この記事で分かること
- どうやって熱抵抗を下げたのか:小面積チップの分散配置設計とAIを活用した設計最適化によって、熱抵抗を減少させることに成功しています。
- 樹脂を使用する理由:樹脂は、放熱性でセラミックで劣るものの、成形性や軽量化に優れるという特性があります。成形性の高さを生かし、チップの配置を再低下したことで、熱設計の課題をクリアしたことで、樹脂を使用しやすくなっています。
- 熱抵抗低下の意味:変換効率向上と小型化によるEVの航続距離向上・充電時間短縮、再生エネルギーの導入拡大、省エネ化などに貢献可能です。
東芝による樹脂を採用したSiCモジュールの熱抵抗低減
東芝がSiC(炭化ケイ素)モジュールの開発において、樹脂絶縁技術を採用し、熱抵抗を21%低減させることに成功したという発表がありました。
https://www.global.toshiba/jp/technology/corporate/rdc/rd/topics/25/2506-01.html
これは電力変換器の小型化に大きく貢献し、ひいてはカーボンニュートラルの実現に貢献する技術として注目されています
どうやって熱抵抗を下げたのか
東芝がSiCモジュールで樹脂を利用した熱抵抗低減の主な方法は、以下の2点です。
- 小面積チップの分散配置設計: SiCチップをモジュール内で分散して配置することで、熱が集中するのを避け、モジュール全体の放熱性を向上させます。これにより、樹脂絶縁基板が放熱しにくいという課題を克服し、効率的に熱を外部に逃がすことが可能になります。
- AIを活用した設計最適化: AI(人工知能)を用いることで、SiCチップの最適な配置やパッケージ構造を高速かつ高精度で導き出しています。この最適化により、熱抵抗をさらに低減し、樹脂絶縁の特性を最大限に活かして放熱性能を高めています。
従来のセラミック絶縁基板に比べて樹脂絶縁基板は放熱しにくい特性がありますが、東芝はこれらの独自の設計技術とAIによる最適化により、熱抵抗を21%低減することに成功しました。
この技術は、電力変換器の小型化やコスト削減に貢献し、電動モビリティや再生可能エネルギー分野でのSiCパワー半導体の普及を促進すると期待されています。

小面積チップの分散配置設計とAIを活用した設計最適化によって、熱抵抗を減少させることに成功しています。
なぜ樹脂を使うのか
樹脂はセラミックに比べて加工が容易で、複雑な形状に成形することが可能性です。一方で放熱性や絶縁特性はセラミックのほうが優れている面もありました。
今回の開発では、成形性の高さを活かし、チップの配置の自由度も高まることを利用し、電気的な接続だけでなく、熱の流れや物理的な保護、さらには製造効率まで含めて最適な設計を追求しています。
チップの分散配置設計やAIを活用した最適化といった独自の技術を組み合わせることで、熱設計の課題をクリアし、樹脂の持つ「加工性の高さ」や「軽量性」といったメリットを最大限に引き出した結果と言えます。

樹脂は、放熱性でセラミックで劣るものの、成形性に優れるという特性があります。成形性の高さを生かし、チップの配置を再低下したことで、熱設計の課題をクリアしつつ、加工性や軽量などの利点を活かすことが可能になるため、樹脂を使用しています。
なぜ樹脂を使用するとチップの配置自由度が高くなるのか
樹脂を使うことでチップの配置自由度が高まるのは、主にその加工のしやすさと多様な成形性によるものです。
1. 複雑な形状への対応力
セラミックや金属といった他の材料に比べて、樹脂は液状であったり、加熱で溶融したりするため、さまざまな形状に成形できます。
- 流動性: 液状の樹脂は、半導体チップが並んだ基板の微細な隙間にも隅々まで流れ込むことができます。これにより、チップの周囲を完全に覆って絶縁層や保護層を形成したり、チップが密に配置されていてもその間に均一な層を作り出したりできます。
- 型を使った成形: 射出成形やトランスファーモールドといった手法を使えば、チップが実装された基板の上に、あらかじめ設計した複雑な形状の樹脂層や構造を効率よく作れます。これは、セラミック基板を切削したり焼結したりするよりも、はるかに柔軟で精密な三次元的な配置や構造を実現しやすいということです。
2. 複数の材料との組み合わせやすさ
樹脂は、半導体チップ、配線、リードフレームなど、さまざまな素材と良好に接着しやすい特性を持っています。
- 接着性の高さ: 樹脂はこれらの異種材料に対してしっかり密着するため、チップを狙った位置に固定しやすくなります。また、異なる材料間で発生する熱膨張率の違いによるストレスを緩和する設計も可能です。
- 多層構造の実現: 薄い樹脂シートやフィルムを何層も重ね、その間に導体パターンやチップを挟み込むことで、より複雑な多層構造のモジュールも設計できます。これは、限られたスペースに多くの機能を詰め込む上で非常に有利です。
3. 設計の柔軟性
これらの特性により、エンジニアはチップの配置を考える際に、単に電気的な接続だけでなく、熱の流れや物理的な保護、さらには製造効率まで含めて最適な設計を追求できるようになります。
たとえば、東芝が採用した「小面積チップの分散配置設計」やAIを活用した最適化といった技術は、樹脂の持つ成形性の高さと加工の自由度があるからこそ実現できたと言えます。
チップを最適な位置に配置することで、熱が特定の場所に集中するのを避け、効率よく放熱させることが可能になるのです。

樹脂の柔軟な加工性と成形性が、複雑な形状や複数の材料との組み合わせを可能にし、半導体チップの配置設計における可能性を大きく広げ、最終的にモジュールの性能向上や小型化に貢献している
放熱性向上は何をもたらすのか
炭化ケイ素(SiC)半導体の放熱性向上は、現代の電子機器や電力システムにおいて、非常に大きな意義を持ちます。主なメリットは以下の通りです。
1. 機器の小型化・軽量化
SiCはシリコン(Si)に比べて熱伝導率が約3倍も高いため、発熱を効率的に外部へ逃がすことができます。これにより、
- 冷却システムの簡素化: 大型で複雑なヒートシンクや冷却ファンが不要になったり、そのサイズを大幅に縮小できたりします。
- 電力変換器の小型化: 熱設計の自由度が向上し、周辺部品(コイルやコンデンサなど)も小型化できるため、電力変換器全体をコンパクトにできます。
これは、電気自動車(EV)のインバーター、データセンターの電源、鉄道車両の駆動システムなど、スペースが限られる用途で特に大きなメリットとなります。
2. 電力効率の向上と省エネルギー化
SiC半導体は、高速スイッチングが可能で、電力損失が少ないという特徴も持ち合わせています。放熱性の向上は、この低損失特性をさらに引き出すことにつながります。
- 発熱の抑制: 電力損失が少ないということは、発熱量自体も少ないことを意味します。放熱性が高まることで、この少ない発熱をさらに効率よく処理できるため、デバイスがより安定して動作します。
- 高効率な電力変換: 発熱が抑制されることで、デバイスの性能が最大限に発揮され、電力変換効率が向上します。これにより、データセンターの消費電力削減や、再生可能エネルギー(太陽光、風力発電)の電力系統への高効率な連携が可能になります。
3. 信頼性の向上と長寿命化
半導体デバイスは、高温に長時間さらされると性能が劣化したり、寿命が短くなったりします。
- 動作温度の安定化: 放熱性が向上することで、デバイスの内部温度(ジャンクション温度)が上昇しにくくなり、安定した動作を維持できます。
- 熱による劣化の抑制: 温度上昇が抑えられることで、材料の劣化や熱ストレスによる故障のリスクが低減し、デバイスやシステム全体の信頼性が向上し、長寿命化につながります。SiC自体は250℃を超える高温に耐える能力がありますが、周辺部品やパッケージ材料の耐熱性も考慮すると、放熱性の向上はシステム全体の堅牢性を高める上で不可欠です。
4. カーボンニュートラルへの貢献
上記のメリットを総合すると、SiC半導体の放熱性向上は、より効率的で小型な電力変換器の普及を加速させます。これは、
- EVの航続距離向上・充電時間短縮: 変換効率向上と小型化により、車載システムの性能が向上します。
- 再生可能エネルギーの導入拡大: 電力変換効率の改善は、再生可能エネルギーをより実用的なものにします。
- 産業機器の省エネ化: あらゆる電力変換器が省エネ化されることで、産業全体のエネルギー消費量削減に貢献します。
これらの結果として、地球温暖化対策やカーボンニュートラル社会の実現に大きく貢献することが期待されています。

放熱性の向上は 変換効率向上と小型化によるEVの航続距離向上・充電時間短縮、再生エネルギーの導入拡大、省エネ化などに貢献可能です。
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