この記事で分かること
- 歪みの生じる要因:世界の鋼材需給は、中国を中心とした過剰生産能力と、それに対抗する保護主義的な貿易措置の台頭により歪んでいます。その結果、国際的な価格競争が激化し、貿易摩擦が頻発しています。
- 過剰生産の理由:主に中国などでの生産能力の急速な拡大と、世界的な経済成長の鈍化による需要の停滞が重なったことで生じました。
- 保護主義が歪みを生む理由:関税などで自由な市場競争を阻害し、非効率な国内産業を温存させます。その結果、消費者の負担増、技術革新の停滞、国際的な報復合戦などの歪みが生じます。
鋼材需給の歪み
世界の鋼材需給は、過剰生産能力とそれに対抗するための保護主義的な貿易措置の台頭によって、大きな歪みを抱えています。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00757581
この問題は、特に中国が世界の鉄鋼生産の過半を占めるようになった2010年代以降、深刻化しています。
歪みとはどのような状況のことか
世界の鋼材需給の歪みは、過剰生産能力とそれに対抗するための保護主義的な貿易措置の台頭によって、発生しています。
過剰生産問題の現状
- 過剰な生産能力: 世界の鉄鋼需要が伸び悩む一方で、特に中国などの新興国が経済性を無視して生産能力を拡張した結果、大規模な過剰生産能力が発生しています。OECDの試算では、世界の過剰生産能力は需要を大幅に上回っており、この需給ギャップが市場を歪める主な原因です。
- 価格競争の激化: 生産された余剰鋼材は、国内外の市場で安価に販売されるため、鉄鋼製品の国際的な価格競争が激化しています。これにより、多くの鉄鋼企業の収益が悪化し、経営環境が厳しくなっています。
- 輸出の増加: 国内の需要で消化しきれない余剰な鋼材は、輸出に回される傾向があります。これにより、世界中で安価な鋼材が流通し、他国の鉄鋼産業に悪影響を与えています。
保護主義の台頭
過剰生産とそれに伴う安価な鋼材の流入に対抗するため、各国・地域は保護主義的な貿易措置を強めています。
- 貿易救済措置の増加: 各国は、不公正な価格で輸出される鉄鋼製品に対して、アンチダンピング(AD)税やセーフガード(SG)措置といった貿易救済措置を頻繁に発動しています。これにより、正常な貿易取引を行う企業も不利益を被ることがあります。
- EUのセーフガード措置: 欧州委員会(EU)は、域内産業を保護するため、特定の鉄鋼製品に対して関税割当枠(クオータ)を設定し、それを超える分には高関税を課すセーフガード措置を導入・延長しています。
- 米国の関税措置: 米国は、安全保障上の理由を盾に、輸入鉄鋼に高関税を課す措置(通称「232条措置」)を適用しています。これは、同盟国にも適用されることがあり、貿易摩擦の原因となっています。
- 国際ルールの課題: 過剰生産能力問題への対応について、OECDなどの国際的な枠組みでの議論が進められていますが、現状の国際貿易ルールでは不十分であるとの指摘もあります。
これらの問題は、世界の鉄鋼産業だけでなく、サプライチェーン全体に影響を及ぼしており、公正な競争条件を確保するための国際的な協力が喫緊の課題となっています。
過剰生産能力の原因は何か
過剰生産能力の主な原因は、需要の伸び悩みに対して、生産能力の拡大が追いついていないことです。
需要側の要因
- 世界的な経済成長の鈍化: 2008年の世界金融危機以降、先進国を中心に経済成長が停滞し、鉄鋼製品の需要が伸び悩みました。
- 成熟市場での需要減退: 自動車や建設といった鉄鋼を多用する産業が、先進国ではすでに成熟しており、需要が頭打ちになっています。
- 高効率な製品へのシフト: 鋼材をより効率的に使用する技術や、代替素材の登場により、単位生産あたりの鉄鋼消費量が減少傾向にあります。
供給側の要因
- 中国の生産能力拡大: 2000年代以降、中国は急速な経済成長を背景に、政府の支援もあって大規模な鉄鋼プラントを建設し、世界最大の鉄鋼生産国となりました。しかし、その後の経済成長の減速により、国内需要で生産能力を賄いきれなくなり、深刻な過剰生産能力を抱えることになりました。
- 新興国の生産能力拡大: 中国だけでなく、インドやASEAN諸国といった新興国でも、経済発展に伴い、自国の鉄鋼需要を満たすために生産能力を増強しました。しかし、これらの国でも需要の伸びが生産能力の拡大に追いつかない状況が見られます。
- 国家による産業保護: 多くの国が、鉄鋼産業を重要な基幹産業と位置づけ、補助金や低利融資などで保護したため、市場原理に基づかない生産能力の拡大が引き起こされました。その結果、効率の悪い高コストの生産設備が温存され、過剰生産能力の解消が進まない一因となっています。

世界の鉄鋼の過剰生産能力は、主に中国などでの生産能力の急速な拡大と、世界的な経済成長の鈍化による需要の停滞が重なったことで生じました。国家による産業保護も原因の一つです。
保護主義で歪みが発生する理由は何か
保護主義で歪みが生じる理由は、自由な市場競争が妨げられることで、効率的な生産が阻害されるためです。
保護主義がもたらす歪みの具体的な例
保護主義的な政策(関税、輸入制限、補助金など)は、本来は国際競争力がないはずの国内産業を保護します。これにより、以下の歪みが生じます。
- グローバルなサプライチェーンの分断: 特定の国からの輸入を制限すると、その製品を部品として使用している国内企業は、代替品を探すか、より高価な国内部品を使わざるを得なくなります。これにより、世界中で効率化が進んできたサプライチェーンが分断され、コストが増加します。
- 非効率な生産の温存: 国際的に競争力のある外国製品を締め出すことで、国内企業は改善努力を怠り、非効率な生産を続けることができます。これは、技術革新を停滞させ、産業全体の成長を妨げます。
- 消費者への負担: 輸入製品に高関税が課されると、そのコストは最終的に消費者が負担することになります。消費者はより安価で高品質な外国製品を選べなくなり、生活費が上昇します。
- 国際的な報復: ある国が保護主義的な措置を取ると、貿易相手国も同様の措置で報復することがあります。これにより貿易摩擦がエスカレートし、世界貿易全体が縮小する可能性があります。

保護主義は、関税などで自由な市場競争を阻害し、非効率な国内産業を温存させます。その結果、消費者の負担増、技術革新の停滞、国際的な報復合戦などの歪みが生じます。
鋼材需給は長期的にどうなると予測されているのか
鋼材需要は長期的に見て、新興国を中心とした拡大傾向が続くと予測されています。
需要動向
- 新興国での需要増加: 中国は需要のピークを過ぎたとの見方がある一方、インドをはじめとする新興国では、人口増加や都市化、インフラ整備に伴い、建設や自動車産業向けの鉄鋼需要が増加すると見込まれています。
- 脱炭素化による需要変化: 世界的な脱炭素の潮流を受けて、風力発電設備や電気自動車(EV)向けなど、新たな用途での鉄鋼需要が生まれています。特に、軽量で高強度な高級鋼の需要が伸びると予測されています。
- 先進国の需要: 日本や欧米などの先進国では、人口減少などにより全体の需要は横ばいか減少傾向にあるものの、高機能な鋼材へのシフトやインフラ老朽化に伴う補修需要などが市場を支えると考えられています。
供給動向と課題
- 中国の存在感: 世界の粗鋼生産の過半を占める中国は、国内需要が鈍化しても輸出を通じて世界の鉄鋼市場に大きな影響を与え続けると見られています。
- 脱炭素化への投資: 鉄鋼業界は、製造時のCO2排出量を大幅に削減する「グリーンスチール」への移行を迫られており、電気炉への転換や水素還元製鉄などの新技術への大規模な投資が進められています。
- 過剰生産能力の継続: 需要の拡大が予測される一方で、依然として過剰な生産能力が市場を圧迫する状況は長期的に続くと見られており、価格競争や貿易摩擦の要因となり得ます。
このように、長期的な鋼材需給は、新興国での需要拡大と脱炭素化という二つの大きな潮流に牽引されつつも、過剰生産能力の解消や国際的な貿易ルールの整備といった課題を抱えながら推移していくと考えられています。

鉄鋼の需給は、新興国のインフラ整備や都市化による需要増が予測される一方、過剰生産能力の解消は難航すると見られています。
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