この記事で分かること
- スタートアップ増加の理由:ガス貯蔵・分離、触媒、CO₂回収など環境・エネルギー課題を解決する優れた特性を持ち、量産化技術の進展とノーベル賞受賞で実用化への期待が高まり、投資が集まっているためです。
- ガス貯蔵に優れる理由:金属イオンと有機配位子で形成される超多孔質構造により、非常に大きな表面積を持ちます。この空隙にガス分子が高密度に物理吸着するため、低圧でも大量のガスを貯蔵できます。
- ガス分野での応用例:水素・メタンなどの燃料ガスを低圧・安全・高密度で貯蔵でき、小型軽量ガス容器や半導体用特殊ガスボンベとして、エネルギーと産業の安全輸送に応用されます。
MOFに関連するスタートアップの増加
MOF(金属-有機構造体)に関連するスタートアップが世界的に増加しています。
これは、MOFの持つ非常に高い多孔性と設計の多様性が、エネルギー、環境、医療など多岐にわたる分野での課題解決に大きな可能性を秘めているためです。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF218NF0R21C25A0000000/
特に近年、MOFの研究開発の第一人者である日本の研究者へのノーベル化学賞の受賞が、この分野の学術的成果にとどまらない、産業応用と社会実装への機運を一層高めています。
MOFスタートアップ増加の理由は何か
MOFスタートアップの増加は、以下の要因によって推進されています。
- 優れた特性と応用範囲の広さ: MOFは、金属イオンと有機配位子から構成される結晶性の多孔質材料で、その細孔のサイズや内部の化学的性質を自由に設計できる「カスタムメイド」が可能です。
- ガス貯蔵・分離: 高い比表面積を活かし、メタン、水素、二酸化炭素などのガスを効率的に貯蔵・分離できます。特に、小型で安全なガス容器や、低エネルギーなCO₂回収システムへの応用が期待されています。
- 触媒機能: 構造内に触媒活性な部位を組み込むことで、化学反応を促進し、不要なガスを有用な分子に変換する技術(リサイクル)にも応用できます。
- その他: 薬物送達システム(DDS)、センサー、除湿、消臭など、さまざまな応用研究が進んでいます。
- 実用化への進展: かつては研究室レベルの材料でしたが、量産化技術や成形加工技術が開発されたことで、実際の製品やシステムへの組み込みが可能になりつつあります。
- 投資と協業の活発化: MOFはディープテック(DeepTech:科学技術を核とする技術)と位置づけられ、京都大学発スタートアップの株式会社Atomisなどの企業には、クボタ、三井金属などの大手企業からの出資や協業が進んでいます。このことは、MOF技術に対する産業界からの高い期待と関心を反映しています。

MOFは、ガス貯蔵・分離、触媒、CO₂回収など環境・エネルギー課題を解決する優れた特性を持ち、量産化技術の進展とノーベル賞受賞で実用化への期待が高まり、投資が集まっているためです。
どのようなスタートアップがあるのか
MOFに関連するスタートアップは、日本国内だけでなく世界中で活発に活動しており、その応用分野は「ガス」の制御を中心に多岐にわたります。
1.日本国内の主要スタートアップ
| 企業名 | 設立/背景 | 主な応用・製品 | 分野 |
| 株式会社Atomis | 2015年(京都大学発) | 小型・軽量高圧ガス容器「CubiTan®」、宇宙開発向け低圧タンク、ガス分離・精製システム、CO₂回収技術。クボタや三井金属など大手企業と協業。 | エネルギー、宇宙、環境 |
| SyncMOF株式会社 | 名古屋大学発 | MOFの研究開発・コンサルティング。MOFを活用したCO₂回収、ガス分離、濃縮システム、ドラッグデリバリーシステム(DDS)など。シリコンバレーにも拠点を設立しグローバル展開を推進。 | 環境、化学、医療 |
| 株式会社テクモフ | 研究成果ベース | 結晶スポンジ法(微量化合物の構造決定技術)へのMOF応用をコアとし、創薬、食品、環境、エネルギー分野でのソリューション提供。 | 創薬、化学、食品 |
2.海外の主要スタートアップと応用事例
| 企業名 | 拠点 | 主な応用・製品 | 分野 |
| NuMat Technologies | 米国 | MOFを用いた危険ガスの安全な運搬・貯蔵システム「ION-X™」。半導体製造用の高純度ガスボンベなどに採用。 | 半導体、化学、安全 |
| Nuada | 英国 | MOFフィルターを活用した次世代の排ガスCO₂回収技術。非加熱かつ溶媒不使用で効率的なCO₂分離を実現。重工業の脱炭素化を目標とする。 | 環境、脱炭素(CCUS) |
| MOF Technologies | 英国 | 果物の鮮度保持製品「TruPick™」。MOFに貯蔵した1-MCP(エチレン作用阻害剤)を水分で放出させ、果物の熟成を遅らせる。 | 食品、ロジスティクス |
これらの事例から、MOFスタートアップは、ガスの高効率な貯蔵・分離や環境負荷の低減といった、現代社会の最も重要な課題に直結するディープテック分野で、革新的なソリューションを提供していることがわかります。

京都大学発のAtomis(ガス貯蔵・CO₂回収)やSyncMOF(ガス分離・DDS)、米国のNuMat(危険ガス貯蔵)、英国のNuada(CO₂回収)など、エネルギー・環境分野で活躍するディープテック企業が多いです。
ガスの貯蔵ができる理由は何か
MOFが大量のガスを貯蔵できる最大の理由は、「超多孔質構造」によるものです。
これは主に以下の2つの特徴によります。
- 非常に大きな比表面積:
- MOFは金属イオンと有機配位子で構成される、ジャングルジムのような結晶性の骨格を持ち、内部に均一で微細な空隙(細孔)が大量にあります。
- これにより、単位質量あたりの表面積(比表面積)が非常に大きく、活性炭などの既存材料と比較しても桁違いに高い値(最高で6,000 m²/g超)を持ちます。
- この広大な表面積にガス分子が物理的に吸着(ファンデルワールス力などによる)することで、高密度にガスを貯蔵できます。
- 設計可能な細孔(カスタムメイド):
- MOFの細孔の大きさや化学的性質を自在に設計できるため、特定のガス分子に対して強い吸着力を持たせたり、ガス分子が内部に取り込まれた状態を安定的に維持させたりすることが可能です。
結果として、MOFは高圧ガスボンベに比べ、より低い圧力で、より安全に、より高密度にガスを貯蔵することが可能になります。

MOFは金属イオンと有機配位子で形成される超多孔質構造により、非常に大きな表面積を持ちます。この空隙にガス分子が高密度に物理吸着するため、低圧でも大量のガスを貯蔵できます。
ガスの貯蔵による応用は
MOFの持つ「高密度ガス貯蔵能力」は、主にエネルギー、環境、そして産業の安全性に関わる分野で応用が進められています。主要な応用分野は以下の通りです。
1. エネルギー貯蔵・輸送(クリーンエネルギー)
- 水素貯蔵・輸送:
- 将来の水素社会を見据え、燃料電池車(FCV)などへの搭載を目指し、安全かつ高効率に水素を貯蔵・運搬するためのタンク材料として研究されています。
- メタン(天然ガス)貯蔵:
- 従来の高圧ガスボンベより低圧・軽量・小型で、メタン(天然ガス)を貯蔵できる容器の開発が進んでいます。これにより、天然ガスのインフラが未整備な地域への輸送や、自動車燃料としての利用が容易になります(例:京都大学発Atomis社の「CubiTan®」)。
2. 高純度ガスの安全輸送
- 産業用特殊ガスボンベ:
- 半導体製造などに使われる毒性・可燃性の高い特殊ガスを、MOFに吸着させて低圧で貯蔵・輸送する技術が実用化されています(例:米国のNuMat Technologies社)。
- ガスの圧力を大幅に下げられるため、ガス漏れや爆発のリスクが軽減し、輸送の安全性が向上します。
3. 特殊用途向け小型貯蔵
- 宇宙開発・小型デバイス:
- 人工衛星や超小型電気推進器で使用されるガスを貯蔵する、超小型・軽量な低圧タンクへの応用が進んでいます(例:Atomis社)。
- ガスの消費を安定的に制御できるため、精密機器への活用が期待されます。

MOFは、水素・メタンなどの燃料ガスを低圧・安全・高密度で貯蔵でき、小型軽量ガス容器や半導体用特殊ガスボンベとして、エネルギーと産業の安全輸送に応用されます。

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