産総研による環境負荷低減技術の取り組み どのような取り組みがあるのか?ナノマテリアルの安全評価とは?

この記事で分かること

  • 環境負荷低減技術取り組み:カーボンニュートラル・脱炭素技術、資源循環技術、環境リスク評価・低減技術、低環境負荷製造プロセス技術の開発や社会実装をおこなっています。
  • ナノマテリアルの安全評価が必要な理由:ナノマテリアルは、従来の化学物質とは異なる挙動を示す可能性があり、その安全性については十分に解明されていない点も多くなっています。

産総研による環境負荷低減技術の取り組み

 産業技術総合研究所(産総研)は、2025年4月に「実装研究センター」を新設し、社会課題の解決に向けた技術の社会実装を加速する取り組みを開始しました。

 https://www.aist.go.jp/aist_j/news/au20250401_2.html

 産総研の第6期中長期目標では、「エネルギー・環境・資源制約への対応」「人口減少・高齢化社会への対応」「レジリエントな社会の実現」の3つの社会課題の解決が掲げられています。

 これらの課題に取り組むため、7つの実装研究センターが設立され、所内の研究成果を結集し、産総研の総合力を最大限に生かした研究開発を推進していくとしています。

 今回は7つの実装研究の一つである「ネイチャーポジティブ技術」の環境負荷低減技術ついての解説となります。

どのような取り組みをしているのか

 産総研は、産業技術の発展と環境負荷低減の両立を目指し、多岐にわたる研究開発を進めています。特に「ゼロエミッション社会」の実現を掲げ、地球温暖化対策、資源の有効利用、環境リスクの評価・低減といった分野で様々な技術開発に取り組んでいます。

1. カーボンニュートラル・脱炭素技術

 地球温暖化の主要因である温室効果ガス、特にCO2の排出量削減・回収・有効利用に関する技術開発に注力しています。

  • CO2分離・回収・利用(CCUS/Carbon Capture, Utilization and Storage)技術
    • 高効率なCO2分離膜・吸収液・固体吸収材の開発: 発電所や工場から排出されるCO2を効率的に分離・回収するための膜や、CO2を吸収する液体・固体材料の研究開発を進めています。大気中のCO2を直接回収するDAC(Direct Air Capture)技術の研究も行っています。
    • CO2の資源化(カーボンリサイクル): 回収したCO2を燃料(合成燃料)、化学品(ウレタン原料など)、セメントなどの有用な製品に変換する技術(カーボンリサイクル)の開発を進めています。
    • 風化促進技術: 天然の鉱石がCO2と結合して炭酸塩になる「風化」という現象を促進させ、CO2を土壌や建材などに固定する技術の研究開発も行われています。
  • 再生可能エネルギーの導入拡大・利用効率化
    • 高効率太陽光発電技術: 太陽光発電のさらなる高効率化、信頼性向上、そして様々な用途への応用(太陽光で動く車やドローンなど)に関する研究を行っています。
    • 高性能な風力発電技術: 風車の高性能化や、洋上風況計測技術の開発などに取り組んでいます。
    • 地熱エネルギー利用技術: 従来の地熱発電の適正利用に加え、超臨界地熱などの革新的な地熱技術の開発を進めています。
    • 水素・アンモニア技術: 利用時にCO2を排出しない水素やアンモニアの製造(クリーン水素)、輸送・貯蔵、そして利用に関する技術開発を進めています。燃料電池やアンモニア燃焼技術などが含まれます。
  • 省エネルギー技術
    • 熱電変換技術: 未利用の廃熱から電気エネルギーを高効率で回収する熱電変換技術の開発を進めています。
    • 次世代熱利用技術: 燃料電池からの排熱利用や、高効率なエンジンの開発など、熱エネルギーの有効利用に関する技術開発を行っています。
    • SiC(炭化ケイ素)を用いた電力変換機器: 高効率な電力変換機器の開発により、電力損失を低減し、省エネルギー化に貢献します。
    • 地中熱利用システム: 地中の熱を利用した空調システムなど、エネルギー消費を大幅に削減する技術の開発に取り組んでいます。

2. 資源循環技術

 廃棄物を減らし、資源の有効利用を促進するための技術開発です。

  • レアメタル・貴金属のリサイクル: リチウムイオン電池(LIB)、希土類磁石、触媒などに含まれるレアメタルや貴金属を、高効率かつ低環境負荷で分離・回収する技術を開発しています。特に、都市鉱山からの資源回収の効率化・自動化を目指す取り組みも進んでいます。
  • 廃プラスチックのケミカルリサイクル: 廃棄プラスチックを化学的に分解し、純度の高いプラスチック原料やモノマーを再生する技術の研究開発を行っています。これにより、プラスチックの水平リサイクル(元の製品と同じ品質の原料に戻すこと)を可能にすることを目指しています。
  • バイオマスからの資源生産: 未利用バイオマス(農業残渣、木質廃材など)から、バイオ炭(土壌改良材、炭素固定)、バイオ燃料、バイオプラスチックなどの有用な物質を生産する技術の開発を行っています。

3. 環境リスク評価・低減技術

環境汚染物質によるリスクを評価し、その影響を低減するための技術です。

  • 有害化学物質の分解・除去技術: 環境中に排出された有害な化学物質(PFAS、医薬品など)を効率的に分解・除去する技術の開発を行っています。
  • ナノマテリアルの安全性評価: ナノ粒子などの新素材が環境や人体に与える影響を評価し、安全な利用のためのガイドライン策定に貢献しています。
  • 産業保安技術: 産業事故の防止や、万一の事故発生時の被害を最小限に抑えるための技術やシステムの開発を行っています。

4. 低環境負荷製造プロセス技術

製造プロセスそのものの環境負荷を低減する技術です。

  • グリーンサステナブル半導体製造技術: 半導体製造プロセスにおけるCO2排出量やエネルギー消費量を削減し、持続可能な製造を実現するための技術開発に取り組んでいます。
  • 低環境負荷めっき代替技術: 六価クロムなど有害物質を使用しない、セラミックコーティングなどの低環境負荷な代替技術を開発し、精密機械部品などへの応用を進めています。
  • 低環境負荷な機能性材料の開発: 製造時の環境負荷が低い新たな素材(例:低環境負荷カーボンナノチューブ複合セルロース繊維)の開発も行われています。

産総研は、「ゼロエミッション社会」の実現を掲げ、カーボンニュートラル・脱炭素技術、資源循環技術、環境リスク評価・低減技術、低環境負荷製造プロセス技術の開発や社会実装をおこなっています。

ナノマテリアルの安全性評価が必要な理由

 ナノマテリアルの安全性評価とは、非常に小さなサイズ(通常1~100ナノメートル)の粒子であるナノマテリアルが、ヒトの健康や環境に与える潜在的な影響を科学的に評価することです。

 ナノマテリアルは、その独特な物性(大きな比表面積、高い反応性など)から、多くの産業分野で革新的な製品開発に貢献しています。

 例えば、化粧品の日焼け止め、塗料、電子部品、医療分野など、幅広い製品に応用されています。しかし、その小ささゆえに、従来の化学物質とは異なる挙動を示す可能性があり、その安全性については十分に解明されていない点も多いのが現状です。

なぜ安全性評価が必要か

 ナノマテリアルの安全性評価が必要とされる主な理由は以下の通りです。

  1. バルク(通常の大きさ)物質との性質の違い
    • 同じ物質でも、ナノサイズになると、比表面積が飛躍的に大きくなり、反応性が高まります。
    • 生体内に取り込まれやすくなる可能性や、従来の物質では見られなかった毒性を示す可能性があります。
    • 例: 酸化チタンは顔料として一般的に安全とされていますが、ナノサイズの酸化チタンは紫外線吸収能が高まる一方で、生体への影響が懸念される場合があります。
  2. 生体内での挙動の不確実性
    • ナノ粒子は、通常の粒子よりも体内の様々な部位(肺、脳、血液、消化器など)に到達しやすい可能性があります。
    • 体内での吸収、分布、代謝、排泄(ADME)の経路が、従来の物質とは異なる可能性があります。
    • 特に、繊維状のナノマテリアルは、アスベストのように肺に沈着し、炎症や発がん性を示す可能性が指摘されています。
  3. 環境中での挙動の不確実性
    • 環境中(水、土壌、大気)に放出されたナノマテリアルが、どのように挙動し、生物や生態系に影響を与えるのか、まだ十分に解明されていません。
    • 凝集・分散の仕方、分解性、他の物質との相互作用などが、その環境動態や影響を左右します。
  4. 法規制の整備の遅れ
    • 新しい技術分野であるため、ナノマテリアルに特化した包括的な法規制や評価基準の整備が、技術開発のスピードに追いついていないのが現状です。そのため、事前に安全性を評価し、リスクを管理することが重要となります。

ナノマテリアルは、その独特な物性(大きな比表面積、高い反応性など)から、多くの産業分野で利用されている反面、その小ささゆえに、従来の化学物質とは異なる挙動を示す可能性があり、その安全性については十分に解明されていない点も多くなっています。

安全性評価の産総研の取り組みは何か

ナノマテリアルの安全性評価は、主に以下の要素から構成されます。

  1. 有害性評価 (Hazard Assessment)
    • ナノマテリアルが生体(細胞、動物モデル、ヒト)や環境(水生生物、土壌生物など)にどのような悪影響を与える可能性があるかを調べます。
    • in vitro試験: 細胞レベルでの毒性(細胞死、炎症反応、遺伝子損傷など)を評価します。
    • in vivo試験: 動物を用いた吸入、経口、経皮などの経路からの曝露試験を行い、臓器への影響、炎症、がん原性、生殖発生毒性などを評価します。
    • 生態毒性試験: 水生生物(藻類、ミジンコ、魚類など)や土壌生物(ミミズなど)に対する影響を評価します。
    • 産総研の取り組み:
      • 代表的なナノ材料(カーボンナノチューブ、二酸化チタン、フラーレンなど)を対象に、信頼性の高い有害性評価データの取得とリスク評価書の策定を行っています。
      • 細胞試験や動物試験を通じて、ナノ粒子の大きさ、形状、表面特性などが生体影響に与える影響を詳細に研究しています。
      • 最近では、セルロースナノファイバー(CNF)のような、環境に優しいバイオマス由来のナノマテリアルの安全性評価にも力を入れ、評価書を公開しています。これは、CNFの社会実装を後押しし、CO2排出量削減にも貢献するものです。
  2. 曝露評価 (Exposure Assessment)
    • ナノマテリアルが、製造・使用・廃棄の各段階で、どの程度ヒトや環境に放出され、どれくらいの量が曝露される可能性があるかを推定します。
    • 作業環境での気中濃度測定、環境中での濃度測定、製品からの放出量評価などを行います。
    • 産総研の取り組み:
      • 製造・使用現場の作業環境調査や模擬排出試験を通じて、ナノ材料の排出経路や曝露に関する情報を整理し、排出・曝露評価書を策定しています。
      • 気中・液中でのナノマテリアルの計測手法や分散性の評価手法を開発しています。
  3. リスク評価 (Risk Assessment) & リスク管理 (Risk Management)
    • 有害性評価と曝露評価の結果を統合し、実際に健康や環境へのリスクがあるのかを評価します。
    • リスクが確認された場合、それを低減するための管理策(作業環境改善、保護具の着用、廃棄物処理方法の改善など)を検討・実施します。
    • 産総研の取り組み:
      • リスク評価手法の構築、事業者による自主管理のための評価手法の展開、行政による管理のためのフレームワーク構築など、多岐にわたる研究を行っています。
      • リスク評価書やガイドラインの策定を通じて、産業界や行政が適切な安全対策を講じるための科学的根拠を提供しています。

産総研では、生態や人体への有害性評価、暴露量の定量化、リスク評価などを検討しています。

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