この記事で分かること
ネイチャーポジティブとは:人類の活動によって失われた自然を積極的に回復させ、生物多様性を豊かにしていくという考え方です。
取り組み内容:TNFD評価を包含したサステナビリティ分析、ネイチャーテック技術、地域レベルの自然資本評価回復技術の社会実装を目指しています。
TNFD評価とは:企業が事業活動における自然との関わりを理解し、それらが財務に与える影響を透明化するための指標のことです。
サーキュラーテクノロジー実装研究センター
産業技術総合研究所(産総研)は、2025年4月に「実装研究センター」を新設し、社会課題の解決に向けた技術の社会実装を加速する取り組みを開始しました。
https://www.aist.go.jp/aist_j/news/au20250401_2.html
産総研の第6期中長期目標では、「エネルギー・環境・資源制約への対応」「人口減少・高齢化社会への対応」「レジリエントな社会の実現」の3つの社会課題の解決が掲げられています。
これらの課題に取り組むため、7つの実装研究センターが設立され、所内の研究成果を結集し、産総研の総合力を最大限に生かした研究開発を推進していくとしています。
今回は7つの実装研究の一つである「ネイチャーポジティブ技術」についての解説となります。
ネイチャーポジティブ技術とは何か
ネイチャーポジティブ(Nature Positive)とは、人類の活動によって失われた自然を回復させ、生物多様性を豊かにしていくという考え方です。
単に自然への悪影響を減らすだけでなく、積極的に自然を増やし、健全な状態に戻していくことを目指します。
そして、このネイチャーポジティブを実現するための技術全般を指す言葉が「ネイチャーポジティブ技術」です。産総研では、この目標に向けて様々な研究開発を進めている、というわけです。
具体的なネイチャーポジティブ技術
- 自然再生・回復技術: 劣化した生態系を修復したり、失われた自然環境を再生したりする技術(例:植林技術、湿地再生技術)。
- 環境負荷低減技術: 企業の生産活動や人々の生活から生じる環境への負荷を減らす技術(例:CO2回収・貯留技術、省エネルギー技術、汚染物質分解技術)。
- 持続可能な資源利用技術: 再生可能エネルギーの利用や、資源を効率的に循環させるための技術(例:バイオマスエネルギー技術、リサイクル技術)。
- 生態系モニタリング・評価技術: 生物多様性の状況を把握し、保全対策の効果を評価するための技術(例:環境DNA解析技術、リモートセンシング技術)。
- 自然共生型インフラ技術: 自然の機能を活用したインフラ整備技術(例:グリーンインフラ)。

人類の活動によって失われた自然を回復させ、生物多様性を豊かにしていくという考え方であるネイチャーポジティブを実現するための技術がネイチャーポジティブ技術と呼ばれます。
産総研でのどのような取り組みがあるのか
産総研のネイチャーポジティブ技術とは、生物多様性を含む自然資本の保全と回復に貢献する、産総研が持つ様々な技術シーズを組み合わせた統合的な技術群を指します。
社会実装を目指している技術
- TNFD評価を包含したサステナビリティ分析の社会実装: 企業などが自然資本への依存や影響を評価し、情報開示するための技術や手法の開発。TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の提言に沿った分析を可能にすることを目指しています。
- 企業課題解決に向けたネイチャーテック技術の社会実装: 企業の事業活動における自然資本の保全・回復に関する課題を解決するための技術開発。例えば、生態系モニタリング技術、自然再生技術、環境負荷低減技術などが含まれます。
- 地域レベルの自然資本評価回復技術の社会実装: 地域における自然資本の状態を評価し、回復のための施策を支援する技術開発。地域の特性に応じた自然資本の価値評価や、地域主体による保全活動を促進する技術などが含まれます。
具体的な技術開発や取り組み
- 環境DNA解析技術: 水や土壌中に含まれる生物のDNAを解析することで、そこに生息する多様な生物を効率的に把握する技術。生物多様性の評価やモニタリングに活用されます。
- 発電型バイオ炭生産技術: 熱電変換ユニットと断熱材を組み合わせた炭化炉により、バイオ炭の生産性を向上させるとともに、廃熱を利用して発電する技術。CO2の固定化と未利用バイオマスの活用を両立します。
- 自然資本データベースの構築: 地質調査総合センターを中心に、自然資本に関する様々なデータを集積・分析し、評価や意思決定に役立つ情報基盤を整備しています。
- ナノプラスチック挙動の解明: 土壌中におけるナノプラスチックの凝集性や吸着性を明らかにし、生態系への影響評価に貢献する研究。
これらの技術開発を通じて、産総研はネイチャーポジティブ社会の実現に向けた科学的・技術的な貢献を目指しています。

産総研では、TNFD評価を包含したサステナビリティ分析、ネイチャーテック技術、地域レベルの自然資本評価回復技術の社会実装を目指しています。
TNFD評価とは何か
NFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)評価とは、企業や金融機関が、その事業活動が自然資本や生物多様性に与える影響と、自然資本や生物多様性への依存によって生じる財務上のリスクや機会を評価し、開示するための国際的な枠組みです。
TNFD評価の目的は、世界の資金の流れを、自然にとってマイナスの影響を与える活動から、ポジティブな影響を与える活動へと転換させることにあります。
企業が自然関連のリスクと機会を適切に評価し、開示することで、投資家や金融機関はより情報に基づいた意思決定を行い、持続可能な経済への移行を促進することが期待されています。
TNFD評価のフレームワークは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のフレームワークを参考に、以下の4つの柱と14の開示推奨項目で構成されています。
ガバナンス(Governance): 自然関連の依存、影響、リスク、機会に関する組織のガバナンス体制を開示します。
- 取締役会の監督
- 経営者の役割
- 組織図
戦略(Strategy): 自然関連の依存、影響、リスク、機会が、組織の事業、戦略、財務計画に与える影響を開示します。
- 自然関連の依存と影響、リスクと機会の特定と評価
- 事業、戦略、財務計画への影響
- シナリオ分析
- 移行計画
リスクと影響の管理(Risk and Impact Management): 自然関連の依存、影響、リスク、機会を特定、評価、管理するための組織のプロセスを開示します。
- プロセス
- リスク管理システムとの統合
指標と目標(Metrics and Targets): 自然関連の依存、影響、リスク、機会を評価し管理するために使用される指標と目標を開示します。
- 指標
- 目標
TNFDは、このフレームワークに沿って企業が情報を開示する際に、LEAP(Locate, Evaluate, Assess, Prepare)アプローチという4段階の評価プロセスを用いることを推奨しています。
- Locate(発見): 組織と自然との接点(事業活動が自然に依存している場所や、自然に影響を与えている場所)を特定します。
- Evaluate(診断): 特定された接点における、自然への依存と影響を評価します。
- Assess(評価): 評価結果に基づき、組織にとっての自然関連のリスクと機会を評価します。
- Prepare(準備): 評価結果に基づいて、リスクに対応し、機会を活かすための戦略を策定し、開示の準備を行います。

TNFD評価は、企業が事業活動における自然との関わりを理解し、それらが財務に与える影響を透明化するための指標で、より持続可能な経営を促進し、自然資本の保全と回復に貢献していくことを目指すためのものです。
具体的な評価項目や方法
TNFD評価では、企業が自然資本や生物多様性との関わりを多角的に評価するために、様々な視点や指標が用いられます。具体的には、以下の様な評価の側面があります。
1. 自然への依存と影響の評価
- 事業活動が依存している自然資本と生態系サービス: 例えば、農業における水や土壌、林業における森林資源、漁業における水産資源などが挙げられます。これらの資源の量や質、持続可能性を評価します。
- 事業活動が自然に与える影響(インパクト):
- 直接的な影響: 土地利用の変化(森林破壊、農地開発など)、汚染(水質汚染、大気汚染、土壌汚染)、資源の枯渇、外来種の侵入など。
- 間接的な影響: サプライチェーンを通じた影響、製品の使用や廃棄による影響など。
- 影響の度合い: 影響の範囲( локальный か глобальный か)、規模( количественный な影響)、可逆性(回復可能かどうか)、深刻度などを評価します。
2. 自然関連のリスクと機会の評価
- 自然関連のリスク:
- 物理的リスク: 気候変動による異常気象(洪水、干ばつ、熱波など)、自然災害の増加、生態系の劣化による資源の減少や不安定化など。
- 移行リスク: 政策や規制の変更(自然保護区の拡大、排出規制の強化など)、技術の変化(代替技術の開発)、市場や消費者の嗜好の変化(持続可能な製品への需要の高まり)、評判リスクなど。
- 訴訟リスク: 環境破壊などに関する訴訟のリスク。
- 自然関連の機会:
- 新たな市場や製品・サービスの開発: 自然共生型の製品やサービス、環境修復技術、再生可能エネルギー関連事業など。
- 効率性の向上とコスト削減: 省資源化、廃棄物削減、自然エネルギーの活用など。
- レジリエンスの強化: 生態系の保全による自然災害リスクの低減、サプライチェーンの安定化など。
- 企業価値と評判の向上: 環境への配慮を示すことによるブランドイメージの向上、投資家からの評価向上など。
3. 評価に用いられる指標の例
TNFDは、企業が上記のリスクと機会、依存と影響を評価・開示するための指標の例を示しています。これらは、グローバルコア開示指標と、より詳細な評価のための追加ガイダンスに含まれる指標に分かれています。
グローバルコア開示指標の例
- 総面積のフットプリント: 組織の事業活動に関連する土地利用の変化の総面積。
- 陸上・淡水・海洋の保全地域または生態系価値の高い地域における事業活動の範囲: 事業活動が、保護地域や生物多様性にとって重要な地域にどの程度及んでいるか。
- 水ストレスの高い地域からの水の取水と消費量: 水資源が逼迫している地域での事業活動における水の利用状況。
- GHG排出量: 気候変動と生物多様性の関連性から、GHG排出量も重要な指標となります。
- 廃棄物処理量と種類: 廃棄物が自然環境に与える影響を評価するための指標。
より詳細な評価のための指標の例
- 特定の生態系サービスの評価: 例えば、受粉サービスへの依存度や、水質浄化機能への影響など。
- 生物多様性の状態を示す指標: 特定の種の個体数変化、生息地の質の変化など。
- 汚染物質の排出量と環境中の濃度: 水質、大気、土壌への具体的な汚染物質の排出量とその影響範囲。
- 資源の持続可能な利用に関する指標: 持続可能な認証を受けた資源の利用割合など。

TNFD評価では、自然への依存と影響の評価や自然関連のリスクと機会の評価を様々な視点から、評価が行われます。企業は、自社の事業の特性や自然との関わりに合わせて、これらの指標や評価手法を適切に選択し、情報開示を行うことが求められます。
コメント