皮膚に貼り付ける透明なフィルム状の電子材料 貼り付けの方法は何か?どのような応用例があるのか?

この記事で分かること

  • 貼り付ける方法:ナノレベルの薄さの水溶性ポリマー(PVA)とナノメッシュ構造を利用します。少量の水を吹きかけるとPVAが溶解し、表面張力と水和力で皮膚の微細な凹凸に密着します。また、別のタイプでは生体適合性の粘着性ゲルを使用します。
  • 生体情報を得る方法:電気信号(心電など)はナノメッシュ電極で直接検出します。脈拍や血中酸素濃度は、有機LEDから光を当て、血流による吸収の変化を有機光検出器で捉える光学的計測(PPG法)で行います。
  • 主な応用例:医療・ヘルスケア分野での長期的な生体情報モニタリングです。心電図や脈拍、血中酸素濃度を非接触に近い状態で計測し、疾病の早期発見やスポーツ・リハビリの分析に役立ちます。

皮膚に貼り付ける透明なフィルム状の電子材料

 東京大学の研究チームは、皮膚に貼り付けられる透明なフィルム状の電子材料について、主にウェアラブルデバイス生体情報計測への応用を目指し、数多くの成果を発表しています。

 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOSG22AGM0S5A021C2000000/

 これらの研究は、「貼る」ウェアラブル技術として、日常的なヘルスケアや医療の分野に大きな進歩をもたらすと期待されています。

どうやって皮膚に張り付くのか

 東京大学の研究チーム(主に染谷隆夫教授らの研究グループ)が開発した、皮膚に貼り付けられる透明なフィルム状の電子材料は、主に以下の2種類の接着・密着の仕組みを用いています。


1. ナノメッシュ構造と水溶性ポリマーによる密着(通気性センサー)

 皮膚に長期的に貼り付けることを目的とした、通気性のある超極薄センサー(ナノメッシュ電極)では、粘着剤を使用しない特殊な方法が採用されています。

  • 極薄・ナノメッシュ構造: センサーの本体は、金(Au)のナノレベルの配線と、それを支持する**ポリビニルアルコール(PVA)**という水溶性の高分子からできています。全体の厚みは極めて薄く(数マイクロメートル)、皮膚の微細な凹凸にもぴったりと沿います。
  • 水の力で接着:
    1. まず、ナノメッシュを皮膚の上に載せます。
    2. その上から少量の水(霧吹きなど)を吹きかけます。
    3. 水によって、ナノメッシュに含まれるPVA(ポリビニルアルコール)がわずかに溶解し、皮膚の表面張力と水和力を利用して皮膚に密着します。
  • 通気性の確保: PVAの層は非常に薄く、電極自体もメッシュ(網目)状になっているため、汗腺を塞がず、皮膚呼吸を妨げません。これにより、長期間貼り付けてもかぶれや炎症が起こりにくくなっています。

2. 粘着性ゲル(ハイドロゲル)の使用

 初期の、あるいは皮膚との親和性や高い粘着性が求められるタイプのシート型センサーでは、生体適合性に優れた粘着性のゲル(ハイドロゲル)が使われています。

  • 生体適合性: 開発されたゲルは、皮膚に優しく、光で特定の形に形成できるように工夫されています。
  • 剥がれにくさ: 粘着性ゲルを用いることで、心臓や関節などの絶えず動く生体の表面に貼り付けても、センサーが位置ずれを起こしたり剥がれたりすることなく、安定して計測を続けることができます。

 これらの技術により、ユーザーが装着感をほとんど感じないまま、長期間にわたって正確に生体情報を計測することが可能になっています。

ナノレベルの薄さの水溶性ポリマー(PVA)とナノメッシュ構造を利用します。少量の水を吹きかけるとPVAが溶解し、表面張力と水和力で皮膚の微細な凹凸に密着します。また、別のタイプでは生体適合性の粘着性ゲルを使用します。

どうやって生体情報計測を行うのか

 東京大学の研究チームによる皮膚貼り付け型電子材料は、主に電気信号の計測光学的計測という2つの異なる方法で生体情報(バイタルサイン)を計測します。


1. 生体電気信号の計測(心電、筋電など)

 この方式では、ナノメッシュ電極粘着性ゲル付き電極を用い、生体が発する微弱な電気信号を直接皮膚表面で捉えます。

仕組み
  1. 電極の密着: 超柔軟で極薄のフィルム状の電極(ナノメッシュ電極や、粘着性ゲルで覆われた電極)を皮膚に密着させます。この密着性により、体の動きや汗によるノイズの影響を最小限に抑えます。
  2. 信号の検出: 皮膚直下を流れる生体電気信号(イオンの流れによって発生する電位差)を電極で捉えます。
    • 心電図(ECG): 心臓の拍動に伴って発生する電気信号を検出することで、心拍数や心臓の状態を計測します。
    • 筋電図(EMG): 筋肉の活動に伴う電気信号を検出することで、運動やリハビリテーションの状態を計測します。
  3. 増幅とノイズ除去: 捉えた微弱な信号は、フィルム上に集積された超薄型有機トランジスタ回路によって増幅・処理されます。特に、歩行などの外乱ノイズを除去する回路(差動増幅回路など)が組み込まれており、高い精度での計測を可能にしています。

2. 光学的計測(脈拍、血中酸素濃度など)

 この方式は、光を皮膚に照射し、血液による光の吸収・反射の変化を検出することで、血流の状態を計測します。

仕組み(光電式容積脈波:PPG法)
  1. 光の照射: 皮膚に直接貼り付けられた超柔軟な有機LED(発光ダイオード)から、特定の波長(主に緑色や赤外光)の光を皮膚内部に照射します。
  2. 血液による吸収: 照射された光は、皮膚組織や血液によって吸収・散乱されます。特に、血液中のヘモグロビンが光を吸収します。
  3. 光の検出: 隣接して配置された超柔軟な有機光検出器が、血液を透過または反射してきた光の量を計測します。
  4. 信号の変化:
    • 脈拍数: 心臓の拍動に伴い、毛細血管内の血液量(容積)が周期的に変化します。これにより、光の吸収量も周期的に変化するため、この変化の波形(脈波)を検出することで脈拍数を計測します。
    • 血中酸素飽和度(SpO₂): 酸素と結合したヘモグロビンと、結合していないヘモグロビンでは、光の吸収特性が異なります。異なる2波長の光(例えば赤色光と赤外光)を使い、それぞれの吸収比率を分析することでSpO₂を算出できます。

 これらの超薄型電子材料は、装着感がないため、日々の生活や睡眠を妨げることなく、長期間にわたり高精度な生体情報を継続的に取得できるのが最大の特長です。

電気信号(心電など)はナノメッシュ電極で直接検出します。脈拍や血中酸素濃度は、有機LEDから光を当て、血流による吸収の変化を有機光検出器で捉える光学的計測(PPG法)で行います。

どのような応用例があるのか

 東京大学の研究チームによる、皮膚に貼り付けられる透明なフィルム状電子材料の主な応用例は、医療・ヘルスケア分野における継続的な生体モニタリングです。


1. 医療・長期ヘルスケアモニタリング

 最も重要な応用分野であり、日常的な健康管理や医療現場での活用が期待されています。

  • 長期的な生体信号計測:
    • 心拍数、心電図(ECG)、筋電図(EMG)などを、装着者が意識することなく、日常生活の中で継続的に高精度で計測します。
    • 通気性があるため、従来の電極のように肌がかぶれにくく、1週間以上の長期間にわたる計測が可能です。
  • 疾病の早期発見:
    • 不整脈や睡眠時無呼吸症候群などの疾患に関わる生体信号を、自宅や病院外で継続的に取得し、早期診断や治療効果のモニタリングに役立てられます。
  • 血中酸素濃度(SpO₂)測定:
    • 有機LEDと光検出器を組み込むことで、特に睡眠中のSpO₂変化を正確に捉え、呼吸状態をチェックできます。

2. スポーツ・リハビリテーション

 体の動きを邪魔しないため、運動時の詳細なデータ取得に役立ちます。

  • パフォーマンスの向上:
    • アスリートの心拍変動筋活動電位などをリアルタイムで計測し、疲労度やトレーニング効果を科学的に分析します。
  • リハビリの補助:
    • 患者の筋肉の動き(筋電)や関節の動きに伴うストレスを正確に測定し、適切なリハビリテーション計画の立案や進捗管理に利用されます。

3. 情報表示・インターフェース

 柔軟なディスプレイとしての応用です。

  • 皮膚ディスプレイ:
    • 極薄の有機LED(OLED)を皮膚に直接貼り付け、計測中の心拍数警告などをその場ですぐに表示するインターフェースとして利用できます。
    • 将来的には、シンプルな通知や情報表示デバイスとしての活用も考えられています。
  • 触覚フィードバック:
    • 一部の研究では、極薄の電子素子を振動させることで、着用者に情報を伝えるハプティック(触覚)フィードバック機能の研究も進められています。

 この技術は、計測機器が「ウェアラブル」から「ヒューマンフレンドリー」なものへと進化する上で、中核となるものです。

主な応用例は、医療・ヘルスケア分野での長期的な生体情報モニタリングです。心電図や脈拍、血中酸素濃度を非接触に近い状態で計測し、疾病の早期発見やスポーツ・リハビリの分析に役立ちます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました