この記事で分かること
- 診断の方法:安静時のfMRIで脳画像を撮像し、脳内の379領域間の活動相関を計測します。このデータにAIを適用し、うつ病の可能性を数値化して診断を補助します。
- fMRIとは:脳の活動に伴う血流変化(BOLD効果)をMRIで捉え、どの部位が機能しているかを非侵襲的に画像化する技術です。
- うつが脳に起こす変化:うつになると感情制御を担う前頭前野の機能が低下し、扁桃体が過活動になります。また、内省に関わる回路(DMN)の結合異常により、ネガティブな反芻思考が強まる傾向があります。
XNefのfMRIとAI技術を用いたうつ病の診断支援
株式会社XNef(エクスネフ)は能的MRI(fMRI)画像とAI技術を用いたうつ病の診断支援プログラムの開発を推進しています。
https://www.nikkan.co.jp/articles/view/00761673
これは、従来の問診や主観的評価に依存しない、客観的な診断補助を目指しています。
XNefはどんな企業か
株式会社XNef(エクスネフ)は、脳科学と人工知能(AI)技術を融合させた医療機器・ソフトウェアの開発を手がける日本のディープテック・スタートアップ企業です。
主に、精神疾患の客観的な診断・治療の実現を目指しています。
企業の主な特徴
- 設立の背景
- 設立は2017年です。
- 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)の20年以上にわたる脳神経科学とAIの学術的研究成果を、精神医療に応用し、実用化するために設立されました。代表取締役CEOは川人光男氏(ATRフェロー)です。
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)などの国のプログラムの支援を受けています。
- 事業内容の核
- 脳回路マーカーの開発: fMRI(機能的MRI)を用いて脳画像を撮像し、脳の神経回路の活動相関を客観的なデータとして定量化します。これにAI技術を応用することで、客観的な生物学的指標(バイオマーカー)に基づく精神疾患の診断を可能にする「脳回路マーカー(Brainalyzerシリーズ)」の開発・製造・販売を行っています。
- 主要製品: 精神疾患の診断を補助する医療機器「XNef-Brainalyzer 解析プログラム」(うつ病診断支援)があります。
- 層別化支援: 脳回路マーカーを利用して、同じ診断名でも異なる脳回路特性を持つ患者グループ(サブタイプ)を特定し、そのサブタイプに適した治療選択を支援(層別化)する技術開発も進めています。
- 目指すもの
- 現在の精神疾患の診断が、問診など医師の主観的な判断に依存しているという課題を解決し、客観的な診断補助を実現することを目指しています。
- 将来的には、ATRと共同で開発したニューロフィードバック技術を用いた治療機器の開発も視野に入れています。

XNefは、fMRI画像とAI技術を使い、うつ病をはじめとする精神疾患の客観的な診断を可能にする「脳回路マーカー」を開発・実用化するディープテック・スタートアップです。
どのように診断するのか
XNefが開発したシステムによるうつ病の診断方法は、機能的MRI(fMRI)とAI(人工知能)を組み合わせた「脳回路マーカー」を利用する点が特徴です。
従来の問診に代わる、客観的な診断補助の実現を目指しており、具体的な診断手順は以下の通りです。
診断の手順
- fMRI(機能的MRI)撮像
- 患者はMRI装置の中で約10分間、安静状態で過ごします。
- この間に、fMRIを用いて脳の活動(血流変化)を計測し、画像データを取得します。
- 脳内の活動相関の計算
- 撮像されたfMRIデータから、脳内の379の領域間の活動相関(機能的な結合度)を計算します。
- これにより、個人の「脳の配線図」や「神経回路の特性」が客観的なデータとして定量化されます。
- AIモデルの適用(脳回路マーカー)
- 計算された脳回路の相関データに、あらかじめ健常者とうつ病患者のデータを学習させたAIモデルを適用します。
- AIがこのデータを解析することで、患者の脳回路特性がうつ病患者の特性とどれだけ類似しているかを判断し、うつ病の可能性を数値化します。
診断の特徴
特徴 | 内容 |
客観性 | 医師の主観的な問診に依存せず、fMRIという客観的な生体データ(バイオマーカー)に基づいて診断を補助します。 |
数値化 | うつ病の可能性が数値で示されるため、診断のばらつきを減らすことが期待されます。 |
層別化の可能性 | さらに進んだ解析により、うつ病の患者の中でも異なるサブタイプ(特性)を特定し、そのタイプに応じた最適な治療法選択の参考にすることも目指されています。 |

安静時のfMRIで脳画像を撮像し、脳内の379領域間の活動相関を計測します。このデータにAIを適用し、うつ病の可能性を数値化して診断を補助します。
fMRIとは何か
fMRI(functional Magnetic Resonance Imaging:機能的磁気共鳴画像法)は、脳の活動を非侵襲的(体を傷つけずに)に可視化する画像診断技術です。
従来のMRIが脳の構造を見るのに対し、fMRIは脳の機能(活動)を見るために用いられます。
fMRIの仕組みと原理
fMRIは、神経活動に伴う血流変化を捉える原理(BOLD効果)を利用しています。
- 神経活動と血流増加:
- 脳の特定の領域の神経細胞が活動すると、その活動を維持するために大量の酸素が必要になります。
- その結果、体はその部位へ酸素を豊富に含んだ血液(酸化ヘモグロビンが多い血液)を過剰に送り込みます(血流動態反応)。
- BOLD(Blood-Oxygen-Level Dependent)効果の検出:
- 血液中の酸素ヘモグロビンと、酸素を放出した後のデオキシヘモグロビン(還元型ヘモグロビン)は、磁気的な性質が異なります。
- デオキシヘモグロビンは常磁性体であり、MRIの信号をわずかに低下させます。
- 神経活動により、酸素を過剰に供給された結果、その領域のデオキシヘモグロビンが相対的に減少します。
- このデオキシヘモグロビンの減少が、MRIで検出される信号の上昇(BOLD信号)として捉えられます。
- 活動部位の画像化:
- この信号変化をコンピューターで解析し、安静時と比べて信号が強くなった(活動が活発になった)部位を特定し、カラー画像などで「脳のどの場所が働いているか」をマッピングします。
XNefが用いる「安静時fMRI」は、課題を行っている時ではなく、何もせずに安静にしている時の脳活動(脳領域間の機能的なつながり)を計測するために使われます。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)は、脳の活動に伴う血流変化(BOLD効果)をMRIで捉え、どの部位が機能しているかを非侵襲的に画像化する技術です。
脳の配線図や神経回路の特性にどのような変化があるのか
うつ病における脳の「配線図」(神経回路の結合パターン)や「神経回路の特性」の変化は非常に複雑ですが、fMRIなどの研究から主に以下の点が明らかになっています。
これらの変化は、特定の脳領域間の「機能的結合」の異常として捉えられます。
1. 感情・情動に関わる回路の過活動・機能不全
- 扁桃体(Amygdala)の過活動:
- 扁桃体は恐怖や不安といったネガティブな感情処理の中枢です。うつ病患者では、この領域が過活動になっていることが多く、これが不安や恐怖の増大、ネガティブな情報への過剰反応につながると考えられます。
- 前頭前皮質(Prefrontal Cortex: PFC)の機能低下:
- PFCは、感情のコントロール、意思決定、認知機能、思考の抑制など、高度な制御を担います。
- 特に感情を抑制する役割を持つ一部の領域(例:内側前頭前皮質)の活動が低下することで、扁桃体の過活動を抑えられなくなり、ネガティブな感情が持続しやすい状態になります。
2. 認知・思考に関わる回路の異常
- デフォルトモードネットワーク(Default Mode Network: DMN)の異常結合:
- DMNは、安静時や内省(自分について考えること)に関わる脳領域のネットワークです。
- うつ病患者では、このDMN内の結合が過度に強まる傾向や、他のネットワークとの連携がうまくいかなくなることが報告されています。これは、「自分を責める」「過去を後悔する」といった反芻思考(ネガティブな考えが頭の中で繰り返される状態)と関連していると考えられています。
- 認知制御ネットワークの機能低下:
- 認知制御ネットワークは、目標に向けた行動や注意の切り替えを担います。この機能が低下することで、集中力の低下、思考の遅れ、行動意欲の減退などの症状が現れると考えられます。
3. ストレスと可塑性に関わる変化
- 海馬(Hippocampus)の萎縮・機能低下:
- 海馬は記憶と感情の調整に重要です。慢性的なストレスにさらされるとうつ病ではコルチゾール(ストレスホルモン)の過剰分泌が続き、海馬の神経細胞が傷害され、萎縮することが示されています。
- これに伴い、神経細胞の新生や回路の再構築に必要なBDNF(脳由来神経栄養因子)などの物質が減少します。
- 神経伝達物質系の異常:
- セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンといったモノアミン系神経伝達物質の機能不全が、気分の落ち込みや意欲低下に深く関わっています。これは、神経細胞間の情報伝達(シナプス活動)に影響を及ぼしています。
XNefが着目する「脳回路マーカー」は、これらの脳領域間の「機能的結合の異常パターン」を客観的な指標として捉えようとするものです。

うつ病では、感情制御を担う前頭前野の機能が低下し、扁桃体が過活動になります。また、内省に関わる回路(DMN)の結合異常により、ネガティブな反芻思考が強まる傾向があります。
問題点は何か
XNefの「XNef-Brainalyzer 解析プログラム」のようなfMRIとAIを用いたうつ病診断には、その革新性の一方で、いくつかの技術的、臨床的、倫理的な問題点が指摘されています。
技術的・臨床的な課題
1. 診断の限界(診断補助の役割)
現在、このプログラムは診断を確定するものではなく、「管理医療機器(クラスII)」として医師の診断を補助する位置づけです。
うつ病の診断は、依然として国際的な診断基準(ICDやDSM)に基づく総合的な問診が中心です。AIが出す数値と、患者の実際の臨床症状や背景が必ずしも一致しないケースも考慮する必要があります。
2. fMRIデータの安定性
- データのバラつき: fMRIのデータは、撮像時のわずかな頭の動きや、検査時の心身の状態(不安、疲労など)に影響を受けやすく、データの安定性や信頼性を確保し続けることが課題となります。
- 汎用性の検証: XNefは撮像施設による有効性の差が少ないことを目指していますが、様々な人種、年齢層、疾患の重症度を持つ大規模なデータで、その精度(診断の確からしさ)を維持できるか、さらなる臨床的エビデンスの確立が必要です。
3. 他の精神疾患との鑑別
うつ病と症状が類似したり、併発したりする可能性のある双極性障害、不安障害、統合失調症などの他の精神疾患との間で、脳回路マーカーがどれだけ明確に鑑別できるかという点も重要です。
倫理的・社会的な課題
1. 「脳の異常」の烙印(スティグマ)
検査結果が「脳の機能異常」という客観的な数値として示されることで、患者や家族が「脳に物理的な欠陥がある」という強いスティグマ(烙印)を感じる可能性があります。心の病に対する偏見を助長しないよう、結果の伝え方に配慮が必要です。
2. データプライバシーとセキュリティ
fMRI画像は極めて機密性の高い生体情報(脳情報)であり、このデータをAI解析のために収集・利用・保管する際のプライバシー保護とセキュリティ対策は、極めて重要な問題です。
3. AIへの過信(医師の判断への影響)
AIが客観的な数値を示すことで、医師が患者の主観的な訴えや問診の重要性を軽視し、AIの数値に過度に依存する「AIへの過信」が生じるリスクがあります。AIはあくまで補助ツールとして、医師の総合的な判断をサポートする役割に留める必要があります。

主な問題点は、診断確定ではなく補助に留まる点、fMRIデータの安定性と他の精神疾患との鑑別の難しさ、および「脳の異常」というスティグマやAIへの過信といった倫理的な課題です。
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