この記事で分かること
- 欧州における主要技術の戦略的自立とは何か:金融やAI等の基幹技術を米国などの外部依存から脱却させ、自域内で管理・投資することで、外部の政策変更やリスクに左右されない、強靭で自立した欧州経済の構築を目指すことです。
- 具体的に依存している企業:クラウド基盤やAI、決済網などのデジタル技術、防衛・安全保障(核の傘と兵器)、さらにロシア産に代わる液化天然ガス(LNG)の供給において米国に深く依存しています。また、成長企業の資金調達を米国の資本市場に頼っている点も大きな課題です。
- なぜ主要技術の自立が重要なのか:主要技術の自立は、他国の政策や地政学的リスクに経済や安全保障を左右されない「戦略的自立」に不可欠だからです。依存が続くと、データの主権や金融の安定が損なわれる恐れがあり、独自の管理権を持つことで欧州の競争力と市民のプライバシーを保護し、真の経済主権を確立する狙いがあります。
欧州における主要技術の戦略的自立
欧州委員会のマリア・ルイス・アルブケルケ欧州委員(金融サービス・貯蓄投資同盟担当)が、2026年2月のカンファレンスで欧州は地域経済を支える主要技術の管理を維持しなければならないと述べています。
https://jp.reuters.com/markets/japan/7RDLVSVUFNPZRMMD3GIJNSYUB4-2026-02-04/
この発言は、欧州が米国や中国などの外部勢力に依存せず、「戦略的自立(Strategic Autonomy)」を確立しようとする強い意志を反映したものです。
発言の意図は何か
アルブケルケ委員は、2026年2月3日に開催されたフィンテック関連の会合(第10回年次フィンテック・規制カンファレンスなど)において、欧州の経済基盤を守るための技術管理の重要性を強調しました。
- 脱・米IT大手依存: 欧州の金融・経済インフラが米国の巨大テック企業に過度に依存している現状に対し、警戒感を示しました。
- 「主要技術」の定義: 経済を支える基盤として、フィンテック(金融技術)、デジタルインフラ、AI、サイバーセキュリティなどの管理を欧州自らが握り続ける必要があると述べています。
- 経済安全保障: 単なる「競争力」の問題ではなく、地政学的なリスクに対する「レジリエンス(回復力)」や「主権」の問題として、技術の自国(自域)保有を位置づけています。
なぜ金融担当の委員が「技術」に言及するのか
金融サービスは今や完全にデジタル化されており、クラウド基盤や決済技術を外国企業に握られることは、欧州の金融システムの安定性やプライバシー保護、さらには制裁の発動能力にまで影響を及ぼすためです。
今後の動き:貯蓄投資同盟(SIU)の加速
アルブケルケ委員は、これらの技術を支えるための「資金」を欧州内で循環させる必要性も説いています。
- 資本市場の統合: 欧州内の細分化された市場を統合し、スタートアップが米国の資本を頼らずに欧州内で成長できる環境を作る。
- デジタル・ネットワーク法(DNA): 通信インフラの近代化とルールの調和を加速させる。
- プライベート・マネーの活用: 防衛産業や先端技術分野への民間投資を促す。
「欧州は、自らの経済を支え、動かす主要技術に対する管理を維持しなければならない」この言葉は、トランプ政権下の米国や台頭する中国との間で、欧州が「第3の極」として生き残るための決意表明とも取れます。

金融やAI等の基幹技術を米国などの外部依存から脱却させ、自域内で管理・投資することで、外部の政策変更やリスクに左右されない、強靭で自立した欧州経済の構築を目指す決意を表明しています。
欧州はどのような分野でアメリカに依存しているのか
欧州が「戦略的自立」を掲げる背景には、経済・安全保障・技術のあらゆる面で米国に深く依存している現状があります。主な依存分野は以下の通りです。
1. デジタル・インフラとクラウド(最大の懸念)
アルブケルケ委員が最も懸念している分野の一つです。
- クラウドサービス: 欧州企業のデータの大部分が、Amazon (AWS)、Microsoft (Azure)、Googleといった米国系企業のクラウド上に保管されています。これにより、データの主権(データ・ソブリンティ)が脅かされるリスクがあります。
- 金融決済: クレジットカード決済網(Visa、Mastercard)など、金融システムの基盤となるインフラも米国企業が支配的です。
2. 先端技術(AIと半導体)
- AI(人工知能): ChatGPT(OpenAI)やClaude(Anthropic)、Gemini(Google)など、主要な生成AIモデルの多くが米国製です。欧州は規制(AI法)では先行していますが、開発基盤では大きく遅れています。
- 半導体設計: 製造装置では欧州(ASMLなど)が強いものの、チップの設計(Nvidia、Intel)やソフトウェア環境(CUDAなど)は米国に依存しています。
3. 安全保障と防衛
- 軍事力とNATO: ウクライナ侵攻以降、特に顕著になりましたが、欧州の防衛能力は米国の軍事支援と核の傘に強く依存しています。
- 兵器システム: 多くの欧州諸国がF-35戦闘機などの米国製兵器を採用しており、メンテナンスや運用面での依存が続いています。
4. エネルギー(ロシア依存からの脱却後)
- LNG(液化天然ガス): ロシアからのパイプラインガス供給が途絶えた後、欧州は急速に米国産のLNGに切り替えました。これにより、エネルギー供給の安定を米国に頼る構造になっています。
5. 資本市場と投資
- 資金調達: 欧州のスタートアップが大きく成長しようとする際、欧州内には十分なリスクマネー(ベンチャーキャピタル)が不足しているため、米国の資本を頼って米国市場に拠点を移す「頭脳流出・資本流出」が起きています。
なぜこれが問題視されているのか
アルブケルケ委員や欧州委員会がこれらを問題視しているのは、単に「負けているから」だけではありません。
- 地政学的リスク: 米国の大統領交代や政策変更(自国優先主義など)によって、欧州の経済や安全保障が左右されてしまう「脆さ」を克服したいという狙いがあります。
- 規制の衝突: 米国の法律(CLOUD法など)によって、欧州市民のデータに米国政府がアクセスできるようになる可能性など、法的な主権争いも背景にあります。
欧州はこれに対し、「貯蓄投資同盟(SIU)」による資金調達の強化や、独自のクラウド構想、域内での半導体生産拡大(欧州半導体法)などで対抗しようとしています。

欧州は、クラウド基盤やAI、決済網などのデジタル技術、防衛・安全保障(核の傘と兵器)、さらにロシア産に代わる液化天然ガス(LNG)の供給において米国に深く依存しています。また、成長企業の資金調達を米国の資本市場に頼っている点も大きな課題です。
ビッグテック依存脱却にどのような方法が検討されているのか
欧州が米国のビッグテック(ハイパースケーラー)への依存を減らすために進めている対策は、単なる「規制」から、自前のインフラを構築・強化する「実力行使」のフェーズへと移行しています。
1. 欧州独自のクラウド基盤の構築(IPCEI-CISと8ra)
欧州独自の次世代クラウド・エッジ技術を開発するための巨大プロジェクトが進んでいます。
- IPCEI-CIS (Important Project of Common European Interest – Cloud Infrastructure and Services): 欧州12カ国が参加し、総額26億ユーロ(約4,000億円)以上の公的・民間資金を投じる国家プロジェクトです。
- 「8ra」イニシアチブ: 異なるクラウド業者間でもシームレスにデータを移動・運用できる「相互運用可能」なインフラ(Cloud-to-Edge Continuum)を2026年までに確立しようとしています。
- 目標: 2026年末までに、欧州製クラウド(T-Cloudなど)の機能を米国大手と同等(フル・パリティ)に引き上げる計画です。
2. 法規制による「乗り換え」の促進(データ法とDNA)
技術的な壁だけでなく、契約や仕様による「囲い込み(ロックイン)」を法律で打破しようとしています。
- データ法 (Data Act): ユーザーがクラウド業者を切り替える際の移行手数料(エグレス料金)を事実上廃止し、データの持ち出しを容易にするルールです。
- デジタル・ネットワーク法 (DNA): 2026年前半に導入予定。通信インフラを強化し、欧州全域で統一されたデジタル基盤を作ることで、外部に頼らないネットワーク主権を目指します。
- クラウド・AI開発法 (CAIDA): 2026年の目玉政策の一つで、特に機密性の高い公的データや戦略的分野において、欧州法が100%適用される「ソブリン・クラウド」の利用を優先させる枠組みです。
3. 分散型・エッジコンピューティングへのシフト
中央集権的な米国の巨大データセンターに対抗するため、欧州は「分散型」に賭けています。
- エッジノードの展開: 2030年までに欧州全域に1万個の気候中立な「エッジノード(小型データ処理拠点)」を設置し、データの発生源に近い場所で処理を行うことで、巨大クラウドへの依存を物理的に分散させます。
- Gaia-X: 欧州の価値観(プライバシー保護や透明性)に基づいたデータ共有の標準規格を作り、企業が安心してデータをやり取りできる「欧州データスペース」を構築しています。
欧州の戦略:3層のコントロール
欧州は、2026年を「デジタル主権」の勝負の年と位置づけ、以下の3層すべてで主権を握ろうとしています。
| 層 (Layer) | 内容 | 対策 |
| 物理層 | どこにデータがあるか | 域内データセンターの容量を3倍に拡大 |
| 法的層 | どの法律が適用されるか | 米国の「CLOUD法」による介入を拒絶する仕組み |
| 技術層 | 誰がシステムを管理するか | 欧州製AI・クラウドソフトの開発支援 |
特にアルブケルケ委員が推進する「クラウド・AI開発法(CAIDA)」が、公的機関や重要インフラにおいて「欧州製」をどの程度義務付けるかが、今後の米欧関係の焦点になります。

欧州はデジタル・インフラとクラウドの依存脱却に向け、法規制と投資の両面から対策を検討しています。具体的には、2026年にデジタル・ネットワーク法(DNA)やクラウド・AI開発法を導入し、域内通信網の強化や公共調達での欧州製優先利用を促進します。
また、IPCEI-CIS等の官民連携プロジェクトを通じて欧州独自の次世代クラウド・エッジ技術を開発し、米中大手に対抗しうる自前のデジタル基盤の確立を目指しています。
IPCEI-CISとは何か
IPCEI-CISは、欧州のデジタル自立をかけた国家プロジェクトの名称です。正式名称を「Important Project of Common European Interest – Cloud Infrastructure and Services(欧州共通利益に適合する重要プロジェクト - クラウド・インフラおよびサービス)」と言います。
「米中のクラウド大手に依存せず、欧州独自の次世代データ処理基盤を自分たちで作ろう」という官民連携の巨大投資計画です。
プロジェクトの概要
- 参加国: ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、ポーランドなどEU加盟12カ国。
- 予算規模: 参加国政府による計12億ユーロ(約2,000億円)の公的支援に加え、民間からも14億ユーロ以上の投資を見込み、総額26億ユーロ(約4,100億円)超が投じられます。
- 参加企業: 100社以上の企業や研究機関が関わっています(SAP、Deutsche Telekom、Orange、Atosなどの欧州テック大手を含む)。
何を目指しているのか
- 脱・中央集権化(エッジコンピューティング): 少数の巨大データセンターに頼るのではなく、欧州全域に分散した拠点でデータを処理する「エッジ」技術を開発します。
- 相互運用性(オープンな接続): どの業者のクラウドを使っていても、互いに簡単にデータを移行・連携できるオープンなソフトウェア層(オープンソース基盤)を構築します。
- 環境負荷の低減: 世界で最もエネルギー効率が良く、気候変動への影響を抑えた「グリーンなデータセンター」の実現を目指します。
なぜこれが重要なのか
現在、欧州のクラウド市場の約7割は米国のAmazon、Microsoft、Googleが占めています。IPCEI-CISは、「データの主権(自分たちのデータは自分たちのルールで管理する)」を取り戻すための、いわば欧州による逆襲のインフラ整備なのです。
2026年には、このプロジェクトから生まれた具体的なサービスや標準規格が、欧州の金融やエネルギーといった重要産業で本格的に導入され始める予定です。

IPCEI-CISは、欧州12カ国が参加する「欧州独自の次世代クラウド・エッジ基盤」を構築する国家プロジェクトです。米中大手への依存を脱し、欧州全域で相互運用可能かつ安全な分散型データ処理技術の確立を目指しています。公的・民間合わせ26億ユーロ以上が投じられ、データの主権と環境負荷低減を両立させる「欧州版クラウド」の核となる取り組みです。

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