この記事で分かること
- MEMS発振器用振動子とは:微細加工技術でシリコン基板上に作られた微小な機械構造体です。電気信号で駆動し、特定の周波数で共振することで、小型で安定したクロック信号を生成する発振器の心臓部として機能します。
- 用途:スマートフォンやウェアラブル端末のクロック信号生成、自動車や基地局などの厳しい環境下でのタイミング制御に幅広く利用されています。
- ウエハの直接接合が必要な理由:高Q値を得るため真空中で振動子を封止し、空気抵抗を防ぐためです。また、駆動回路(CMOS IC)と一体集積し、小型化と高性能化を実現するためにも必要です。
MEMS発振器用振動子
チップの微細化による性能向上の限界が見え始めていることから、半導体製造において前工程から後工程へと性能向上開発の主戦場が移り始めています。複数のチップを効率的に組み合わせて性能を引き出す「後工程」の重要性が増しています。
前回はMEMSデバイスのフィルターに関する記事でしたが、今回はMEMS発振器用振動子に関する記事となります。
MEMS発振器用振動子とは何か
MEMSデバイスの発振器用振動子(MEMSレゾネータ)は微小電気機械システム(MEMS)技術を用いてシリコンなどの基板上に作製される、電気信号を機械的な振動に変換し、特定の周波数で共振する微小な構造体です。
💡 基本的な役割と構造
- 役割:
- 発振器の周波数基準として機能します。一定の周期を持つ安定した電気信号(クロック信号)を生成するための、振動の源(源振)となります。
- 従来の水晶振動子の代替として、小型化、高信頼性、耐衝撃性、および集積性に優れている点が特長です。
- 構造:
- 主に単結晶シリコンなどの材料を、半導体の製造プロセス(リソグラフィ技術などを用いた微細加工/マイクロマシニング)によってシリコン基板上に形成します。
- 非常に小さな構造体(0.1mm以下)であり、電気的な力(静電励振など)によって機械的に振動するように設計されています。
- 発振器としての構成:
- MEMS発振器は、このMEMS振動子と、振動を駆動・維持するための発振回路(サスティニングアンプ)、そして任意の周波数を得るためのPLL(位相同期回路)や温度補償回路などを同じチップまたはパッケージに集積して構成されます。
水晶振動子との主な違いと優位性
| 特徴 | MEMS振動子(MEMS発振器) | 水晶振動子(水晶発振器) |
| 主材料 | 単結晶シリコン(Si)や窒化ガリウム(GaN)など | 水晶(クォーツ) |
| 質量 | 非常に軽い(水晶の約1/1000~1/3000) | MEMS振動子に比べると重い |
| 耐衝撃性・耐振動性 | 優れている。振動による周波数変動が少ない | 外部からの衝撃・振動に敏感 |
| 温度安定性 | 温度センサーを集積し、温度変化をすぐに補償可能で安定 | 温度変化への対応が遅れ、周波数が変動しやすい |
| 集積性 | 半導体プロセスで製造されるため、発振回路と一体集積しやすい | 集積性が悪く、応用が限定的 |
| 小型化 | 非常に小型化が可能 | 小型化に限界がある |
MEMS振動子は、その小型さや高い信頼性から、スマートフォン、車載機器、通信機器(5Gなど)といった、高性能かつ小型で厳しい環境下での動作が求められる分野での応用が期待されています。

MEMS振動子は、微細加工技術でシリコン基板上に作られた微小な機械構造体です。電気信号で駆動し、特定の周波数で共振することで、小型で安定したクロック信号を生成する発振器の心臓部として機能します。
どのように利用されているのか
MEMS発振器用振動子(MEMSレゾネータ)は、その小型・高信頼性・集積性という特長を活かし、非常に幅広い電子機器のタイミングデバイスとして利用されています。
主な利用分野は、従来の水晶振動子(クォーツ)では対応が難しかった、小型化と耐環境性が求められるアプリケーションです。
1. コンシューマ・モバイル機器 (Consumer & Mobile Devices)
最も普及が進んでいる分野です。小型化と耐衝撃性が特に求められます。
- スマートフォン、タブレット:
- メインのクロック信号生成(CPU、通信チップ)
- リアルタイムクロック (RTC) 用の低周波数発振(省電力のスリープ/ウェイクアップ機能)
- ウェアラブル端末 (スマートウォッチ、イヤホン):
- 極限の小型化と低消費電力、そして日常的な衝撃への耐性が必須なため、MEMSが有利です。
- デジタルカメラ、ゲーム機:
- タイミング制御全般に使用されます。
2. 自動車 (Automotive)
自動車の電装化が進むにつれて、高温・振動といった厳しい環境下での信頼性が求められるMEMSの採用が増加しています。
- エンジン制御ユニット (ECU) やその他の車載電子制御ユニット:
- 高い温度安定性と耐衝撃性が重要です。
- カーナビゲーション、先進運転支援システム (ADAS):
- 高精度な時刻同期と位置情報処理のための基準クロックとして利用されます。
3. 通信・ネットワークインフラ (Communication & Infrastructure)
高速で大容量のデータ通信を支える機器の高精度な同期のために使用されます。
- 5G/6G基地局、ルーター、スイッチ:
- ネットワーク全体の同期を取るための高安定な基準クロック。
- GPS/GNSSシステム:
- 正確な時刻情報や測位のためのタイミング基準。
- 光通信モジュール:
- 高速データ伝送のクロック信号として利用されます。
4. 産業・医療・航空宇宙 (Industrial, Medical, Aerospace)
信頼性が最も重視される分野です。
- 産業用IoT機器、スマートメーター:
- 屋外や工場といった環境変化が激しい場所での高い堅牢性と信頼性。
- 医療機器(電子血圧計、診断装置):
- 正確な計測と安定した動作のためのタイミング制御。
- 航空宇宙・防衛機器:
- 極端な温度変化や放射線に耐えうる性能、そして高い信頼性が求められます。
利用の背景にあるメリット
MEMS発振器がこれらの分野で利用を拡大している背景には、従来の水晶振動子と比較した以下の優位性があります。
- 小型・軽量化: ICチップと一体化できるため、製品の小型化・薄型化に大きく貢献します。
- 耐衝撃性・耐振動性: 機械的な構造が小さく軽いため、外部からの衝撃や振動による周波数変動が非常に小さく、安定しています。
- 温度安定性: 温度センサーを内蔵し、温度変化に対する周波数補償を高速で行えるため、厳しい温度環境でも安定した動作が可能です。

小型・高信頼性が特長で、スマートフォンやウェアラブル端末のクロック信号生成、自動車や基地局などの厳しい環境下でのタイミング制御に幅広く利用されています。
特定の周波数で共振する仕組みは
MEMS振動子(MEMSレゾネータ)が電気信号を機械的な振動に変換し、特定の周波数で共振する仕組みの主なものは、静電駆動方式と圧電駆動方式の2つです。
どちらの方式も、微細加工された可動構造体(振動子)に電気的な力を作用させ、その構造体の固有振動数で振動させる(共振)ことを利用しています。
1. 静電駆動方式 (Electrostatic Drive)
最も一般的で、シリコンMEMS振動子の多くに用いられている方式です。
仕組み(電気 →振動)
- 電極の配置: シリコン製の振動子(可動電極)の周囲に、わずかな隙間を空けて固定電極を配置します。これらの電極は、櫛形(くしがた)の構造にされることが多いです。
- バイアス電圧 (DC): まず、振動子と固定電極の間にDC(直流)電圧(バイアス電圧)をかけ、電極間に初期の引力(静電気力)を発生させます。
- AC電圧の印加: 次に、このバイアス電圧にAC(交流)信号(駆動信号)を重畳して印加します。
- 引力の変化: AC信号の電圧が変動すると、振動子と固定電極の間の静電引力が周期的に変化します。
- 共振: この周期的な引力によって、振動子がその機械的な固有振動数と同じ周波数で駆動されると、共振が起こり、振動振幅が最大になります。
仕組み(振動→電気)
振動によって電極間の距離が周期的に変化すると、電極間の静電容量が変化します。この容量変化を、DCバイアス電圧を通じて電流(電気信号)の変化として検出します。
2. 圧電駆動方式 (Piezoelectric Drive)
圧電体材料(窒化アルミニウム:AlNなど)を振動子の表面に組み込む方式です。
仕組み(電気 → 振動)
- 圧電体の組み込み: 振動子(シリコン)の表面に、圧電効果を持つ薄膜(AlNなど)を成膜し、その上下に電極を配置します。
- 電圧の印加: この圧電体薄膜にAC信号(駆動信号)を印加します。
- 圧電効果による変形: 圧電体は電圧が加わると機械的に変形する性質(逆圧電効果)を持っています。AC信号の周期的変化に応じて、圧電体が周期的に膨張・収縮します。
- 共振: この変形が振動子全体を駆動し、構造体の固有振動数と一致すると共振が起こります。
仕組み(振動→ 電気)
振動子が機械的に変形すると、圧電体に応力が発生します。圧電体は応力が加わると電荷を発生させる性質(圧電効果)により、これを電気信号として検出します。
共振周波数の決定要因
MEMS振動子が「特定の周波数」で共振する仕組みは、主にその機械的な設計によって決まります。
f0 ∝(1/L2)×√(E/ρ)
ここで、f0は共振周波数、Lは振動子の長さ、Eはヤング率(材料の硬さ)、ρは密度(材料の質量)です。
- 形状と寸法: 振動子の長さ、幅、厚さなどの寸法(特に長さに強く依存)
- 材料: 使用されるシリコンや薄膜のヤング率(硬さ)や密度
微細加工技術により、これらの寸法をナノメートル単位で高精度に制御することで、必要な共振周波数(例えば数十MHz)を正確に設計・実現しています。

静電駆動方式または圧電駆動方式を用います。電極間に電圧を印加し、静電気力や圧電効果で振動子を周期的に駆動。その固有振動数と一致すると共振し、振動が最大になります。
ウエハの直接接合が必要な理由は何か
MEMS振動子においてウエハの直接接合(ウェーハボンディング)が必要な理由は、主に以下の3つの重要な目的を達成するためです。
1. 振動子構造の保護と性能維持(真空パッケージング)
MEMS振動子は、空気中の抵抗(ダンピング)や汚染の影響を非常に受けやすい微細な構造体です。
- 真空封止の必要性: 振動子の性能、特にQ値(Quality Factor:品質係数)を高めるためには、空気抵抗を極限まで排除する必要があります。Q値が高いほど、共振の切れが良く、安定した周波数(高安定性)を得ることができます。ウエハ直接接合により、高真空状態で振動子を封止(パッケージング)することが可能です。
- 空気抵抗の排除: 振動子が空気分子と衝突するのを防ぎ、振動エネルギーの損失を抑えます。
- 物理的な保護: 外部からの湿気、塵、物理的な衝撃から、髪の毛よりも細い振動子構造を確実に保護します。
2. 回路との集積化と小型化(異種材料の接合)
ウエハ接合は、MEMS構造体と駆動・制御回路(CMOS IC)を一体化するために不可欠な技術です。
- CMOS-MEMS集積: 信号を処理するCMOS集積回路(IC)が形成されたウエハの上に、振動子構造が形成されたMEMSウエハを直接接合することで、発振器全体を一つの小型パッケージに収めることができます。
- これにより、配線距離が短縮され、電気的ノイズの影響を減らし、信号伝送の低損失化が実現します。
- 小型化と低コスト化: 別々のチップを接続する従来のワイヤボンディング工程を省略できるため、製品全体の小型化と製造コストの削減に大きく貢献します。
3. 熱歪みの回避と信頼性の向上
従来の接着剤や加熱を伴う接合方法が抱える問題点を解決します。
- 熱ストレスの低減: ウエハ直接接合(特に常温接合技術)を用いると、高温での熱処理が不要になるため、熱膨張率の異なる材料(例えばシリコンとガラスや金属)を接合した際に生じる熱歪み(熱応力)を回避できます。
- 熱歪みは、振動子の構造を微小に変化させ、周波数安定性を損なう原因になります。これを防ぐことで、デバイスの信頼性と歩留まりが向上します。

高Q値を得るため真空中で振動子を封止し、空気抵抗を防ぐためです。また、駆動回路(CMOS IC)と一体集積し、小型化と高性能化を実現するためにも必要です。

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