ノーベル化学賞の予想:単原子触媒 単原子触媒とは何か?どうやって金属を単原子で固定するのか

この記事で分かること

  • 単原子触媒とは何か:固体担体の表面に金属原子が一つずつ孤立して固定された触媒です。これにより、高価な貴金属をナノ粒子触媒よりも最大限に有効活用でき、従来の触媒にはない高い活性と選択性を発現します。
  • 固定化する方法:金属原子と担体の間に強い化学結合(アンカー)を作って固定します。担体上の窒素などの原子や欠陥(ケージ構造)を利用し、高温でも原子が凝集してナノ粒子になるのを防ぎます。
  • 使用金属:白金 、パラジウムなどの高価な貴金属の使用量を減らす目的や鉄, コバルトなどの安価なベースメタルでの燃料電池やCO還元など幅広い分野で高効率な触媒として検討されています。

ノーベル化学賞の予想:単原子触媒

今年のノーベル化学賞の公式な受賞者は、2025年10月8日水曜日(日本時間)に発表される予定です。

 現時点(2025年9月)で、いくつかの専門家や団体によってどの候補者や研究分野が受賞するのの予想がなされています。

 前回は予想に挙がっているタンパク質構造予測に関する記事でしたが、今回は単原子触媒の記事となります。

単原子触媒とは何か

 単原子触媒(たんげんししょくばい、Single-Atom Catalyst: SAC)は、固体材料(担体)の表面に、金属原子が一つずつ孤立して分散・固定化されたものを活性サイト(化学反応が起こる場所)として持つ触媒です。

 従来の金属触媒は、ナノメートルサイズの金属粒子の塊(ナノ粒子)を担体に固定していましたが、単原子触媒は金属原子一つ一つを最大限に活用できるため、特に高価な貴金属の使用量を大幅に削減できるという大きな利点があります。

主な特徴

  • 高い原子利用効率: 活性サイトが単一の原子であるため、触媒として機能する金属原子の割合が最大(100%)になり、貴金属の利用効率が極めて高いです。
  • 特異な触媒活性と選択性: 孤立した単原子は、ナノ粒子とは異なる独自の電子状態や配位環境を持つため、従来の触媒にはない高い活性や、特定の生成物のみを作り出す高い選択性を示すことがあります。
  • 均一系触媒との類似性: 活性サイトの構造が明確な単一の金属中心であることから、溶液中で用いられる均一系触媒と異相の不均一系触媒との橋渡しとなる新しい触媒として期待されています。

応用例

 環境触媒(排ガス処理など)、燃料電池用の電極触媒、化学合成(水素化、酸化、C-C結合形成など)など、幅広い分野での応用研究が進められています。

単原子触媒(SAC)は、固体担体の表面に金属原子が一つずつ孤立して固定された触媒です。これにより、高価な貴金属をナノ粒子触媒よりも最大限に有効活用でき、従来の触媒にはない高い活性と選択性を発現します。

どうやって原子一個づつを固定するのか

 単原子触媒で原子を一つずつ固定する鍵は、金属原子と担体(土台)との間に強い相互作用を生み出し、原子が移動して凝集するのを防ぐことです。

 金属原子は表面自由エネルギーが高いため、そのままではすぐに集まってナノ粒子を形成してしまいます。これを防ぐため、以下のようないくつかの戦略的な合成手法が用いられます。


1. 原子と担体の「強い結合」を利用する戦略

 最も一般的な固定化のメカニズムは、金属原子が担体の表面にある特定の部位に化学的に結合し、動けなくすることです。

  • 配位子(アンカーサイト)の活用:
    • 担体表面に存在する窒素 (N)酸素 (O)硫黄 (S) などのヘテロ原子(炭素や水素以外の原子)が、金属原子と配位結合を形成する「アンカーサイト(固定点)」として機能します。
    • 特に、窒素ドープされた炭素材料(N/C触媒など)は、金属原子をM-N(M: 金属、: 3または4が多い) の形で強く固定するのに広く使われています。
  • 空間的な「閉じ込め」の利用:
    • 担体の表面にある欠陥構造や細孔(ケージ構造)を利用し、金属原子を物理的に閉じ込めることで、凝集を防ぎます。

2. 代表的な合成手法

 単原子触媒を調製するためのアプローチには、大きく分けて「ボトムアップ」と「トップダウン」があります。

ボトムアップ法(単原子から始める)

単原子の金属前駆体(原料)を担体に結合させ、その分散状態を維持して触媒にする方法です。

  1. 含浸法と熱処理:
    • 金属塩溶液と担体を混合・乾燥させる「含浸」を行い、金属イオンを担体表面に吸着させます。
    • その後、高温で焼成(熱処理)することで、金属原子を担体表面のアンカーサイトに強力に結合させます。適切な熱処理条件と担体の選択が重要です。
  2. 原子層堆積 (ALD) 法:
    • 気化した金属前駆体を反応室に導入し、担体表面の特定の官能基(-OH基など)と化学反応させて、原子一層分だけを精密に堆積させます。これを繰り返すことで、金属原子の量を厳密に制御できます。
  3. 錯体化学的アプローチ:
    • あらかじめ原子一つ分だけを含む金属錯体を用意し、その錯体を担体表面の官能基に固定(グラフト化)した後、配位子を除去して単原子状態を生成します。

トップダウン法(ナノ粒子を分解する)

 既存の大きな金属粒子を、熱や化学的な処理によって原子レベルにまで分解・分散させて固定する方法です。

  • 原子化(Atomization):
    • 金属ナノ粒子を、窒素ドープ炭素などの特定の担体上で900℃以上の高温で熱処理します。
    • この高温下でナノ粒子が分解・蒸発(アトマイズ)し、遊離した金属原子が担体のアンカーサイトに「トラップ」されて固定されます。

 これらの技術によって、貴金属を単原子レベルで効率的に固定し、その高い触媒性能を引き出すことが可能となっています。

金属原子と担体の間に強い化学結合(アンカー)を作って固定します。担体上の窒素などの原子や欠陥(ケージ構造)を利用し、高温でも原子が凝集してナノ粒子になるのを防ぎます。

なぜ、ノーベル化学賞の候補となっているのか

 単原子触媒がノーベル化学賞の有力候補とされるのは、触媒科学と持続可能な化学における革新性が極めて高いためです。

 これは、金属原子の利用効率を極限まで高め、地球環境と経済の両方に大きな利益をもたらす可能性を秘めているからです。単原子触媒が注目される主な理由は以下の3点です。


1. 貴金属使用量の大幅な削減(究極の効率)

 従来の金属触媒は、触媒作用を示すのが表面の原子だけであり、内部の原子(バルク)は使われずに無駄になっていました。単原子触媒は、金属原子を担体表面に一つずつ孤立させることで、全ての原子を活性サイトとして機能させます。

  • これにより、特に高価で希少な白金(Pt)パラジウム(Pd)ロジウム(Rh)といった貴金属の使用量を最小限に抑えることができます。これは、持続可能な社会グリーンケミストリーの実現に不可欠な進歩です。

2. 既存触媒を超える特異な性能の発現

 単原子触媒の活性サイトは、ナノ粒子の表面とは異なる独自の電子状態と配位環境を持ちます。この単一の原子環境が、従来の触媒では困難だった高い活性や、特定の生成物だけを作り出す高い選択性を生み出します。

  • 例えば、自動車の排ガス処理などにおいて、既存のナノ粒子触媒よりも桁違いに高い活性を示すことが報告されています。

3. 均一系と不均一系の融合

 触媒は通常、液中で働く均一系触媒と、固体表面で働く不均一系触媒に分けられます。単原子触媒は、活性サイトの構造が明確で制御しやすいという点で均一系触媒に、固体として分離・回収が容易という点で不均一系触媒に、それぞれの利点を持ち合わせています。

 これにより、触媒反応のメカニズム解明が容易になり、より理論に基づいた触媒の合理的な設計が可能になるという、学術的なブレークスルーももたらしています。

希少な貴金属原子一つまで最大限に活用し、コスト削減高効率化を両立できるためです。環境負荷の低い持続可能な触媒技術として化学の未来に大きな影響を与えます。

どのような金属での応用が検討されているのか

 単原子触媒(SAC)として応用が検討されている金属は、貴金属から安価なベースメタル(卑金属)まで非常に幅広く、用途に応じて最適な金属原子が選ばれています。応用研究が特に活発な金属とその主な用途は以下の通りです。


1. 貴金属(Noble Metals)

高価ですが、高い触媒活性を持つため、使用量を最小化する単原子化が特に重要視されています。

金属元素記号主な応用分野触媒反応の例
白金Pt燃料電池、排ガス浄化、水素化酸素還元反応
一酸化炭素 酸化
パラジウムPd化学合成、水素化水素化反応
C-C結合形成
AuCO酸化、光触媒低温でのCO酸化
ロジウムRh排ガス浄化、化学合成窒素酸化物 還元
イリジウムIr水分解(酸素発生反応)高効率な水電解触媒

2. ベースメタル(卑金属)

安価で地球上に豊富に存在するため、貴金属の代替として燃料電池や電気化学分野での応用研究が加速しています。これらの金属は主に窒素ドープされた炭素担体(M-N-C触媒など)に固定されます。

金属元素記号主な応用分野触媒反応の例
Fe燃料電池、還元酸素還元反応
ハーバー・ボッシュ法代替
コバルトCo燃料電池、還元酸素還元反応
二酸化炭素の有用物質への変換
ニッケルNi電気化学、水素発生水素発生反応
還元
Cu還元、化学合成二酸化炭素からのエチレン生成など

応用のポイント

 単原子触媒の研究では、単に金属の種類だけでなく、担体との組み合わせや、周囲の配位原子を変えることで、単原子の電子状態を調整し、特定の反応に対する活性や選択性を高める研究が中心となっています。

白金パラジウムなどの高価な貴金属の使用量を減らす目的や, コバルトなどの安価なベースメタルでの燃料電池やCO還元など幅広い分野で高効率な触媒として検討されています。

担体には何が使われるのか

 単原子触媒(SAC)において、担体(サポート)は単原子を安定させ、触媒の活性や選択性を決定づける最も重要な要素です。

 主に以下の3種類に大別され、それぞれが金属原子を孤立させるための「アンカーサイト」の役割を果たします。


1. 炭素系担体 (Carbon-based Supports)

 電気化学的な応用で特に重要視されます。

  • グラフェン、カーボンナノチューブ、活性炭: 高い導電性と大きな比表面積を持つため、燃料電池の電極触媒などで多く使われます。
  • 窒素ドープ炭素 (N-ドープカーボン): 最も研究が盛んな担体の一つ。炭素骨格中の窒素原子 (N) が金属原子を強力に固定し(M-Nx​ サイト)、凝集を防ぎながら高い活性を実現します。

2. 酸化物系担体 (Metal Oxide Supports)

 高温での安定性や、金属原子との強い相互作用を利用するために使われます。

  • 酸化チタン (TiO2​): 光触媒やCO酸化反応でよく使われます。還元性の高い担体は、触媒活性に大きな影響を与えます。
  • 酸化セリウム (CeO2​)、酸化鉄 (Fe2​O3​): 酸化還元特性が高く、排ガス浄化触媒など、高温での安定性や酸素貯蔵能が必要な分野で使われます。
  • 特定の複合酸化物: 例として 12CaO⋅7Al2​O3​(セメント原料に類似)などがあり、その特殊な結晶構造(カゴ状の空間)を利用して原子を閉じ込める研究も行われています。

3. 多孔質材料・その他 (Porous Materials & Others)

 原子を均一かつ高密度に分散させるための特殊な構造を持つ材料です。

  • 金属有機構造体 (MOF): 規則正しい細孔と構造を持ち、内部の特定の配位サイトに金属原子を組み込むことで、原子レベルで精密に設計された触媒を開発できます。
  • ゼオライト: 規則的なチャネル構造を持ち、原子をその細孔内に閉じ込める(コンファイン)ことで安定化を図ります。

 担体は単に金属を支えるだけでなく、担体と金属原子の間に生じる強い相互作用金属-担体相互作用)を通じて、単原子の電子状態を変化させ、触媒の性能そのものを最適化する役割を担っています。

単原子を固定し凝集を防ぐため、炭素材料(窒素ドープカーボンなど)や、酸化チタン酸化セリウム (などの金属酸化物が広く使われます。これらは原子の活性を調整する役割も持ちます。

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