この記事で分かること
- 鉄で土壌改良できる理由:鉄は植物の生育に必要な栄養素としてだけでなく、土壌の物理的・化学的・生物的特性に多様な影響を与えることで、土壌改良を可能にしています。
- 酸化還元の安定性が養分吸収や微生物に影響する理由:酸化還元電位の安定は、土壌中の養分が植物にとって最も利用しやすい形態で存在することを助け、同時に、多様な土壌微生物がそれぞれの役割を最大限に発揮できる環境を提供します。
伊藤忠テクノソリューションズの鉄による土壌改良
伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)は、農業分野において、鉄を活用した土壌改良材の導入を進めています。
https://www.minyu-net.com/release/prtimes/detail/16928
これは、LIFULLのグループ会社であるLIFULL Agri Loop、NEXT AGRI WORKとの協業によるもので、特に「LAL鉄触媒」という独自の技術が注目されています。
鉄触媒にはどのような効果があるのか
このLAL鉄触媒を用いた土壌改良は、主に以外のような効果が期待されています。
土壌の酸化抑制と健康な土壌の維持
土壌の酸性化を防ぎ、土壌本来の健康な状態を保つことで、作物の生育に適した環境を整えます。
収穫量と品質の向上
実際に栃木県那須で行われたほうれん草の栽培試験では、収穫量が従来比で1.7倍に増加し、えぐみや苦みの元となる硝酸態窒素含量が55%削減、甘みを示す糖度が11.4%向上するなど、品質の改善が確認されています。
温室効果ガス排出量の削減
土壌の酸化抑制効果により、一酸化二窒素(N2O)やメタン(CH4)といった温室効果ガスの排出も大幅に削減できるとされています。
循環型農業の推進
家畜排せつ物を鉄触媒と併用することで、堆肥化では空中放出されてしまう窒素を効率的に土に戻し、化学肥料の使用を減らすなど、持続可能な農業モデルの構築に貢献します。

鉄の使用によって、土壌の酸性化を防ぎ、収穫量と品質の向上、温室効果ガス削減などの効果が期待されています。
なぜ鉄触媒で土性が改良するのか
鉄は、土壌改良において多岐にわたる重要な役割を果たすため、その利用によって土壌環境が改善され、作物の生育が促進されます。
植物の必須微量要素としての役割
- クロロフィル(葉緑素)合成の促進: 鉄は植物の光合成に不可欠なクロロフィルの合成に深く関わっています。鉄が不足すると、葉の色が薄くなる「葉脈間クロロシス」などの症状が現れ、光合成が十分にできなくなり、植物の成長が阻害されます。
- 酵素の活性化: 鉄は植物体内の多くの酵素の構成要素であり、呼吸や窒素代謝など、様々な生命活動に重要な役割を担っています。
土壌中の酸化還元反応の調整
- 鉄の形態と吸収: 土壌中の鉄は、主に水に溶けにくい三価鉄(Fe3+)として存在しています。しかし、植物が直接吸収できるのは、水に溶けやすい二価鉄(Fe2+)です。植物は根から有機酸などを分泌して三価鉄を溶解させ、さらに酵素によって二価鉄に変換して吸収します。
- 酸化還元電位の安定化: 鉄は土壌中で酸化還元反応を繰り返すことで、土壌の酸化還元電位を安定させる役割を果たします。これにより、土壌中の様々な物質の形態が変化し、植物の養分吸収や微生物の活動に影響を与えます。特に、LIFULL Agri Loopの「LAL鉄触媒」のような技術は、この酸化還元反応をコントロールすることで、土壌の健康を維持し、作物に好ましい環境を作り出すことを目指しています。
土壌微生物の活性化と窒素循環の改善
- 鉄還元菌による窒素固定: 土壌中には、鉄を呼吸に利用して窒素ガスをアンモニア態窒素に変換する「鉄還元窒素固定菌」が存在します。これらの微生物の活動が活発化することで、土壌中の窒素養分が増え、化学肥料の使用量を減らすことにつながります。
- メタン排出の抑制: 特に水田土壌において、酸化鉄を添加することで、メタン生成を抑制しつつ、鉄還元菌による窒素固定を促進できることが示されています。これは温室効果ガス排出削減に貢献する重要な要素です。
土壌構造の改善
- 微生物の活動が活発になると、土壌の団粒構造が発達しやすくなります。団粒構造は、土壌の通気性や保水性を高め、根張りの良い健康な土壌を形成します。
硝酸態窒素の還元
- LAL鉄触媒などの技術では、鉄の触媒作用によって土壌中の硝酸態窒素(NO3-)を窒素ガス(N2)に還元する効果が期待されています。硝酸態窒素は、植物に吸収されすぎるとえぐみや苦みの原因となったり、地下水汚染の原因にもなるため、その低減は作物の品質向上と環境負荷低減の両面で重要です。
土壌pHの調整
- 鉄は土壌pHにも影響を与えます。一般的に、酸性土壌では鉄が溶解しやすく植物が吸収しやすい一方、アルカリ性土壌では不溶性の形態になり、鉄欠乏を引き起こすことがあります。鉄資材の施用は、土壌のpHを適切な範囲に保ち、鉄の可用性を高めることに貢献します。

鉄は植物の生育に必要な栄養素としてだけでなく、土壌の物理的・化学的・生物的特性に多様な影響を与えることで、土壌改良を可能にしています。
酸化還元の安定がなぜ、養分吸収や微生物に影響するのか
酸化還元の安定が土壌の養分吸収や微生物に影響を与えるのは、主に以下の二つの理由によります。
養分の形態変化と利用可能性
土壌中の多くの養分は、酸化還元状態によってその化学的形態が変化します。特定の形態の養分は植物にとって吸収しやすく、別の形態では吸収しにくい、あるいは利用できない場合があります。
酸化還元電位が安定しているということは、これらの養分が植物にとって利用しやすい形態で安定的に存在しやすい、あるいは必要な時に容易に変化できる状態にあることを意味します。
- 鉄 (Fe) とマンガン (Mn): これらは土壌中で酸化還元反応を頻繁に起こす代表的な元素です。
- 酸化状態 (Fe3+, Mn4+): これらの形態は一般に水に溶けにくく、植物が吸収しにくい不溶性の化合物として存在します。
- 還元状態 (Fe2+, Mn2+): これらの形態は水に溶けやすく、植物が根から効率的に吸収できる「利用可能態」となります。
- 酸化還元電位が安定していることで、土壌中の酸素濃度や水分量、微生物活動によって鉄やマンガンが過度に酸化されたり還元されたりするのを防ぎ、植物が吸収しやすい二価の形態を適度に維持することができます。
- 窒素 (N): 窒素も土壌中で様々な形態を取ります。
- 硝酸態窒素 (NO3-): 酸化条件で安定し、植物が吸収しやすい形態の一つです。
- アンモニウム態窒素 (NH4+): 還元条件で安定し、これも植物が吸収しやすい形態です。
- 亜酸化窒素 (N2O) や窒素ガス (N2): 特定の酸化還元条件(脱窒作用)下で、土壌から大気中に放出される形態です。
- 安定した酸化還元電位は、植物が必要とする硝酸態窒素やアンモニウム態窒素が過剰に脱窒されたり、利用できない形態に変化したりするのを抑制し、効率的な窒素の循環を助けます。
- リン (P): リンも鉄やアルミニウムと結合して不溶化することがあります。適切な酸化還元状態は、リンが植物に利用可能な形態で存在しやすくなる条件を提供します。
微生物の活動と多様性
- 土壌微生物は、その種類によって好む酸化還元条件が大きく異なります。
- 好気性微生物: 酸素を必要とする微生物で、有機物の分解や硝化作用(アンモニウムを硝酸に変える)などを行います。高い酸化電位(酸素が豊富な状態)で活発に活動します。嫌気性微生物: 酸素がない環境で活動する微生物で、脱窒作用(硝酸を窒素ガスに変える)やメタン生成などを行います。低い還元電位(酸素が少ない状態)で活発に活動します。通性嫌気性微生物: 酸素があってもなくても活動できる微生物です。
- 養分循環の効率化: 多様な微生物群集は、有機物の分解、窒素固定、硝化、脱窒、リンの可溶化など、土壌の養分循環において様々な役割を分担しています。酸化還元電位の安定は、これらのプロセスを担う微生物がそれぞれ最適な環境で活動できる状態を保ち、養分循環全体の効率を高めます。
- 有害物質の分解: 特定の有害物質(重金属など)は、酸化還元条件によってその毒性や移動性が変化します。安定した酸化還元環境は、微生物によるこれらの物質の無毒化や固定化を促進する可能性があります。
- 病原菌の抑制: 土壌の微生物バランスが良好に保たれることで、植物の病原菌の増殖が抑制され、植物の健全な生育が促進されます。

酸化還元電位の安定は、土壌中の養分が植物にとって最も利用しやすい形態で存在することを助け、同時に、多様な土壌微生物がそれぞれの役割を最大限に発揮できる環境を提供します。これにより、結果として植物の養分吸収効率が向上し、土壌全体の健全性が保たれます。
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