この記事で分かること
- 伝送損失とは:電気信号や光信号がケーブルや空間を伝わる際に、熱や放射、散乱などによって信号のエネルギーが減衰する現象です。信号の強度が弱まる度合いを示し、高周波ほど顕著になります。
- 伝送損失を防ぐ方法:低誘電損失材料や高導電率材料の採用、共振器のQ値向上、放射損失を抑える回路・シールド設計、そして高精度な製造技術によって実現されます。
- Q値とは:共振回路の鋭さや選択性を示す指標です。Q値が高いほど、特定の共振周波数の信号を効率良く増幅・通過させ、それ以外の周波数成分を強く除去できます。エネルギー損失の少なさも表します。
高周波フィルターで信号の伝送損失を防ぐ方法
村田製作所は、6Gに向けた高周波フィルターの量産を進めていると発表しています。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00754851
村田製作所が6Gを見据えた技術開発と製品化に積極的に取り組んでいることが伺えます。
今回は高周波フィルターに求められる重要な性能である伝送損失を防ぐ方法についての解説となります。
高周波フィルターとは何か
高周波フィルターは、特定の周波数帯の信号を選び、不要な信号を遮断する電子部品です。携帯電話やWi-Fiなど、様々な電子機器の通信品質を保つ上で不可欠であり、5Gや6Gといった高速通信の要となります。
インダクタ(L)とコンデンサ(C)が持つ周波数によって抵抗値やインピーダンスが変わる特性や、回路の共振現象を利用します。これにより、特定の周波数帯の信号だけが効率良く通過し、それ以外の周波数帯の信号は阻止される仕組みです。
6G向け高周波フィルターでは、サブテラヘルツ/テラヘルツ帯への対応、高Q値による周波数選択性の向上、超低損失化、小型・高集積化、広帯域・多バンド対応、高い温度安定性が特に重要です。
信号の伝送損失を防ぐ方法は
高周波フィルターの低損失化は、主に以下の3つの側面からアプローチされます。
材料の改善
- 低誘電損失材料の採用: 信号が通る基板やフィルター内部の誘電体(絶縁体)の誘電損失を極力抑えることが重要です。誘電正接(tanδ)が非常に小さい材料(例:フッ素樹脂(PTFE)、液晶ポリマー(LCP)、特定のセラミックス材料など)が開発・採用されています。これにより、誘電体中で熱として失われるエネルギーを減らします。
- 高導電率材料の使用と表面処理: 信号が流れる導体部分の抵抗損失を減らすため、抵抗の低い銅が一般的に使われます。さらに、高周波で顕著になる表皮効果による実効抵抗の増加を抑えるため、導体の表面に銀メッキや金メッキを施して導電率を高めることがあります。また、複数の細い導線を絶縁して束ねたリッツ線なども表皮効果対策として用いられることがあります。
構造・設計の最適化
- 共振器のQ値向上: フィルターは共振器の組み合わせで構成されることが多く、この共振器のQ値が高いほど損失が少なくなります。共振器の形状やサイズ、配置を最適化することで、Q値を最大限に引き出します。
- 放射損失の抑制: 回路設計において、信号の放射を最小限に抑えるように配線パターンやシールドを最適化します。例えば、グランドプレーンの適切配置、シールドケースの使用、伝送線路のインピーダンス整合などが挙げられます。
- 小型化・高集積化: 物理的に信号経路を短くすることで、伝送損失を全体的に低減できます。また、異なる機能を一つのパッケージに集積することで、接続部分での損失を減らすこともできます。
製造プロセスの高度化
- 高精度な加工技術: 高周波ではわずかな寸法のずれや表面の粗さが特性に大きく影響します。そのため、微細加工技術や表面平滑化技術など、高い加工精度が求められます。
- 高信頼性の接続技術: 部品間の接続部での損失も無視できません。半田付けやボンディングなど、接続抵抗を極力低く抑えるための技術が重要になります。
村田製作所が開発している「XBAR(eXtended Bulk Acoustic Resonator)」技術などは、特定の誘電体材料と微細加工技術を組み合わせることで、高周波帯域でのフィルターの高性能化と低損失化を両立させるアプローチの一つです。

フィルターの低損失化は、低誘電損失材料や高導電率材料の採用、共振器のQ値向上、放射損失を抑える回路・シールド設計、そして高精度な製造技術によって実現されます。
Q値とは何か
Q値(Quality factor:品質係数)は、共振回路や振動体におけるエネルギーの蓄積効率を示す無次元量です。簡単に言うと、共振の「鋭さ」や「選択度」を表す指標となります。
- Q値が高い:
- 共振が非常に鋭く、特定の周波数(共振周波数)に非常に近い信号だけを強く共振させ、それ以外の周波数の信号を効果的に減衰させます。
- エネルギーの損失が少ないことを意味します。蓄えられるエネルギーに対して、1周期あたりの散逸(消費)されるエネルギーが非常に少ない状態です。
- 高周波フィルターにおいては、Q値が高いほど、目的の信号帯域だけを正確に選び出し、隣接する不要な信号やノイズを効果的に除去できる、高性能なフィルターであることを示します。これは「低損失」にもつながります。
- Q値が低い:
- 共振がなだらかで、幅広い周波数帯域にわたって共振します。
- エネルギーの損失が大きいことを意味します。
- フィルターとしては、周波数選択性が低く、目的の信号帯域以外も通過させてしまったり、減衰させきれなかったりする傾向があります。
高周波フィルターにおけるQ値の重要性
高周波フィルターでは、特定の周波数帯(例えば、Wi-Fiや携帯電話の特定のチャンネル)の信号だけを正確に「通過」させ、それ以外の信号を「遮断」する必要があります。この「正確さ」や「鋭さ」がQ値で評価されます。
特に、5Gや6Gのような次世代通信では、利用される周波数帯が非常に高くなり、かつ多くの周波数帯が密集して利用されるため、フィルターには極めて高いQ値が求められます。Q値が高いほど、隣り合う周波数帯同士の干渉を防ぎ、効率的な周波数利用と高品質な通信を実現できます。

Q値(品質係数)は、共振回路の鋭さや選択性を示す指標です。Q値が高いほど、特定の共振周波数の信号を効率良く増幅・通過させ、それ以外の周波数成分を強く除去できます。エネルギー損失の少なさも表します。
共振が鋭いほど選択性や増幅性が増加する理由は
共振が鋭いほど、つまりQ値が高いほど、選択性と増幅性が増加するのは、共振回路が持つエネルギーの効率と周波数応答特性によるものです。
選択性が増加する理由
- 狭い帯域幅: Q値が高いということは、共振曲線の「山」が非常に急峻で、ピークの幅(半値幅、または-3dB帯域幅)が狭いことを意味します。
- 共振周波数から少しでもずれた周波数の信号に対しては、回路のインピーダンスが急激に変化し、効率的にエネルギーを伝達できなくなります。
- 結果として、目的の共振周波数にごく近い信号だけを非常に強く通過させ、隣接する周波数の信号は効果的に減衰させることができます。
- 不要な信号の除去: 無線通信などでは、複数の信号が異なる周波数で飛び交っています。Q値が高いフィルターは、その中から目的の信号だけをピンポイントで選び出し、ノイズや他の信号の干渉を強力に排除する能力に優れています。
増幅性が増加する理由
- エネルギーの蓄積効率: Q値は「蓄えられたエネルギー」と「1周期あたりに消費されるエネルギー」の比で表されます。Q値が高いほど、回路内でエネルギーがほとんど消費されずに効率的に蓄えられ、共振器内に留まる時間が長くなります。
- 共振による電圧/電流の増大: RLC共振回路(抵抗、インダクタ、コンデンサ)を例にとると、直列共振回路では、共振周波数においてインダクタとコンデンサのリアクタンスが互いに打ち消し合い、回路全体のインピーダンスが抵抗成分Rのみと極めて小さくなります。このとき、電源電圧に対して非常に大きな電流が流れます。この大きな電流がインダクタやコンデンサに流れることで、それらの素子にかかる電圧が入力電圧のQ倍にまで増幅されることがあります。
- 同様に、並列共振回路では、共振周波数で回路全体のインピーダンスが極めて大きくなり、入力電流に対して大きな電圧が発生します。
- 信号エネルギーの集中: 入力された信号エネルギーが、共振周波数に一致する場合にのみ効率的に回路内に蓄積・集中し、その結果として電圧や電流の振幅が大きく増大します。これは、共振回路が一種の「エネルギー増幅器」として機能していると見なせます。
したがって、共振が鋭い(Q値が高い)ほど、フィルターは目的の周波数帯だけを正確に選び出し(高い選択性)、その選ばれた信号のエネルギーを効率的に集めて大きくする(高い増幅性)ことができるため、高感度な受信機や高性能なフィルター、発振器の実現に不可欠な要素となります。

共振が鋭いほど、共振周波数から少しずれた信号を強力に減衰させるため、特定の周波数だけを選び出す選択性が高まります。また、エネルギー損失が少なく、効率的にエネルギーが蓄積されるため、共振周波数における信号の増幅性も向上します。
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