この記事で分かること
- 売却する塗料分野:自動車メーカー向け塗料(新車・補修)と、様々な産業で使われる金属・プラスチック等向けの表面処理剤の開発・製造・販売事業です。
- 売却の理由:事業ポートフォリオ最適化戦略の一環です。中核事業への資源集中と、コーティング事業を独立した企業として市場で高く評価させ、成長させることを目指しています。
- リフィニッシュ塗料とは:自動車の傷やへこみを修理工場で再塗装するための塗料です。
BASFの塗料事業の売却
BASFは自動車および表面処理コーティング事業をカーライル・グループに売却することを発表しています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR10DB50Q5A011C2000000/
BASFは、この取引を通じて、主要なコーティング事業を独立した企業として切り離すことで、事業ポートフォリオの最適化と、当該事業の市場での競争力向上を図る意向です。
どんな塗料分野を売却するのか
BASFがカーライル・グループに売却するコーティング事業の主な分野は、以下の通りです。
- 自動車用OEM塗料(新車用塗料)
- 自動車補修用塗料(リフィニッシュ塗料)
- 表面処理(表面コーティング、表面処理剤)
主に自動車産業向けの塗料と、金属やプラスチックなどの基材を保護・装飾するための特殊な産業用コーティング・処理剤が売却の対象となっています。
詳細
- 自動車用塗料: 新車製造ラインで使用される塗料(OEM)と、事故車修理などに使われる補修用塗料(リフィニッシュ)の両方が含まれるとされています。
- 表面処理(Surface Treatment): これには、金属、プラスチック、ガラス基材などに使用される表面処理剤(コーティングの前段階の処理や、特殊な機能性コーティングなど)の開発、製造、販売事業が含まれます。BASFは2016年にこの分野のリーディングサプライヤーであるシェメタル社を買収し、事業を強化していました。
売却対象に含まれない主な分野
一方、BASFは近年、他の塗料関連事業も売却していますが、それらは今回のカーライルへの売却とは別です。
- 工業用塗料事業の一部: 2016年にアクゾノーベル社に売却済み(コイル、パネルコーティング、壁紙用、風力向けなど)。
- グローバル顔料事業: 2021年にDIC株式会社に売却済み。
- ブラジル装飾用塗料事業: 2025年にシャーウィン・ウィリアムズに売却契約を締結。
今回のカーライルへの大規模な売却は、BASFのコーティング事業の中でも特に自動車およびそれに近接する高性能な表面処理の分野を切り離し、独立した企業として成長させることを目的としています。

BASFがカーライルに売却するのは、自動車メーカー向け塗料(新車・補修)と、様々な産業で使われる金属・プラスチック等向けの表面処理剤の開発・製造・販売事業です。
売却の理由は何か
BASFが自動車コーティング事業をカーライル・グループに売却する主な理由は、以下に示すように同社の事業ポートフォリオ戦略と、売却対象事業の市場での位置づけに関係しています。
1. ポートフォリオの最適化と事業集中の強化
BASFは、「Winning Ways(成功への道のり)」という企業戦略のもと、事業ポートフォリオの厳格な見直しを進めています。
- 事業の分類: BASFは現在、コア事業(バリューチェーン統合が強み)と、スタンドアローン事業(特定の産業に貢献)を区別しています。
- 狙い: コーティング事業を売却することで、コアではない事業を切り離し、成長が見込まれる中核事業(ケミカル、マテリアルなど)に経営資源と資本を集中し、全体の収益性を高めることを目指しています。
2. 事業の価値最大化(独立企業としての成長)
BASFは以前から、このコーティング事業について以下のように指摘していました。
- 適切な評価の欠如: コーティング事業は、BASFの巨大な事業構造の中では市場で適切に評価されていない可能性がありました。
- 競争力の確保: 独立した企業(ピュアプレイの競合他社)として運営される方が、より迅速な意思決定と専用の資本投資が可能となり、市場で競争しやすい立場になると判断しました。
BASFにとってコア事業ではないが、市場で高い価値を持つこの事業を投資ファンドであるカーライルに託すことで、事業自体の価値を最大化させ、その対価として得られる資金を中核事業への投資や株主還元に充てるという戦略的な判断です。

BASFの事業ポートフォリオ最適化戦略の一環です。中核事業への資源集中と、コーティング事業を独立した企業として市場で高く評価させ、成長させることを目指しています。
自動車用OEM塗料とは何か
「OEM」は「Original Equipment Manufacturer」の略で、「相手先ブランド名製造」を意味します。
自動車用OEM塗料とは、
- 定義: 自動車メーカーの工場で、新車の車体を塗装するために使用される塗料です。
- 供給形態: BASFのような大手化学メーカーが塗料を開発・製造し、それをトヨタ、VW、GMなどの自動車メーカーに納入します。この塗料は、最終的な自動車メーカーの仕様とブランド(車)の一部として組み込まれます。
- 重要性: 非常に厳しい品質基準(耐候性、耐擦傷性、耐薬品性、意匠性、環境規制への対応など)を満たす必要があり、自動車メーカーの塗装ラインのプロセスに完全に適合するように設計されます。
一般的に住宅などの外壁塗装業界で使われる「OEM塗料」(特定の販売店のプライベートブランドとして製造される塗料)という言葉とは異なり、この場合は新車製造プロセスで使用される高性能な塗料を指します。
BASFがカーライルに売却する事業の中核の一つであり、高度な技術力が求められる分野です。

自動車用OEM塗料とは、自動車メーカーの工場で新車を塗装するために使われる塗料です。高い耐候性、意匠性、厳しい環境基準を満たし、製造ラインの工程に適合するよう設計された高性能な塗料を指します。
リフィニッシュ塗料とは何か
「リフィニッシュ塗料」は、主に自動車業界で使われる文脈では自動車補修用塗料を指します。「リフィニッシュ(Refinish)」は「再仕上げ」「再塗装」という意味です。
自動車用リフィニッシュ塗料の概要
- 役割: 交通事故や飛び石などによる車の傷やへこみを修復・再塗装するために使用される塗料です。
- 新車用(OEM塗料)との違い:
- OEM塗料は新車製造ラインで使われ、焼付け乾燥などのプロセスが前提です。
- リフィニッシュ塗料は、修理工場で使われるため、短い時間で乾燥し、元の色や光沢を高い精度で再現できることが最重要視されます。
- 特徴:
- 色再現性: 車種や年式、元の塗装の経年劣化に対応するため、非常に多くの種類があり、元の色に限りなく近づけるための調色技術が不可欠です。
- 速乾性・作業性: 修理時間を短縮するため、速乾性の高いものが一般的です。
- 耐久性: 新車用塗料と同様に、紫外線や外部環境に対する高い耐久性が求められます。
BASFがカーライルに売却するコーティング事業には、この自動車補修用塗料(リフィニッシュ塗料)の分野も含まれています。

リフィニッシュ塗料は、自動車の傷やへこみを修理工場で再塗装するための塗料です。新車時と同じ色と光沢を高精度で再現でき、作業効率のため速乾性や高い耐久性が求められます。
色再現性を向上する方法は
リフィニッシュ塗料(自動車補修用塗料)の色再現性を向上させる方法は、主に「技術(職人の経験と目)」と「デジタル技術(機器)」の組み合わせで行われます。
1. デジタル技術による正確な分析
- 分光測色計(カラーセンサー)の使用:
- 傷ついた実車の塗装面に専用の測色計を当てて、その色を客観的な数値データとして読み取ります。
- 特に、見る角度で色が変わるメタリックやパール(光輝材入り)の塗料に対しては、複数の角度から光を当てて測定できる多角度分光測色計を使用し、色のズレを正確に把握します。
- コンピュータ調色システムの活用:
- 測色計で得たデータを基に、コンピュータ(AIシステム)が、登録されている基本塗料(約150色~)のどの色を、どれだけ混ぜるかという配合レシピを算出します。
- 最近では、AIや機械学習エンジンが組み込まれ、調色難易度の高い色や複雑な塗膜の再現精度が向上しています。
2. 職人の経験と微調整(調色)
- 調色(色合わせ): コンピュータが出したレシピを基に塗料を調合しますが、最終的な色調整は熟練した職人が行います。
- 経年変化への対応: 実車の色は紫外線や環境で必ず退色しています。カラーナンバー通りの塗料では合わないため、職人の目でこの退色した色味に合わせて顔料を少量ずつ追加し、微調整します。
- 比色(色比較): 調合した塗料を試し塗り用のテストピースに吹き付け、乾燥後、自然光や蛍光灯など異なる光源下で実車と比較し、色のズレを確認します。これを色が合うまで繰り返します。
3. 塗装技術による融合
- ぼかし塗装(ブレンド塗装): 修理箇所と既存の塗装面との色の差を目立たなくさせるために、あえて修理箇所の周辺部分に調色した塗料を薄く広げるように塗る技術が使われます。これにより、色の境目を視覚的に分かりにくくします。
- 塗装条件の管理: 湿度や温度が塗料の乾燥や発色に影響を与えるため、塗装ブース内の環境を適切に管理することも重要です。

色再現性の向上は、分光測色計(カラーセンサー)で実車色を正確に数値化し、そのデータに基づきAIも活用しながら塗料を緻密に調合(調色)します。最終的には、熟練職人が光の下で微調整して色を合わせます。
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