この記事で分かること
- 鴻海精密工業とは:台湾を拠点とする世界最大の電子機器受託製造サービス(EMS)企業です。AppleのiPhoneなど、世界中の大手メーカーから製品の製造を受託しています。
- EMSの利点:自社で工場を持たずに済むため、高額な設備投資や人件費を削減でき、研究開発や販売といったコア事業に経営資源を集中できる点が最大の利点です。
- 売却の理由:提携していたEV新興企業、ローズタウン・モーターズが経営破綻したためです。主要顧客を失い、当初の生産計画が頓挫した結果、工場の稼働が低迷しました。
鴻海精密工業のオハイオ州電気自動車工場の売却
台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業が、米国オハイオ州にある電気自動車(EV)工場を売却したことが明らかになりました。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2025-08-04/T0GZ54GQ1YRY00
この工場はもともと、EVの新興企業であるローズタウン・モーターズから買収したもので、EV生産の拠点として期待されていましたが、稼働が低迷していました。
鴻海精密工業はどんな会社か
鴻海精密工業は、台湾に本社を置く世界最大の電子機器受託製造サービス(EMS)企業です。「フォックスコン(Foxconn)」というブランド名でも知られています。
その事業内容は多岐にわたり、以下のような特徴があります。
- 世界最大のEMS企業: AppleのiPhoneやiPadをはじめ、ソニーのPlayStation、マイクロソフトのXboxなど、世界中の大手IT・電子機器メーカーから製品の製造を受託しています。
- 幅広い製造品目: スマートフォンやタブレット端末だけでなく、パソコン、薄型テレビ、ゲーム機など、様々な電子機器の製造を手掛けています。
- グローバルな生産ネットワーク: 中国、インド、日本、ベトナム、米国など、世界各地に研究開発と製造拠点を持ち、巨大なサプライチェーンを構築しています。
- 多角的な事業展開: 近年では、従来のEMS事業に加え、電気自動車(EV)や半導体、AIサーバー、ロボットといった新たな分野にも進出しています。
- グループ企業: 日本のシャープを子会社化するなど、M&Aを通じてグループの規模を拡大しています。
元々はテレビのプラスチック部品を製造する小さな会社でしたが、パソコン部品の製造を経て、EMS分野で急速に成長しました。現在では、単なる製造請負業者にとどまらず、資材調達から設計、物流、アフターサービスまでを一貫して手掛ける「製造のOS」ともいえる存在になっています。

鴻海精密工業は、台湾を拠点とする世界最大の電子機器受託製造サービス(EMS)企業です。AppleのiPhoneなど、世界中の大手メーカーから製品の製造を受託しており、「フォックスコン」のブランド名で知られています。近年は、EVやAIサーバーなど新分野にも進出しています。
EMSとは何か
EMSとは「Electronics Manufacturing Service」の略で、「電子機器受託製造サービス」のことです。
EMS企業は、自社ブランドを持たないメーカー(ファブレスメーカーなど)から依頼を受けて、電子機器の製造を専門に行う企業です。具体的には、製品の設計から部品調達、組み立て、品質管理、さらには物流やアフターサービスまでを一貫して請け負うのが特徴です。
EMS企業に製造を委託することで、委託元のメーカーは、工場などの製造設備を持たずに済み、研究開発や販売といったコア事業に経営資源を集中させることができます。
鴻海精密工業(フォックスコン)は、このEMS分野において世界最大の企業であり、AppleのiPhoneをはじめ、様々な企業の電子機器の製造を担っています。
EMSの利点
EMS(電子機器受託製造サービス)を利用する主な利点は、以下の通りです。
1. コスト削減
- 設備投資の不要: 自社で高額な製造設備や工場を持つ必要がないため、初期投資を大幅に削減できます。
- 固定費の削減: 工場の維持管理費や人件費といった固定費を抑えることができます。
- スケールメリット: EMS企業は複数の顧客から大量の注文を受けるため、部品の一括大量購入が可能となり、調達コストを下げることができます。
2. コア業務への集中
- 製造プロセスを外部に委託することで、企業は自社の強みである研究開発、製品企画、マーケティング、ブランド構築といった、より付加価値の高いコア業務に経営資源(人材、資金、時間)を集中させることができます。
3. 専門知識とノウハウの活用
- EMS企業は電子機器製造の専門家であり、高度な技術や品質管理のノウハウを蓄積しています。これを活用することで、自社で製造するよりも高品質な製品を、効率的に生産できる可能性があります。
4. 柔軟な生産対応
- 市場の需要変動に合わせて、生産量を柔軟に増減させることが容易になります。
- 多品種少量生産や、新製品の迅速な立ち上げにも対応しやすいという利点があります。
5. リスク分散
- 自社で工場を持つリスク(設備投資の失敗や、自然災害などによる操業停止など)を回避できます。
- 複数のEMS企業と取引することで、特定のリスクを分散することも可能です。

EMSは電子機器の製造を専門に請け負うサービスです。自社で工場を持たずに済むため、高額な設備投資や人件費を削減でき、研究開発や販売といったコア事業に経営資源を集中できる点が最大の利点です。
どんな会社のEVを製造していたのか
鴻海精密工業は、複数の自動車メーカーや新興企業とEV分野で提携を進めています。
これまでにEVの製造に関して協業が明らかになっているのは以下の企業です。
- ローズタウン・モーターズ(Lordstown Motors):
- 米国のEV新興企業。鴻海は、同社からオハイオ州のEV工場を買収し、その工場で同社の電動ピックアップトラック「Endurance」の製造を請け負う契約を締結していました。しかし、ローズタウン・モーターズはその後、経営破綻しました。
- フィスカー(Fisker):
- 米国のEVメーカー。鴻海は、オハイオ州の工場で、フィスカーのコンパクトEV「PEAR」を製造する計画でした。
- 三菱自動車:
- 日本の自動車メーカー。鴻海は、子会社を通じて三菱自動車のEVをOEM(相手先ブランドによる生産)供給する覚書を締結したと発表しました。
また、鴻海は台湾の自動車メーカーである裕隆集団との合弁会社「鴻華先進科技(Foxtron)」を通じて、自社でEVプラットフォームやEVバス、SUVなどを開発・製造しています。
このように、鴻海は単にEVを製造するだけでなく、設計・開発から製造までを請け負う「CDMS(設計・製造受託サービス)」モデルを掲げ、自動車メーカーとの提携を積極的に進めています。

鴻海は、米国のEV新興企業であるローズタウン・モーターズやフィスカーと提携し、EV製造を請け負っていました。また、台湾の裕隆集団との合弁会社を通じて、自社ブランドのEV開発・製造も手掛けています。
EV生産工場の稼働低迷の理由は
鴻海が米国オハイオ州で買収したEV工場の稼働が低迷した主な理由は、提携していたEV新興企業「ローズタウン・モーターズ」の経営破綻です。
具体的には、以下の経緯がありました。
- ローズタウン・モーターズとの提携:鴻海は、EV生産の足がかりとして、ローズタウン・モーターズからオハイオ州のEV工場を買収しました。この工場で、ローズタウン・モーターズの電動ピックアップトラック「Endurance」を製造する契約を結びました。
- ローズタウン・モーターズの経営難:しかし、ローズタウン・モーターズはその後、株価の低迷や生産計画の未達などにより経営が悪化。鴻海からの追加出資も不透明になり、最終的に連邦破産法11条の適用を申請し、事実上の経営破綻に追い込まれました。
- EV生産計画の頓挫:ローズタウン・モーターズの破綻により、主要な顧客を失った鴻海のEV工場は、当初予定していた生産計画を実行できなくなりました。別のEVメーカーであるフィスカーとの協業計画もありましたが、こちらも具体的に進展せず、工場の稼働率は低迷したとみられます。
このように、鴻海はパートナー企業の経営破綻という予期せぬ事態に直面し、EV事業の拡大戦略に影響が出た形です。この状況が、EV工場を売却し、より成長が見込まれるAI分野に経営資源を集中させるという判断につながったと考えられます。

鴻海が提携していたEV新興企業、ローズタウン・モーターズが経営破綻したためです。主要顧客を失い、当初の生産計画が頓挫した結果、工場の稼働が低迷しました。
AI分野ではどんな製品を製造するのか
鴻海がAI分野で注力しているのは、主に「AIサーバー」です。AIサーバーは、AIの学習や推論に必要な大量のデータを高速で処理するために、高性能なGPU(画像処理半導体)を多数搭載した特殊なサーバーです。生成AIの普及に伴い、その需要は世界的に急増しています。
鴻海は、長年にわたるPCやサーバーの製造で培った技術力と、巨大な生産能力を活かし、AIサーバーの分野で存在感を高めています。具体的には、以下のような製品やサービスを提供しています。
- AIサーバー本体の製造: 世界的な半導体メーカーであるNVIDIAの高性能GPUを搭載したAIサーバーの製造を請け負っているとされています。
- 主要部品の製造: AIサーバーの頭脳ともいえるGPUを載せるチップ基板や、効率的な冷却を実現する放熱モジュール、筐体など、重要部品の製造も手掛けています。
- ソリューション提供: 単なる製造だけでなく、データセンター向けにAIサーバーの設計から構築までをワンストップで提供するソリューション事業にも力を入れています。
このように、鴻海はAIサーバーの製造において、部品からシステム全体までを垂直統合的に手掛けることで、AI分野での主要なプレイヤーとなっています。EV工場をAI分野に転用するというニュースは、こうしたAIサーバーへの事業シフトを象徴する出来事と言えるでしょう。

鴻海はAIの学習や推論に必要な、高性能GPUを多数搭載した「AIサーバー」を製造しています。NVIDIAなど大手メーカーのサーバー本体に加え、チップ基板や冷却システムといった重要部品も手掛けています。
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