この記事で分かること
FCモジュールとは:燃料電池の核となる「FCスタック」と、その周辺機器(水素・空気供給、冷却、制御など)を一体化したパッケージです。
見直しの理由:水素市場の成長が当初の想定より遅れていることと、EV・ハイブリッド車への戦略的なリソース配分見直しです。
燃料電池普及の課題:車両価格の高さ、水素ステーションの圧倒的な不足、水素燃料の高コストが主な要因です。これらが相まって、一般消費者にとっての購入・維持負担と利便性のハードルが高く、普及を妨げています。
ホンダ次世代燃料電池(FC)モジュール専用生産工場の計画見直し
ホンダは、2027年度の稼働開始を目指して栃木県真岡市に建設を進めていた「次世代燃料電池(FC)モジュール専用生産工場」の計画を見直すと、2025年6月30日に発表しました。
https://global.honda/jp/news/2025/c250630.html
今回の計画見直しは、世界的な水素市場の環境変化や、ホンダ全体の電動化戦略の見直し(EV・FCVの販売比率目標の下方修正、ハイブリッド車への注力など)を受けたものと見られます。
FCモジュールとはなにか
FCモジュールとは、「燃料電池システムを、様々な機器に搭載しやすいようにパッケージ化したもの」を指します。
燃料電池の核となる部分は「FCスタック(燃料電池スタック)」と呼ばれるものです。これは、水素と酸素の化学反応によって電気を発生させる最小単位である「セル」を何枚も重ねて作られています。しかし、このFCスタックだけでは、実際に車や発電機として機能させることはできません。
FCモジュールは、このFCスタックに加えて、以下のような周辺部品や制御システムを一体化して、コンパクトにまとめたものです。
- 空気供給システム: 燃料電池に酸素を供給する
- 水素供給システム: 燃料電池に水素を供給する
- 冷却システム: 発電時に発生する熱を効率的に排出する
- 電圧変換器(DC-DCコンバーターなど): 発電された電力を、機器が必要とする電圧に変換する
- 制御ユニット(ECUなど): 燃料電池システム全体の運転を最適に制御する
このようにモジュール化することで、以下のようなメリットがあります。
- 搭載性の向上: 各部品を個別に設計・接続する必要がなくなり、様々な機器(自動車、商用車、定置用発電機、建設機械など)への搭載が容易になります。
- 開発期間の短縮: モジュールとして供給されるため、機器メーカーは燃料電池システムの詳細な設計・開発に時間を費やす必要がなくなります。
- 信頼性の向上: メーカーが最適な構成でパッケージ化しているため、システムとしての信頼性が高まります。
- コスト低減: 量産効果や、周辺部品との最適化により、システム全体のコスト低減に繋がります。
ホンダが開発している「次世代燃料電池モジュール」も、このような思想に基づいて、より高性能で汎用性の高い燃料電池システムを様々な用途に展開することを目指しているものです。従来の燃料電池システムに比べて、小型化、高出力化、高効率化、そして低コスト化が図られています。

FCモジュールは、燃料電池の核となる「FCスタック」と、その周辺機器(水素・空気供給、冷却、制御など)を一体化したパッケージです。これにより、自動車や建機、発電機など様々な用途への搭載が容易になり、開発期間やコスト削減、信頼性向上に貢献します。
なぜ見送るのか
ホンダが次世代FCモジュール工場の計画を見送る主な理由は、以下の2点に集約されます。
世界的な水素市場の環境変化
- 当初の計画時と比べて、水素のインフラ整備や需要拡大のペースが予想よりも遅れている現状があります。特に、水素ステーションの普及や水素価格の安定化など、燃料電池車を普及させるためのエコシステムの構築が思うように進んでいません。
- こうした不確実性の高い市場環境において、大規模な設備投資を当初の計画通りに進めるのはリスクが高いと判断したと考えられます。
ホンダ全体の電動化戦略の見直し
- ホンダは、電動化戦略において電気自動車(EV)への投資を強化する一方で、ハイブリッド車(HV)の重要性も再認識し、その投入を加速する方針を示しています。
- 世界的なEV市場の成長鈍化や、EV普及までの過渡期においてHVが果たす役割が大きいと判断したことで、リソース配分を最適化する必要が生じています。これにより、燃料電池関連の投資計画も全体戦略の中で見直された形です。
ただし、この計画見直しは、ホンダが水素事業から撤退するという意味ではありません。むしろ、より現実的な市場動向に合わせて、事業計画を柔軟に調整し、効率的な投資を行うための戦略的な判断とされています。ホンダは引き続き、商用車や定置用発電機など、より実用性の高い分野での水素事業の拡大を目指しており、2030年や2040年に向けた水素事業の目標は維持しています。
要するに、見送りの背景には、水素市場の不確実性と、ホンダ全体の事業戦略における優先順位の見直しがあると言えます。

主な理由は、水素市場の成長が当初の想定より遅れていることと、EV・ハイブリッド車への戦略的なリソース配分見直しです。これにより、効率的な投資と事業展開を目指します。
燃料電池車普及の課題はなにか
燃料電池車(FCEV)の普及には、以下のようないくつかの大きな課題があります。
- 車両価格の高さ:
- 燃料電池システムには、プラチナなどの高価な希少金属が使われるため、製造コストが高いです。
- EVに比べても車両価格が高く、補助金を利用しても、一般的なガソリン車やハイブリッド車に比べて割高感があります。
- 水素ステーションの不足:
- 燃料となる水素を充填する水素ステーションの数が極めて少ないことが最大の課題です。特に地方ではさらに数が限られ、長距離移動の際の利便性が低い状態です。
- 水素ステーションの設置費用が非常に高額(数億円)であるため、民間企業が積極的に参入しにくい状況です。
- 既存のステーションも営業時間が限られていたり、充填に時間がかかったりする場合があり、利便性が十分とは言えません。
- 水素燃料の価格と安定供給:
- 水素の製造・輸送コストが高く、結果として水素燃料の価格も高止まりしています。これが消費者の維持費負担につながります。
- 安価で安定した水素供給を実現するための技術開発やインフラ整備が不可欠です。特に、製造段階でのCO2排出を削減する「グリーン水素」の製造コスト低減が求められます。
- 選択肢の少なさ:
- 現在、市場で選択できるFCEVの車種が非常に限られています。これは、消費者の多様なニーズに応えられない要因となります。
- 認知度と理解度の不足:
- 燃料電池技術自体が比較的新しく、一般消費者の間での認知度や理解度がまだ低いのが現状です。安全性や利便性に対する不安を感じる人も少なくありません。
これらの課題は、それぞれが複雑に絡み合っており、「卵が先か、鶏が先か」という状況を生み出しています。FCEVの需要が伸びなければ水素ステーションの整備も進まず、水素ステーションが少なければFCEVの購入に踏み切れない、といった具合です。
しかし、FCEVは走行中にCO2を排出しないという大きな環境メリットがあり、特に長距離移動や大型商用車においてはEVの弱点を補完できる可能性を秘めています。そのため、これらの課題を克服し、普及を加速するための官民一体の取り組みが続けられています。

燃料電池車普及の課題は、車両価格の高さ、水素ステーションの圧倒的な不足、水素燃料の高コストが主な要因です。これらが相まって、一般消費者にとっての購入・維持負担と利便性のハードルが高く、普及を妨げています。
燃料電池車がEVに勝る点は何か
燃料電池車(FCEV)が電気自動車(EV)に勝る主な点は、以下の2つです。
エネルギー補給時間(充填時間)の短さ
- FCEVは、水素の充填に3〜5分程度と、ガソリン車とほぼ同等の時間で完了します。これは、EVの急速充電でも30分以上かかることを考えると、圧倒的な優位性と言えます。長距離移動や商業利用において、この時間は非常に大きなメリットとなります。
航続距離の長さ
- 現行のFCEVは、EVよりも一度の充填で走行できる航続距離が長い傾向にあります。例えば、トヨタMIRAIは700kmを超える航続距離を実現しており、多くのEVの航続距離を上回ります。特に大型車や商用車においては、バッテリーを大型化することなく長距離走行が可能となるため、FCEVのメリットが際立ちます。
これらの点は、FCEVがEVよりも「ガソリン車に近い使い勝手」を提供できる要素として評価されています。特に、長距離輸送を担うトラックやバス、災害時の非常用電源としての活用など、EVでは対応しきれない分野での普及が期待されています。

燃料電池車は、水素充填が3~5分と短時間で完了し、EVより長い航続距離を実現できる点が強みです。長距離移動や商用利用において、ガソリン車に近い利便性を提供でき、EVの弱点を補完します。
コメント