この記事で分かること
- 脳を模したAI半導体とは:スピントロニクス技術を用いた「スピンメモリスタ」により、AIの消費電力を100分の1に削減し、リアルタイム学習を可能にする超低消費電力化技術です。
- 消費電力が少ない理由:従来の電荷に代わり電子のスピン(磁気)を利用します。これにより、情報伝達時のジュール熱を大幅に抑えられることができます。
- アナログでの記憶方法;スピンメモリスタは、電流に応じて抵抗値を連続的かつ多段階に変化させることで、脳のシナプスの結合強度を模倣します。この抵抗値が、デジタルではなくアナログ(多値)のデータとして記憶されます
TDKの脳を模したAI半導体
TDKが開発に取り組んでいる脳を模したAI半導体は、ニューロモルフィックデバイスと呼ばれる技術を基盤とし、特に人間の脳のシナプスを模倣したアナログ素子「スピンメモリスタ」を活用している点が特徴です。
https://www.itmedia.co.jp/aiplus/articles/2410/04/news185.html
この技術は、AIの普及に伴うデータセンターやネットワークでの電力消費の急増という社会課題の解決に貢献し、エッジAI(端末側で処理を行うAI)の分野での応用や、センサ技術との融合によるスマートセンサの実現など、様々なAIデバイスの低消費電力化と高性能化に貢献が期待されています。
どんな特徴があるのか
TDKの脳を模したAI半導体の主な特徴は、超低消費電力化と、その実現の鍵となる「スピンメモリスタ」という新型素子に集約されます。
主な特徴
特徴 | 詳細 |
超低消費電力 | 従来のデジタルAI計算と比較して、消費電力を100分の1に削減することを目指しています。これは、わずか約20Wで動作する人間の脳の機能を模倣することで達成されます。 |
ニューロモルフィック技術 | 人間の脳のニューロン(神経細胞)とシナプス(神経結合部)の働きを電気的に模倣したデバイス(ニューロモルフィックデバイス)として機能します。 |
スピンメモリスタ | 脳のシナプスの機能を担うアナログ素子です。電子の磁気的性質を利用するスピントロニクス技術を応用しており、データをアナログで記録・処理することで、省電力で複雑な演算を実現します。従来のメモリスタの課題であった信頼性や安定動作を解決できるとされています。 |
リアルタイム学習 | 脳のようにデータをアナログで処理するため、使用環境や人にあわせてリアルタイムで学習し、変化することができる新しいAIデバイスの実現を目指しています。 |
国際的な共同開発 | フランスのCEA(原子力・代替エネルギー庁)や東北大学と連携し、産学官の国際的な枠組みで実用化に向けた開発が進められています。 |
これらの特徴により、AIの電力問題の解決に貢献し、特にエッジAI(端末側でのAI処理)への応用拡大が期待されています。

TDKの脳を模したAI半導体の特徴は、スピントロニクス技術を用いた「スピンメモリスタ」により、AIの消費電力を100分の1に削減し、リアルタイム学習を可能にする超低消費電力化技術です。
なぜ消費電力が少ないのか
TDKの脳を模したAI半導体(ニューロモルフィックデバイス)の消費電力が少ない主な理由は、従来の半導体とは異なる処理方式と記憶素子を採用しているからです。
1. 脳の仕組みを模倣したアナログ処理
従来のAI半導体(デジタル方式)は、データを「0」か「1」で処理するデジタル計算に基づいています。これに対し、TDKの半導体は、人間の脳の仕組みを模倣した以下の特徴を持ちます。
- アナログ信号処理: 脳のシナプスがアナログ(連続的)に情報を伝達するように、このデバイスもデータをアナログで記録・処理します。これにより、デジタル回路で大量に発生する、デジタル変換のための無駄な電力消費を抑えることができます。
- フォン・ノイマン・ボトルネックの解消: 従来のコンピュータは、演算を行うCPUとデータを保存するメモリが分かれており、データのやり取りに大きなエネルギーを消費する「フォン・ノイマン・ボトルネック」という課題がありました。ニューロモルフィックデバイスは、脳のように記憶と演算を統合した回路構造に近づけることで、データ転送のエネルギーを大幅に削減します。
- 必要な時だけ処理: 脳がすべてのニューロンを常に活動させるわけではないように、回路の一部を非同期で動作させ、必要な時だけ電力を消費する設計にすることで、待機電力を抑えます。
2. 鍵となる新素子「スピンメモリスタ」
超低消費電力化の鍵となるのが、TDKが開発した「スピンメモリスタ」です。
- スピントロニクス技術の活用: 電子の持つ微小な磁気(スピン)を利用するスピントロニクス技術を応用しています。これにより、少ないエネルギーで抵抗値を変化させ、シナプスの結合強度(重み)をアナログ的に記憶・調整することができます。
- 不揮発性: スピンメモリスタは、電源を切ってもデータが消えない不揮発性メモリの特性を持ちます。これにより、計算や待機電力を削減し、迅速な起動が可能になります。
これらの技術的な特徴により、現在のデジタルAI計算と比較して100分の1という大幅な消費電力削減を目指しています。

従来のデジタル処理に対し、脳のシナプスを模倣したスピンメモリスタでアナログ処理を行うためです。これにより、データ転送とデジタル変換のエネルギー消費を大幅に削減できます。
スピントロニクスでエネルギーが少なくなる理由は
スピントロニクス技術がエネルギー効率に優れている(消費電力が少ない)主な理由は、従来の電子回路が利用していた「電子の電荷(電気の流れ)」だけでなく、電子が持つもう一つの性質である「スピン(磁気)」を情報伝達・記憶に利用するからです。
具体的には、以下のメカニズムが消費電力の削減に寄与しています。
1. ジュール熱の抑制(発熱ロスの低減)
従来の電子回路では、情報を伝えるために電子の電荷(電流)を流します。この電流が抵抗を持つ配線を通過する際にジュール熱として大きなエネルギーロス(発熱)が発生します。
- スピントロニクスは、電流そのものではなく、電子のスピンの向きの揃った流れであるスピン流、またはスピンの向き(磁化の方向)の変化を利用して情報を伝達・記憶します。
- この情報操作に電流を直接流す必要が大幅に減るか、極めて小さな電流で済むため、発熱ロスの主原因であるジュール熱を大幅に抑えることができます。
2. 不揮発性メモリによる待機電力の削減
スピントロニクス技術は、MRAM(磁気抵抗ランダムアクセスメモリ)などの不揮発性メモリの実現に不可欠です。
- 不揮発性とは、電源を切っても情報(データ)が消えない性質です。
- 従来のDRAM(揮発性メモリ)は、データを保持するために常に電力を供給し続ける必要がありましたが、スピントロニクス素子は磁化の状態で情報を記憶するため、待機電力がほぼゼロになります。
- これにより、パソコンやスマートフォンなどの携帯端末の電池寿命を飛躍的に延ばすことが期待されます。
3. 低電圧・低電流での磁化反転(TDKのスピンメモリスタなど)
TDKの「スピンメモリスタ」のような素子は、スピン軌道トルク(SOT)などの現象を利用し、従来の技術よりも非常に小さな電流や電圧で磁化の向きを高速に反転させ、情報を書き込むことができます。
- 磁化の反転に必要なエネルギーが小さいため、全体の消費電力が削減されます。
- 特に、TDKの半導体のように記憶と演算を統合したニューロモルフィックデバイスでは、データ転送のエネルギーも削減され、さらなる省電力化につながります。

スピントロニクスは、従来の電荷に代わり電子のスピン(磁気)を利用します。これにより、情報伝達時のジュール熱を大幅に抑えられ、また、不揮発性メモリにより待機電力も削減できます。
どうやってデータの記憶をアナログにするのか
TDKが開発した「スピンメモリスタ」を使ってデータの記憶をアナログにする仕組みは、人間の脳のシナプスの働きを電気信号の抵抗値で模倣することに基づいています。
従来のデジタルメモリが「0」か「1」の2つの状態しか持たないのに対し、アナログ記憶では連続的な多段階の値を表現します。
アナログ記憶のメカニズム
TDKのスピンメモリスタにおけるアナログ記憶の実現は、主に以下の点で行われます。
1. シナプスの「結合強度」を抵抗値で模倣
- シナプス(脳の神経結合部): 脳では、シナプスが信号を伝達する際の効率(強さ)を変化させることで、学習や記憶が行われます。これを結合強度と呼びます。強い結合は情報伝達が容易で、弱い結合は困難です。
- スピンメモリスタ: この素子は、素子を流れる電流に応じて抵抗値(伝導度)が変化する性質を持っています。この抵抗値の連続的な変化が、脳のシナプスの「結合強度」を電気的に模倣します。
2. 連続的な抵抗値の変化で「アナログ」を実現
- デジタル(従来のメモリ): 抵抗値が「高抵抗」と「低抵抗」の2つの状態だけを使い、「0」と「1」を表現します。
- アナログ(スピンメモリスタ): スピンメモリスタは、与える電流パルスやスピン流の強さ、時間などに応じて、抵抗値を2点間ではなく、非常に多くの段階(多値)で、かつ連続的に変化させることができます。
- この多段階の抵抗値が、AIにおける学習の重み(Weight)やデータの強度といったアナログ情報として機能し、デジタル変換の必要なく、複雑な演算処理を直接実行します。
3. スピントロニクス技術の応用
- スピンメモリスタは、電子のスピン(磁気)を利用するスピントロニクス技術を応用しています。これにより、磁化の状態を操作することで抵抗値を安定かつ低消費電力で制御でき、従来のメモリスタの課題であった「抵抗の経時変化」や「安定したデータ保持」を解決し、アナログ記憶の実用性を高めています。
このアナログ記憶により、デジタル処理のように膨大な計算ステップやデータ転送を経ることなく、脳のように情報を並列かつ効率的に処理できるようになるため、超低消費電力化が実現します。

TDKのスピンメモリスタは、電流に応じて抵抗値を連続的かつ多段階に変化させることで、脳のシナプスの結合強度を模倣します。この抵抗値が、デジタルではなくアナログ(多値)のデータとして記憶されます。
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