜伏感染します。このため、HHV-6Bが持つSITH-1遺伝子の特定のバリエーションが、親から子へと伝わることで、うつ病の遺伝に関与している可能性が指摘されています。つまり、遺伝的なうつ病の「なりやすさ」の一部が、このウイルス感染の形式で説明できるという新たな見方です。
このように、HHV-6は特にSITH-1遺伝子の働きを通じて脳内のストレス応答を亢進させたり、神経炎症を引き起こしたり、さらには遺伝的な脆弱性にも関連することで、うつ病の発症や病態に影響を及ぼすと考えられています。
これらのメカニズムは、うつ病の診断や治療に新たなアプローチをもたらす可能性として、現在も盛んに研究が進められています。

HHV-6が持つSITH-1遺伝子が、脳のストレス応答を亢進させ、うつ病発症を促すと考えられています。また、この遺伝子の特定の配列数が少ないと「うつ病になりやすい体質」になることも示唆されており、遺伝的側面も持ちます。
HHV-6の除去でうつを治療できるのか
HHV-6の除去は、その潜伏感染という特性から非常に困難であり、現在のところ完全に体から除去する治療法は確立されていません。
しかし、ウイルスが再活性化して症状を引き起こしている場合(活動性感染)には、抗ウイルス薬による治療が行われ、その効果が確認されています。
HHV-6の除去の難しさ
HHV-6は、多くの人が乳幼児期に感染し、その後、私たちの体内に潜伏感染します。これは、ウイルスが神経細胞や免疫細胞のDNAに組み込まれるなどして、ほとんど活動しない状態で体内に留まることを意味します。このような潜伏感染状態のウイルスを完全に体から排除することは、現在の医療技術では極めて困難です。
例えるなら、一度家に入り込んだ泥棒が、見つからないように隠れて潜んでいるようなもので、見つけることも、完全に追い出すことも難しい状況に似ています。
活動性感染に対する治療と効果
HHV-6が免疫力の低下やストレスなどによって再活性化し、実際に症状(例えば、造血幹細胞移植後のHHV-6脳炎など重篤な疾患)を引き起こしている場合には、抗ウイルス薬が用いられます。
主な抗ウイルス薬としては、以下のようなものがあります。
- ホスカルネットナトリウム水和物 (Foscarnet)
- ガンシクロビル (Ganciclovir)
これらの薬剤は、ウイルスの増殖を抑制することで、症状の改善や病気の進行を抑える効果が期待できます。特に、造血幹細胞移植後のHHV-6脳炎などでは、早期の治療開始が非常に重要とされており、脳脊髄液中のHHV-6 DNA量の減少などが治療効果の指標となります。
うつ病との関連におけるHHV-6の治療と効果
うつ病とHHV-6の関連については、HHV-6が持つ「SITH-1」遺伝子がうつ病の発症に影響を与えるという研究が進んでいます。
現時点では、うつ病治療としてHHV-6を直接ターゲットとする抗ウイルス薬の使用が、確立された治療法として推奨されているわけではありません。しかし、以下の点から、将来的な効果が期待されています。
- SITH-1遺伝子の抑制: HHV-6が再活性化してSITH-1遺伝子が活性化し、うつ病の発症に関与していると仮定するならば、ウイルスの再活性化を抑制したり、SITH-1の作用をブロックしたりする薬剤が開発されれば、うつ病の新たな治療法となる可能性があります。
- 神経炎症の抑制: HHV-6の再活性化による神経炎症がうつ病に関与している場合、抗ウイルス薬によってウイルス量を減らし、炎症を抑制することで、うつ症状の改善につながる可能性も考えられます。
- 診断への応用: HHV-6の活性化を示すSITH-1特異的抗体の測定が、うつ病の客観的な診断指標や、うつ病になりやすい体質を予測するツールとなる可能性も示唆されています。これにより、早期介入や個別の治療戦略が立てやすくなるかもしれません。
現在、うつ病の治療は、主に抗うつ薬や精神療法が用いられています。HHV-6とうつ病の関連性の研究は、うつ病の新たなメカニズム解明につながり、将来的な治療法の選択肢を広げる可能性を秘めていますが、まだ基礎研究や臨床研究の段階であり、実用化には時間を要すると考えられます。

HHV-6の完全な除去は困難ですが、活動性感染時には抗ウイルス薬で増殖を抑制できます。うつ病治療として確立はされていませんが、SITH-1遺伝子作用抑制や神経炎症軽減を通じて、将来的な効果が期待されています。
コメント