この記事で分かること
- 介入を行う理由:高効率なパワー半導体技術(GaN FET含む)や、自動車産業に不可欠な汎用チップの製造ノウハウが、中国の親会社へ不適切に移転し、欧州の経済安全保障が脅かされる危険性から介入を行っています。
- 介入の内容:オランダ政府は、「物品の利用可能性法」を適用し、裁判所を通じてCEOを職務停止、独立した管理者を任命しました。また資産・知的財産の変更を禁止し、中国親会社の支配権を一時的に凍結しました。
- 中国の親会社の反応:親会社である聞泰科技は、オランダ政府の措置を「地政学的偏見による過剰な介入」とし、中国企業への差別的待遇だとして強く抗議しており、法的手段で権利を保護する姿勢を示しています。
オランダ政府の半導体メーカーのネクスペリアへの介入
オランダ政府は、「物品の利用可能性に関する法律(Goods Availability Act)」という非常に異例の法律を初めて適用し、半導体メーカーのネクスペリアに対して、管理下に置くと命令を出しました。
https://jp.reuters.com/economy/industry/D4RG5QZMLRPTHK34CMADXJ5XVE-2025-10-13/
管理下に置くと決めたのは、中国の親会社への技術移転や経営上の問題を通じて、オランダおよびヨーロッパの経済安全保障にリスクが生じることを懸念したためです。
ネクスペリアはどんな企業か
ネクスペリア(Nexperia)は、ディスクリート、ロジック、MOSFETデバイスを専門とする、オランダに本社を置くグローバルな半導体メーカーです。
企業の特徴と事業内容
- 専門分野(エッセンシャル半導体)
- ネクスペリアは、電子設計に不可欠な「エッセンシャル半導体」の量産エキスパートを自認しています。
- 主な製品は以下の汎用半導体(コモディティ製品)です。
- ディスクリート半導体: ダイオード、バイポーラ・トランジスタ
- ロジック: 標準ロジックIC
- MOSFET: パワーMOSFET(特に車載向けに強みを持つLFPAKパッケージ技術など)
- ESD保護デバイス: 静電気放電(ESD)保護ダイオード
- その他、近年ではGaN(窒化ガリウム)FET、アナログ/ロジックIC、パワーマネジメントICなどにも製品ラインナップを拡充しています。
- 市場と規模
- 年間1,000億個以上の半導体コンポーネントを出荷する世界的な大手サプライヤーです。
- 製品は、自動車(車載規格AEC-Q100/101に適合)、産業機器、モバイル、通信インフラ、民生機器など、幅広い用途で利用されています。
- 特に、ロジック製品は世界トップクラスの出荷数量を誇り、自動車市場でも高いシェアを持っています。
- 沿革
- ネクスペリアのルーツは、電子産業の巨人であるフィリップス(Philips)に遡ります。
- NXPセミコンダクターズのスタンダード・プロダクト事業部門を前身とし、2017年初めにNXPから独立して設立されました。
- その後、2018年に中国のテクノロジー企業である聞泰科技(Wingtech Technology)によって買収され、その完全子会社となっています。
ネクスペリアは、高性能で信頼性の高い汎用的な電子部品を提供することで、世界のほぼすべての電子設計の基本機能を実現する上で、重要な役割を担っている企業です。

ネクスペリアは、オランダに本社を置く汎用半導体メーカーです。ダイオード、トランジスタ、ロジックICなどエッセンシャル半導体の量産に特化し、特に自動車産業向けに強く、現在は中国の聞泰科技の子会社です。
どんな技術流出の危険があるのか
オランダ政府が懸念している技術流出の危険性は、主にネクスペリアが保有する「重要な技術的知識と能力」が中国の親会社に不適切に移転されること、またはその結果としてヨーロッパのサプライチェーンの継続性が脅かされることにあります。
具体的に流出が懸念されている技術やノウハウは以下の通りです。
1. パワー半導体およびディスクリート部品の製造ノウハウ
ネクスペリアは、最先端のロジックチップ(CPUなど)は製造していませんが、以下のような不可欠なビルディングブロックで世界的なリーダーです。
- ディスクリート半導体・汎用ロジック: ダイオード、トランジスタ、標準ロジックなどの設計・量産に関するノウハウ。これらは自動車、産業機器、データセンターなど、あらゆる電子機器の安定性や電力管理に欠かせません。
- 高効率なパッケージ技術: 特に、車載用パワーMOSFETなどに使われる、小型で熱伝導性に優れたLFPAKなどの高度なパッケージング技術や製造プロセスに関する知識。
- ワイドバンドギャップ(WBG)半導体: 近年注力しているGaN(窒化ガリウム)FETなどの次世代パワー半導体の開発・製造技術。これは電気自動車(EV)や充電器、AIデータセンターの電力効率を左右する戦略的技術です。
2. 技術と能力の「喪失」
政府の懸念は、単なる機密情報のコピーではなく、以下の能力全体が失われることにあります。
- 知的財産(IP)の流出: 製品の回路設計、プロセスレシピ、テスト方法など、オランダ/欧州で培われてきた半導体関連の知的所有権が、親会社に移管・利用されること。
- 人材・生産基盤の移転: 親会社の指示による戦略的な中国人幹部の配置や、資産・事業運営の変更を通じて、欧州に残る研究開発や製造の中核的な能力(critical capabilities)が中国本土に移されてしまうこと。
3. 欧州経済安全保障上のリスク
これらの技術が流出し、生産能力が欧州外に移転することで、以下のようなリスクが生じます。
- サプライチェーンの脆弱化: 欧州の自動車産業や家電産業が依存する不可欠な部品の供給が、地政学的な緊張や緊急時に途絶する可能性。
- 技術的な自立性の低下: 欧州が、パワー半導体や汎用チップといった重要な基盤技術のコントロールを失い、他国(中国)への依存度を高めること。
今回の措置は、「深刻なガバナンス上の欠陥」を理由に、これらの「重要な技術的知識と能力の継続性と保全」を危うくする事態を防ぐために発動されました。

ネクスペリアの高効率なパワー半導体技術(GaN FET含む)や、自動車産業に不可欠な汎用チップの製造ノウハウが、中国の親会社へ不適切に移転し、欧州の経済安全保障が脅かされる危険性です。
政府はどのように介入するのか
オランダ政府は、「物品の利用可能性に関する法律(Goods Availability Act)」と裁判所への緊急申立てという二つの強力な手段を用いて、ネクスペリアの経営に介入しています。その介入方法は以下の通り、経営権の凍結と外部からの監視を伴う異例の強硬措置です。
1. 資産・事業・人事の「凍結」
- 資産・IPの変更禁止: ネクスペリアおよびその関連企業は、一定期間(情報源により約1年間)、資産、知的財産(IP)、事業運営、人事に関して一切の変更を行うことが禁止されました。
- 目的: これにより、懸念されている技術や生産能力の中国親会社への戦略的な移転を物理的に食い止めます。
2. 裁判所を通じた「トップの排除と外部監視」
オランダ政府はアムステルダム高等法院企業部に対し緊急申立てを行い、以下の暫定措置が認められました。
- CEOの職務停止: 中国人であるネクスペリアのCEO(最高経営責任者)が職務を停止されました。
- 独立した管理者(外部人材)の任命: 経営に介入し、監督する独立した非中国人の役員が任命され、その人物が決定権を持つことになりました。
- 株式の管理: 中国の親会社である聞泰科技が保有するネクスペリアの株式のほぼ全てが、独立した第三者の管理下に置かれました(受託者による管理)。これにより、親会社による支配権が大幅に制限されます。
3. 経済大臣による「意思決定の阻止権」
- 意思決定の阻止・撤回: オランダ経済大臣は、ネクスペリアの経営陣が行う決定が、会社の利益、欧州企業としての将来、または欧州にとっての重要なサプライチェーンの維持に有害であると判断した場合、その決定を阻止または撤回することができます。
これらの措置は、「戦時法」に相当する法律を適用した「極めて異例の強硬介入」であり、欧州の戦略的技術産業を守る強い意思を示しています。

オランダ政府は、「物品の利用可能性法」を適用し、裁判所を通じてCEOを職務停止、独立した管理者を任命。資産・知的財産の変更を禁止し、中国親会社の支配権を一時的に凍結しました。
親会社が中国企業でも介入は可能なのか
親会社が中国企業であっても、オランダ政府はオランダ国内の企業や事業に対して介入することが可能です。
ネクスペリアのケースでは、主に以下の2つの法的根拠に基づいて、中国資本の企業への異例な介入が行われました。
1. 物品の利用可能性に関する法律 (Goods Availability Act)
オランダ政府は、ネクスペリアのケースで、国家の安全保障上の緊急措置として、この法律を初めて適用しました。
- 目的: この法律は、生活に不可欠な物品やサービスの供給を確保し、緊急事態や危機的状況において、それらが利用できなくなる事態を防ぐために政府に広範な権限を与えるものです。
- 適用: ネクスペリアが製造する半導体(特に自動車産業や家電に不可欠な部品)は、欧州のサプライチェーンにとって「不可欠な物品」と見なされ、中国の親会社によるガバナンス上の問題を通じて供給の継続性や技術の保全が脅かされることが、この法律の適用根拠となりました。
2. 外国投資スクリーニング法 (Vifo法)
2023年6月に施行された「投資・合併・買収安全審査法 (Wet Vifo)」は、外国企業による投資や買収を審査し、国家安全保障上のリスクを管理するための制度です。
- 目的: 重要インフラ、軍事物資、および先端技術などの分野におけるEU域外企業からの投資が、オランダの安全保障や公共の秩序に与えるリスクを審査・制限するために導入されました。
- 関連性: ネクスペリアが扱う半導体技術は、この法律が定める「高感度技術分野 (Sensitive Technologies)」に含まれており、この法の下でも政府は介入権限を持っています(今回の措置は主に緊急性の高い「物品の利用可能性法」に基づきつつも、Vifo法の精神と合致しています)。
オランダ政府は、企業がどの国の資本下にあっても、その企業が国内の重要な技術やサプライチェーンを管理しており、それが国家安全保障上のリスクを生じさせる場合は、国内法に基づき介入することが可能です。
これは、欧米各国が国家安全保障の観点から外国(特に中国)からの投資規制を強化している世界的な潮流を反映しています。

オランダ政府は、「物品の利用可能性に関する法律」に基づき、企業が外国資本でも国家安全保障上の重大なリスクがあると判断すれば、国内企業として介入できます。
聞泰科技の反応はどうか
ネクスペリアの親会社である聞泰科技(Wingtech Technology)は、オランダ政府の措置に対し、以下のように強く反発し、法的措置を辞さない構えを示しています。
1. 措置への強い抗議と批判
- 「地政学的偏見による過剰な介入」: 政府の措置は、「国家安全保障」を口実にした、地政学的偏見に基づく過度な介入であり、事実に基づいたリスク評価ではないと強く批判しています。
- 「差別的待遇」: 中国資本の企業に対する差別的待遇であるとし、欧州連合の長年の市場経済原則、公正競争、国際貿易規範に重大に違反していると主張しています。
2. 法的対応と支援要請
- 法的措置の検討: 会社および株主の正当な権利と利益を保護するため、国際的な法律事務所と連携して法的救済策と戦略を積極的に検討していると発表しました。
- 政府機関との連携: 関係する政府部門と積極的に連絡を取り、支援を求めているとしています。
3. 事業への影響と市場の反応
- 株価の急落: オランダ政府の介入発表を受け、聞泰科技の株価は上海市場でストップ安となる10%の下落を記録しました。
- 経営への影響: 政府の命令と裁判所の判断により、ネクスペリアの経営判断と業務効率が一時的に制限されることを認めています。
- (対抗措置)中国による輸出規制の可能性: 報道によると、オランダ政府の介入を受けて、中国側がネクスペリアの中国工場からの製品輸出を一時的に制限する措置を取ったとされています。
聞泰科技は、今回の介入を不当な政治的措置と見なし、強く抵抗する姿勢を示しています。

聞泰科技は、オランダ政府の措置を「地政学的偏見による過剰な介入」とし、中国企業への差別的待遇だとして強く抗議しています。株価は急落し、法的手段で権利を保護する姿勢を示しています。
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