この記事で分かること
- 研究室の規模とキャリアパスの関係:大規模な研究室で訓練を受けた学生の学術界への「残留率」は低いが、大規模な研究室出身の学生は、学術的成功を収める可能性が高いという関係があります。
- 大きい研究室で残留率が下がる理由:競争が激しく、ポジションが少ない、教育機会の少なさ、高いプレッシャーなどで学術界以外の道を選ぶ割合が高くなる可能性があります。
研究室の規模とキャリアパスの関係
博士課程学生の学術界での成功に研究室の規模が影響することが近年の研究で注目されています。
主なポイントは以下の通りです。
- 大規模な研究室で訓練を受けた学生の「残留率」は低い: 1980年代から1995年までの期間において、大規模なグループで訓練を受けた研究者の学術界への残留率は、小規模なグループで訓練を受けた研究者に比べて38〜48%低いという結果が出ています。これは、大規模な研究室では競争が激しく、途中で学術界を離れる学生が多いことを示唆しています。
- 大規模な研究室出身の学生は、学術的成功を収める可能性が高い: しかしながら、大規模な研究室で訓練を受け、学術界に残った科学者は、平均被引用数の高い論文を出版し、被引用数の上位に入る可能性が高いことが示されています。これは、大規模な研究室ではより多くの資源、ネットワーク、指導の機会があるため、学術的アウトプットの質が高まる可能性があることを示唆しています。
- メンターからの指導の重要性: 大規模な研究室の学生が成功を収める場合、彼らがメンターから多大な注目を受けていたことが示唆されています。特に、メンターが最終著者となる論文で、学生が筆頭著者となる論文を多く出版している傾向が見られます。
このニュースは、博士課程の学生が自身のキャリアパスを考える上で、研究室の規模や指導体制を考慮することの重要性を示唆しています。
また、大学や研究機関にとっては、博士人材の育成において、単に研究室の規模だけでなく、個別の指導やサポート体制の充実に焦点を当てる必要性があることを示しています。
大きい研究室で残留率が下がる理由は何か
大規模な研究室で訓練を受けた博士課程学生の学術界での「残留率」が低くなる理由については、いくつかの複合的な要因が考えられます。
- 競争の激化と限られたポジション
- ポストの相対的な少なさ: 学術界における研究職(ポスドク、助教、准教授など)は、常に需要と供給のバランスが崩れており、非常に競争率が高いです。大規模な研究室には多くの博士課程学生やポスドクが在籍するため、全員が学術界に残ることは物理的に不可能です。
- 学術界外の選択肢への誘引: 大規模な研究室、特に産業界との連携が強い分野では、学生が企業の研究開発職など、学術界外の魅力的なキャリアパスに触れる機会が多くなります。学術界の不安定さや厳しい競争を考慮し、より安定した企業でのキャリアを選択する学生が増える可能性があります。
- 個別の指導・注目度の分散
- 指導の質のばらつき: 大規模な研究室では、指導教員(PI)が多くの学生やポスドクを抱えているため、個々の学生に割ける時間や注目度が物理的に少なくなります。これにより、十分な個別指導を受けられず、研究の進捗やキャリアパスに関する悩みを抱え込む学生が出てくる可能性があります。
- 「埋もれる」可能性: 人数の多い環境では、積極的な自己主張や成果のアピールが苦手な学生は、PIの目が行き届きにくく、評価されにくいと感じるかもしれません。これにより、学術界での将来に自信を失い、他分野への転向を考えるケースも考えられます。
- プレッシャーと燃え尽き症候群
- 高い期待値と競争: 大規模な研究室は、一般的に多くの研究費を獲得し、高いレベルの研究成果を出すことが期待されます。そのため、学生にかかるプレッシャーも大きくなる傾向があります。常に高いパフォーマンスを求められる環境は、一部の学生にとって精神的な負担となり、燃え尽き症候群につながる可能性があります。
- 研究室内の競争: 同じ研究室内に多くの学生がいるため、研究テーマや成果の発表、論文執筆などで、否応なしに内部競争が生じることがあります。これがポジティブな刺激になる一方で、過度な競争は学生のモチベーションを低下させ、学術界への意欲を削ぐ原因となることもあります。
- キャリアパスの多様性への認識
- 非学術的なキャリアへの意識向上: 博士号取得者のキャリアパスが、以前にも増して多様化しているという認識が広まっています。大規模な研究室では、業界との接点が多い場合もあり、企業でのキャリアやスタートアップなど、学術界以外の選択肢に関する情報やネットワークが豊富である可能性があります。その結果、より広い視野で自身のキャリアを考えるようになり、学術界以外の道を選ぶ学生が増えることが考えられます。
これらの要因が複雑に絡み合い、大規模な研究室で訓練を受けた博士課程学生が、最終的に学術界以外の道を選ぶ割合が高くなる傾向にあると考えられます。ただし、重要なのは、学術界に残らなかったことが「失敗」を意味するわけではなく、多様なキャリアパスの中から自分にとって最適な道を選んだ結果であるということです。

大規模な研究室は、競争が激しく、ポジションが少ない、教育機会の少なさ、高いプレッシャーなどによって訓博士課程学生が、最終的に学術界以外の道を選ぶ割合が高くなる傾向にあると考えられます。
メンターとは何か
「メンター」とは、特定の分野や経験において知識、経験、知恵を持つ先輩や指導者を指します。
彼らは、自分よりも経験の浅い人、つまり「メンティー」に対して、指導、助言、支援を提供し、その成長や目標達成をサポートする役割を担います。
学術界、特に博士課程学生の文脈では、メンターは主に以下の人を指します。
- 指導教員(PI: Principal Investigator): 博士課程学生にとって最も直接的なメンターであり、研究テーマの指導、研究計画の策定、論文執筆、学会発表、キャリアアドバイスなど、多岐にわたる指導を行います。
- 研究室の先輩やポスドク: 同じ研究室に所属する博士研究員や上級生も、実践的な研究手法や実験のコツ、研究室での振る舞い方、精神的なサポートなど、身近なメンターとして重要な役割を果たすことがあります。
- 学外の専門家: 学会の場で知り合った他大学の教授や、共同研究先の企業の研究者などが、特定の専門知識やキャリアに関するアドバイスを提供するメンターとなることもあります。
メンターが果たす主な役割
メンターは、メンティーの成長を多角的に支援します。具体的な役割は以下の通りです。
- 知識と経験の共有: 自身の専門知識、研究経験、業界の動向などを共有し、メンティーがより深く理解し、実践できるよう手助けします。
- 指導と助言: 研究テーマの方向性、実験計画、データ解析、論文執筆など、研究プロセス全体にわたる具体的な指導やアドバイスを提供します。キャリアパスの選択や、研究者としての倫理観などについても助言を与えることがあります。
- スキル開発の支援: プレゼンテーションスキル、コミュニケーションスキル、問題解決能力など、研究者として必要なスキルの向上を促します。
- ネットワークの提供: 自身の持つ学術界や産業界のネットワークをメンティーに紹介し、新たな機会や協力関係の構築を支援します。
- モチベーションの維持と精神的サポート: 研究生活は困難や挫折も多いため、メンターはメンティーのモチベーションを維持させ、精神的な支えとなる重要な存在です。適切なフィードバックや励ましによって、メンティーが自信を持って前に進めるようサポートします。
- ロールモデル: メンター自身の働き方、研究への姿勢、キャリアの歩みなどが、メンティーにとっての模範(ロールモデル)となり、将来のイメージを具体化する手助けとなることもあります。
学術界におけるメンターの存在は、博士課程学生が研究者として自立し、成功するための鍵となります。良質なメンターシップは、研究成果の向上だけでなく、学生の精神的健康やキャリア満足度にも大きく寄与すると考えられています。

メンターとは、特定の分野や経験において知識、経験、知恵を持つ先輩や指導者のことで、研究成果の向上だけでなく、学生の精神的健康やキャリア満足度にも大きく寄与すると考えられています。
日本でも同じ傾向なのか
日本においても、海外の研究と同様の傾向が見られる可能性が高いと考えるものの、日本の学術界や産業界の構造、博士人材のキャリアパスに対する認識の違いなどから、その影響の出方には多少の差異がある可能性があります。
日本における同様の傾向が考えられる理由
- 学術界のポストの狭き門: 日本でも、大学や研究機関のポストは非常に限られており、競争が激しいのは世界共通の課題です。大規模な研究室は多くの博士課程学生を輩出するため、全員が学術界に残ることは困難であり、結果的に残留率が低下する可能性があります。
- 指導教員(PI)の多忙さ: 大規模な研究室では、PIは多くの学生や研究員の指導、研究費獲得、論文執筆、学会発表など、多岐にわたる業務を抱えています。そのため、個々の学生に対するきめ細やかな指導が行き届きにくいという状況は、日本でも起こりえます。これにより、学生が十分なサポートを受けられないと感じ、学術界以外の道を模索するきっかけになるかもしれません。
- 博士人材のキャリアパスの多様化と不透明さ: 日本でも近年、博士人材のキャリアパスの多様化が政府や産業界から推進されています。しかし、依然として学術界以外のキャリアパスに対する情報が不足していたり、企業側での博士人材の活用方法が確立されていなかったりする課題があります。大規模な研究室は、より多くの情報やネットワークを持つ可能性がある一方で、その情報が学術界以外のキャリアに直結しない場合、学生は不安を感じ、結果的に学術界から離れる選択をする可能性もあります。
- 競争環境とプレッシャー: 大規模な研究室では、研究テーマや成果、共同研究の機会などを巡って、学生間の競争が生じやすい環境にあるのは日本も同様です。このような競争が、学生の精神的負担となり、学術界へのモチベーションを低下させる要因となることも考えられます。
日本特有の考慮すべき点
- 「博士離れ」問題: 日本では、先進国の中でも博士課程への進学者が減少傾向にあり、「博士離れ」が問題視されています。これは、経済的な不安や、博士号取得後のキャリアパスの不透明感が主な要因とされています。このような背景も、研究室の規模に関わらず、学術界への残留率に影響を与えている可能性があります。
- 終身雇用制度との関連: かつての日本企業では終身雇用が一般的であり、博士号取得者が企業に就職した場合、安定したキャリアを築けるという認識が強かったかもしれません。近年は流動性が高まっているとはいえ、学術界の不安定さと比較すると、企業への就職はより安定した選択肢と捉えられやすい傾向があります。
- 産業界の博士人材への評価: 日本の産業界における博士人材の評価は、欧米と比較して十分に確立されていないという指摘もあります。企業によっては、博士号の専門性を活かしきれていないケースや、学部卒・修士卒と初任給やキャリアパスに大きな差がない場合もあります。
以上のことから、日本においても、大規模な研究室で訓練を受けた博士課程学生の学術界への残留率が低い傾向にある一方で、学術界に残った学生がより高い学術的成果を上げる可能性はあると考えられます。ただし、日本の文脈では、博士人材全体のキャリアパスの課題や、企業における博士号の評価なども複合的に影響していることを考慮する必要があります。

博士課程の少なさや終身雇用の影響があるものの、概ね同じ傾向であると思われます。
コメント