ICP発光分析のプラズマの種類 どんなプラズマが使用されるのか?それぞれの特徴は何か?

この記事で分かること

  • 使用されるプラズマの種類:最もよく使用されるのはアルゴンプラズマで、窒素なども使用されることがあります。
  • アルゴンの特徴:不活性で試料と反応せず、かつ高いエネルギーを持ちほぼ全元素を効率よく発光・イオン化できるからです。また、自身が測定を邪魔する光を出しにくく、他の希ガスに比べ安価で入手しやすいため採用されています。
  • 窒素の特徴:高価なアルゴンを節約できます。また、アルゴンガス自体が測定を邪魔(干渉)する特定の元素において、その妨害を回避して精度を高められるメリットもありますが、一般的な感度はアルゴンよりもやや悪いです。

ICP発光分析のプラズマの種類

 機器分析とは、化学反応を用いる古典的な化学分析に対し、物質が持つ物理的・化学的性質を精密な機器で測定し、その物質の成分や構造を分析する方法の総称です。

 高感度で迅速な分析が可能であり、微量な成分や複雑な混合物も精度高く分析できるため、現代の科学技術分野で広く利用されています。

 今回は、分光分析のひとつであるICP発行分析のプラズマの種類に関する記事となります。

分光分析とは何か

 分光分析は、光と物質の相互作用を測定する手法です。紫外可視分光光度法で濃度、赤外分光法で構造、原子吸光分析法で金属元素の定量、蛍光X線分析法で元素組成、核磁気共鳴分光法で分子構造の解析など、使用する光の種類や原理によって多岐にわたります。

ICP発光分析とは何か

 ICP発光分析(Inductive Coupled Plasma Optical Emission Spectrometry)は、液体試料に含まれる金属などの元素の種類とその濃度を、超高温のプラズマを利用して特定する分析手法です。

 日本語では「誘導結合プラズマ発光分光分析」と呼ばれ、環境分析、材料開発、食品検査など、非常に幅広い分野で「何が、どれくらい入っているか」を調べるために使われています。


1. 原理:なぜ元素がわかるのか?

 この分析の核となるのは、アルゴンガスをエネルギー源として発生させた約10,000℃のプラズマ(ICP)です。

  1. 霧化: 液体試料を霧状にしてプラズマの中に吹き込みます。
  2. 原子化・励起: 超高温のプラズマにより、試料中の元素は原子の状態になり、さらに高いエネルギー状態(励起状態)になります。
  3. 発光: 励起された原子が元の安定した状態に戻る際、その元素固有の光(スペクトル線)を放出します。
  4. 分光・測定: 放出された光をプリズムのような「分光器」で分け、光の強さを測定します。

ポイント:光の「色(波長)」で元素の種類がわかり、光の「強さ」で濃度がわかります。


アルゴンプラズマが使用される理由は

 アルゴンプラズマが使われる主な理由は、アルゴンが「不活性(反応しにくい)」でありながら、「元素を光らせたりイオンにしたりする力が非常に強い」という、分析に理想的な性質を持っているからです。具体的には以下の4つの理由が挙げられます。


1. 試料と余計な反応をしない(不活性)

 アルゴンは希ガスの一種で、他の物質と化学反応をほとんど起こしません。

 もし酸素や燃焼ガスを使うと、試料の金属と反応して「酸化物」などを作ってしまい、正しい測定の邪魔(干渉)になります。アルゴンなら、純粋に元素そのものの状態を保てます。

2. ほぼ全ての元素を「興奮」させられる

 アルゴンがイオン化する時に持つエネルギー(約15.8 eV)は、周期表にあるほとんどの元素を励起(発光)させたりイオン化させたりするのに十分な高さです。これ一種類あれば、多種多様な金属を一斉に分析できる万能な「火」になります。

3. 光を通しやすい(透明性)

 アルゴン自体は、目に見える光の範囲で邪魔な光をほとんど出しません。

 「透明な炎」のような役割を果たすため、試料が放つ微かな光のサインを遮ることなく、検出器まで届けることができます。

4. 比較的安価で手に入りやすい

 ヘリウムなどの他の希ガスに比べると、空気中にも約0.9%含まれており、工業的に安く大量に供給されています。毎日大量のガスを消費する分析装置にとって、コスト面でのメリットは非常に大きいです。


アルゴンは不活性で試料と反応せず、かつ高いエネルギーを持ちほぼ全元素を効率よく発光・イオン化できるからです。また、自身が測定を邪魔する光を出しにくく、他の希ガスに比べ安価で入手しやすいため採用されています。

窒素プラズマを使用するメリットは何か 

 窒素プラズマを使用する最大のメリットは、「ランニングコストの削減」と「特定の元素に対する測定精度の向上」にあります。

 一般的にICPでは高価なアルゴンガスを大量に消費しますが、窒素は空気中から精製できるため、経済的な利点が大きいです。


1. 経済性と利便性

  • 低コスト: アルゴンに比べ、窒素はガス代が大幅に安いです。窒素発生装置を使えば、大気から取り出して自給自足できるため、重いボンベの交換や供給コストを抑えられます。
  • 場所を選ばない: ガスインフラが整っていない環境や、大量の分析を行う現場で重宝されます。

2. 特定元素の測定改善(干渉の回避)

  • アルゴン由来の邪魔を防ぐ: アルゴンプラズマでは、ガス成分が試料中の成分と結びつき、特定の元素(鉄など)の測定を邪魔することがあります。窒素プラズマに変えることで、この「アルゴン由来の干渉」を物理的に回避できる場合があります。

3. 熱伝導率の高さ

  • 窒素はアルゴンよりも熱を伝えやすいため、特定の条件下では試料の分解や励起に効率よく働くことがあります。


最大の利点はランニングコストの安さです。空気中から精製できるため、高価なアルゴンを節約できます。また、アルゴンガス自体が測定を邪魔(干渉)する特定の元素において、その妨害を回避して精度を高められるメリットもあります。

感度が落ちやすい理由は何か

 窒素プラズマを使用するとアルゴンに比べて感度が落ちやすい理由は、主に「エネルギーの低さ」「背景ノイズの多さ」の2点に集約されます。

1. 元素を光らせるエネルギーが低い

 プラズマの「熱」だけでなく、ガスそのものが持つ「原子を興奮させる力(イオン化エネルギー)」が関係しています。

  • アルゴン: 約15.8eV}という高いエネルギーを持ち、ほとんどの金属元素を効率よく発光・イオン化させられます。
  • 窒素: 14.5eVとアルゴンより低いため、特に高いエネルギーを必要とする元素(亜鉛やカドミウムなど)を十分に光らせることができず、信号が弱くなります。

2. 窒素自身の「光」が邪魔をする(背景ノイズ)

  • アルゴン: 単原子分子(原子1個のガス)なので、プラズマになっても余計な光をあまり出しません。
  • 窒素: 二原子分子(N2)であるため、プラズマ中で複雑に振動したり回転したりします。これに伴い、分子特有の複雑な光(分子バンド)を大量に放出します。これが「背景ノイズ」となり、試料から出る微かな光をかき消してしまうため、微量な成分を見つけにくくなります。

3. 熱伝導率が高すぎて「冷める」

  • 窒素は熱を伝えやすい性質があるため、プラズマの中心部に試料(霧)を吹き込んだ際、その部分の温度が局所的に下がりやすいという特徴があります。これにより、効率よく原子を光らせる環境を維持するのが難しくなります。

窒素はアルゴンに比べイオン化エネルギーが低く、元素を光らせる力が弱いためです。また、窒素分子由来の複雑な背景光(ノイズ)が多く発生し、試料が出す微かな光をかき消してしまうことも、検出限界が悪化する大きな要因です。

鉄の分析に窒素が適している理由は何か

 鉄の分析に窒素(または窒素を添加したプラズマ)が適している最大の理由は、アルゴンガスが原因で発生する「スペクトル干渉(光の重なり)」を回避できるからです。


1. アルゴン由来の邪魔な光を防ぐ

 アルゴンプラズマでは、ガス中のアルゴン原子や、試料中の酸素・水素が結びついて複雑な分子を作ることがあります。

  • 特に鉄(Fe)が放つ固有の光のすぐ近くに、アルゴン由来の光(背景ノイズ)が重なってしまうケースがあります。
  • 窒素プラズマを使用すると、このアルゴン特有の干渉がなくなるため、鉄の信号だけをクリアに捉えやすくなる場合があります。

2. 熱の伝わり方が鉄に適している

 窒素は「熱伝導率」が高いガスです。

  • 鉄は比較的「頑丈な」元素で、しっかり熱を与えないと完全に原子化・励起しません。
  • 窒素プラズマは、アルゴンよりも効率的に試料へ熱を伝える特性(熱解離エネルギーの利用)があるため、鉄のような元素を効率よく光らせるのに有利に働くことがあります。

3. 感度よりも「正確さ」を優先

 微量な鉄を測る場合、感度(光の強さ)も大事ですが、それ以上に「余計な光が混じらないこと(正確さ)」が重要です。窒素を使うことで、ノイズとの見分けがつきやすくなり、安定した分析が可能になります。


アルゴンプラズマ特有の「背景光の重なり(干渉)」を物理的に回避できるからです。また、窒素は熱を伝える力が強いため、鉄のような元素を効率よく加熱・励起でき、ノイズに邪魔されず安定して測定できるメリットがあります。

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