ソニーセミコンダクタソリューションズのSPAD距離センサーの量産開始 SPAD距離センサーとは何か?

この記事で分かること

  • SPAD距離センサーとは:1つの光子も検出できる高感度なSPAD素子と処理回路を積層したセンサーです。レーザー光の往復時間(ToF)を測定し、高精度かつ高速に物体までの距離を3次元で測ります。車載LiDARなどに使われ、自動運転の目として活用が期待されています。
  • 車載LiDARとは:レーザー光を使って周囲の物体との距離、位置、形状を3次元で高精度に計測する技術です。自動運転や先進運転支援システム(ADAS)の「目」として、昼夜問わず車両や歩行者、障害物などを検知し、安全な走行を支援します。
  • 高い感度を持つ理由:わずかな光子(フォトン)が素子に入ると、「アバランシェ増倍」という現象で電子を雪崩式に増幅します。これにより、非常に微弱な光でも大きな電気信号として検出することが可能です。

ソニーセミコンダクタソリューションズのSPAD距離センサーの量産開始

 ソニーセミコンダクタソリューションズは、車載LiDAR向け積層型SPAD距離センサー「IMX479」を2025年秋に量産開始する予定です。

 https://www.sony-semicon.com/ja/news/2025/2025061001.html

 これは、高解像度と高速性を同時に実現する独自のデバイス構造が特徴で、自動運転レベル3以上(L3以上)のモビリティ社会の実現に貢献するとされています。

車載LiDARとは何か

「車載LiDAR」とは、自動車に搭載されるLiDAR(ライダー)システムのことです。LiDARは「Light Detection And Ranging」の略で、レーザー光を使ったリモートセンシング技術によって、物体までの距離や方向、形状を正確に測定する技術です。

LiDARの仕組み

LiDARの基本的な仕組みは以下の通りです。

  1. レーザー光の照射: LiDARシステムは、パルス状のレーザー光を周囲に照射します。
  2. 反射光の受信: 照射されたレーザー光が物体に当たると反射し、その反射光をLiDARのセンサーが受信します。
  3. 距離の測定: レーザー光を照射してから反射光が戻ってくるまでの時間(ToF: Time of Flight)を計測します。光の速度は一定なので、「距離 = (光速 × 経過時間) / 2」の式で物体までの距離を正確に算出できます。
  4. 点群データの生成: 無数のレーザーパルスを様々な方向に照射し、それぞれの反射光から得られた距離情報を点の集まり(点群データ)として収集します。この点群データを組み合わせることで、周囲の環境をリアルタイムに3次元で把握することができます。

車載LiDARの用途

車載LiDARは、主に**自動運転や先進運転支援システム(ADAS)の「目」**として活用されます。

  • 周囲の環境認識: 車両の周囲にある他の車両、歩行者、自転車、障害物、道路標識、車線などを正確に検知し、その位置や形状、距離をリアルタイムで把握します。
  • 3次元マッピング: 取得した点群データから、高精度な3次元マップを作成し、自己位置推定や経路計画に利用します。
  • 危険予測・回避: 衝突の危険がある物体を検知し、警報を発したり、自動ブレーキやハンドル操作を支援したりすることで、運転の安全性向上に貢献します。

車載LiDARのメリット・デメリット

メリット
  • 高精度な3Dデータ取得: 周囲の物体の距離、位置、形状を3次元で非常に高精度に計測できます。
  • 昼夜問わず測定可能: レーザー光を使用するため、夜間や暗い場所でも安定した性能を発揮します。
  • 物体の識別能力: カメラでは難しい段ボールや木材、発泡スチロールなど、反射率の低い物体も検出可能です。
  • 速度情報の取得: 一部のLiDARは、ドップラー効果を利用して物体の相対速度も同時に検出できます。
デメリット
  • 悪天候に弱い: 雨、霧、雪などの悪天候時には、レーザー光が大気中の水分粒子に散乱され、検出精度が低下する可能性があります。
  • 導入コストが高い: 高精度なレーザーや複雑なデータ処理が必要なため、他のセンサー(カメラ、ミリ波レーダーなど)と比較して高価です。ただし、近年は低コスト化が進んでいます。
  • データの取り扱いが複雑: 大量の高精度な点群データを処理するためには、高度なデータ処理技術が必要です。
  • 一部検出しにくい物体: 黒い物体や光沢のある物体、窓ガラス、鏡などは、レーザー光がうまく反射しなかったり透過したりするため、検出しにくい場合があります。

 自動運転の実現には、カメラ、ミリ波レーダー、超音波センサーなど、他のセンサーとLiDARを組み合わせることで、それぞれの弱点を補い合い、より安全で信頼性の高いシステムを構築することが不可欠とされています。

車載LiDARは、レーザー光を使って周囲の物体との距離、位置、形状を3次元で高精度に計測する技術です。自動運転や先進運転支援システム(ADAS)の「目」として、昼夜問わず車両や歩行者、障害物などを検知し、安全な走行を支援します。

積層型SPAD距離センサーとは何か

 「積層型SPAD距離センサー」は、SPAD(Single Photon Avalanche Diode)と呼ばれる受光素子を、複数の半導体チップを積層して構成した距離センサーです。

 特に、ソニーセミコンダクタソリューションズが開発・量産しているものは、車載LiDAR向けとして注目されています。

SPAD(Single Photon Avalanche Diode)とは

 SPADは、「1つの光子(フォトン)でも検出できる」という非常に高い感度を持つフォトダイオードの一種です。入射した光子がSPADの素子に当たると、「アバランシェ増倍」という現象が起こり、雪崩のように電子を増幅させることで、非常に弱い光でも大きな電気信号として検出できます。

積層型SPAD距離センサーの仕組みと特徴

 このSPADを「積層型」にすることで、以下のような特徴とメリットが生まれます。

  1. 測距原理(dToF方式):
    • 光源からレーザー光を対象物に照射します。
    • 対象物で反射して戻ってくる光(光子)をSPADが検出します。
    • レーザー光を照射してから反射光がSPADに到達するまでの時間(Time of Flight: ToF)を非常に高精度に計測します。
    • 光の速度は一定なので、「距離 = (光速 × 経過時間) / 2」の計算で、対象物までの距離を正確に算出します。この方式を「直接Time of Flight(dToF)方式」と呼びます。
  2. 積層構造のメリット:
    • ソニーの積層型SPAD距離センサーは、大きく分けて2つのチップを積層しています。
      • 画素チップ(上部): 光を検出するSPAD画素が配置されています。
      • ロジックチップ(下部): 検出された光子の信号を処理し、距離を算出する回路(測距処理回路)などが配置されています。
    • この積層構造により、以下のメリットが得られます。
      • 高感度・高精度: 1つの光子を検出できるSPADの特性に加え、回路部を画素部の下に配置することで、光を取り込む部分(開口率)を最大化し、光子検出効率を高めています。これにより、遠方の物体や反射率の低い物体でも高精度に検出できます。
      • 高速性: 各画素で検出されたデータを個別に高速処理できるため、高フレームレートでの測距が可能です。
      • 小型化: 画素と処理回路を1チップに集積することで、センサー全体のサイズを小さくできます。これは、車載LiDARの小型化や搭載スペースの制約がある機器への応用で重要です。
      • 低コスト化: 1チップ化により、製造コストの削減にも貢献します。
      • 機能安全性の向上: 車載用途に求められる厳しい環境下(温度変化、振動など)や機能安全規格に対応するための設計が可能です。

主な用途

 現在、積層型SPAD距離センサーは主に車載LiDARでの利用が期待されています。

  • 自動運転・先進運転支援システム(ADAS): 車両の周囲を3次元で高精度に認識し、障害物検知、衝突回避、経路計画などに貢献します。特に、雨や霧などの悪天候時や、夜間でも安定した性能を発揮できる点が強みです。
  • スマートフォン: 近年では、スマートフォンのカメラのオートフォーカス(AF)や、ポートレートモードでの背景ボケ処理などにも活用されています。
  • 産業機器、ロボット: 高精度な距離測定が必要なロボットのナビゲーションや、工場での物体検知など、様々な分野での応用が期待されています。

 ソニーセミコンダクタソリューションズは、CMOSイメージセンサー開発で培った裏面照射型、積層型、Cu-Cu接続などの技術をSPAD距離センサーに応用することで、これらの高性能化を実現しています。

積層型SPAD距離センサーは、1つの光子も検出できる高感度なSPAD素子と処理回路を積層したセンサーです。

レーザー光の往復時間(ToF)を測定し、高精度かつ高速に物体までの距離を3次元で測ります。車載LiDARなどに使われ、自動運転の目として活用が期待されています。

SPADはなぜ感度が高いのか

 SPAD(Single Photon Avalanche Diode)が高い感度を持つ主な理由は、その「アバランシェ増倍」という独特な動作原理にあります。


SPADの高い感度の理由

 SPADは、光の最小単位である「1つの光子(フォトン)」でさえも検出できる、非常に優れた感度を持っています。これは以下の仕組みによって実現されます。

  1. 高電圧印加とブレークダウン寸前の待機:SPADは、半導体のPN接合に、通常よりも高い逆方向電圧(ブレークダウン電圧と呼ばれる特定の電圧)をわずかに超える電圧を印加して動作させます。これは、「ガイガーモード」と呼ばれる状態です。この状態では、ごくわずかなきっかけで電流が急増する準備ができています。
  2. 光子の入射と電子の生成:この準備ができた状態で、光子(フォトン)がSPADの受光部に飛び込んできます。光子は半導体内で吸収され、電子と正孔(ホール)のペア(キャリア)を生成します。
  3. アバランシェ増倍の発生:生成された電子や正孔は、高電圧によって非常に強く加速されます。この加速されたキャリアが半導体内の他の原子に衝突すると、さらに別の電子と正孔のペアを生み出します。この現象が連鎖的に起こり、まるで雪崩のように電子や正孔が爆発的に増幅されます。これが「アバランシェ増倍」です。
  4. 大きな電気信号への変換:わずか1つの光子から発生したキャリアが、このアバランシェ増倍によって瞬時に数万倍から数百万倍にも増幅されるため、非常に大きな電気信号として検出されます。これにより、微弱な光でもノイズに埋もれることなく、明確なデジタルパルスとして検出できるのです。

 この「1つの光子をトリガーとして、雪崩式に電子を増幅させる」メカニズムこそが、SPADが他の一般的なセンサー(CMOSセンサーなど)では捉えきれないような、極めて弱い光(例えば、暗闇の中のわずかな光や、遠くから反射してくる微弱なレーザー光)でも高感度に検出できる最大の理由です。

SPADは、わずかな光子(フォトン)が素子に入ると、「アバランシェ増倍」という現象で電子を雪崩式に増幅します。これにより、非常に微弱な光でも大きな電気信号として検出でき、極めて高い感度を実現しています。

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