この記事で分かること
- 触媒層付き電解質膜とは:水を電気分解して水素を製造する水電解装置や燃料電池の中核部品です。貴金属触媒を塗布した膜で、電気化学反応を起こし、水素イオンのみを透過させて水素を効率的に生成・利用します。
- イリジウムの役割:陽極(アノード)触媒として使われます。水を酸素とプロトンに分解する反応を効率良く進めるために不可欠な貴金属です。
- イリジウム削減方法:イリジウムをナノ構造化・薄膜化し、使用量を10分の1に減らす技術や安価な普遍金属と組み合わせ、高活性化する、イリジウムを使わない非レアメタル触媒への完全置き換えなどの方法が検討されています。
東京ガスとSCREENの触媒層付き電解質膜
東京ガスとSCREENホールディングス(以下、SCREEN)は、PEM(固体高分子膜)型水電解装置の主要部品である触媒層付き電解質膜(CCM)の量産化技術を共同で確立しました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF06BD60W5A200C2000000/
この開発は、CCMに使用される高価な貴金属(レアメタル)であるイリジウムの使用量削減と、グリーン水素の製造コスト低減を目的としています。
水素製造装置とは何か
水素製造装置とは、その名の通り水素ガスを製造するための設備や機械のことです。
水素は様々な原料や方法で製造できるため、装置の種類も多岐にわたりますが、クリーンなエネルギー源として注目されているのは主に水を電気分解する方式の装置です。この装置は特に「水電解装置(エレクトロライザー)」とも呼ばれます。
主な水素製造方法と装置
現在、水素製造装置として実用化されている主な方式を、製造方法の観点から説明します。
1. 水の電気分解による方法(エレクトロライザー)
水 (H2O) に電気を流し、水素 (H2) と酸素 (O2) に分解するプロセスを利用します。再生可能エネルギー由来の電力を使用すれば、製造時に CO2 を排出しないグリーン水素を製造できます。
種類 | 特徴 |
アルカリ水電解装置 | 歴史が古く、技術が確立されており、比較的安価な材料(ニッケル系など)を使用できるため装置コストを抑えやすい。ただし、強アルカリ液を使用するため腐食対策が必要で、装置が大型化しやすい。 |
PEM(固体高分子膜)型水電解装置 | 固体高分子膜(プロトン交換膜)を使用。高効率でコンパクト、電力負荷変動への追従性が高いというメリットがある。電極触媒に高価なイリジウムなどの貴金属が必要となるのが課題。 |
SOEC(固体酸化物電解)型水電解装置 | 高温(700°C~$1,000 \text{°C}$程度)の水蒸気を電気分解する方式で、熱も利用するため効率が高い。 |
2. 化石燃料などの改質による方法(改質器)
天然ガス(メタン、CH4)や石油、LPGなどを原料とし、水蒸気改質などの反応によって水素を製造します。
- 水蒸気改質装置:天然ガスなどに水蒸気を加えて高温で反応させ、水素を生成します。
- この際、CO2が副産物として排出されます(グレー水素)。
- 排出された CO2 を回収・貯留した場合はブルー水素と呼ばれます。
3. その他
産業の副産物(例:ソーダ工業での電解プロセス)として水素が生成される場合もあります。
水素製造装置の利点(水電解装置の場合)
特に水電解装置は、水素社会の実現に向けて以下の重要な役割を担います。
- クリーンな水素製造: 再生可能エネルギーと組み合わせることで、CO2を排出しない水素(グリーン水素)を製造できます。
- エネルギー貯蔵: 風力や太陽光発電などの不安定な余剰電力を、貯蔵・輸送が容易な水素に変換し、エネルギーを長期的に貯蔵する(Power to Gas, P2G)ことを可能にします。
- オンサイト供給: 必要な場所で必要な分だけ水素を製造できるため、水素ボンベの運搬・交換の手間が省け、水素ステーションなどでの利用に適しています。

水素製造装置は、水や天然ガスなどを原料に、化学反応や電気分解によって水素ガスを製造するための設備です。特に水を電気分解する装置は「水電解装置」と呼ばれ、クリーンなグリーン水素製造に不可欠です。
イリジウムは水素製造装置で何に使われるのか
イリジウムは、PEM(固体高分子膜)型水電解装置において、触媒として使用されます。
具体的には、水を水素と酸素に分解するプロセスのうち、陽極(アノード)側で起こる酸素発生反応(OER)を促進するために不可欠な貴金属触媒です。
PEM型水電解装置は酸性環境で動作しますが、この過酷な条件下で高い活性と耐久性を両立できる材料が限られており、現状では酸化イリジウムが最も優れた触媒とされています。その希少性と高価さから、東京ガスとSCREENの共同開発のように、使用量を削減する技術開発が重要課題となっています。
PEM水電解装置におけるイリジウムの役割
PEM水電解装置の陽極(アノード)では、水を酸素とプロトンに分解する酸素発生反応(OER)が起こります。
イリジウム触媒(酸化イリジウム)は、この反応において以下の役割を果たします。
- 水分子の吸着・活性化: イリジウムの表面に水分子 (H2O) を吸着させ、酸素 (O) と水素 (H) の結合を弱めるなど、反応しやすい状態に変化させます。
- 中間体の形成:イリジウム原子と一時的に結合した不安定な反応中間体成します。
- 低電位での反応促進: イリジウム原子が電子を出し入れすることで、水の分解に必要な電圧(エネルギー)を下げ、効率良く酸素を発生させます。
イリジウムが選ばれるのは、このOER反応の効率が高いうえ、PEM型が採用する強酸性の環境下でも、他の金属のように溶け出さずに高い耐久性を維持できるという、類まれな特性を持っているためです。

PEM型水電解装置の陽極(アノード)触媒として使われます。水を酸素とプロトンに分解する反応を効率良く進めるために不可欠な貴金属です。その高価さから、使用量削減が急務です。
触媒層付き電解質膜とは何か
触媒層付き電解質膜(Catalyst Coated Membrane, CCM)とは、水を電気分解して水素を製造する装置(水電解装置)や、水素から電気を取り出す燃料電池(FC)の中核となる基幹部品です。
これは、エネルギー変換反応が起きる「心臓部」にあたります。
構造と役割
CCMは、主に以下の2つの要素が一体となった構造をしています。
部材 | 役割 |
電解質膜 (Membrane) | 水素イオン(プロトン、 |
触媒層 (Catalyst Layer) | 電解質膜の両面に塗布された層。高価な貴金属(イリジウム、白金など)が使われ、水を水素と酸素に分解したり(水電解)、水素と酸素を反応させて電気を生み出したり(燃料電池)する化学反応を促進します。 |
装置における位置づけ
東京ガスとSCREENが開発を進めているのは、このCCMを低コストで量産する技術であり、特に触媒であるイリジウムの使用量を減らすことが大きな目的です。
CCMは、通常、さらにガス拡散層(GDL)などの部品と組み合わされ、「膜電極接合体(MEA)」という最終的な部品として水電解装置や燃料電池に組み込まれます。

触媒層付き電解質膜(CCM)は、水を電気分解して水素を製造する水電解装置や燃料電池の中核部品です。貴金属触媒を塗布した膜で、電気化学反応を起こし、水素イオンのみを透過させて水素を効率的に生成・利用します。
イリジウム削減の方法は
イリジウムはPEM(固体高分子膜)型水電解装置の陽極触媒として不可欠ですが、高価で希少なため、以下の3つの主要なアプローチで削減が進められています。
1. 触媒の利用効率向上(低担持化技術)
触媒の性能を維持しながら、使用するイリジウムの量を減らす技術です。
- ナノ構造化/薄膜化:
- イリジウムをナノ粒子化し、電極基板に薄く均一に配置することで、触媒の表面積を最大化し、原子一つ一つを効率良く反応に使えるようにします。
- 例えば、酸化イリジウムナノシートのような単原子層レベルの構造や、スパークアブレーションなどの精密な成膜技術が開発されています。
- これにより、従来の10分の1程度のイリジウム使用量で同等の性能を目指すことが目標とされています。
- CCM(触媒層付き電解質膜)の製造技術最適化:
- 東京ガスとSCREENが取り組むように、CCMの製造プロセスで、触媒インクを無駄なく薄く均一に塗布・乾燥させる技術(例:ロール・ツー・ロール方式の応用)を確立し、イリジウムの使用効率を高めます。
2. 普遍金属との組み合わせ(複合触媒)
イリジウムの特性を最大限に引き出すため、安価で豊富な金属と組み合わせて使用します。
- 担体(キャリア)の利用:
- イリジウムをマンガン酸化物 などの普遍金属酸化物でできた担体(支持体)に高分散で配置することで、イリジウム原子を高活性化し、少量のイリジウムで高い活性と耐久性を両立させる技術が開発されています。
- 合金化:
- イリジウムと、比較的安価で活性の高いルテニウム (などを合金化し、高い耐久性と活性を両立する触媒を開発する研究も進んでいます。
3. レアメタルからの完全脱却(非イリジウム触媒)
イリジウムを全く使わない、安価な普遍金属(鉄、ニッケル、コバルトなど)を用いた高性能な触媒を開発するアプローチです。
触媒探索技術の活用:
- AI(人工知能)や独自の高効率な探索エンジンを使い、イリジウムに代わる新しい触媒材料を迅速に発見・開発する取り組み(例:東京ガスとH2U Technologies社の共同開発)が進められています。
AEM(アニオン交換膜)型水電解装置の採用:
- PEM型とは異なり、電解液が塩基性であるAEM型では、酸性環境で溶けてしまう鉄、ニッケル、コバルトなどの安価な金属を触媒として利用することが可能になり、根本的なレアメタルフリー化が期待されます。

イリジウム削減には、主に3つの方法があります。
代替触媒開発:イリジウムを使わない非レアメタル触媒への完全置き換えを目指す。
触媒の効率化:イリジウムをナノ構造化・薄膜化し、使用量を10分の1に減らす技術。
複合化:安価な普遍金属と組み合わせ、高活性化する。
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