この記事で分かること
- 韓国勢が選ばれた理由:AIに必須のHBM(超高速DRAM)を、最高水準の技術力と世界最大の生産能力で供給できるのがこの2社であるためです。
- TSMCが選ばれない理由:TSMCはHBMの構成要素や周辺技術で協業していますが、HBMの完成品を大量供給するメーカーではないため、OpenAIの調達先としては適していません。
- ロジックとメモリの製造法の違い:メモリ半導体(DRAM)は容量と低コスト優先で、同じセルを規則的に並べます。一方、ロジック半導体(CPU/GPU)は速度と性能優先で、不規則な複雑な回路を微細化します。
OpenAIの韓国半導体メーカーからのDRAM調達
OpenAIは、サムスン電子とSKハイニックスという韓国の主要な半導体メーカーからDRAM(特に高帯域幅メモリ、HBM)を調達する意向書(LOI)を締結しました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN01DQ70R01C25A0000000/
この提携は、OpenAIの「スターゲート」プロジェクトと呼ばれる、巨大なAIインフラ構築計画の一環です。
DRAM、HBMとは何か
DRAMとHBMの定義、構造、役割は以下の通りです。
1. DRAM(ディーラム):コンピュータのメインメモリ
DRAMは「Dynamic Random Access Memory(ダイナミック・ランダム・アクセス・メモリ)」の略で、私たちが日常的に使うコンピュータ(PC、サーバー、スマホなど)のメインメモリ(主記憶装置)として最も広く使われている半導体メモリです。
特徴 | 説明 |
役割 | CPUが処理するデータやプログラムを一時的に保存する「作業台」の役割を担います。 |
構造 | 1つのトランジスタと1つのコンデンサという単純な回路で構成されます。この単純さから、低コストで大容量化が容易です。 |
動的(ダイナミック) | コンデンサに溜められた電荷(データ)が時間とともに自然に漏れてしまうため、データを保持し続けるには定期的に電荷を再注入する「リフレッシュ」操作が必要です。 |
揮発性 | PCの電源を切ると、記憶していたデータはすべて失われます。 |
DRAMは、汎用性とコスト効率に優れているため、一般的なITシステムの根幹を支えています。
2. HBM(エイチビーエム):AI時代の超高速メモリ
HBMは「High Bandwidth Memory(高帯域幅メモリ)」の略で、DRAMの構造を根本的に変革し、超高速なデータ転送速度(帯域幅)を実現した次世代のDRAM技術です。特にAI処理や高性能コンピューティング(HPC)において不可欠な存在となっています。
特徴 | 説明 |
役割 | AIチップ(GPUやAIアクセラレータ)の性能を最大限に引き出すため、大量の学習データを瞬時に供給する役割を担います。 |
革新的な構造 | 従来の平面的な配置ではなく、複数のDRAMチップを垂直に積み重ねる「3D積層」構造を採用しています。 |
TSV技術 | 積層されたチップ間は、TSV(Through Silicon Via:シリコン貫通電極)という微細な縦方向の配線で接続されます。これにより、データ転送の道幅(バス幅)が従来のDRAMより格段に広くなり、配線距離も短縮されます。 |
性能 | 圧倒的な帯域幅(データ転送速度)と、優れた電力効率を実現します。 |
主な用途 | NVIDIAのAI用GPU、スーパーコンピュータ、そしてOpenAIが推進するような大規模なAIインフラなど。 |
DRAMとHBMの決定的な違い
比較項目 | DRAM (汎用メモリ) | HBM (AI/高性能メモリ) |
構造 | 平面的(横に広がる) | 垂直積層(縦に積み上げる) |
バス幅 | 狭い(例: 64ビット) | 非常に広い(例: 1024ビット以上) |
帯域幅 | 標準的(コスト優先) | 超高帯域幅(性能優先) |
目的 | 汎用コンピュータの大容量化と低コスト化 | AI処理の速度と電力効率の最大化 |
OpenAIがサムスンやSKハイニックスから調達を求めているのは、まさにこのHBMであり、それは「スターゲート」のような巨大AIプロジェクトにとって、GPUの性能を活かすための生命線だからです。

DRAMはPC等の汎用メインメモリで、低コスト・大容量が特徴です。一方、HBMはDRAMチップを垂直に積み重ねた(3D積層)構造を持つ超高速メモリで、AI/GPU向けに圧倒的なデータ転送速度と電力効率を実現します。
なぜ、サムスンとハイニックスが選ばれたのか
OpenAIが韓国のサムスン電子とSKハイニックスを選んだ理由は、主に以下の3つの要因に基づいています。
1. HBM市場における技術と生産能力の「二強」体制
AIの「頭脳」であるGPUの性能を最大限に引き出すHBM(高帯域幅メモリ)を、大量かつ最高品質で供給できる企業は世界で実質的にこの2社に限定されています。
- SKハイニックスのリード: HBM市場において長らく圧倒的なシェア(約60〜70%)を誇り、特にAI分野で標準とされる最先端の「HBM3」や「HBM3E」の量産を世界で最も早く実現し、NVIDIA(エヌビディア)などの主要なAIチップメーカーと強固なパートナーシップを持っています。
- サムスン電子の総合力: 長年にわたりDRAM市場全体でトップを占めてきた世界最大の半導体メーカーであり、設計、ファウンドリ(受託製造)、メモリまで全てを行う総合的な技術力と生産能力を持っています。OpenAIのような巨大プロジェクトの要求量を満たすには、この巨大な生産キャパシティが不可欠です。
2. 「スターゲート」プロジェクトの巨大な需要
OpenAIが計画する「スターゲート」プロジェクトは、半導体業界史上でも前例のないほど巨大なAIインフラ構築計画です。
- この桁違いの規模の需要を満たすには、特定の技術を持つ単一の企業だけでは不可能です。
- SKとサムスンという世界トップクラスの2社を提携させることで、OpenAIは必要なHBMの量を安定的に確保し、供給途絶のリスクを分散させることができます。
3. 戦略的な連携の強化
OpenAIのサム・アルトマンCEOは、韓国を単なる部品供給元ではなく、AIインフラ構築における「中核的な同盟国」と位置づけています。
この提携は、米国を代表するAI企業が、世界の半導体製造をリードする韓国の「二強」と手を組むという、技術と地政学的な両面で非常に重要な戦略的意義を持っています。
韓国企業は、HBMの「積層技術」や「TSV(シリコン貫通電極)」など、HBMの製造に不可欠な高度な独自技術を持っています。

AIに必須のHBM(超高速DRAM)を、最高水準の技術力と世界最大の生産能力で供給できるのがこの2社だからです。特にSKハイニックスはHBM市場の最大手、サムスンは総合的な半導体生産王であり、OpenAIの巨大需要を満たすため両社の力が必要でした。
TSMCがHBMを製造しない理由は
TSMCがHBMの完成品を製造しない主な理由は、そのビジネスモデルと役割が、HBMの主要構成要素であるメモリチップ(DRAM)の製造業者ではないからです。
役割の違い:ファウンドリ vs. メモリメーカー
TSMCと韓国のサムスン/SKハイニックスは、半導体サプライチェーンにおいて異なる専門分野を持っています。
1. TSMCの専門分野:ロジック半導体の受託製造(ファウンドリ)
TSMCは「ファウンドリ(Foundry)」、つまり受託製造専門の企業です。
- 製造対象: NVIDIAのGPU、AppleのCPUなど、ロジック半導体(演算・制御を行うチップ)の製造に特化しており、最先端の微細化プロセスを強みとしています。
- HBMとの関係: TSMCは、HBMを必要とするGPUを製造しますが、HBMの「メモリチップ(DRAM)」そのものは製造していません。
2. サムスン/SKハイニックスの専門分野:メモリチップの設計・製造
サムスンとSKハイニックスは、垂直統合型のメモリメーカーです。
- 製造対象: DRAMやNAND型フラッシュメモリといったメモリ半導体の設計から製造、販売までを一貫して行っています。
- HBMの中核: HBMは、このメモリメーカーが製造したDRAMチップを垂直に積層(3Dスタッキング)して作られる製品です。
結論
TSMCは、高性能なGPU(頭脳)の製造は行いますが、HBMというメモリ製品(データ庫)の中核であるDRAMチップを製造する能力と事業を持っていません。
ただし、次世代のHBM(HBM4)では、HBMとGPUをより高性能に接続するために、HBM側の制御チップ(ベースダイ)の一部製造や、高度なパッケージング技術について、TSMCとSKハイニックスやサムスンが協業を始めています。これは、HBMがメモリ技術だけでなく、ロジック技術と高度な統合技術を必要とするようになったためです。
メモリとロジックの製造法の違いは何か
メモリ半導体(DRAMなど)とロジック半導体(CPU、GPUなど)の製造法は、それぞれの機能と最適化の目的が異なるため、根本的に違います。
主な違いは、「微細化の目的」と「構造の複雑さ」にあります。
1. ロジック半導体(CPU, GPUなど)の製造
ロジック半導体の製造は、主に「速度と性能の最大化」に最適化されています。
項目 | 特徴 | 最適化の目的 |
微細化の目的 | トランジスタの集積密度向上(より多くの計算回路を搭載)と動作速度の高速化。 | 🧠 計算能力と処理速度を向上させること。 |
主要技術 | 最先端の微細化プロセス(EUV露光技術など)。回路線幅を極限まで細くし、トランジスタの性能を追求。 | |
構造 | 不規則で複雑。設計図(回路パターン)が多種多様で、チップの大部分を占めるロジック回路の設計が非常に複雑。 | |
歩留まり | 設計が複雑で最先端プロセスを用いるため、歩留まり(良品率)の管理が非常に難しい。 | |
主な製造者 | TSMC、サムスン(ファウンドリ部門)など。 |
2. メモリ半導体(DRAM, NANDなど)の製造
メモリ半導体の製造は、主に「大容量化と低コスト化」に最適化されています。
項目 | 特徴 | 最適化の目的 |
微細化の目的 | セル(記憶単位)の小型化と集積度向上。特にNANDでは積層化(3D化)が主。 | 記憶容量を最大限に増やし、容量あたりのコストを抑えること。 |
主要技術 | 大容量化のための積層・エッチング技術。DRAMでは微細化も進めるが、ロジックほど極端ではない。HBMでは特に垂直積層技術(TSV)が重要。 | |
構造 | 均一で規則的。同じ記憶セルがチップ上に格子状に繰り返し配置されるため、設計は比較的単純。 | |
歩留まり | 構造が単純で繰り返しパターンが多いため、高い歩留まりを達成しやすい。 | |
主な製造者 | サムスン電子、SKハイニックス、マイクロンなど。 |
HBMにおける製造法の特殊性
HBMは、メモリでありながらロジック的な製造要素を多く含んでいます。
次世代のHBM4では、制御を担うベースダイに最先端のロジックプロセス技術(TSMCなど)が使われるようになり、メモリ技術(韓国)とロジック技術(台湾/米国)の融合が進んでいます。HBMは複数のDRAMチップを垂直に重ねるため、高度な積層技術(後工程)が必要です。

メモリ半導体(DRAM)は容量と低コスト優先で、同じセルを規則的に並べます。一方、ロジック半導体(CPU/GPU)は速度と性能優先で、不規則な複雑な回路を微細化します。
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