3分要約
昆虫食はなぜ注目されるのか
環境負荷の大きい家畜に代わるタンパク質源として大きな注目を浴びている。害虫として駆除するのではなく、生物資源として利用することができれば持続可能な社会へのきっかけとなり得る分野である。
昆虫食にはどんなメリットがあるのか
環境負荷の小ささ以外にも
・ミネラルやビタミンなど豊富な栄養素を含む
・魚粉の代替として利用可能
・多く人に味が好評
・狭い場所でも育てることができ、都市での飼育に向いている
など様々なメリットがある。古代から昆虫を食べてきた可能性は高く、今後市場規模の大きな増加が予測されている。
昆虫食にデメリットはあるのか
昆虫食を見た目を理由に躊躇する人も多く、粉末状にした利用での調理加工法の確立で大きく浸透する可能性がある。食べ物のイメージは数十年で大きく変わる可能性があり、文化として盛り上がる可能性は高い。
安全面での特別大きなリスクはないが、昆虫は小さく、移動性が高いためそれによるリスクは考慮し、食材としての安全基準を作る必要がある。
科学的な知見不足や昆虫福祉に関する疑問などにも答えが出ておらず、研究を継続する必要はある。
昆虫食の未来は
市場規模の拡大は期待されている。害虫の駆除にかかるコストを減らし、家畜に必要な資源を減らすことができる昆虫食を都市で育てることは、自然とヒトの新しい共存を模索するツールとして、また持続可能な社会の象徴となる可能性を十分に秘めている。
昆虫を害虫から生物資源へと変えることが必要になっている
人類は農耕を始めてから昆虫を害虫と見なし,排除することで農作物の収量や衛生環境を劇的に改善してきた。しかし害虫という概念が活躍した時代は終わりを告げようとしている。
効率を極めた近代農業は環境に大きな負荷を与え,薬剤耐性を持つ害虫の出現で害虫との戦いは泥沼化している。昆虫を生物資源の一つとし共存することが求められている。
本書では食料としての昆虫を多面的に見ることで昆虫と人間のあるべき姿に迫っていく。
環境負荷の大きい家畜にかわるタンパク質源として昆虫は有望
世界の人口が増加する中で,食肉需要は大きく増加しているが,環境負荷の大きい家畜のみで食肉需要を補うことは非常に困難となる。
広大な農地,大量の餌,水,温室効果ガスの排出など様々な問題を抱えている。家畜以外でのタンパク質源の検討は様々行われているが,昆虫食は特に大きな期待を集めている。
昆虫食は食肉に匹敵するタンパク質,ビタミンやミネラルなどの豊富な栄養素を含む一方で,家畜に比べ効率よく成長するため、環境負荷が少ないことで注目されている。
養殖魚の餌である魚粉の代替や廃棄食物を食べて昆虫が育つことでタンパク質を産み出すなど昆虫食は大きな可能性を秘めている。
昆虫食は食べた人には意外と好評
筆者らはワークショップで人々が昆虫食に関する調査を10年と長期にわたっておこなっている。イナゴやカイコやその蛹,バッタ,コオロギなどを食べてもらい調査を行なっているが,ほとんどのものが多くの人がまた食べたいと評価している。
現状は昆虫食は珍しい体験をしたい人が食べることが多い。体験を重視しているため,昆虫食経験者は昆虫の形が残っている方が良いと思う人も意外と多く見られる。
味はセミはアーモンド,バッタは大豆,ハチノコは鰻に似ているともいわれ,比較的好評。
一方で,昆虫食を食べなかった人の理由は食べたことがなく抵抗がある、虫が嫌い、食欲の湧かない見た目を理由に挙げる人が全体の70%と多かった。まずは、見た目を排した粉末状の加工品の普及からスタートすると良いという結果といえるが、常に形状が残らない方が良いわけではない。
昆虫を古代から食べてきていた可能性は高く、再び盛り上がる可能性は充分にある
現在でも世界で20億人以上の人が2000種の昆虫を食べている。人は多様なものを食べる能力を持ち、多様な物を食べる欲求を進化させており、古来から昆虫も食材の一つとして食してきた可能性は高い。
現在の日本でも全年齢層で四人に1人がイナゴを食べており、小学生でも16%が食べたことがあるなど意外と高いものの、その種類はかつての148種から大きく減少している。
昆虫食の衰退の原因を見た目が気持ち悪いためとする声もあるが、食材に対する受容は時代と共に変化する。牛肉などの肉食は日本では禁忌とされることもあったが、徐々に広まっている。生魚を食べる文化のない海外できみわるがられた寿司を徐々に食べるようになったように、食べ物のイメージは数十年で大きく変わる。昆中を食べる文化が盛り上がる可能性は十分にある。
世界では昆虫の特性を考慮したルールつくりが進んでいる
基本的に昆虫食のリスクは小さく、他の食品や飼料以上のリスクはないが昆虫ならではのリスクも報告されている。
・生物学的リスク
付着した微生物や餌に含まれるウイルスなどが食中毒の原因となることはある。家畜に比べ小さく、移動性も高いため、気づかないとこで接触してしまう可能性がある。未消化物や腸を除去し、加熱して食べることでリスクを抑えることができる。
・重金属による汚染
廃棄物処理に昆虫を利用することが検討されており、一部の昆虫は重金属を蓄積することが解っている。
・アレルギーリスク
エビ、カニの甲殻類アレルギーの原因物質と類似した構造のタンパク質を持つため、甲殻類のにアレルギーを持つ人は昆虫でも同じアレルギー反応を起こす可能性はある。
昆虫の特性(小ささや移動のしやすさ)などを考慮しながらも昆虫を食材とし、昆虫に関する安全基準を設ける動きも世界で進んでいる。
現在の市場規模は小さいが、大きな成長が見込まれている
世界で20億人以上が昆虫を食べてはいるものの、その多くは自家消費でありその市場規模はまだ小さく、昆虫製品の生産量はタンパク源である魚粉や大豆ミールの数千分の1でしかない。
それでも2026年まで年平均47%での成長が予想されており、46億ドルの市場規模になるとの予測もある。
現在売られている昆虫食は原型をとどめたスナックや粉末状にされたものである場合が多い。見た目をそのまま楽しむ場合は原型を、粉末は料理や加工食品の材料としての利用となる。昆虫の調理、加工方法は模索段階で、今後各文化に合わせた調理、加工法が確立されることで、粉末のシェアが大きく伸びる可能性もある。
昆虫食に有望な種類も多様でバラエティーに富んでいる
昆虫食に有望な昆虫には
・バッタ
・コオロギ
・ゴキブリ
・カイコ
・ゾウムシ
など様々な種類が挙げられる。
繁殖力の高さ、飛翔するかなどの移動性やエサのコストの低さ、必要な水の量、高密度での飼育が可能かなどでそれぞれにメリット、デメリットがある。
昆虫が世界で注目され新たな産業となるのはカイコによる絹産業以来となるかもしれない。
持続可能な発展ができるかには多少問題もある
昆虫産業は急速に成長をとげているが、持続可能に発展し続けるのは課題もある。
・天然資源の枯渇
資源を搾取すれば他の動物同様個体数減少や生息環境の悪化を招く。需要が増加した場合は保護が必要になる。
・利益の不平等
先進国が他国の昆虫の遺伝資源を利用し、利益を得てもそれが他国に配分されない可能性がある。昆虫ビジネスが大規模になれば、金銭的利益だけでなく、技術、教育、職業機会などを先進国が独占してしまう可能性もある。
・逸走による被害
養殖が進むと本来その地域にいない昆虫を育てる異なり、逸走した場合に農作物への加害や天然に存在する種と交配することでの遺伝的多様性の低下が懸念される。
・昆虫の特性が活かしきれない
家畜の飼料を昆虫も食べるようになると餌の取り合いになってしまい、環境負荷の低下とならない。農業残渣などを餌にするなどの工夫が必要となる。
・科学的知見不足
ビジネスが先行し、化学的知見が不足している。安全性、機能性、昆虫の特性などを知ることは消費者の信頼向上に欠かせないが、それに必要な科学研究が少ない。昆虫食を研究する場は増えてはいるが、まだまだ少ない状況。
昆虫福祉の議論も昆虫食の高まりで必要になっている
人類はカイコやミツバチを家畜化してきたが、それ以外の昆虫についても食利用する機運が高まっている。それにともなって重要性を増しているのが昆虫の福祉についての議論。動物愛護法などは苦痛を感じることはないとされ、昆虫は対象外とされてきたが、多くの無脊椎動物にも心を見出す研究結果が報告され始めている。
昆虫が苦痛を感じるのか、意識を持つのかは研究中で結論は出ていない。しかし、これまで昆虫の脳が小さいから意識を持たないとされてきたが、体の大きさと脳の大きさの比では哺乳類と変わらない昆虫も存在しており、一概に意識を持たないとは言えない。
多様性と環境への適応を持つ昆虫が新しい時代の突破口となる
殺虫剤の利用が農作物の収量を上げてきたのは確かだが、生態系への負荷増加、耐性菌の出現によるコスト高などの問題を招いている。
害虫も生態系を構成する重要な要因であり、資源と見るべきである。現在の食用昆虫として注目されているの多くは害虫であり、昆虫食は自然と人の新しい共存を模索する重要なツールとなる。
昆虫は面積が小さい部分でも飼育できる、暖かい方が生育しやすいなどの理由から都市部での養殖に適している点も自然との共存に欠かせない。
日本は従来から独自の昆虫食文化があり、昆虫学の研究も多岐にわたって世界トップであり、資源も豊富。害虫の数も多く研究も進んでいるため、昆虫養殖の技術にいかせう部分も多く、日本がリードしていくことも可能。
多様性と環境への適応性を持つ昆虫が新しい時代への突破口となると筆者は期待している。
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