この記事で分かること
- 研究の概要:その多くが産業廃棄物として処分されてきた半導体工場の製造過程(シリコンウェハの切断・研磨)で発生する、大量のシリコン微粉末を使用し、黄リンを生成する技術を開発しています。
- 黄リンとは何か:4つのリン原子が結合した(P4)淡黄色のロウ状固体です。毒性が極めて強く、空気中で自然発火するため水中保存が義務付けられています。半導体用リン酸やリチウムイオン電池の原料として不可欠な戦略物資です。
- シリコンの還元力が強い理由:シリコン(ケイ素)は酸素と結びつく力が非常に強く、結合後の二酸化ケイ素(シリカ)の状態が極めて安定しているためです。この性質により、他の物質(リン酸等)から酸素を強引に引き剥がす強力な還元力を発揮します。
半導体廃棄物からの黄リンの生成技術
立命館大学が取り組んでいる、半導体廃棄物から「黄リン」を生成する技術は、資源の有効活用と環境負荷低減の両面で非常に画期的な研究です。
「リン」は枯渇が懸念されている重要な資源ですが、日本はその全量を輸入に頼っています。一方、半導体工場の製造過程(シリコンウェハの切断・研磨)では、大量のシリコン微粉末を含む廃液(スラリー)が発生し、その多くが産業廃棄物として処分されてきました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG094US0Z00C26A1000000/
この技術が実用化されれば、日本国内で半導体を作る際に出たゴミから、再び半導体材料や電池材料を作るという「国内資源循環(サーキュラーエコノミー)」が完結することになります。
黄リンとは何か
黄リン(おうりん)は、元素の「リン」がいくつか集まってできた物質(同素体)の一つで、「非常に反応性が高く、猛毒で、扱いが難しいが、産業には不可欠な材料」です。
1. 物理的・化学的性質
化学式は P4 と表記され、4つのリン原子が正四面体の形に結合した分子からできています。
- 見た目: 淡黄色のロウのような固形物。純度が高いと白色に見えるため「白リン」とも呼ばれます。
- 臭い: ニラやニンニクのような独特の不快臭があります。
- 自然発火: 発火点が50℃(微粉末状だと34℃程度)と極めて低いため、空気中に放置すると勝手に燃えだします。
- 水中保存: 空気(酸素)に触れると燃えてしまうため、保存するときは必ず水の中に入れて密閉します。
2. 危険性と毒性
黄リンは非常に危険な物質として知られており、法的には「消防法:第3類危険物(自然発火性物質)」および「毒物及び劇物取締法:毒物」に指定されています。
- 猛毒: 誤って口にすると、わずか 0.05g 程度で死に至るほどの強い毒性があります。
- 火傷: 皮膚に付着すると、その熱と化学反応によって深い火傷(薬傷)を引き起こします。
3. 現代社会での主な用途
これほど危険な黄リンですが、実は私たちの生活を支えるハイテク製品の「根っこの材料」です。
- 半導体: チップの製造工程で使われる超高純度リン酸の原料になります。
- リチウムイオン電池: 電解質の主要成分(LiPF6など)を作るために必要です。
- 農業: 除草剤(グリホサートなど)や肥料の原料となります。
- その他: 金属の表面処理剤や、難燃剤(プラスチックを燃えにくくする添加剤)に使われます。
現在、この黄リンは「リン鉱石」を海外(中国など)から輸入して作っています。しかし、リン鉱石は枯渇が心配されており、製造過程で大量の二酸化炭素を出すという課題もあります。
立命館大学が開発している「シリコン廃棄物から黄リンを作る技術」は、輸入に頼らず、かつゴミを再利用してこの重要な戦略物資を国内で確保できるため、日本の産業にとって極めて重要な意味を持っています。

黄リンは、4つのリン原子が結合した(P4)淡黄色のロウ状固体です。毒性が極めて強く、空気中で自然発火するため水中保存が義務付けられています。半導体用リン酸やリチウムイオン電池の原料として不可欠な戦略物資です。
シリコン粉末から黄リンを製造できる理由は
シリコン粉末から黄リンを製造できる理由は、主に「シリコンが非常に強力な『還元剤』として働くため」です。
1. シリコンの強い「酸素を引き剥がす力」
黄リンの原料となる「リン酸(またはリン酸塩)」は、リンと酸素が固く結びついた状態です。黄リンを取り出すには、この酸素を引き剥がす(=還元する)必要があります。
シリコン(Si)は酸素と結びつきやすい性質を持っており、高温下でリン酸から酸素を奪い取って、自分は「二酸化ケイ素(シリカ)」へと変化します。この時、酸素を失ったリンが単体(黄リン)として分離されます。
2. 反応温度の効率化
従来の黄リン製造では、還元剤として「コークス(炭素)」を使います。しかし、コークスよりもシリコンの方が化学的な反応性が高いため、より効率的に、あるいは従来とは異なるプロセスでリンを還元できる可能性があります。
3. 半導体廃材の「ナノレベルの細かさ」
立命館大学の研究で使われるシリコン粉末は、半導体の切断時に出る「削りカス」です。これは非常に粒子が細かいため、表面積が劇的に大きく、化学反応が極めて速く進むという利点があります。
シリコンがリン酸の酸素を奪う「化学的な奪取力」を持っており、さらに廃棄粉末が「反応しやすい微細な形」をしているため、黄リンを効率よく作り出すことができます。

シリコン粉末はコークス(炭素)より強力な還元剤として働くからです。シリコンがリン酸から酸素を奪い取る性質(シリコサーミック法)を利用し、従来より約400度低い低温で効率的に黄リンを生成できます。
シリコンはなぜ強力な還元剤として働くのか
シリコン(ケイ素)が強力な還元剤として働く最大の理由は、「酸素と結びついた状態(二酸化ケイ素)が非常に安定しているから」です。
1. 「ケイ素-酸素結合」の圧倒的な強さ
ケイ素(Si)は酸素(O)と結合する際、非常に大きなエネルギーを放出し、Si–O 結合という極めて強固で安定した絆を作ります。
他の物質(この場合はリン酸など)から酸素を奪い取って SiO2(シリカ)になる方が、エネルギー的に安定であるため、強力に酸素を引き剥がそうとする力が働きます。
2. 熱力学的な有利さ(ギブス自由エネルギー)
化学反応には「自発的に進みやすいかどうか」の指標(ギブス自由エネルギーの変化:ΔG)があります。シリコンが酸化物を作る際のエネルギー変化はマイナスに非常に大きく、他の多くの酸化物を還元して自分だけが酸化物になる反応が、熱力学的に極めて起こりやすいのです。
3. 多彩な結合手(4価の原子)
シリコンは炭素と同じく4つの結合手(価電子)を持っています。これにより、1つのケイ素原子が効率よく複数の酸素原子と結びつくことができ、還元プロセスを効率的に進めることができます。
今回の研究(立命館大学)のメリット
通常、黄リンを作るにはコークス(炭素)を還元剤に使いますが、これには約1400℃以上の超高温が必要です。
一方、シリコンを還元剤に使うと、より低い温度(約1000〜1100℃)で反応が進むことが分かっています。これは、シリコンの「酸素に対する執着心(還元力)」が炭素よりも強いためです。

シリコン(ケイ素)は酸素と結びつく力が非常に強く、結合後の二酸化ケイ素(シリカ)の状態が極めて安定しているためです。この性質により、他の物質(リン酸等)から酸素を強引に引き剥がす強力な還元力を発揮します。

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