この記事で分かること
- 熱伝導性材料とは:発熱部品と冷却器間の微細な隙間を埋め、空気層による熱抵抗を解消する素材です。熱を効率的に伝えることで、機器の性能低下や故障を防ぎ、安定稼働に貢献します。
- どのような材料があるのか:放熱グリース、放熱シート、相変化材料、液体金属などがあり特に放熱グリースが一般的です。
- 放熱グリースとは:放熱グリースは、熱伝導性の高い酸化アルミニウムや窒化ホウ素などの粉末(フィラー)を、シリコーンオイルや合成油(ベース材)に高濃度で分散させたものです。これにより、空気よりも効率的に熱を伝えることができます。
熱伝導性材料
生成AIの発展を背景に、データセンターの建設・増設が世界的に加速しており、これに伴い、日本の化学メーカーをはじめとする素材各社が「特需」の波に乗っています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC06A2A0W5A600C2000000/
データセンターは、大量の情報を処理し、AIの学習や運用を支えるために不可欠なインフラであり、その高性能化・高効率化には、様々な先端素材が欠かせず、データセンターを支えている化学メーカーの技術も必要となっています。
今回は熱伝導性材料についての解説となります。
熱伝導性材料とは何か
データセンターにおける熱伝導性材料とは、サーバーやネットワーク機器などの電子機器から発生する熱を、効率的に冷却システム(ヒートシンク、コールドプレート、冷却ファンなど)へ伝えるための材料全般を指します。特に、異なる部品間の微細な隙間や凹凸を埋めて熱伝導効率を高めるために用いられる材料を、総称してTIM (Thermal Interface Material) と呼びます。
なぜ熱伝導性材料が必要なのか?
サーバーのCPUやGPUといった半導体部品は、動作中に大量の熱を発生します。この熱を効率的に除去しないと、部品の温度が上昇し、性能低下(サーマルスロットリング)や寿命の短縮、さらには故障につながる可能性があります。
しかし、発熱する部品の表面と、それを受け止める冷却部品(ヒートシンクやコールドプレート)の表面は、一見滑らかに見えてもミクロレベルでは微細な凹凸が存在します。この凹凸があるため、両者の間には空気の層ができてしまいます。空気は熱伝導率が非常に低いため、この空気の層が熱の伝達を妨げる「熱抵抗」となり、冷却効率を著しく低下させてしまいます。
そこで、この空気の層を、空気よりもはるかに熱伝導率の高い材料で埋めることで、熱の伝達をスムーズにし、冷却性能を最大限に引き出すのが熱伝導性材料の役割です。
データセンターで使われる主な熱伝導性材料の種類
データセンターで使用される熱伝導性材料は、その形態や特性によって様々な種類があります。
- 放熱グリース(サーマルグリース/サーマルペースト/放熱ペースト):
- 特徴: 粘性のあるペースト状で、微細な凹凸によく馴染み、薄い層で高い熱伝導性を発揮します。比較的安価で、塗布が容易です。
- 用途: CPUやGPUとヒートシンクの間など、密着度が高い箇所の熱伝導に使われます。
- 放熱シート(サーマルパッド/熱伝導シート):
- 特徴: シート状に成型されており、取り扱いが容易で、厚みがあるため、比較的大きな隙間や平坦でない表面にも対応できます。電気絶縁性を持つものが多いです。
- 用途: メモリモジュール、パワーモジュール、特定のチップセットなど、放熱グリースを塗布しにくい場所や、ある程度のギャップがある場所に使われます。
- 放熱ゲル/放熱パテ:
- 特徴: グリースとシートの中間のような性質を持ち、グリースよりも粘度が高く、パテ状またはゲル状です。液だれしにくく、厚塗りも可能です。
- 用途: 部品の形状が複雑な場所や、比較的大きなギャップを埋める必要がある場所に適しています。
- 相変化材料 (PCM: Phase Change Material):
- 特徴: 常温では固体ですが、特定の温度(通常、電子部品の動作温度付近)に達すると液体に変化し、接触面によく馴染んで熱伝導性が向上します。冷えると再び固化します。
- 用途: 高性能CPU/GPUの冷却など、特に高い熱伝導効率が求められる箇所で使用されます。
- 液体金属(リキッドメタル):
- 特徴: 非常に高い熱伝導率を持つ金属合金(ガリウム系など)で、液体のため接触面に完全に密着し、極めて低い熱抵抗を実現します。
- 用途: 非常に高い発熱量を持つ高性能プロセッサ(AI/HPC向けなど)の冷却に用いられることがあります。ただし、導電性があるためショートのリスクや、他の金属との反応性(特にアルミニウム)に注意が必要です。
- はんだTIM:
- 特徴: 発熱体と冷却体の間に金属間結合を形成するため、最も低い接触抵抗を実現します。
- 用途: 半導体パッケージ内部のダイとヒートスプレッダの間(TIM1)など、信頼性と熱伝導性が極めて高く求められる箇所。
- 高熱伝導性接着剤:
- 特徴: 熱を伝えながら部品を接着できる材料。熱硬化性樹脂に熱伝導性フィラーを混ぜたものが多いです。
- 用途: 熱を逃がしながら部品を固定したい場合。
データセンターの高性能化と省エネ化が進む中で、熱密度はますます高まっており、これらの熱伝導性材料の性能向上は、安定稼働と効率的な運用に不可欠な要素となっています。

データセンターの熱伝導性材料(TIM)は、発熱部品と冷却器間の微細な隙間を埋め、空気層による熱抵抗を解消する素材です。熱を効率的に伝えることで、機器の性能低下や故障を防ぎ、安定稼働に貢献します。グリース、シート、液体金属など多様な種類があります。
熱伝導性材料に求められる特性は何か
データセンターの熱伝導性材料(TIM: Thermal Interface Material)に求められる特性は多岐にわたりますが、最も重要なのは、発熱部品から冷却システムへ効率的かつ安定的に熱を伝える能力です。
- 高い熱伝導率 (Thermal Conductivity):
- 最も基本的な特性で、熱をどれだけ素早く効率的に伝えられるかを示す指標です。単位はW/(m・K)。この値が高いほど、熱抵抗が低くなり、より多くの熱を伝えられます。
- 低い熱抵抗 (Thermal Resistance):
- 熱の伝わりにくさを表す値で、単位はK/Wまたは℃/W。熱伝導率が高い材料でも、接触面での熱抵抗が大きいと全体の冷却性能は低下します。材料自体の熱伝導率に加え、部品との密着性や塗布厚みなども熱抵抗に影響します。できるだけ薄く、均一に塗布・設置できることが重要です。
- 優れた濡れ性・密着性 (Wettability & Conformance):
- 発熱部品や冷却部品の表面にあるミクロな凹凸に材料がしっかり馴染み、空気の層を効果的に排除できる能力です。グリースやゲル、相変化材料などは、この特性が特に重要です。
- 適度な柔軟性・圧縮性 (Flexibility & Compressibility):
- 部品の表面が完全に平坦ではない場合や、熱による膨張・収縮が起こる場合に、材料がそれに追従して常に密着状態を保つための特性です。シート状のTIMでは特に重要です。
- 電気絶縁性 (Electrical Insulation) (多くの場合):
- 多くの電子部品は電気を通すため、TIMが導電性だとショートの原因になります。そのため、電気的に絶縁されていることが求められる場合が多いです。ただし、液体金属のように意図的に導電性を持つ高熱伝導材料もありますが、その場合は使用箇所や絶縁対策が厳密に管理されます。
- 高い信頼性・耐久性 (Reliability & Durability):
- データセンターは24時間365日稼働するため、高温環境下や長期間の使用においても、熱伝導特性が劣化しない安定性が不可欠です。材料のポンプアウト(グリースがはみ出す現象)や乾燥、劣化などが起こりにくいことが求められます。
- 耐熱性 (Thermal Stability):
- 動作温度範囲内で安定した性能を維持できること。熱による変質や分解がないこと。
- 非腐食性 (Non-Corrosive):
- 接触する部品(金属など)を腐食させないこと。
- 低アウトガス性 (Low Outgassing):
- 材料から揮発性の成分が放出されないこと。これは精密機器への汚染や、材料自体の劣化につながる可能性があります。
- 作業性 (Workability):
- 塗布、貼り付け、取り扱いが容易であること。大量のサーバーを扱うデータセンターでは、作業効率も重要な要素です。
これらの特性を総合的に評価し、発熱量、冷却方式、コスト、メンテナンス性などの要件に合わせて最適な熱伝導性材料が選定されます。

熱伝導性材料には、高い熱伝導率と低い熱抵抗で熱を効率よく伝え、部品の凹凸に密着する柔軟性が不可欠です。多くの場合は電気絶縁性と、長期間の安定性・耐久性も求められます。
放熱グリースにはどんな物質が使用されるのか
放熱グリースは、主にベースとなる油(グリース)と、その中に混ぜ込まれる熱伝導性の高い粒子(フィラー)の2つの主要な物質から構成されています。それぞれの役割と代表的な物質は以下の通りです。
1. ベースとなる油(マトリックス材料、またはグリース成分)
この成分は、フィラーを均一に分散させ、塗布時の作業性を確保し、接触面によく馴染ませる役割を果たします。熱伝導率はフィラーに劣りますが、安定性が求められます。
- シリコーングリース(シリコーンオイル):
- 最も一般的に使用されるベース材です。
- 特徴: 優れた耐熱性、化学的安定性、耐水性を持ち、温度による粘度変化が少ないため、高温環境下での使用に適しています。電気絶縁性も高いものが多いです。
- データセンターのように高温環境にさらされる場所での使用に最適とされます。
- 合成油:
- ポリアルファオレフィン(PAO)やエステル油、フッ素系オイルなどがあります。
- 特徴: シリコーンフリーの製品に使われることが多く、特定の用途(例:シリコーンが嫌われる光学部品周辺など)で選ばれます。耐熱性や化学的安定性に優れるものもあります。
- 鉱物油:
- 比較的安価ですが、耐熱性や化学的安定性ではシリコーンや合成油に劣る場合があります。
2. 熱伝導性の高い粒子(熱伝導性フィラー)
この成分が、放熱グリースの熱伝導率を決定する最も重要な要素です。ベース材の中に高充填され、熱の伝導経路を形成します。
- 金属系フィラー:
- 銀 (Ag): 極めて高い熱伝導率を持ちますが、高価であり、電気伝導性を持つためショートのリスクがあります。ハイエンドな放熱グリースに限定的に使用されます。
- アルミニウム (Al): 比較的安価で熱伝導率も良好ですが、酸化しやすい特性があります。
- 銅 (Cu): 銀に次ぐ熱伝導率を持ち、安定性も比較的良好です。微粒の銅粉が用いられることがあります。
- 金属酸化物系フィラー:
- 酸化アルミニウム (アルミナ: Al2O3): 広く普及しているフィラーで、比較的高い熱伝導率と電気絶縁性を両立します。安価で入手しやすいです。
- 酸化亜鉛 (ZnO): アルミナと同様に広く使われ、熱伝導性と電気絶縁性があります。
- 酸化マグネシウム (MgO): 熱伝導性フィラーとして使用されます。
- 窒化物系フィラー:
- 窒化アルミニウム (AlN): 非常に高い熱伝導率と優れた電気絶縁性を持ちます。比較的高価ですが、高性能が求められる場合に採用されます。
- 窒化ホウ素 (BN): 高い熱伝導率と優れた電気絶縁性、さらに耐熱性も非常に高いのが特徴です。柔らかい粒子形状のものが多く、塗布性にも優れる場合があります。
- 炭素系フィラー:
- グラファイト: 異方性(方向によって熱伝導率が異なる)がありますが、高い熱伝導性を持つことがあります。
- カーボンナノチューブ (CNT) / グラフェン: 理論上は非常に高い熱伝導率を持ちますが、現状では均一な分散やコストが課題となることが多いです。
これらのベース材とフィラーを組み合わせることで、求められる熱伝導率、電気絶縁性、粘度、耐久性などの特性を持つ様々な放熱グリースが製造されています。

放熱グリースは、熱伝導性の高い酸化アルミニウムや窒化ホウ素などの粉末(フィラー)を、シリコーンオイルや合成油(ベース材)に高濃度で分散させたものです。これにより、空気よりも効率的に熱を伝えることができます。
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