この記事で分かること
- 超純水とは:イオン、有機物、微粒子などを極限まで除去し、電気抵抗率が18MΩ・cmに限りなく近い、純粋なH2Oです。半導体や液晶の洗浄に不可欠です。
- 地下水保全の取り組み:地下水の採取量以上の水を人工的に地下に戻す(涵養)「ウォーター・ポジティブ」を目指し、水田での冬期湛水などを推進します。また、70%超の排水を工場内で再利用しています。
TSMC熊本工場の水保全への取り組み
TSMC熊本工場(JASM)の地下にある巨大な水処理施設は、半導体製造に不可欠な「超純水」の生成と、使用後の排水の高度な処理・再利用を行うための重要な設備です。
この施設は豊富な熊本の地下水を採取し、ウエハー洗浄などに使う超純水を作り出すこと、および地下水環境への影響を最小限に抑えるため、排水を徹底的に処理し、再利用するために利用されています。
超純水とは何か
超純水(ちょうじゅんすい、Ultra Pure Water: UPW)とは、水に含まれるあらゆる不純物(イオン、有機物、微粒子、溶存ガスなど)を極限まで取り除き、限りなく純粋なH2Oに近づけた水のことです。
一般的な水道水とは比較にならないほどの高い純度を持つため、高度な産業分野で不可欠な存在となっています。
超純水の純度の高さは、主に水の電気抵抗率(または電気伝導率)で測られます。
1. 非常に高い電気抵抗率(電気を通しにくい)
水に電気が通るのは、水中に含まれるイオン(塩類などの電解質)が電気を運ぶためです。超純水はこれらのイオンを徹底的に除去しているため、ほとんど電気を通しません。
- 理論純水(不純物が全くない純粋なH2O)の抵抗率:18.24MΩ・cm(25°C)
- 超純水:この理論値に限りなく近い、18MΩ・cm(メガオーム・センチメートル)以上の高い抵抗率を持つ水と定義されることが一般的です。
- (参考:水道水の抵抗率は0.005~0.01MΩ・cm程度で、超純水とは桁違いです。)
2. その他の不純物も極限まで除去
電気抵抗率で測れない、微細な粒子(ゴミ)、微生物(バクテリア)、有機物(TOC: 全有機体炭素)、溶け込んだガスなども、高度な多段階の精製工程を経て除去されます。
主な用途
超純水は、その極限的な清浄度と、物を溶かす性質が強い(ハングリーウォーターとも呼ばれる)という特性から、微細な不純物でも品質に致命的な影響を与える分野で利用されます。
- 半導体・液晶製造:
- 半導体ウェハーや液晶ディスプレイの洗浄用水として、最も大量に使用されます。回路の線幅がナノメートル(10-9m)単位の微細な部品では、わずかな不純物もショートや不良の原因となるため、超純水が不可欠です。
- 医療・製薬分野:
- 注射用水や、医薬品の製造・洗浄に使用されます。
- 原子力・火力発電所:
- ボイラーやタービンの腐食を防ぐため、蒸気を発生させるための給水として使われます。
- 科学研究・分析:
- 微量な成分を正確に分析するためのブランク水(基準となる水)として使用されます。

超純水(UPW)は、イオン、有機物、微粒子などを極限まで除去し、電気抵抗率が18MΩ・cmに限りなく近い、純粋なH2Oです。半導体や液晶の洗浄に不可欠です。
超純水はなぜ半導体製造に欠かせないのか
超純水(UPW)は、半導体の回路がナノメートル(nm)単位の極めて微細な構造であるため、製造工程の「洗浄」で製品の欠陥や不良を防ぐために欠かせません。
その理由は、水道水や一般的な純水に含まれるごくわずかな不純物でも、最先端の半導体の品質に致命的な影響を与えるからです。
半導体製造における超純水の役割
1. 微細な回路をショート(短絡)させるのを防ぐ
半導体の回路線幅は現在、5nm(ナノメートル)以下といった非常に微細なレベルに到達しています。
- 水道水や純水の問題点: 水道水に含まれるミネラル成分(金属イオン)や塩素などの不純物は、電気を通しやすい性質があります。
- 超純水の役割: これらがウェハーに付着したまま熱処理などを施すと、微細な回路間でショート(短絡)を引き起こし、製品が不良品となります。超純水はこれらのイオンを徹底的に除去しているため、このリスクを防ぎます。
2. 徹底的な洗浄と歩留まりの向上
半導体製造は、薄膜形成、エッチング(削る)、イオン注入など、多段階の複雑な工程から成り立っています。ウェハーは各工程の合間に必ず洗浄されます。
- 高い洗浄力: 超純水は不純物がゼロに近いため、「物を溶かす性質」(ハングリーウォーター)が水道水よりも非常に強く、ウェハー表面の微粒子、有機物、削りカスなどを強力に洗い流します。
- 欠陥の抑制: わずかなホコリやバクテリア(微生物)の残留も、パターンの欠陥や酸化膜の異常形成につながります。超純水はこれらの不純物を極限まで除去することで、良品率(歩留まり)を高く保つための「命綱」となります。
3. 残留物の防止
洗浄後の水が乾燥する際、水中に不純物が含まれていると、それがシミや残留物(ウォータースポット)としてウェハー表面に残ってしまいます。超純水で洗浄すれば、水が蒸発してもH2O(水)以外の残留物がほぼないため、品質を維持できます。

ナノレベルの微細な回路を製造するため、洗浄工程でイオン、微粒子、有機物といった不純物を一切残さない超純水が必須であり、製品の不良やショートを防ぐためです。
地下水保全への取り組み内容は
TSMC熊本工場(JASM)は、「地下水の宝庫」である熊本の環境を守るため、主に以下の「3つの取り組み」を通じて、地下水保全に積極的に貢献しています。
1. ウォーター・ポジティブ(地下水涵養の推進)
採取した地下水の使用量を上回る水を、人工的に地下に戻す(涵養する)取り組みで、「ウォーター・ポジティブ(水使用量より涵養量が多い)」を目指しています。
- 採取量以上の涵養: 従来の熊本県の地下水保全条例では「採取量の1割の涵養」が求められていましたが、TSMCはそれを上回る「採取量に見合う量、またはそれ以上の涵養」に取り組むことを公表しています。
- 地域連携: 菊陽町、水循環型営農推進協議会、くまもと地下水財団など、地域の団体や農家と連携し、水田に水を張る冬期湛水(とうきたんすい)などの活動を推進し、地下への浸透を促しています。
2. 工場内での水の徹底的な再利用
半導体製造で最も水を使う「洗浄」工程で、使用した超純水を高度に処理し、工場内で繰り返し再利用することで、地下水の新規採取量を削減しています。
- 高い再利用率: 工場内で使用する水のうち、70%を超える水を再利用する計画です。
- 高度な処理施設: 地下にある巨大な水処理施設で、排水を36種類に細かく分類し、それぞれに適した高度な処理を行うことで、再利用可能な水として循環させています。
3. 他水源の活用と共同研究
地下水への依存度を下げるため、地下水以外の水源の活用や、科学的なデータに基づく保全活動も行っています。
- 代替水源の検討: 地下水並みの水質を確保するための浄水・ろ過設備などを整備し、工業用水など地下水以外の水源の活用を推進しています。
- 共同研究: 熊本大学や熊本県立大学などの研究機関と連携し、地下水の流れや水質・水位に関する共同研究を実施し、科学的根拠に基づいた保全対策を講じています。
これらの取り組みは、「半導体工場としての高い生産性」と「地下水都市・熊本の環境保全」の両立を目指すための鍵となっています。

TSMCは、地下水の採取量以上の水を人工的に地下に戻す(涵養)「ウォーター・ポジティブ」を目指し、水田での冬期湛水などを推進します。また、70%超の排水を工場内で再利用しています。

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