2030年半導体の地政学 太田泰彦 日経BP 要約

本の概要

半導体が米中貿易戦争の引き金となるなどその影響力は非常に大きなものとなっています。半導体は21世紀のインフラの主役であり、その影響は経済だけでなく安全保障にも及んでいます。

半導体のバリューチェーンは設計する「描く」、製造する「つくる」、使用する「使う」の3種の企業から成り立っていて、各国がバリューチェーン内で強い力を持つ企業を作り出したり、自国内でバリューチェーンを完結させるような動きを見せています。

台湾をめぐる米中の争い、自国の企業への融資など自由貿易から保護貿易への転換など産業構造を根本から変えるような可能性すらある半導体のバリューチェーン内で強い力を持つことが経済だけでなく、安全保障上でも欠かすことができなくなっています。

この本がおすすめの人

・なぜ半導体がここまで重要視されているか知りたい人

・半導体業界の仕組みを知りたい人

・日本の強みを生かすにはどうしたらよいか知りたい人

半導体をめぐって世界はどう動いているのか

 アメリカは中国が半導体サプライチェーンを再編し、支配する計画に対し大きな批判を行い、中国に対抗するために動きだしています。

 半導体は21世紀にインフラの主役であり、その影響は経済を支えるだけでなく、国家安全保障にも及びます。本書では半導体をめぐる国際政治と産業の変容を地政学の視点から考えていきます。

半導体は21世紀のインフラの主役であり、その影響は安全保障にも及びます。

半導体をめぐり、アメリカが中国に対抗するために動くなどその影響力は非常に大きいくなっています

半導体はなぜここまで重要か

 2030年にはますますビッグデータの重要性が増すことが予想され、これらを持つプラットフォーム企業の心臓にあたるのはデータセンターになります。データセンターを形作るのは半導体のチップとなるためその重要度は増しています。

 自動車に搭載されるチップも増加し、自動運転が実現すれば車は半導体の塊のような製品となってきます。半導体は産業のコメとも呼ばれましたが、安価な汎用品から様々な働きをする少量生産の専用チップへと変化していっています。

 半導体は兵器にも使用されるため、安全保障上でも大きな意味がある。第2次大戦では日本への石油供給を立つことが日本を大きく追い込んだが、今では半導体がその立場になっている。

データの重要性が増加=半導体の重要性の増加となる。

車、サーバーなどの経済要素だけでなく、兵器にも使われるため安全保障上でも重要になる。

半導体製造はどのような企業が行っているのか

 半導体のバリューチェーンは複雑ですが、大きくは「描く」「つくる」「使う」の3つに分けられます。

描く:設計を行う企業で、ファブレスであることが多い。クアルコム、エヌビディア、アーム等

つくる:製造を行う TSMCような製造企業に機器、素材を提供する企業が含まれます

つかう:製品に半導体を使用する企業。チップの専門化が進み、設計を行う会社も増加しています。

半導体のバリューチェーンは

設計を行う描く、製造するつくる、使用する使うの3種の企業から成り立っています。

各国政府には半導体産業とどうかかわっているのか

 台湾のTSMCは半導体を受託生産する世界的なファウンドリーで、その技術と規模はどのファウンドリーでも太刀打ちできません。 

 アメリカは半導体の設計分野は強いが、製造に弱点があります。そのため、バイデン政権はTSMCの工場をアメリカに誘致することで米国内でサプライチェーンが切れ目なくつながることを目指しています。

 世界で最も大きい半導体需要はデトロイトを中心とした自動車産業にあるため、その強大な購買力と莫大な補助金でアジアの半導体メーカーをアメリカに集結させ、サプライチェーンを改造することが狙いとなります。

 中国や欧州も補助金による政策を行っています。一度加速した政府の産業への介入は止まらず、自由貿易の終わりを意味するかもしれません。

各国の政府が産業へ介入し、バリューチェーンを自国内で完結させたり、バリューチェーン内での存在感を増すように動いている。

政府の介入は止まらず、自由貿易は終わりを迎えるかもしれません。

半導体メーカの特徴は何か

 半導体メーカの中には設計を行いますが、製造は行なわないファブレス企業も多く、製造はファウンドリーが受託しています。またアームのように半導体の基本回路を開発し半導体メーカーにライセンスの形で付与する会社もあります。半導体メーカーは基本回路を組み合わせることで自社の半導体チップを設計しています。

製造を行わないファブレス企業が多いことが特徴となります。

なぜ米中貿易戦争が起きたのか

 通信は経済や軍事の生命線であるが、5G主流がなるなかで、基地局にファーウェイ製品が使われています。ファーフェイの背後に中国政府がいることやバックドアによって情報を抜き取られえる可能性を脅威に見たアメリカはファーフェイに対し、制裁を行いアメリカから中国への半導体の輸出を制限しています。

 しかし、台湾から中国への半導体提供は止まっていなかったため、米国製の機器やソフトを使用して製造した半導体をファーウェイに輸出することを禁じ、これを外国企業にも適用しました。これによりTSMCもファーウェイの子会社で半導体設計を行うハイシリコンにチップ供給ができなくなっています。

 この流れは中国政府をいきり立たせ、台湾への実力行使を招く可能性も秘めています。バイデン政権は禁輸処置だけでは不十分と考え、米国内へのファウンドリー進出を進めています。 

 輸出規制は自由貿易を阻害し、自分たちに必要な品目が輸入できなくなる可能性があり、該当製品の他国への内製化を促し自国の強みを失う可能性もあります。日本も韓国へ半導体材料の輸出規制を行っているが、長期的に自分に返ってくる可能性を考える必要があります。

米中の貿易戦争は中国の機器を使用することを脅威に思ったアメリカが半導体の輸出制限をかけたことが始まりです。

輸出制限は自国の輸入の妨げになる、内製化を促し自国の強みが失うなどの欠点もあります。

TSMCはなぜこれほど注目されているのか

 TSMCはファウンドリーとして他社が太刀打ちできない微細化技術と規模を持つため、半導体のバリューチェーンでも最重要な地位を占めています。

 アメリカへの配慮から工場の進出はしますが、最先端の微細化技術の工場は立てないなど中国に屈せずアメリカの言いなりにもならない姿勢を貫いています。

 ファーウェイもTSMC製造のチップの輸入ができず苦戦しています。中国内では半導体設計はハイシリコンをはじめとして技術がありますが、製造と製造に必要な機器が追いついておらず微細化可能なファウンドリーや機器メーカはない状況です。

 中国は公的な資金投入で製造部門を強化し、半導体の自給率を2020年に40%にする目標を2015年に設定しましたが、15.9%に留まっています。自給自足に向かう動きはアメリカの制裁によって高まっており製造技術化が高まる可能性もあります。日本の優位な素材分野でも、国からの援助を武器に大きくレベルアップする可能性も有ります。

TSMCは微細化と規模で他社が太刀打ちできない会社であり、半導体のバリューチェーンでも最重要になっている。

各国が半導体業界でどのような工夫をしているのか

 シンガポールは西側諸国の仲間と見られていますが、中国へ好感を持つ一般市民は多くいます。大国間の間を巧みに泳ぐことで中立を維持しながら、グローバル化の恩恵を受けることで経済的な繁栄を果たしてきたシンガポールが親中に傾いていることの意味は大きいものになります。

 シンガポールにはデータ送信に用いられる海底ケーブルを束ねる位置にあることに加え、政府が重要な戦略と位置付け誘致を行ったため、世界のデータ企業がデータセンターを置いています。データセンターにも半導体は欠かせないため、アメリカの半導体メーカーが生産拠点を置いており、今後もシンガポールをめぐる米中の駆け引きは続くと見られます。

 アメリカは安全保障を左右する半導体サプライチェーンの中で生産力がかけており、台湾のTSMCに頼っていますが、香港への中国の対応からも台湾への軍事侵攻がおきても不思議ではありません。アメリカは軍事的に台湾を守り、自国へTSMCの工場を誘致し守りを固めるとともに、中国への禁輸処置という攻撃も行っています。

 禁輸処置は中国への半導体自給率や技術の向上を後押しする面もあり、アメリカが中国企業を追い詰めるのと中国の自立のどちらが先かの勝負でもあります。

 アメリカは半導体の開発、GAFAが持つデータやAI研究も進み、デジタル技術のほとんどはアメリカが握っているため、製造技術を国内に確保すればますます自由貿易から保護貿易への転換が起こる可能性もあります。

 中国も実際に台湾に侵攻するリスクは高いため、常にその気になれば台湾に侵攻するという状況を作り出しています。また国内の市場の大きさも武器で米国にも中国への輸出規制の緩和を求める声も少なくありません。

 また、アメリカが離脱したことでTPPへの参加を検討するなど国際ルールをめぐっても主導権争いが続いています。

 ヨーロッパではオランダの露光機メーカーASMLの技術が高く、多くのファウンドリーがASMLの装置を必要としています。アメリカもファウンドリーに力を入れるのであれば、必要な装置であり、欧州が世界の半導体メーカーへの影響力を持つ要因になっています。 

 半導体は非常に複雑でパーツも多いため、設計メーカーは1から全ての設計をしているわけではなく、基本設計を行っている会社にライセンス料を払い基本設計を組み合わせることで行っています。基本設計をおこなっているのイギリスのがアーム社です。

 ソフトバンクが買収し、アメリカのエヌビディアに売却しようとしたが、イギリス政府は買収を阻止しアーム社がアメリカのバリューチェーンに入ることを防ごうとしています。

TSMCをめぐって米中の対立が軍事行動に発展する可能性もあるほどになっています。

他国もすべてのバリューチェーンを抑えることはできなくても、一部で大きな存在化を示すことができるような工夫をしています。

半導体バリューチェーンでの日本の状況は

 日本では半導体のバリューチェーン内で圧倒的な企業はないが、新しい技術が生まれるたびに塗り替えられています。

 東大はTSMCと組み、新技術の開発を行っています。これまでの半導体ビジネスは汎用的なチップを大量生産してきたが、今後は産業ごとに特化した少量生産が重要になります。

 そのため、これまで半導体を使う側の企業が自身で半導体を設計することが増えます。その際にソフトウェアを書くようにプログラミングするだけでチップができるツールを開発し、開発効率を10倍に引き上げようとしています。

 自民党も半導体産業への投資を増やすことを検討しTSMCを誘致しています。ユーザーが近くにいることで日本の強みである素材メーカの競争力を維持できる可能性も上がっていきます。

 NTTの開発した光電融合素子技術は伝送速度と電力消費を大幅に改善できる可能性を秘めており、うまくいけばバリューチェーン内で大きな存在感を示すことができます。 

バリューチェーン内で圧倒的な企業はありませんが、新技術の開発はおこなっています。新しい技術が生まれるたびに、バリューチェーンは塗り替えられるためチャンスは充分にあります。

半導体のバリューチェーンで存在感を示すことの意味は

 他国に真似でき無い技術があれば、アメリカの軍事力に頼る構図は変わらなくても、日本の発言力を高めることはできます。

 サプライチェーンを自由な市場にゆだねたままでは国の安全は守れない。これが半導体をめぐる貿易からアメリカが得た教訓になったため取引への介入が続くと思われる。そのため、日本がチェーン内で存在感を示すことが経済だけでなく、安全保障上でも大きな利点を持つ。

 管理貿易に目が行き過ぎれば企業の活力をそぎかねないため、自由貿易の原則を守りながら安全保障の要素を組み込むことが新しい国際ルールに求められるようになる。

 日本はバリューチェーン上で作る工程では強みを持つ企業は多いが、使う企業が少ない。アメリカのように新しい半導体を必要とする企業が増えれば、設計や作る技術がついてくるはず。

日本は作る工程で強みを持つ企業は多いですが、使う企業が少ない状態です。使う企業が増えることで設計と作る技術もさらにレベルアップしていくはずです。

サプライチェーン内で存在感を示すことは経済だけでなく安全保障上でも大きな意味を持ちます。

感想

 半導体に関するニュースを見聞きする機会は増えていますが、なぜ今これほど大きな話題になっているのかが分かりやすく書かれています。

 経済的に重要なだけでなく、安全保障上でも重要であることが特に大きいことがよく分かりました。現代は武力行使による戦争はごく一部とおもわれていましたが、ロシアのウクライナ侵攻でその常識は覆ってしまいました。

 経済面ではグローバリゼーションが進行し、自由経済がもてはやされているのになぜ、半導体を巡ってここまで国家の干渉や国家間の争いになるのか疑問でした。しかし、安全保障上で問題となる可能性のある産業に対しては各国は干渉を強めることが当然と考えれば納得がいきます。

 日本は素材分野では競争力を持っている企業も多く、TSMCの誘致などで半導体のバリューチェーン内で少しでも発言権を持つことが安全保障上にもつながることを考えると多額の税金を使うことも違った見方ができるかもしれません。

 一方で使う本書でも指摘されるように企業の少なさはネックになるかもしれません、自動車で使用する半導体が増えていますので、自動車メーカーが自社に特化した半導体を使用するようになると一気に流れは変わるチャンスかなとも思いました。

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