誘電正接とは何か?有機材料の誘電正接を下げる方法は何か?

この記事で分かること

  • 誘電正接とは:絶縁材料が電気エネルギーを熱として失う割合を示す指標です。Dfが低いほど誘電損失が少なく、特に高周波で信号の減衰を抑制し、伝送品質を高めます。
  • ガラス、有機材、シリコンの誘電正接 :有機材が最も低く約 0.002~0.010です。ガラス基板も低く約 0.002~0.006と有機材に匹敵し、低損失です。一方、シリコン基板は半導体のため、誘電体損失ではなく基板抵抗による損失が支配的となります。
  • 有機材料の誘電正接を下げる方法:極性の低いフッ素やC-H結合の採用で分子の極性を最小化します。また、高純度化により不純物を排除し、分子運動によるエネルギー損失を抑制することも有効です。

誘電正接

 チップの微細化による性能向上の限界が見え始めていることから、半導体製造において前工程から後工程へと性能向上開発の主戦場が移り始めています。

 複数のチップを効率的に組み合わせて性能を引き出す「後工程」の重要性が増しています。

 前回は比誘電率に関する記事でしたが、今回は2.5次元実装の基板に必要な物性である誘電正接に関する記事となります。

誘電正接とは何か

 誘電正接(Dissipation Factor, Df)とは、絶縁材料に交流電圧をかけた際に、電気エネルギーが熱として失われる(消費される)割合を示す指標です。

誘電正接の役割

 誘電正接は、材料の電気的な「損失のしやすさ」を表します。

  • 低誘電正接:損失が少なく、材料がより「理想的な絶縁体」に近いことを意味します。
  • 誘電正接:損失が大きく、熱として消費されるエネルギーが多いことを意味します。

高速・高周波回路における重要性

 2.5次元実装などの高速信号伝送が求められる分野では、Dfの値が非常に重要になります。

  1. 信号損失の抑制: 周波数が高くなるほど誘電損失は急増します。LowDf材料を使用することで、信号が長距離を伝送する際のエネルギー減衰(伝送損失)を最小限に抑え、信号の波形品質を高く保てます。
  2. 発熱の抑制: 損失が少ないため、基板自体が発熱するのを防ぎ、電子部品の熱暴走や信頼性低下を防ぎます

 誘電正接は、絶縁材料の性能を評価する上で、比誘電率(信号の速さに関わる指標)と並んで不可欠な物性です。

誘電正接(Df)とは、絶縁材料が電気エネルギーを熱として失う割合を示す指標です。Dfが低いほど誘電損失が少なく、特に高周波で信号の減衰を抑制し、伝送品質を高めます。

ガラス、有機材、シリコンそれぞれのガラス、誘電正接は

 ガラス、有機材、シリコンそれぞれのインターポーザにおける誘電正接 の一般的な目安は以下の通りです。

誘電正接は周波数に大きく依存しますが、ここでは高周波帯域(GHz)での一般的な値を示します。

材料の種類役割誘電正接 (Df) の目安特徴
有機材RDL絶縁層(PI, BCB, ABFなど)0.002~0.010最も低い Df値を目指して材料開発が進められています。BCBなどは特に低く、0.002程度を示すこともあります。
ガラスインターポーザ基板0.002~ 0.006シリコンより低く、有機材と同等かそれ以上の低損失が期待され、高周波特性に優れます。
シリコンインターポーザ基板0 に近い(理論上)シリコン自体は半導体であり、理想的な誘電体ではないため、基板として信号損失が大きくなります。純粋な半導体として扱われるため、誘電正接は計算上 0とされることがありますが、実際には基板抵抗による損失が大きくなります。

各材料のDfに関する補足

1. 有機材

 有機インターポーザでは、信号損失を最小限にするため、低比誘電率とともに低誘電正接 が最も重視されます。高性能な有機ポリマー(フッ素系樹脂やBCBなど)は、Df値を極限まで下げることを目標に開発されています。

2. ガラス

 ガラスインターポーザは、低Dfであることも大きな利点の一つです。多くのガラス材料は比較的Dfが低く、シリコン基板の電気損失の問題を回避できます。

3. シリコン

 シリコン基板は半導体であるため、基板を流れる渦電流導電率によるエネルギー損失が発生します。この損失が支配的であるため、単純な「誘電正接」という指標だけでは、Si基板の信号損失特性を完全に評価できません。損失を低減するためには、高抵抗率のシリコンウェハが使われることが多いです。

ガラス、有機材、シリコンの誘電正接 (Df) は、有機材が最も低く約 0.002~0.010です。ガラス基板も低く約 0.002~0.006と有機材に匹敵し、低損失です。一方、シリコン基板は半導体のため、誘電体損失ではなく基板抵抗による損失が支配的となります。

誘電正接は物質の何で決まるのか

 誘電正接は、以下のように主に物質を構成する分子の運動性、分子の極性、および不純物の存在によって決定されます。これらは全て、材料が交流電界のエネルギーを熱として消費する度合いに影響します。

1. 分子の運動性(温度と周波数依存性)

 誘電正接に最も大きく影響するのが、分子の運動によるエネルギー消費です。

  • 配向分極の遅れ: 絶縁材料中の極性分子は、外部の交流電界の向きに合わせて回転(配向)しようとします。しかし、分子の動きには粘性による抵抗(遅れ)が生じるため、電界の変化に追従できず、エネルギーの一部が熱として失われます
  • ガラス転移温度 (Tg): 有機ポリマーの場合、この温度を境に分子の動きが急激に活発になるため、誘電正接も大きく変化します。
  • 周波数依存性: 周波数が高くなるほど、分子が電界の向きに追従しにくくなるため、一般に誘電正接は大きくなり、損失が増加します。

2. 分子の極性(化学構造)

 分子の極性の程度が、エネルギー損失の源となります。

  • 極性の高い分子: OH基やC=O基など、極性の高い分子が多い材料は、電界中で大きな力で配向しようとしますが、その抵抗で損失を生じやすいため、誘電正接も高くなる傾向があります。
  • 非極性分子: 炭化水素 (C-H)やフッ素 (C-F)のような非極性分子は、電界による配向分極がほとんど起こらないため、誘電正接は極めて低くなります。

3. 不純物・欠陥(構造)

 材料中に存在するわずかな不純物や欠陥も損失の原因となります。

  • イオン不純物: 材料中に微量のイオンが存在すると、電界によってイオンが移動する際に抵抗性の損失を生じさせ、誘電正接を上昇させます。
  • 結晶欠陥やボイド: 材料の欠陥や空隙の境界で電荷がトラップされ、熱的な損失につながることがあります。

 誘電正接を下げるためには、分子の極性を最小限に抑え、分子の動きを抑制する構造設計が重要となります。

誘電正接は、主に分子の極性運動性(熱による配向の抵抗)で決まります。極性が高く、分子運動が活発だと、交流電界のエネルギーが熱として失われやすく、誘電正接が高くなります。

有機材料の誘電正接を下げる方法は何か

 有機材料の誘電正接を下げる主な方法は、分子の極性を最小化し、分子運動によるエネルギー損失を抑制することです。

1. 分子構造の制御(極性の低減)

誘電正接は、主に分子の極性によるエネルギー損失(配向分極)で決まるため、これを抑制します。

  • 非極性結合の採用: 極性が高い結合(例:O-H、C=O)を減らし、極性が非常に低い炭素-水素 (C-H) や炭素-フッ素 (C-F) 結合の割合を増やします。フッ素樹脂(PTFEなど)が極めて低いDfを示すのはこのためです。
  • 対称性の高い分子設計: 分子構造を対称的にすることで、外部電界による分子全体の電気的な偏り(双極子モーメント)を打ち消し、実効的な極性を低くします。

2. 運動性の抑制と純粋化

 分子が電界の向きに追従しようとする際の摩擦的な抵抗(損失)を減らします。

  • 高 Tg 材料の選定: ガラス転移温度(Tg)が高い材料は、常温での分子運動が抑制されるため、誘電損失が小さくなります。
  • 不純物の排除: イオン性の不純物(例:金属イオン)は、電界中で移動することで電流損失(発熱)を引き起こし、Dfを大幅に上昇させます。高純度な原材料を使用し、製造プロセス全体で不純物の混入を防ぐことが不可欠です。

3. 多孔質化(付随効果)

比誘電率を下げるための多孔質化は、副次的に誘電正接を下げる効果もあります。

 細孔(空気)の導入により、実効的な誘電体が空気に置き換わるため、材料全体としてのDfも低減します。ただし、多孔質化は吸湿しやすくなるリスクもあるため、吸湿性の低いポリマーを選ぶ必要があります。

有機材料の誘電正接を下げるには、極性の低いフッ素やC-H結合の採用で分子の極性を最小化します。また、高純度化により不純物を排除し、分子運動によるエネルギー損失を抑制します。

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