この記事で分かること
- 熱で縮む素材の仕組み:熱収縮性材料は、熱で原子間の結合角が変化し、結晶の骨組みが内側に折りたたまれることで、通常の膨張を上回り体積が収縮します。
- なぜ、熱で縮む素材が必要なのか:パッケージ基板やアンダーフィル材に添加され、熱膨張によるひずみを相殺・抑制します。これにより、異なる素材間の熱応力を緩和し、回路の信頼性と長寿命化を確保します。
三井金属鉱業の先端半導体向け熱で縮む素材
三井金属鉱業は先端半導体向けに熱で縮む素材(熱収縮性材料)を開発しており、2026年にも量産を開始する計画です。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC19AWX0Z10C25A9000000/
この素材は、半導体の製造プロセスや動作時に発生する熱膨張によって、回路などにひずみが生じるのを相殺・抑制する目的で開発されました。
熱収縮性材料は先端半導体でどのように使用されるのか
三井金属が開発している熱で縮む素材(熱収縮性材料)は、先端半導体のパッケージング分野において、主に熱膨張によるひずみを相殺し、信頼性を高めるために使用されます。
これは、素材を単体で使うのではなく、以下のように、既存のパッケージ材料に混ぜ込んで使用するケースが一般的です。
1. パッケージ材料の「熱膨張係数(CTE)」の制御
この熱収縮性材料は、熱を加えると体積が縮むという特殊な性質(負の熱膨張)を持っています。これを、通常熱を加えると膨張する他の材料と複合することで、全体としての熱膨張を抑制し、精密な制御を可能にします。
適用箇所 | 役割・機能 |
パッケージ基板、インターポーザー | 基板などに含まれる樹脂やガラス材料にフィラー(充填材)として添加されます。パッケージ全体のCTEを、半導体チップや回路に使用される金属(銅など)のCTEに極限まで近づけます。 |
アンダーフィル材 | チップと基板の間を埋める樹脂材料に添加し、接合部分の熱応力を緩和します。 |
2. 熱応力の相殺(ひずみ対策)
先端半導体では、チップそのものや、チップを支えるパッケージ基板、それらを繋ぐ配線など、異なる素材が組み合わされています。これらの素材はそれぞれ熱膨張の度合い(CTE)が異なります。
- 半導体の製造プロセス(例:高温での加熱)や、動作時の発熱により温度が上昇すると、素材ごとに膨張の度合いが異なり、熱応力やひずみが生じます。
- このひずみが、配線の断線や接合部のクラック(ひび割れ)を引き起こし、半導体の故障原因となります。
三井金属の熱収縮性材料を複合材として使用することで、この異なる素材間の熱膨張の差を打ち消し(相殺し)、「熱で膨張しようとする力」を「熱で収縮しようとする力」で抑制します。
これにより、先端半導体の高密度化や3次元積層化が進む中で、信頼性と長寿命化を確保するための重要なキーテクノロジーとなります。

先端半導体のパッケージ基板やアンダーフィル材に添加され、熱膨張によるひずみを相殺・抑制します。これにより、異なる素材間の熱応力を緩和し、回路の信頼性と長寿命化を確保します。
熱膨張によるひずみを相殺が必要な理由は
先端半導体のパッケージングで熱膨張によるひずみを相殺することが必要な主な理由は、以下のように、デバイスの信頼性(故障率)と長寿命化を確保するためです。
微細化と高性能化が進む先端半導体において、このひずみを放置すると以下の深刻な問題を引き起こします。
1. 異なる材料の熱膨張係数(CTE)の不一致
半導体パッケージは、シリコン(チップ)、金属(配線)、樹脂、セラミックスなど、熱膨張の度合い(CTE)が異なる複数の材料で構成されています。
- チップの製造プロセスや動作時の発熱(数十℃〜100℃以上)により温度が上昇すると、これらの異なる材料がそれぞれ異なる量で膨張しようとします。
- この膨張差が、材料間の接合部分(特にチップと基板の間など)に大きな熱応力(ひずみ)を集中させます。
2. 回路の損傷と故障の原因
熱応力が集中すると、以下の原因でデバイスの故障につながります。
- クラック(ひび割れ)の発生: 接合部や材料内部に微細なひび割れが生じ、電気的な接続が不安定になります。
- 配線の断線・剥離: 金属配線や再配線層(RDL)が引っ張られたり押されたりすることで変形し、断線や剥離が発生します。
- サーマルサイクル疲労: デバイスが動作(加熱)と停止(冷却)を繰り返すたびに、ひずみが繰り返し加わり、クラックが徐々に進行(疲労破壊)し、最終的にデバイスが故障します。
3. 高密度化・3次元積層化の進行
特に、チップを縦に積み重ねる3次元積層技術(3D-IC)や、多数のチップを一つのパッケージに集積する高性能パッケージングでは、材料がより複雑に組み合わされるため、わずかな熱膨張の不一致が、全体にわたる大きなひずみとなり、信頼性設計上の最大の課題の一つとなっています。
したがって、熱収縮性材料を複合材として用いてパッケージ全体のCTEをチップなどの主要材料に合致させることは、熱応力を緩和し、高性能な半導体を安定的に動作させるために不可欠です。

先端半導体は異なる素材で構成され、発熱で熱膨張に差が生じます。この熱応力が配線断線やクラックを引き起こし故障するため、ひずみを相殺し信頼性と長寿命化を確保する必要があります。
熱収縮性材料はなぜ、熱を加えると体積が縮むのか
熱収縮性材料(負熱膨張材料)が熱を加えると体積が縮む仕組みは、一般的な物質とは異なり、主にその特殊な結晶構造に起因します。
通常、物質は温度が上がると、原子の振動が大きくなり、原子間の平均距離が広がって体積が膨張(正の熱膨張)します。
一方、熱収縮性材料では、この正の熱膨張を上回る特定のメカニズムが働くことで、巨視的には収縮(負の熱膨張)として観測されます。
1. フレームワーク(骨組み)構造の変形
最も一般的なメカニズムの一つが、骨組み(フレームワーク)構造の特殊な動きによるものです。
- 原子団の結合: 材料は、特定の原子団(例えば、酸素原子に囲まれた金属原子など)が、連結された骨組みを形成しています。
- 結合角の変化: 温度が上昇すると、個々の原子間の結合距離自体はわずかに伸びようとする(通常の熱膨張)のですが、それよりも連結部分の結合角が大きく変化します。
- 構造の「折りたたみ」: この結合角の変化により、骨組みが内側に「折りたたまれる」ように動きます。その結果、結晶構造内部の隙間がなくなり、全体としての体積が減少します。
2. その他のメカニズム
材料によっては、フレームワークの変形以外に、以下のような現象が組み合わさって負の熱膨張を引き起こします。
- 相転移(構造変化): 特定の温度に達すると、結晶構造自体が、より体積の小さな緻密な構造へと変化(相転移)し、急激な収縮が起こります。
- 磁気的相互作用: 物質内の電子スピンの並び方(磁気構造)が温度によって変化し、それに伴って原子間の距離が変化(収縮)する場合があります。
三井金属などが開発している先端半導体向けの熱収縮性材料は、主に酸化ジルコニウムやジルコンを基にした結晶など、特殊な骨組み構造を持つものが代表的です。
これらの材料は、通常の膨張を打ち消すことで、熱による体積変化を極めて小さくする(ゼロ熱膨張に近づける)目的で利用されます。

熱収縮性材料(負熱膨張材料)は、熱で原子間の結合角が変化し、結晶の骨組み(フレームワーク)が内側に折りたたまれることで、通常の膨張を上回り体積が収縮します。
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