コールドプレート用フッ素樹脂とは何か?なぜフッ素化合物が使用されるのか?

この記事で分かること

  • コールドプレート用フッ素樹脂とは:データセンターのサーバーなどから発生する熱を効率的に冷却するために用いられる液冷システムの一部であるコールドプレートに組み込まれる、フッ素を主成分とする高性能なプラスチック材料のことです。
  • なぜ、フッ素化合物が使用されるのか:冷却液の漏れ防止、化学的安定性の確保、高密度実装環境での柔軟な配管、電気的安全性など、液冷システムに不可欠な特性を有しているためです。
  • 防水性に優れる理由:フッ素原子の電子雲は極めて安定しており、水分子の極性電荷が相互作用しにくい。このため表面の極性が非常に低く、水分子が引き合う相手を見つけられず弾かれ、疎水性を示します。
  • 柔軟性を有する理由:炭素が長く連なる柔軟な主鎖と、分子間の引力が弱い構造を持つため、しなやかに変形できます。また、適度な結晶性と非晶性のバランスにより、折れ曲がりに強く、優れた柔軟性と耐屈曲性を発揮します。

コールドプレート用フッ素樹脂

 生成AIの発展を背景に、データセンターの建設・増設が世界的に加速しており、これに伴い、日本の化学メーカーをはじめとする素材各社が「特需」の波に乗っています。

 https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC06A2A0W5A600C2000000/

 データセンターは、大量の情報を処理し、AIの学習や運用を支えるために不可欠なインフラであり、その高性能化・高効率化には、様々な先端素材が欠かせず、データセンターを支えている化学メーカーの技術も必要となっています。

 今回は冷却に使用されるコールドプレート用フッ素樹脂についての解説となります。

コールドプレート用フッ素樹脂とは何か

 データセンターで使用されるコールドプレート用フッ素樹脂とは、データセンターのサーバーなどから発生する熱を効率的に冷却するために用いられる液冷システムの一部であるコールドプレートに組み込まれる、フッ素を主成分とする高性能なプラスチック材料のことです。

なぜフッ素樹脂が使われるのか?

 データセンターのコールドプレートは、サーバーなどの発熱源に直接接触し、内部を流れる冷却液(多くは水や専用のフッ素系液体)によって熱を奪います。この冷却液を安全かつ効率的に循環させるために、フッ素樹脂が持つ以下の特性が非常に重要になります。

  1. 耐水性・耐湿性(水バリア性):
    • 電子機器は水に弱いため、コールドプレートからの冷却液漏れは厳禁です。フッ素樹脂は極めて高い水バリア性を持ち、冷却液が外部に染み出すのを防ぎ、電子機器の故障リスクを大幅に低減します。
  2. 耐薬品性:
    • コールドプレート内を流れる冷却液には、防錆剤など様々な化学物質が含まれることがあります。フッ素樹脂は広範囲の酸、アルカリ、有機溶剤などに対して非常に高い耐性を持つため、冷却液との長期的な接触でも劣化しにくく、安定した性能を維持できます。
  3. 柔軟性・耐屈曲性:
    • データセンターのサーバーラックは高密度に機器が実装されており、コールドプレートのチューブは狭いスペースや複雑な配線の中を通る必要があります。フッ素樹脂、特にPFAやFEPといった種類は、柔軟性と優れた耐屈曲性を持つため、このような環境での配管に適しており、取り回しが容易です。
  4. 電気絶縁性:
    • 冷却液が電気を通さない絶縁体であることが求められる場合、フッ素樹脂は非常に優れた電気絶縁性を持つため、万が一の冷却液漏れ時にもショートなどの電気的トラブルのリスクを低減します。
  5. 耐熱性・耐寒性:
    • データセンター内は常に熱が発生しており、コールドプレートもその熱に曝されます。フッ素樹脂は比較的広い温度範囲で安定した物性を維持できるため、過酷な温度環境下でも信頼性を保ちます。

主なフッ素樹脂の種類と用途例

  • PTFE (ポリテトラフルオロエチレン):
    • テフロン®の商品名で有名。優れた耐薬品性、非粘着性、電気絶縁性を持つ。チューブやシール材、パッキンなどに使用されることがある。
  • PFA (パーフルオロアルコキシアルカン):
    • PTFEと同様の優れた特性に加え、溶融成形が可能であるため、複雑な形状のチューブや継ぎ手などの部品製造に適している。
  • FEP (フッ素化エチレンプロピレン):
    • PFAと同様に溶融成形が可能で、透明性もある。チューブやフィルムなどに使われる。
  • フッ素系液体 (例: ダイキン DAISAVEシリーズ、3M Novec/Fluorinert):
    • これらはフッ素樹脂とは少し異なりますが、コールドプレートの冷却液として、あるいはサーバーを直接浸漬して冷却する液浸冷却方式の冷却液として使用されます。不燃性で絶縁性が高く、熱的・化学的に安定しているため、電子機器の冷却に非常に適しています。ただし、一部のフッ素系液体に含まれるPFAS(パーフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル物質)については、環境規制の動きがあり、代替材料への移行が進められています。

データセンターのコールドプレート用フッ素樹脂は、冷却液の漏れ防止、化学的安定性の確保、高密度実装環境での柔軟な配管、電気的安全性など、液冷システムに不可欠な特性を提供しています。

防水性に優れる理由

 フッ素樹脂が高い防水性(撥水性・水バリア性)を持つ理由は、以下のようにその分子構造と表面特性にあります。

非常に低い表面エネルギー(表面自由エネルギー)

  • フッ素樹脂は、固体の中で最も表面エネルギー(液体でいう表面張力)が低い物質の一つです。
  • 物質の表面エネルギーとは、その物質が他の分子を引きつけようとする力のことです。このエネルギーが低いほど、他の物質がその表面に「なじみにくい」「濡れにくい」性質を持ちます。
  • 水や油などの液体は、それぞれ固有の表面張力(液体内部の分子が互いに引き合う力)を持っています。
  • フッ素樹脂の表面エネルギーが、水の表面張力よりもはるかに小さいため、水分子がフッ素樹脂の表面に広がる(濡れる)ことができず、水滴となって丸まり、弾かれる現象が起こります。

炭素-フッ素結合 (C-F結合) の安定性

  • フッ素樹脂の骨格は炭素原子でできており、その炭素原子にフッ素原子が結合しています。このC-F結合は、非常に強く、安定した結合です。
  • この安定性により、フッ素樹脂は化学的に不活性であり、他の物質と反応しにくい性質を持ちます。水分子ともほとんど相互作用しないため、水が表面に吸着したり、樹脂内部に浸透したりするのを防ぎます。

疎水性の高い表面

  • フッ素原子は電子を非常に強く引き付ける性質(電気陰性度が高い)を持ちます。そのため、C-F結合は非常に分極しており、結合の外側にフッ素原子の電子雲が位置し、その表面が非常に疎水性(水を嫌う性質)になります。
  • この疎水性の高い表面は、水分子が表面に接触しても、強い反発力を生み出し、水滴が弾き飛ばされるように振る舞います。

補足:撥水性と水バリア性の違い

  • 撥水性: 表面で水を弾き、水滴が丸くなる性質。水が表面に濡れ広がりにくいため、見た目として水を弾いているように見えます。これは主に上記の表面エネルギーの低さに起因します。
  • 水バリア性(透湿抵抗性): 水蒸気や液体が材料を透過するのを防ぐ能力。フッ素樹脂は分子間の隙間が小さく、水分子が透過しにくい構造をしているため、水バリア性も高いです。コールドプレートの文脈では、冷却液がチューブやシートを透過して漏れるのを防ぐという意味で、この水バリア性も重要になります。

 これらの特性の組み合わせにより、フッ素樹脂はデータセンターのコールドプレートにおいて、冷却液の漏れを確実に防ぎ、電子機器を水分の危険から守るために最適な材料となっています。

フッ素樹脂は、極めて低い表面エネルギーと安定したC-F結合により、水を弾き、表面に馴染ませない疎水性を持つため、高い防水性を示します。分子構造上、水の浸透も防ぎます。

なぜ、電子雲が外側にあると疎水性となるのか

 結合の外側にフッ素原子の電子雲が存在することが疎水性をもたらすのは、以下の理由からです。

 水分子は酸素原子に部分的な負電荷、水素原子に部分的な正電荷を持つ極性分子です。水分子同士はこれらの電荷による引力(水素結合)で強く引き合っています。

 一方、フッ素原子は非常に高い電気陰性度を持つため、結合(例えば炭素-フッ素結合)において電子を自分の方に強く引き寄せます。その結果、結合の外側(フッ素原子側)に非常に安定した、均一な電子雲が形成されます。このフッ素原子の電子雲は、

  1. 極めて低い分極率: 電子雲がフッ素原子核に強く引きつけられて固定されているため、外部からの電荷(水分子の極性)によって電子雲が歪みにくい(分極しにくい)性質を持っています。
  2. 均一な電子分布: 結合の外側にフッ素原子が配置されることで、表面全体の電荷分布が非常に均一になり、正や負に偏った場所(極性部位)がほとんど存在しません

 これらの特性により、フッ素樹脂の表面は、水分子の極性電荷が引き合う相手を見つけにくい状態になります。水分子は、自分たち同士の強い水素結合を保つことを好み、フッ素樹脂の表面とは積極的に相互作用しようとしません。結果として、水分子はフッ素樹脂の表面に広がらず、水滴となって丸まり、弾かれる(疎水性を示す)のです。

フッ素原子の電子雲は極めて安定しており、水分子の極性電荷が相互作用しにくい。このため表面の極性が非常に低く、水分子が引き合う相手を見つけられず弾かれ、疎水性を示します。

柔軟性と優れた耐屈曲性を持つ理由は

 フッ素樹脂が柔軟性と優れた耐屈曲性を持つ理由は、主にその分子構造と結晶性に起因します。

直鎖状の分子構造

  • フッ素樹脂、特にPTFEやPFA、FEPは、炭素原子が長く鎖状に連なった主鎖を持っています。この主鎖が比較的柔軟に変形しやすいため、全体として柔軟性が生まれます。
  • 分子間の相互作用が弱い:フッ素原子は電子を強く引き付けますが、分子全体としては非常に極性が小さく、分子間の引力が弱いです。分子間の力が弱いと、分子同士が比較的自由に動きやすくなり、これが柔軟性に繋がります。

適度な結晶性と非晶性のバランス(特にPTFE)

  • プラスチックには、分子が規則的に並んだ「結晶部分」と、不規則に配置された「非晶部分」があります。
  • 結晶部分は硬さや耐熱性をもたらしますが、柔軟性には寄与しにくいです。
  • 非晶部分は柔軟性や伸縮性をもたらします。 フッ素樹脂、特にPTFEは、この結晶性と非晶性のバランスが、柔軟性を保ちつつも適度な強度を持つように調整されています。多孔質のPTFEなどは、空隙が多く、さらに柔軟性が高まります。

 これらの要因により、フッ素樹脂は狭いスペースでの配管や、繰り返し曲げられるような用途(ダイヤフラムやベローズなど)に適した、優れた柔軟性と耐屈曲性を発揮します。

フッ素樹脂は、炭素が長く連なる柔軟な主鎖と、分子間の引力が弱い構造を持つため、しなやかに変形できます。また、適度な結晶性と非晶性のバランスにより、折れ曲がりに強く、優れた柔軟性と耐屈曲性を発揮します。

コールドプレート用フッ素樹脂の有力なメーカーはどこか

 データセンターのコールドプレート用フッ素樹脂の有力なメーカーは、原料となるフッ素樹脂を製造している化学メーカーと、それを加工してコールドプレートの部品(チューブ、ガスケットなど)を製造しているメーカーに分けられます。

主要なフッ素樹脂原料メーカー(グローバル・日本)

 データセンター向けのような高機能なフッ素樹脂を供給しているのは、以下の大手化学メーカーが中心です。これらの企業は、PTFE、PFA、FEP、そして液浸冷却に用いられるフッ素系液体などを手掛けています。

  1. ダイキン工業株式会社 (Daikin Industries):
    • 日本を代表するフッ素化学メーカーで、エアコンで有名ですが、フッ素化学品でも世界的なシェアを持っています。
    • コールドプレートで使われるPTFE(ポリフロン)、PFA、FEP(ネオフロン)などのフッ素樹脂や、液浸冷却に用いるフッ素系液体(DAISAVEなど)を製造しており、データセンター用途への貢献を強くアピールしています。
  2. AGC株式会社 (旧旭硝子):
    • ガラスで有名ですが、フッ素化学品も幅広く手掛ける大手化学メーカーです。
    • フッ素樹脂原料や、フッ素樹脂フィルムなどを製造しており、コールドプレート関連の用途でも供給実績があります。
  3. The Chemours Company (ケマーズ社):
    • 米国デュポン社から分離独立したフッ素化学品事業会社で、「テフロン™」ブランドのフッ素樹脂(PTFE, PFA, FEPなど)で世界的によく知られています。コールドプレート用途でも主要なサプライヤーの一つです。日本では三井化学との合弁会社である「三井・ケマーズフロロプロダクツ株式会社」が展開しています。
  4. 3M (スリーエム):
    • 様々な製品を展開する多国籍企業で、フッ素ポリマーや、液浸冷却用のフッ素系液体(Novec™、Fluorinert™)などで知られています。ただし、PFAS規制の影響で、一部製品については製造を縮小・撤退する動きもあります。
  5. Solvay SA (ソルベイ):
    • ベルギーを拠点とするグローバル化学メーカーで、高性能ポリマー分野でフッ素樹脂を製造しています。
  6. Arkema S.A. (アルケマ):
    • フランスの大手化学メーカーで、高性能ポリマー製品としてフッ素樹脂も提供しています。

コールドプレート部品の加工・製造メーカー

 上記の原料メーカーからフッ素樹脂を仕入れ、実際にコールドプレート内のチューブやガスケット、シール材などを製造しているメーカーも多数存在します。これらの企業は、特定の形状や寸法、要求される性能に合わせてフッ素樹脂を加工する技術を持っています。

 例としては、以下のような企業が挙げられます。(ただし、コールドプレートに特化しているわけではなく、フッ素樹脂製品全般を扱っていることが多いです。)

  • ニチアス株式会社: シール材やガスケットなど、工業用フッ素樹脂製品を幅広く手掛けています。
  • 中興化成工業株式会社: フッ素樹脂フィルム、チューブ、成形品などを製造しています。
  • セパック工業株式会社: PTFE製品などを扱っています。
  • 株式会社フロンケミカル: フッ素樹脂製品の製造・販売を行っています。
  • 株式会社吉田SKT: フッ素樹脂コーティングや表面処理、樹脂製品の加工などを行っています。

 データセンターの液冷システムは進化が速く、サプライヤーも多岐にわたるため、具体的なコールドプレートの設計や要求性能によって最適なメーカーは変わってきます。

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