この記事で分かること
- 製造する製薬関連製品:主にジェネリック医薬品の有効成分(API)や、医療検査に使う試薬の製造に参入しています。具体的にはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)などです。
- 製薬関連製品を強化する理由:米国サプライチェーンを強化し、パンデミック等による輸入依存リスクを軽減するためです。また、コダックが持つ特殊化学品製造技術を成長分野に転用する事業多角化戦略でもあります。
- 活用するフィルム技術:特殊化学品の合成技術と、微粒子を均一に塗布する精密コーティング(ナノテクノロジー)を、医薬品の有効成分(API)製造や試薬開発に応用します。
コダックの製薬関連製品製造
イーストマン・コダック(Eastman Kodak)のCEOであるジム・コンティネンザ氏が、同社が特殊化学品および製薬関連製品ラインへの拡大計画を進めており、この分野での成長を目指していると発表した、というニュースがあり、、同社が事業の多角化を通じて成長を目指す戦略の一環として注目されています。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC290TJ0Z20C25A9000000/
どのような製薬関連製品を製造するのか
コダックが製造する製薬関連製品として、特に言及されているのは以下のものです。
- 医薬品成分 (APIs: Active Pharmaceutical Ingredients)
- 特に、ジェネリック医薬品に使用される医薬品成分(API)の製造に焦点を当てています。
- 一時的に米国政府からの融資話があった際の資料によると、抗菌薬やバイオロジクスではないジェネリック用途のAPIを最大30種類製造する能力を持つとしていました。
- 試薬 (Reagents)
- 医療検査などに使用される試薬の製造も計画されています。
- 特定の製品例: リン酸緩衝生理食塩水 (PBS: Phosphate Buffered Saline)
- 同社のウェブサイトでは、規制対象の医薬品製品として、滅菌済みでそのまま使用できるPBSの製造から着手していることが示されています。PBSは細胞培養、免疫測定、分子生物学など、製薬・ライフサイエンス分野で不可欠な緩衝液です。
- 主要出発物質 (KSMs: Key Starting Materials)
- ジェネリック医薬品用の非規制の主要出発物質(KSMs)を製薬の受託製造機関(CMO)と協力して製造する経験もあるとのことです。
コダックは、長年の写真用フィルム製造で培った特殊化学品や高度な材料に関する専門知識を、医薬品製造分野に応用しようとしています。特に、米国内のサプライチェーン強化という観点から、医薬品の主要成分の国内製造に貢献することを目指していると言えます。

コダックは、主にジェネリック医薬品の有効成分(API)や、医療検査に使う試薬の製造に参入しています。具体的にはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)などです。
なぜ、製薬関連製品を強化するのか
コダックが製薬関連製品の分野を強化する主な理由は、以下の2点に集約されます。
1. サプライチェーンの国内回帰と強化
最も大きな動機の一つは、米国の医薬品サプライチェーンの脆弱性への対応です。
- パンデミックからの教訓: CEOのジム・コンティネンザ氏は、新型コロナウイルスのパンデミック時に露呈したように、「どの国も自国を最優先する」という現実から、重要な医薬品成分の供給を他国に依存することのリスクを強調しています。
- 国内自給率の向上: 現在、米国はジェネリック医薬品の有効成分(API)の大半を中国やインドからの輸入に頼っています。コダックは、国内でこれらの必須医薬品成分や主要出発物質(KSMs)を製造することで、米国の医薬品の自給自足体制を強化し、国家安全保障上のリスクを軽減する役割を担おうとしています。
2. 既存の技術とインフラの活用
コダックが長年にわたって培ってきた独自の強みを、成長分野に転用する戦略です。
- 化学品製造の専門知識: 写真用フィルムの製造は、高度な特殊化学品や精密な材料製造技術を必要とします。コダックは、この分野で100年以上の歴史と「深い専門知識」を持っており、これが医薬品製造(特にAPIのバッチ製造)に必要な技術と共通していると判断しています。
- 既存のインフラ活用: ニューヨーク州ロチェスターのイーストマン・ビジネスパークにある広大な既存の製造施設を医薬品製造用に転用・拡張することで、新たな施設をゼロから建設するよりも迅速かつ効率的に事業を立ち上げることが可能です。
3. 事業の多角化による成長
かつてのライバルであった富士フイルムがフィルム技術を応用して医療分野などで成功を収めたように、コダックも伝統的なフィルム事業に依存する体制から脱却し、成長性の高い特殊化学品・製薬分野への事業多角化を図り、新たな収益の柱を確立することを目指しています。

医薬品成分の米国サプライチェーンを強化し、パンデミック等による輸入依存リスクを軽減するためです。また、コダックが持つ特殊化学品製造技術を成長分野に転用する事業多角化戦略でもあります。
コダックのフィルム事業の状況とフィルム市場全体の状況は
コダックのフィルム事業と、フィルム市場全体の状況は、以下の通りです。
1. コダックのフィルム事業の状況
- 製造は継続・近代化: 一般消費者向けフィルムの販売(マーケティング)はKodak Alaris(コダック・アラリス)が行っていますが、フィルム自体の製造は現在もイーストマン・コダック社が担っています。
- 設備投資と需要増への対応: 近年、コダックはフィルム生産ラインを一時的に停止し、空調システムやコーティング機器などの製造設備を刷新・近代化する投資を行いました。これは、後述のフィルム需要増に対応し、生産能力を向上させることが目的です。
- 収益源の一つ: 製薬分野などへの多角化を進めている一方で、フィルム事業は会社の全盛期に比べれば小さいものの、引き続き収益性のある事業として維持されています。
- 財政的な課題: ただし、イーストマン・コダック社全体としては、医薬品事業への参入があったにもかかわらず、近年(2025年8月時点など)にも資金繰りや債務返済に再び懸念があるとする決算報告が報じられるなど、依然として厳しい財政状況に直面している側面もあります。
2. フィルム市場全体の状況
- デジタル化後の「復活」: 2000年代以降、デジタルカメラの普及により大きく縮小した写真用フィルム市場は、現在、世界的に需要が回復・増加しています。
- 需要増の要因:
- 若年層(ミレニアル世代、Z世代)の支持: フィルム写真の独特な質感やレトロな雰囲気が「エモい」と再評価され、新しい趣味として人気を集めています。
- ハリウッド映画産業: 多くの映画制作者が映画用フィルム(モーションフィルム)の使用を継続しており、需要を支えています。
- 使い捨てカメラの利用: 使い捨てカメラの需要増も、フィルム需要を押し上げる一因となっています。
- 具体的な成長: コダックの発表によると、過去5年間でフィルム需要が倍増したとされています。この需要増が、同社に製造ラインのアップグレードを促す要因となりました。
- 課題: 需要が増加している一方で、フィルムの生産体制は限られており、メーカーによる価格の上昇や供給不足が課題となっています。
コダックはフィルムの需要が増加する市場の恩恵を受け、生産設備を近代化していますが、会社全体の財政的な安定化には、フィルム以外の新しい事業(製薬分野など)の成長が不可欠な状況と言えます。

コダックは需要増に対応するためフィルム生産設備を近代化していますが、経営は依然厳しいです。市場全体では若年層の支持でフィルム需要が過去5年で倍増しています。
どのようなフィルム技術を応用して医療分野につなげるのか
コダックは、写真フィルムの製造で培った「特殊化学品製造」と「精密なコーティング・混合技術」を医療分野に応用しています。
この転用は、主に以下の技術的共通点に基づいています。
1. 特殊化学品(薬品)の合成・製造技術
- 銀塩化学の専門知識: 写真フィルムは、光を捉える非常に複雑で高品質な銀塩(ハロゲン化銀)の微粒子と、現像に必要な多様な化学物質から構成されています。
- 応用先(製薬): コダックが新たに参入する有効医薬品成分(API)や試薬の製造は、まさにこうした複雑で高純度な化学合成の技術が核となります。コダックは、化学物質の取り扱い、品質管理、大規模合成において長年のノウハウを持っています。
2. 精密なコーティング・ナノテクノロジー
- 多層膜コーティング技術: 写真フィルムは、発色や感度を司る多数の薄い層(多層膜)を均一に塗り重ねる精密コーティング技術によって製造されています。
- 応用先(製薬):
- 医薬品の粒子制御: フィルム製造で培った、微小な粒子を均一に分散・安定化させるナノテクノロジーは、医薬品の成分(API)を細かく安定させ、体内に効率よく浸透させる技術(富士フイルムなど競合もこの技術を応用)に応用が可能です。
- 試薬の製造: 医療検査用の試薬や、将来的な診断・検査用フィルム(かつてコダックはX線フィルムも開発)の製造にも、精密なコーティングや品質管理の技術が活かされます。
コダックは、これらの化学分野での専門知識と大規模製造インフラを活用し、医薬品のサプライチェーンという新しい成長分野の確立を目指しています。

写真フィルムで培った特殊化学品の合成技術と、微粒子を均一に塗布する精密コーティング(ナノテクノロジー)を、医薬品の有効成分(API)製造や試薬開発に応用します。
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